015. お見合い

 翌日。

 

 陽が落ちる直前、一台の馬車が宿の前に止まった。

 

 領主の迎えだ。昨日見たものとは違って豪華な装飾がされている。


「それでは行ってまいります」

「気を付けてね。変なヤツだったらぶん殴ってでも戻ってきなさい」

「ま、頑張れよ。応援はしてやる。ガウェイン様、レヴィアをよろしくお願いします」


 仲間二人の激励を受け、馬車に乗るレヴィア。

 

 向かい側に座るのは昨日同様に使者を務めているガウェインだ。彼が合図すると御者が手綱を打ち、馬車はカタカタと音を立てて進みだす。

 

 準備は万全だ。リズの助言を受け、レヴィアは領主について調査したのだ。

 

 結果、評判は上々。町は住みよく、治安もいい。税金はそれなりだが、納得できる使い方をしているので大した不満はない。クセの強い十二騎士をまとめ、戦争に常勝する姿が勇ましい。

 

 曰く、質実剛健。曰く、領民思い。曰く、最高の領主。町行く人々の殆どが褒め称える。仕込みじゃないかと疑ったほどだ。

 

 そんな領主に対し、唯一領民が不安に思うのが後継ぎについてだ。領主は三十半ばという年齢だったが、浮ついた話が一切ない。これでは不安に思って当然だろう。

 

 善良で有能な領主。しかし人間である以上いつかは死ぬ。

 

 最悪なのは戦争で不意に死んでしまった時だ。仮にそうなってしまった場合、正式な後継ぎがいなければ領内は間違いなく荒れる。だからこそこの地に住む民は、一刻も早く後継ぎが生まれてくれることを望んでいた。

 

 そんなところに嫁ぐのだから、レヴィアは間違いなく歓迎される。美しい容姿、明晰な頭脳、非凡な強さ。地位の差を除けばこれ以上ない好物件だ。民衆は素晴らしい奥方を迎えたと喜ぶだろう。

 

 そんな風にコロッと騙される彼らなので、多少税金が増えても都合よく解釈してくれるに違いない。つまり旦那を尻に敷けば旦那の金だけでなく領民の金で豪遊できるのだ。これほどに素晴らしい事は無い。

 

 

 ただ、一つ。

 

 一つだけレヴィアには懸念があった。問題は他にもあるにはあるが、それに比べれば大した事ではない。本人に会う事でその懸念が払拭されればいいのだが……。


「大丈夫ですよ。見かけは厳ついですが、アーサー様はお優しい方です。きっとレヴィア様を幸せにしてくれるでしょう」


 向かいに座るガウェインが気遣ってくる。単に考え事をしていただけだが、緊張していると思われたらしい。ここは肯定した方がよさそうだと思い、頬に手を当てて不安げな顔を作る。


「ええ。ですが、やはり不安ですわ。粗忽そこつな振る舞いでアーサー様に呆れられないかしら」

「ははは。粗忽など、ご謙遜を。レヴィア様の所作はとても洗練されていらっしゃいます。冒険者と聞いて驚いた程です」


 イケメンスマイル。ネイであれば絶大なダメージを受けただろうが、レヴィアには無効だ。前世の自分に比べれば鼻で笑う程度の容姿でしかない。



 そういえば、アーサーを調べる際にガウェインについても耳に入った。

 

 ガウェイン・ガラディン。

 

 ガラディン男爵家の長男でありながらも継承権を放棄し、騎士になったという変わり者だ。家柄ではなく実力で十二騎士の座をつかみ取り、最も輝かしき太陽の紋章をアーサーより与えられたとか。その出来事から、民衆には”太陽の騎士”と呼ばれ尊敬されているらしい。

  

「失礼ながらレヴィア様は高貴な家のお生まれで? グランという家名はこの辺りに無かったと記憶しておりますが」


 謙遜するレヴィアをフォローしつつも質問してくるガウェイン。主君の妻になるのだから、おかしな人物では困るのだろう。牡丹一華のレヴィアといえば王都では有名であったが、ペンドランまで詳細は届いてないらしい。


「高貴などとんでもない。それなりに裕福な家には生まれましたが、高貴には程遠い家ですわ。当主など自ら剣を振り回すくらいですし」

「成程、騎士の家系という訳ですか。レヴィア様の噂を聞くに御父上も相当な実力者なのでしょうね。御父上のお名前をお聞きしても?」

「それは…………ごめんなさい。実家とは絶縁していますので」

「あっ、これは失礼しました。大丈夫ですよ。アーサー様は平等な方です。なにせ十二騎士の中には平民どころか元奴隷までいるのですから。貴方がどのような状況にあろうが、きっとお気になされないでしょう」


 お気にされないというが、アーサーが気にしなくても親類や部下たちは気にするだろう。貴族に平民が嫁ぐというのは非常に珍しいのだから。

 

 貴族は貴族同士で結婚し、家同士の関係を深めるのが普通だ。それでもアーサーとやらはレヴィアを求めるというのだから、間違いなく反対はあるだろう。

 

 名高き領主とてコレなのだから、人の感情というのはやっかいなものだ。『感情を制御できぬ人間はゴミ』という某パイロットのセリフはあながち間違ってないのかもしれない。言った本人の末路は置いといて。

 

 とにかく、そのような問題があるのに部下であるガウェインは気にしているそぶりを見せない。演技の可能性は高いが、昨日の「結婚して」発言には妙な熱意があった。熱意が強すぎて最初はガウェイン本人が求婚しているのだと勘違いしたくらいだ。

 

 まあさりげなくレヴィアの生まれを気にしているので、問題だとは認識しているのだろう。認識してなければただの馬鹿だ。馬鹿に筆頭騎士が務まるとは思えない。恐らく彼も後継ぎ問題を気にしているからこそレヴィアを歓迎しているのだ。




 宿を出て、広場を曲がり、大通りを走る。しばらくすると、領主の館らしきものが見えてきた。王城ほど大きくはないものの、天井の高い二階建ての建築物は中々に迫力がある。左右にある尖塔には見張りの騎士たちの姿もあり、警備はかなりしっかりしている模様。

 

 正門を通り、敷地内へと入場。玄関と思わしき場所へと近づくと、そこには数人の人間がいた。中央にいるのが領主で、その他は騎士や使用人だろう。


 彼らの前で馬車は停止。先にガウェインが降り、貴婦人に対するようにレヴィアの手を取った。彼の導きに従い、レヴィアは下を向きながらゆっくりと降車。


 そして彼女が顔を上げた瞬間――時が止まる。

 

 清楚な白いドレス姿に、同じく白い帽子。シンプルではあるが、レヴィアの魅力をこれでもかと引き出している。まるで穢れを知らない深窓の令嬢のようだ。その姿を前に、目の前の者たちは男女問わず時が止まったように見惚れている。

 

「初めまして。レヴィア・グランと申します。この度はお招き頂きありがとうございます」

「あ、ああ……」


 ちょこんとスカートのすそを持って挨拶するレヴィアに、呆けた声で返す領主らしき人物。頬が赤く染まっており、周りと同様をぼーっとしたままこちらを見つめている。

 

「ゴホン!」

 

 ガウェインが咳ばらい。それにより、ようやく正気を取り戻した領主とその一同。


「し、失礼。アーサー・ペンドランだ。こちらこそ急な招きで困らせたことを申し訳なく思っている。精一杯の歓迎をするので、どうか許してほしい」


 濃い茶髪を後ろに流したオールバックに、同じ色の立派な髭。装いは貴族らしく豪華に着飾っているが、戦士のような印象を受ける男だった。威厳ある雰囲気のせいで三十半ばという実年齢よりも年上に見える。もっとも、その威厳は現在かなり薄れてしまっているが。

 

 そんな彼に対し、レヴィアは笑顔で返答。


「勿論。今日はアーサー様の事をたくさん聞かせてくださいまし」


 会心のスマイル。アーサーは「ぬうっ」と苦しそうにうめく。また固ってしまうかもと思ったが、今度はすぐに返事が返ってくる。


「あ、ああ。ガウェイン、レヴィア殿をダイニングへ。私はちょっと所用を済ませてから行く」

「かしこまりました。さ、レヴィア様。こちらへ」


 ガウェインに案内されて館内を進む。後ろで「何だあれは。可憐すぎるだろう……」と声がしたのをレヴィアの地獄耳がしっかりとキャッチ。つかみは上々のようだ。




 通されたのは広々としたダイニングだった。

 

 中央には真っ白いクロスがかけられた長方形のテーブル。その周りには華美な装飾のされた複数の椅子。そして壁には絵画がかけられ、床には赤いじゅうたんが敷かれている。

 

 燕尾服の男性に椅子を引かれ、右端の席へと座る。貴族社会において、最も重要なゲストが座る位置だ。今回はレヴィアが主賓、というかレヴィアしかいないのでこの席となる。

 

 しばらく待っているとアーサーがやって来たので、立ち上がって一礼。相変わらずの赤ら顔だが、カチンコチンなのは直った模様。「お待たせして申し訳ない」と言いつつレヴィアの右隣、テーブルの短辺へと座った。

 

 メイドたちが料理を運んでくる。どれも美味しそうではあるが、貴族向けというよりは庶民的な料理。テーブルマナーがあまり必要のない料理だ。冒険者という地位にいるレヴィアへ配慮したのだろう。どうやらアーサーはかなり気配りのできる人物らしい。そうでなくては領主など務まらないだろうが。


 グラスへと酒を注がれ、アーサーが音頭を取る。


「では始めさせて頂こう。そうだな、何に乾杯するべきか……」

「アーサー様。この場はお二人の初めての会食なのです。ですのでシンプルに『二人に』で如何でしょう」


 後ろに控えていたガウェインが助言。その内容に多少恥ずかし気な様子を見せつつもアーサーはまんざらでない様子。


「そ、そうか? では、二人に」

「ええ。二人に」


 控えめにグラスを掲げる。グラスを鳴らせ合わせてもよいが、高価そうな器の場合はそれに配慮するのがマナーだ。

 

 レヴィアは中のワインを少しだけ口に含む。美味い。相当上等なワインなのだろう。他人の財布という事もあり、本来ならばラッパ飲みしたいところだが、流石にそれをする訳にはいかない。そういうのは結婚してからのお楽しみだ。


「いや、何というか、驚いた。広場で見た時も美しいと思ったが、まさかそれ以上の衝撃を受けるとは思ってもみなかった」

「うふふ、ありがとうございます。流石に昨日の格好は場所にそぐわないでしょうから。友人に選んでもらったんですの」

「そうなのか。そのご友人の目は確かだな。まるで女神が舞い降りたかと勘違いするところだった」

「お恥ずかしいですわ。彼女たちには感謝しないと」


 四時間に渡るファッションショーに付き合ったかいがあった。今日の半分はアーサーの身辺調査だったが、もう半分は服選びだったのだ。ルルとアンナを連れての。

 

「そうだ、最初に言っておかなくては。その、結婚を求めておいて言うのも何だが、レヴィア殿の意思を曲げてまでとは思っていない。だから、無理だと感じたら、その……残念ではあるが、断って頂いても……」


 尻すぼみな声になるアーサー。そんな彼にガウェインが忠告する。


「アーサー様。最初からそんな弱気でどうします。いつものアーサー様らしく勇猛果敢に……」

「ガウェイン。これは誠意なのだ。これから家族になってくれるかもしれん人を、権力で無理強いするような真似はしたくない。互いの為にならん」

「アーサー様……」


 問答無用と断じるアーサーに、ガウェインは出過ぎた真似をしたとばかりに胸に手を当てて一礼。これ以上口出しするつもりはないようで、壁際に下がっていく。

 

「部下が失礼をした。許してほしい」

「構いませんわ。けれど、平民のわたくしにここまで配慮して頂けるとは……。町の人々がアーサー様を慕う気持ちが理解できました」


 にっこりとするレヴィアに、「ぬぐうっ」と唸りながら視線をあたふたさせるアーサー。

 

 それを見たレヴィアは思う。

 

(うーむ。えらくウブなオッサンだな。三十超えて未婚なのは伊達じゃないって事か。ま、美の極致が目の前にいるんだ。そうなって当然か)


 心の中でのうぬぼれ発言。そんな内心を知らぬアーサーは惚れた女の評価に恥ずかしがりつつも喜んでいる様子だ。

 

 

 

 そういう感じで始まった会食だが、次第に場が温まってくる。最初は緊張していたアーサーも大分ほぐれたようで、今は自然な笑みを見せていた。

 

 これはレヴィアのお陰だ。彼女は意識して子供のように無邪気にふるまい、女を感じさせないようにしたのだ。女と感じるから不自然になるのであって、子供相手なら緊張する必要もない。プラス、子供相手なら油断もする。


「……なんですの。ひどいと思いません?」

「ハハッ! いやあ、面白いお仲間方だ。私も騎士たちとは心が通じあっていると自負しているが、そこまであけすけな態度は取れんな」

「ふふっ、一度試してみても宜しいのでは? きっと楽しい事になりますわよ?」

「ハハハ! 面白そうだが、勘弁してくれ。色々と後を引きそうだ」


 いたずらっぽい表情をするレヴィアに、楽し気に笑うアーサー。

 

 貴族的な話題は効果が無いどころか警戒されると判断し、庶民的な失敗談を面白おかしく話しているのだ。その内容に周りの部下たちもくすくすと笑っている。感触は上々。

 

(第一作戦は成功。さて、次に移るか)


 最早アーサーはレヴィアを娶る事に何のためらいもないだろう。容姿は抜群、性格は明るく庶民的、なれど上品さも併せ持っている。これで嫁にしたいと思わぬ者は頭がどうかしている。

 

 が、レヴィアの目的の為にはさらに念を入れる必要がある。ここからが本番なのだ――

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