019. 第一章エピローグ:置いてきたもの

 あの後、レヴィアたちはセントファウス側の最寄りの町へと案内された。

 

 待遇は悪くない……というか良すぎる。通された館も町一番のもので、恐らくは領主――いや、大司教の館だろう。貴賓に対する扱いそのものだ。

 

 理由は分からない。分からないが、重要な要件だという事は分かる。なにせ、目の前の人物が人物だからだ。

 

 セシリア・ヴァルフォーレ。

 

 セントファウスの実質的国主にしてルディオス教の教皇、アレフ・ヴァルフォーレの娘だ。

 

 金糸を思わせる長い髪に、優し気な瞳。神官服の上からも分かる抜群のプロポーション。その美しさと優しさ、弱者に寄り添う姿勢から、月光神ルシャナのようだと評される人物だ。

 

「フッ。月の光とて天までは届きませんのね」

「は? レヴィア、いきなり何?」

「いえいえ。ただ自分の美しさが恐ろしいなと思っただけでしてよ」


 正面に座るセシリアを見下しつつ、頬に手を当ててしみじみとつぶやくレヴィア。リズは意味不明という顔をしているが、ネイはその悪意に気づいたらしく、「し、失礼しましたセシリア様!」と無理矢理気味にレヴィアの頭を下げた。

 

「くすっ、構いませんよ。レヴィア様はお美しい方ですし。私などでは勝負にならないでしょう」

「何をおっしゃいます! そんな小娘よりセシリア様の方が――」


 セシリアの後ろにいる護衛と思わしき女性が反論。オレンジ色の髪をショートヘアにした鎧姿の女性だ。年齢はネイと同じくらいだろうか。


「ジュディス。私を評価してくれるのは嬉しく思いますが、お客様の前ですよ」

「くっ……! し、失礼しました」


 主の言により引くジュディスとやらだが、見るからに納得していない。瞳に怒りをたたえてこちらを睨んでくる。

 

「ジュディスが失礼をしました。いい子なのですが、少々直情的で……」

「いえ! こちらこそウチの馬鹿が失礼を……」

「ちょっとネイ、そろそろ離して下さる? 髪が乱れてしまいますわ」


 ネイの手を振り払い、手櫛で髪の毛を整える。それを見てくすくすと笑うセシリア。ヤンチャな子供を見ているような目だった。

 

 何となくバツが悪くなり、ツンした表情をしつつも「で、ご用件は何なのでしょう」と問いかける。再びネイが焦っているが、知ったこっちゃない。

 

「その話をする前に、聞いて頂きたい事があるのです。お三方は“北の魔王”という存在をご存じでしょうか」

「北の魔王ですか。確か、ルディオス様が北の大地に封じたとかいう……」


 ネイは知っているようだ。

 

 それも当然の事で、ルディオス教といえば世界中で信仰されている宗教である。信仰の度合いは大なり小なり異なるものの、教会でお話を聞いたり讃美歌を歌うなどは大抵の者が経験しているだろう。元日本人らしく信仰心ゼロのレヴィアですら神話の概要くらいは知っている。

 

「魔王? 何それ?」


 が、リズは知らない様子。田舎者ここに極まれりである。そんな彼女に対し、セシリアは神話をかいつまんで語った。

 

 

 はるか古代。神に祝福されし人間たちは平和で豊かな毎日を過ごしていた。飢えや争いも無い素晴らしい日々だった。

 

 そこに現れたのが“魔王”。魔王は平和を破壊し、人間を滅ぼそうとする。人は散り散りになり、国は崩壊。あわや絶滅の危機に瀕してしまう。

 

 人々は祈った。神に救いを求めた。その願いに答えたのが“最高神ルディオス”。地上へと降り立ったルディオスは魔王へと戦いを挑む。

 

 結果、辛くも勝利したルディオスは北の大地に封印することに成功。魔王の危機は去り、人間は滅びを免れた。しかし、その時に受けた傷のせいでルディオスは眠りについてしまい、文明を失った人間も苦難の道を歩むようになった――

 

 

「へえ。そんなお話があるのね。知らなかったわ」


 リズは興味深そうに聞いていた。本当に知らないらしい。辺境の村人すら知っているだろうに……一体どんなド田舎に住んでいたのか。

 

「神話にはこうもあります。いつかルディオス様が復活し、魔王を完全に滅してくれると。その時こそ人間は再び神の祝福を得て、豊かに暮らしていけるだろう、と。しかし……」

「しかし?」

「どうやら復活してしまったようなのです。ルディオス様より先に、魔王が」

 

 驚きの表情を見せるネイ。対し、リズは困惑していた。


「えっ? ちょっと待って。今のって作り話じゃないんですか?」

「作り話などではありません。事実、各地に存在する遺跡はその時代の名残なのです。冒険者の方ならば今よりもずっと進んだ文明があった事はお分かりになるでしょう?」

「そ、それはそうですけど……」


 リズは納得がいかないという表情のままである。

 

 彼女らに対し、セシリアはさらに語る。


「とにかく今、北大陸は異形の侵攻にさらされています。魔王の尖兵でしょう。その存在を前にいつまで持つか……」


 魔王が封印されたという、北大陸北部にある山脈。その南に三つほど国があるのだが、どの国も苦戦しているらしい。今のところここ、西大陸まで影響は無いようだが……。


 深刻な雰囲気になる中、話にあまり関心を寄せていないレヴィアが口を開く。

 

「それで、その魔王とやらとわたくしたちに何の関係が? まさかわたくしたちが魔王に対抗できる選ばれし勇者、なんて言いませんわよね?」

「残念ながら。しかし、魔王に対抗できるカギを持っていらっしゃるはずです」

「カギ?」

「ええ。あなた方は精霊石なるものをお持ちでしょう?」


 驚愕する三人。まさかもうユークトでの出来事が伝わっているのか? それにしては情報の伝達が早すぎる。もしかしてあのケモミミ二人組と関係あるのだろうか。

 

 警戒するレヴィア。その彼女らへとセシリアは安心させるようにくすりと笑い、続けた。

 

「実は、私共の中に”神託”というレアスキルを持つ者がいるのです」

「神託?」

「文字通り、神の声を聴く事ができる能力です。神託を持つ者がルディオス様の妻、ルシャナ様より預言を授かったのです。『魔王に対抗する為、勇者を召喚せよ。召喚する為に必要な精霊石はユークトにいる冒険者が持つ』、と」


 そのようなスキルがあるのか。いや、その前に神だ。レヴィアにとって神というのは眉唾ものな存在であるが、実際にいるというのか。単に『存在する』と言われても信じなかっただろうが、実際に神託という形で証明されてしまった。ならば――

 

(……いや、ルディオス教がものすごい諜報能力を持ってる可能性もある。教会はどこにでもあるんだから不可能じゃないよな)


 とある可能性を考えるが、棄却する。そんなに都合よくはいかないだろう。

 

 何にせよ彼らが精霊石を欲しているのに違いはない。そう考えたレヴィアは頭を交渉に切り替える。


「それで、わたくしたちが精霊石とやらを持っていたとして何なんですの? もしかして買って頂けますの?」

「おい! 世界の危機なのだぞ!? この世界に住む者なら自ら捧げて当然だろう!」


 ジュディスが怒りながらレヴィアへと主張。彼女の言う事も分かるのか、ネイは困った様子で二人の顔を交互に見ている。

 

 レヴィアは「ふぅ」とため息を吐き、顔に手を当てて困ったような表情を作った。


「いえいえ、勿論タダで上げても構いませんのよ? ただ、わたくしたちが努力して手に入れたものを横からかっさらうというのは、そちらの醜聞につながるのではないかと心配で……」

「なっ……! 貴様ぁ!」


 心配してるようで軽く脅しつける。『言いふらすぞ』、と。

 

 まあ武力で来られたら流石にあの大部隊にはかなわない。逃げられても指名手配は勘弁。その場合は素直に差し出すつもりだ。命あっての物種である。ものすごく勿体ないけど。

 

 レヴィアの言にジュディスはさらに激怒している。一触即発の雰囲気にあたふたする仲間二人。

 

 しかし、当のセシリアに気を悪くした様子は無かった。先ほど同様ふんわりとした笑顔を浮かべていた。


「勿論、こちらも出来るだけの対価は用意するつもりですよ。ご満足頂けるかは分かりませんが」

「流石はセシリア様ですわ! 世の中の事をよく存じてらっしゃる」


 そちらの方とは違って。暗にそう言いつつも喜びの表情をするレヴィア。その意思が伝わったのか、ジュディスは顔を真っ赤にしている。しかし主の意向を無視する訳にはいかないのか、何も言ってはこない。

 

「では、精霊石を見せて頂けますか? 念のため確認をしたいので」

「どうぞどうぞ」


 レヴィアは懐から精霊石を取り出し、セシリアに渡す。その石は以前と変わらず淡い光を放っていた。

 

 受け取ったセシリアは目をつぶり、静かに集中している。

 

「……確かに、精霊石ですね。では、こちらをどうぞ」

「……これは?」


 セシリアはレヴィアの前に紙切れを置いた。小切手のようだ。しかし、数字が書いてない。

 

「お好きな額をどうぞ。お望みの金額をお支払い致します」

「マジで!? うっひょー!!」


 歓喜の声を上げるレヴィア。瞳の中が$マークになり、思わず万歳をしていた。頭の中は既に札束のプールの中だ。

 

「こ、こらレヴィア。本気で好きな額を書くんじゃないぞ。こういうのは相場というものが……」

「何しよっかなー。温泉を貸し切るのはやったし、遊園地を貸し切るのもやったし、うーん、悩むなー」

「話を聞け!」


 注意するネイの言葉なんか聞こえちゃいない。お嬢様口調を置き去りにし、素のままに喜んでいる。

 

「くすくすくす……。まあすぐに決めなくても結構ですよ。どの道現金はここにありませんし、差し当たっては首都セントリュオに来て頂けませんか? そこでならお金も用意できますし、功労者として勇者召喚の儀にも参加できるよう手配致しますよ?」

「な、なんと。そのような場に私共を……」


 セシリアの言葉に、ネイは感動するような仕草を見せた。三人の中では一番信心深いので名誉に思っているようだ。リズは信心こそ無いが興味はある様子。レヴィアはどうでもいい。金さえもらえれば。

 

「では、明日より出発しましょう。私どもの首都、セントリュオに」




 そうして一行は首都セントリュオへ向かう事となった。馬に乗って数日の行程。急いでいるらしく、かなりの強行軍だった。

 

 一行が到着した時には既に儀式の準備は出来ていたようで、翌日には儀式を行うとの事だ。勇者とはどのような存在なのだろう。二人は思い思いに予想を述べつつも眠りに付く。もう一人は金の事で一杯だ。

 

 

 

 その翌日。

 

 場所は大聖堂の奥の間。ここで儀式が行われるのだ。

 

 中心の台座に精霊石を据え、床には不可思議な紋様が描かれている。

 

 精霊石の周囲では十数人の神官が祝詞のりとのようなものを唱えており、その中にはセシリアの姿もある。

 

 部屋の隅でそれらを眺める三人だが、レヴィアは退屈だった。そういえば前世でも葬式のような儀式は退屈で仕方がなく、大嫌いだったのを思い出す。

 

(参加しなきゃよかった)


 ふああと欠伸が出てしまった。ネイが肘うちで咎めてくるが、皆儀式に集中しているのだ。誰もこちらの事など気にしてないので問題ない。唯一あのオレンジ頭が睨んでいるが、知ったこっちゃない。退屈そうにぼーっと儀式の中心を眺める。

 

(うーん、いくらにしようかなー。流石に国家予算レベルはもらえないだろうけど、ギリギリまで絞りとりてーな。出来れば国が傾くくらいの)


 頭の中で国家崩壊を思い浮かべるレヴィア。貧困にあえぐ農民、豪商を襲う平民……。江戸時代の打ちこわしみたいな光景だった。まあそこまでしては金自体の価値がヤバいので実際はしないが。

 

「おお! 見ろ! 精霊石が!」


 そんなロクでもない事を考えていると、誰かの叫び声。自分たちと同じく周囲に待機する騎士のものだった。

 

 彼の言う通り、精霊石が輝いている。ぼんやりとした光だったのが次第に明るくなり、光が中でうずめきだしているのだ。

 

「皆の者、念じるのだ! ルディオス様に祈りを捧げよ!」


 一番偉そうな神官が命じると、周りの神官たちは両手を組み、より真剣に祈り出す。

 


 ――ゴオオッ!


 

 激しい風が辺りに吹き荒れる。精霊石の光は直視できないほどに強い。そしてその光へ天へと昇り、今度は天より光が降りてくる。激しい光に包まれ、レヴィアは顔を背けて目をつぶった。

 

 そして次の瞬間――

 



「……は?」

「何? 何なの一体?」

「ちょ、ここどこだよ!」


 誰かの声。年若い男女のものに思える。

 

 目をあけると、誰もいなかった場所に三十人くらいの人間が現れていた。皆同じような服装をしており、ほぼ全員が黒髪。

 

「おお! 成功だ!」

「やりましたな!」

「これで世界は救われる!」


 喜色に包まれる神官たち。困惑している勇者らしき人間たちを除き、ほぼ全員が喜んでいる様子だ。リズとネイもすごいものを見たとばかりに会話している。

 

「すごかったわね。けど、勇者という割には弱そう。もっとゴツイのを想像してたんだけど」

「ははっ、そんな訳ないだろう。勇者といえば細マッチョの美男子と決まっているのだ」

「何それ。そもそも男女両方いるじゃない。全員が勇者なんでしょ?」

「私の想像だと真の勇者は一人で、後はおまけだろう。多分あの若者がそうなんじゃないか?」

「それってアンタの願望でしょ。レヴィアはどう思う?」


 明らかに顔のいい男を指差すネイ。そに呆れつつもリズが問いかけてくる。

 

 しかし、返事はない。


「レヴィア?」


 不審に思い、レヴィアの方に顔を向けるリズ。すると、彼女は目を見開いて一点を見つめていた。

 

 その視線の先には一人の少女。美しい黒髪に、黄金の瞳を持った――

 

 

 

「……純花スミカ?」

 

 

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