018. ハゲしい逃亡劇

「今頃どうしてるのかしら。レヴィアってば」


 リズは部屋の窓から領主の館を見ていた。心配そうな顔だ。

 

 ぼそりと呟いた彼女に対し、ネイはクールな雰囲気で返答。

 

「さあな。ただ、相手は領主だ。今まで言い寄ってきた中でも一番金持ってるんだろ? なら後はどれだけ猫被ってられるかだろうな」

「……それ聞いて別の意味で心配になってきた」


 顔を歪めるリズ。「やっぱり私もついていくべきだったかしら?」などと保護者のような発言をする。

 

 しかし次の瞬間、彼女は何かを見つける。

 

「あれ?」

「どうしたリズ」

「いや……何だか見覚えのある人がこの建物に入ってきて……」

「見覚えのあるって、まさか……」


 バァン!

 

 激しい音を立てて扉が開かれる。二人がそちらを見ると、案の定レヴィアがいた。はーはーと肩で息をしている。

 

「レ、レヴィア。何でここに? お見合いはどうしたの?」

「というか何だソレは。どうしてカツラを被っている」

 

 ネイの指摘の通り、レヴィアの頭には茶色のヅラが装着されていた。ウケを狙ってやってみたのだが、逆に自分がやられてしまい顔面がヒクヒクする。そのせいで若干声が裏返りつつも話し出す。

 

「あ、あとで話しますわ。それより出発の準備をしなさい。一刻も早く逃げなければ」

「逃げる……? ア、アンタ何やらかしたのよ!?」


 リズの叫びを無視し、装備を整えたレヴィアは窓際へと移動。体を隠しつつも辺りを伺う。

 

「チッ、もう来やがったか。けど、あの金髪野郎はいねーな」


 三騎の馬に乗った騎士たちが宿の前に来ていた。二人が宿に入り、もう一人は周囲を伺っている。

 

「チャーンス。とうっ!」

「ぐえっ!?」


 レヴィアは窓から飛び降り、馬に乗った男の顔を蹴り飛ばした。落馬した男の代わりに乗馬しつつ二人へと声をかける。

 

「ほらほら、二人とも早く」

「ちょっと待て! 説明を……」

「いいから。そこにいると下手したら暗殺者扱いされますわよ?」

「あ、暗殺……!? レヴィア、一体何をやらかしたぁっ!」


 窓際から体を乗り出し、困惑と憤怒の声を出すネイ。反面、隣にいるリズは「はあーっ」と諦めるようなため息をついており、自分の荷物を持って飛び降りた。

 

「やっぱりついていけばよかった。そうよね。トラウマの前に性格の矯正が先よね」

「ほら、ネイも早く。騎士が戻ってきちゃいますわよ」


 しばらく迷う様子を見せたネイだが、しぶしぶ飛び降りてくる。身に覚えのない事で裁かれるのは誰だって嫌だ。もし貴族の怒りを買っていたのなら弁明の機会すら与えられないだろう。封建社会において、その土地を支配する貴族は絶対の権力を持つのだから。

 

「あっ! 貴様ら何をしている!」


 騒ぎを不審に思ったのだろう。騎士たちが宿から出てくるが、もう遅い。レヴィアたちは手綱を引き、馬を走らせた。

 

「で! 何やらかしたのよ!」

「篭絡に失敗しましたの。全く、あのガウェインとやらがいなければペンドランは私のものでしたのに」

「ガウェイン!? ガウェイン様がどうしたのだ!」


 物騒な内容を喋りながら走る。夜になってもそこそこ人がいる噴水広場を抜け、大通りへと入り、町の出口へと向かう。

 

 しかしその途中。領主の館の方から追っ手が来てしまう。先頭はアーサーで、ガウェインはその隣を随伴。彼らの後ろには大量の騎士。

 

「返せっ! 返してくれっ!」


 何かを叫ぶアーサー。彼は白い帽子を深くかぶっていた。レヴィアが残したものだった。

 

 彼の後ろでは「領主様は何をおっしゃられているのだ?」「知らん」などと声が上がっている。ギリギリで隠す事に成功したのだろう。その光景を想像してしまい、レヴィアはぶふっと噴き出す。

 

「何笑ってんのよ! 笑えるような事態じゃないわよ!」

「だ、だってリズ。ハゲが、ハゲが……」

「ハゲ!? 何が剥げたっての!?」


 レヴィアは笑いながらもナイフを投擲。十本ほどの刃がアーサーへと迫る。

 

 殆どが隣のガウェインによってはじかれてしまうも、『これは当たらんな』と判断されたものが見逃され、その内の一つが帽子を引っ剝ぐ。慌てて頭を隠すアーサーだが、時すでに遅し。

 

 

 ――パカッパカッパカッ。

 

 

 辺りから音が消え、ひづめの音だけが響く。

 

 アーサーを見て真顔になっているリズとネイだが、次第に顔が歪み始め……


「あ、あははははは! ハゲてる! ハゲてるわ!」

「タコだ! 茹でダコだ! 真っ赤になってるぞ! くはははは!」


 爆笑するリズとネイ。堂々としていれば何とも思わないだろうが、変に隠すから笑ってしまうのだ。よく見れば騎士たちも笑いそうになっている。

 

「ねえねえ」

「な、何よレヴィア」

「見て見て。こっちが本体」

 

 レヴィアはニヤニヤしながら頭のカツラを指差す。それを見た二人はぶふーっと噴きだした。

 

「ほ、本体! 本体って、じゃあアレは何なのよ! 置物!?」

「やめろレヴィアぁ! 死ぬ、死んでしまう……!」


 カツラを指差しながら笑うリズに、苦しそうに腹を抱えるネイ。本体発言が聞こえた騎士たちもピクピクと顔を歪めている。

 

「おのれ! アーサー様を笑うとは! この私が許しませんよ!」


 一方、憤怒の表情のガウェイン。アーサーへの忠誠心によるものか、彼だけはピクリとも笑っていない。

 

 そんな騎士の鏡であるガウェインに対し、レヴィアは苦しそうに笑いつつ口を開いた。

 

「そ、そういやテメー、太陽の騎士だったな。っつー事はアレか? 太陽ってそいつの事か?」

「た、太陽! 確かに太陽だわ!」

「やめろレヴィア! ガウェイン様に失礼だろうが! あはははは!」

「ふざけるな! この紋章はアーサー様が直々に与えて下さった名誉の証! 只のつるっぱげと一緒にしないで頂きたい!」

「ガウェイン!?」


 あくまで真面目に語るガウェインに、愕然がくぜんとした表情のアーサー。ついに騎士たちがぶふーっと噴き出した。逃げる三人もさらなる爆笑の渦に巻き込まれている。

 

「う、うぬぬ……。惚れた女とて許さんぞ! 人の身体的特徴を……!」


 アーサーの馬が猛ダッシュ。レヴィアたちの間近まで迫る。それを見たレヴィアは頭からスポッとカツラを取った。

 

「くひひひ……すまんすまん。返してやるよ。ほれっ」

「あっ!」


 後ろにポイ捨て。地面にバウンドしているのをアーサーが見事キャッチ……したものの、バランスを崩し落馬。「ぬおおおっ!」と叫びながらごろごろと地面を転がり、後ろの方へと消えていく。


「アーサー様!」


 流石に主を放っておけないのか、ガウェインが急停止。追従する騎士たちもアーサーを轢いてしまうため同じく停止。チャンスだ。


「よっしゃ、このまま逃げるぞ」

「カツラ! カツラで落馬! あははは!」

「ぷぷっ。わ、わかった。こうなれば逃げるしかないからな」


 町の外へと向かう一行。時間が時間なので門はしまっていたが、暴力的な交渉の結果、開門に成功。そのまま平原へと駆け出した。

 

「逃がしませんよ!」


 しかし、再びガウェインの姿が。開門に時間をかけたせいで追いつかれてしまったらしい。

 

 彼の後ろには十数騎の騎士たちもいる。先ほどより数が少ないが、残りはアーサーを助けているのだろう。再び始まるデッドレース。

 

 二つの群れの距離は開きも縮まりもしない。が、ガウェインだけは別だ。十二騎士とされるだけあって良い馬をあてがわれているらしい。それに気づいたリズが叫ぶ。

 

「レ、レヴィア! このままだと追いつかれちゃう!」

「チッ、やっかいなヤツめ」

「くっ、流石はガウェイン様……。待てよ? 追いかけられてる? 私ガウェイン様に追いかけられてる?」


 都合のいい妄想をし始める一人は置いといて、レヴィアは色々なものを投げ始める。ナイフは品切れなので、石鹸とか歯磨き粉とかそういうのだ。当然投げるのには適してないので難なく避けられるか切り払われてしまう。

 

 リズも魔法を使おうと頑張っているが、中々成功しない。魔法構築には高い集中力が必要なのだ。普段のリズなら馬上でも行使できるのだが、今は無理だ。思い出し笑いという集中力ブレイカーのせいだ。

 

(チッ、やるしかねぇか)


 そう考えるレヴィアだが、出来ればやりたくない。一対一なら何とかなるだろうが、三対十以上なのだ。しかもこちらの一人は魔法使用不能で、もう一人は裏切りの可能性がある。流石の彼女とて分が悪すぎる。

 

 どうすべきか思案している間も距離はどんどん近づいてゆく。もう少しすれば剣が届きそうな距離。

 

「追いつきましたよ! さあ、大人しくお縄に……むっ!?」


 ガウェインが減速。一体何故。不思議に思うレヴィアだが――


「げっ!?」


 何と前方には大量の兵士たちの姿が。一瞬回り込まれたのかと絶望するも――よく見れば旗が違う。ユークトの物ではない。

 

「止まれ! ここからは我らセントファウスの領内である! ペンドランの騎士たちよ、何故なにゆえ我が国を侵そうとする!」


 中央の神官が警告。

 

 二つの勢力に挟まれ、レヴィアたちは立ち往生してしまう。左右どちらへ逃げるべきだろうか。レヴィアが思案している中、神官の問いにガウェインが返答。

 

「私はガウェイン・ガラディン! セントファウスの神官殿、こちらに害意は無い! その三人を捕まえればすぐにここから去ると約束する!」

「ならぬ! 既にその三人は国境を越えている! どうしてもと言うのならしかるべき手続きの後にしてもらおう!」

「何ですって……!?」


 驚愕するガウェイン。

 

 ユークトとセントファウスの国境は陸続きであり、特にこれといった国境線は無い。かなり曖昧だ。そして仮に国境を越えていたとしてもレヴィアたち三人は不法入国者となる。戦争中でもないのにこの状況で引き渡しをしないというのは明らかにおかしい。そもそもあのような大部隊が存在する理由が分からない。

 

 ガウェインが困惑している中、セントファウス軍の一部が道を開ける。レヴィアたちはそこに誘導され、馬に乗ったまま部隊の後方へと案内されてゆく。犯罪者扱いの場合、束縛されるのが普通だというのに。

 

「ど、どういう事だ?」

「さあ……レヴィア、何かした?」

「特に何も。そもそもセントファウスに伝手なんてありませんし」

 

 困惑しながらも三人は案内に従う。後ろではガウェインと神官の言い争う声。

 

 そのまま部隊の後方へとたどり着くと、一人の女神官が待ち構えていた。笑みを浮かべ、自分たちを歓迎するように腕を広げている。

 

 

 

「待っていました。私はセシリア・ヴァルフォーレ。あなた方の来訪を歓迎します」



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