014. JKとパネェJC

「うっ、うっ……。何でレヴィアばっかり……」


 部屋の隅、体育座りをしてめそめそと泣くネイの姿。

 

 宿で借りた部屋の中である為、人目は無い。見ているのはリズ一人だけだ。

 

 あの後、ガウェインの爆弾発言で気を失ってしまったネイは仲間二人の手によって部屋へと運ばれた。しばらくして起き上がり「はっ! 夢か!」と都合のいい考えを口に出すも、リズによって即否定される。その結果がコレであった。

 

「いいじゃない。仲間が幸せつかむかもしれないんだから、祝福してあげないと」


 一方、リズは優し気な表情でベッドに座っている。

 

 まだ勘違い状態にあるらしく、悲しい過去を持つ友の幸せを願っているのだ。レヴィア自身は『結婚してくれ』発言にいやーな顔をしていたが、リズに推され、現在は宿のラウンジスペースで会話している。

 

 真面目で優しそうな青年だった。昼間の行動から察するに間違いないと思われる。結婚云々は置いておくにしても、優しい男性に触れる事でレヴィアの傷を洗い流してくれるかもしれない。

 

 男の傷は男で癒せと言う言葉もある。それが本当かどうかは分からないが、試さないよりはマシだろう。そう思った故の行動だった。

 

「仲間が何だ。あいつは裏切り者だ。私がいいなーと思ってた方に好かれるなんて……」

「レヴィアの責任全く無いじゃない。ひがむのはよしなさいな。きっとネイの事が好みだって人もいるわよ」

「うるさい。大体男の方もアレなんだ。見た目にばっかり気を取られて、肝心の中身を見てない。馬鹿ばっか。馬鹿男ばっかだ。男なんて、男なんて……」


 ここ突っ込むところだろうか? ガウェインの見た目にきらきらしていた人間が言うセリフではない。突っ込んだら突っ込んだで面倒そうなので口には出さないが。

 

 顔を伏せ、嗚咽するネイ。何を言っても無駄そうだ。リズの口から思わずため息が漏れる。

 

 そんな風にしていると、廊下から足音が聞こえてきた。レヴィアだ。付き合いが長いせいか、足音のリズムで何となく分かる。

 

 彼女が扉を開け中へと入ってくると、その表情は――何やら沈んでいる。

 

「どうしたの? あの人じゃダメだった?」

「……ダメ? ダメだった? ははっ、そうか。そうかそうか! そうだよな! ダメだよな!」


 気遣うリズとは対照的に、とても嬉しそうなネイ。本人らの性格が如実に表れている。そんな彼女らに対し、レヴィアは申し訳なさそうな声を出した。


「お二人には謝らなければなりません。一身上の都合によりわたくし、牡丹一華を抜けさせて頂きたいんですの」

「「はあ!?」」


 驚きの声を出す二人。レヴィアはさらに続ける。


「実はこの度結婚する事になりまして。冒険者は寿退職する事になるかと」

「寿退職!?」


 寿退職。結婚して家庭に入るから仕事を辞める、という意味だ。

 

 ガウェインを推した本人ではあるものの、そのスピード感にあっけにとられるリズ。せいぜい結婚を見据えたお付き合いから始まると思っていたからだ。

 

 ガクンと膝をついて死ぬネイは置いといて、レヴィアへと聞き返す。


「さ、流石に早くない? 今日会ったばっかなのに」

「ちっちっ、こーゆーのは水物ですから。すぱっと決断するのが吉ですわ」


 指を左右にふりふりしつつ答えるレヴィア。

 

 リズは思う。見合い婚でももっと時間をかけるだろうに、出会って即結婚。不安だ。不安すぎる。ガウェインもそれでいいのだろうか? いくら一目ぼれしたとはいえ、流石に……。

 

「えっと、ガウェインさんは? もう帰っちゃった?」

「ええ。アーサー様に報告しなければならないとか」

「アーサー……って、確かガウェインさんが仕えてる人よね? 主君に真っ先に報告するなんて、よっぽど慕ってるのかしら? アーサーって人の事」

「そりゃそうでしょう。アーサー様へお返事したのですから。ご本人に伝えずどうします」


 ……ん?

 

 何かおかしい。アーサーへ返事? 返事はガウェインにしたのでは?

 

「……ちょっと待って。結婚するのよね? ガウェインさんと」

「はぁ? 何でわたくしがガウェイン卿と? 結婚するのはアーサー様ですわ」


 嫌そうな顔をして返答される。どういう事だろう。ガウェインはどこいった。

 

 そんな風に疑問に思っていると、レヴィアが納得顔になった。リズが考えている事に気づいたらしい。

 

「ああ、そういう事。ガウェインさんは単なる使者で、結婚を求めてきたのはアーサー伯爵ですわ。ペンドラン領主の。広場でわたくしを見て一目ぼれしたそうで」

「えっ? あれっ? ち、ちょっと待って。アーサー? いつそんな人に会ったの?」

「会ってはいませんわ。馬車の中にいたらしいのですが、わたくしからは見えませんでしたし」

「会ってない? それじゃ顔も知らないの?」

「顔も知りませんわね」

 

 

「な、なら、ガウェイン様はフリー……」


 二人がやり取りする中、ネイがよろよろと幽鬼のように立ち上がって話に参加。レヴィアは彼女へと視線を向けて言った。


「フリーかどうか知りませんが、少なくともわたくしとは関係なくてよ」

「関係ない…………関係ないのか! そうか!」


 幽鬼が歓喜に変わる。ぱああーっと光輝くような笑顔がまぶしい。ガウェインが結婚を求めたのではない……それを知った事で、フリーの可能性もゼロではないと希望を見出したのだ。


「そうかそうか! 関係ないのか! いやあ、実はそうなんじゃないかって思ってたんだ!」

「嘘つけ。完全に死んでましたわよね?」

「まあいいじゃないか! 小さい事は! そうか、そうだったのか! いやあ、おめでとう! アーサーとやらがどんな小汚いオッサンか知らないが、とにかくおめでとう!」


 バンバンとレヴィアの背中を叩いて祝福するネイ。微妙に悪意が感じられる気がするのだが、今のレヴィアにとっては些細な事らしく悪感情を抱いている様子は無い。


「ありがとう。ネイも頑張ってね」

「うむ! それでレヴィアにお願いがあるのだが、是非ガウェイン様と渡りを――」



「ちょっと待って! 本当にそれでいいの!?」


 勢いよく立ち上がり、叫ぶリズ。いきなりの大声にびっくりしたレヴィアが彼女の方へ視線を向けると、睨みつけるように目を合わせた。

 

「そりゃあガウェインさんだって人となりは知らないわよ!? 結婚だって早いとは思う! けど、それでも話してるといい人だって思ったから! だからレヴィアを助けてくれるかなって思ったの! けど、アーサーって人はどうなの!?」

「ど、どうって。とりあえず金は持ってますわよ?」

「お金なんてどうでもいいの! 大事なのはレヴィアを大事にしてくれるかなの!」


 「お、おう」とレヴィアは若干引いた様子になる。叫んだことでさらに感情が強くなってしまい、リズの瞳から涙がぼろぼろとこぼれてきた。


「お金お金お金! そりゃあお金は大事よ! けどお金だけで幸せになれると思ったら大間違いなの! レヴィア、考え直して!」

「リズ……」


 嬉しいような困ったような、微妙な表情のレヴィア。しかし少しした後、何やらはっとした顔に変わる。

 

「そう。そうですわよね。きちんと相手を知らないとダメでしたのに、わたくしとした事が……」

「……分かってくれたの?」

「ええ。感謝しますわリズ。本当にありがとう」


 レヴィアは柔らかく微笑えみながらリズを抱きしめる。感謝の抱擁だった。

 

「とりあえず明日の夕方会う事になってますの。だから、きちんと見定めておきますわ。リズの言う通りに」

「そうなの……? けど、お金だけじゃ判断しちゃダメよ?」

「勿論。それ以外もちゃーんと考慮しますから」

「……うん。それならいいの」


 ぽんぽんと頭をなでられる。

 

 レヴィアの答えに安心するリズだが…………ここに来て急に恥ずかしくなってきてしまう。いい年して――というほど年はとっていないが――感情のままに叫んでしまった。友を思うが故の行動であったが、こう、振り返ると青臭い感じがした。

 

「と、とにかく、ちゃんと見極めなさいよね」


 吐き捨ててベッドに潜る。反対側を向き、身を丸めて恥ずかしがっていると、「ええ。おっしゃる通りに」とレヴィアは返答。

 

 一方、彼女らのやりとりを眺めていたネイは感心したような声を出す。

 

「うーむ。何というか、いいやつだなリズは」

「ええ。いいやつですわ。ネイと違って」

「ははっ、それはこっちのセリフだ。お前は悪人だ」

「直ですわね。もうちょっとひねっては如何いかが?」


 リズさんアゲアゲの会話が続く。恥ずかしくなったリズは布団の中で悶えつつ「アンタたちも寝なさい!」と叫んだ。

 

 その反応に気を良くした……というよりイジりがいがあると思ったらしく、一転ニヤついた表情になる二人。「ウェーイ」「リズさんマジパネェ」「最高」「一生ついていきますぜ」なんてわざとらしくアゲてくる。

 

「馬鹿!」


 一言叫び、頭を布団にもぐらせる。

 

 その後もリズ上げイジリが続くも、彼女が反応することはなかった。

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