013. JKとガウェイン

「うっ、うっ……。どうせ私は結婚なんてできないんだ……」


 テーブルにぐでーっとなっているネイ。既に右手の大ジョッキは空になっている。

 

 同じテーブルには呆れているリズと、スパークリングを楽しむレヴィア。周りには迷惑そうにしている他のお客さんたち。

 

 探した宿がまあまあの高級宿だったので、同じ建物にレストランがついていたのだ。以前利用した冒険者の酒場と違い、大人な雰囲気。ピアノの生演奏なんかも楽しめる。決して見苦しく酔っぱらっていい場所ではない。


「美男と美女。余ってる方がレアケースなんて猿でも分かるでしょうに。何でそう都合よくフリーなんて思いこめるのか」

「だってぇ。王子様だったんだ。王子様は基本フリーだろぉ?」

「基本フリーって、余程の問題がなきゃ婚約者くらいいるでしょう。王族なら」


 レヴィアの突っ込みに「うえぇぇん」と泣くネイ。酔っているせいか二次元と三次元の区別がついていない。まあ二次元に近い人物ではあったが。そういうコンテンツに現在進行中でドハマリ中のネイのとっては目の毒だ。相当魅力的に見えた事だろう。


「ま、どう見ても王族じゃなさそうでしたけど。お上品っぽかったから貴族出身ではあるのでしょうが」


 レヴィアはグラスをくるくる回し、しゅわあっと出てくる発泡を楽しんでいる。一部の地方でしか生産されていないスパークリングワインはかなりの高級品だ。冒険者含む庶民たちの酒場で提供される事はない。彼女にとっては泣いているネイよりもこっちが重要らしい。


「あれ、レヴィア。あんまり興味なさそうね。貴族出身なんでしょ? ならお金あるんじゃないの?」


 甘いブドウジュースをちびちび飲みながらもリズは問いかける。故郷では甘味というものが存在しなかった反動だろうか、クセのあるアルコールよりも甘いのが好みなのだ。もっとも、十六歳未満の飲酒は違法なので飲んではいけないのだが。


 手元のグラスを眺めつつレヴィアは返答。


「何というか、ダメなんですよねぇ。ああいうタイプ。生理的に受け付けませんの」

「ええ? 何で? 顔も格好良かったし、性格も真面目でいい人っぽかったけど?」

「それがダメなんですのよ。何というか、人間らしくないというか……」


 リズはハテナマークを浮かべた。金があり、顔も良く、性格もいい。普通ならば誰もがお付き合いしたいと思う男性だろう。事実、隣で泣いている女は出会って数秒でそう考えていたらしいのだから。いまいちレヴィアの考えが分からない。


「そもそも男の顔なんてどうでもいいですし。目と鼻と口さえついてれば」


 くいっとワインを飲み干し、おかわりを要求するレヴィア。中々のイケメンボーイが応対するも、言葉通り感情が動いている様子は無い。彼女のそっけない「ありがと」にボーイの方は舞い上がっているようだが。

 

 ふと、リズの中に疑問がわく。

 

 金目当てはレヴィア自身が公言しているからいいとして、他に好みといったものは無いのだろうか? 普通、年頃の女子なら何かしらあるはずだ。そういうのにあまり興味が無いリズとて町行く男性を見て『あ、いいな』と思うことはあるのだから。


「そういえばアンタ、見た目に全くこだわってないわよね。ネイと違って。好みとか無いの?」

「ありませんわ」

「無いの? 本当に? 顔じゃなくても体つきとか、受ける印象とか」

「ハイパーどうでもいいですわね」


 本気で無いらしい。金オンリーとはある意味潔い。「しいて言えば不潔すぎるのはNGでしょうか」なんて言ってるが、そんなのは誰だって嫌だ。

 

「代わりに女の顔にはこだわりますわよ。基本的にメンクイですし」

「メンクイ? えっ?」


 次いで紡がれたレヴィアの言葉に、リズは困惑。メンクイってそういう風に使う言葉だっけ? 基本的に異性に使う言葉のはずだが。

 

「ああ、リズは合格ですから、存分に誇りなさい」

「えっ」

「わたくし、お胸にはこだわりませんので。顔と性格が良ければオッケー。まあ親が金持ちとか土地持ちとかであれば嬉しいですが、あくまでオプションですわね」

「えっ? えっ?」


 ……何やら不穏な言葉が思い浮かぶ。しかし今までの二年間、そういう気配はなかった。いや待て。もしかしたら自分が成長するのを待ってた可能性も……。

 

「ね、ねえ。違ったら謝るけど……アンタ、同性愛者ってヤツ?」

「はあ? 誰が同性愛者ですか。そんなわけないでしょう」

「そ、そうよね。よかった」

「全く、失礼な。ま、あえて言うなら無性愛者ですわね。本能的なものかどうか知りませんが、この体になってから『いいな』と思う事はあっても欲情する事は全く無くなったので」

「はあっ?」


 無性愛? この体? 何やら妙な発言が続く。

 

 それなりに長い付き合いの二人だが、こういう話をしたことは殆ど無い。ネイが入ってからだろうか。男やら恋愛やらの話をするようになったのは。最近レヴィアの新たな側面を知る事が多い。


(無性愛、この体になってから…………こんな体になっちゃったから男は駄目!? まさかレヴィア! 過去にそういうトラウマが!?)


 性的暴行の被害者。リズの頭にそんな言葉が浮かぶ。

 

(もしかして、前言ってた娘ってそういう事!? 望まない妊娠をして、産んで、子供二人と幸せに暮らしてたけど権力者だった男の実家に娘を奪われて……)


 そう考えると納得できた。性格がひねくれたのも世間の荒波に揉まれまくった結果なのだろう。彼女の苦労を想い、リズは悲し気な表情になっていく。なお、レヴィア&新之助の人生にそういったシリアスは一切存在しない。


「は? 何で泣きかけてるんですの?」

「ぐすっ。何でもない。何でもないの。辛かったわね。頑張ったわね……」

「??」


 一体何のこっちゃという表情をするレヴィア。しかしちょっとだけ悩んだ様子を見せた後、何かに気づいたようにポンと手を打つ。

 

「ははあ、そういう事。リズってばわたくしに惚れていたの」

「ぐすっ。…………へっ?」

「美しさは罪ですわね。まさか同性まで虜にしてしまうなんて。そりゃ対象外なんて言われたら悲しくなりますわね。ごめんねリズ」


 何やら勘違いされている。レヴィアの事は好きではあるが、恋愛的な意味ではなく友情的な意味でだ。


 色々と自分勝手だし、たまに洒落にならない事をしかけることもあるが、彼女は割と仲間想いの側面がある。出会ったときから自分は何度助けられたか分からない。普段が多少アレだとしても、中々悪感情を持てないのはそういうところがあるからだろう。


(あっ、もしかしたら私が勘付いた事に気づいたのかも。だから、こう、ごまかすような……)


 そう判断したリズは号泣。涙を流す彼女に対し、レヴィアは「本当にごめんなさい。けれどわたくし、同性愛者という見下される立場にはなりたくありませんの。モテないから同性に走ったとか言われそうですし」なんてLGBT差別をかましつつ、背中をぽんぽんして慰めている。なお、今の彼女はマジモノの“T”なので既にお仲間だ。

 

 三人中二人が泣くという異常事態。周りの人々がやじうまと化している。そんなカオス空間に、入店を知らせるベルの音が響いた。

 

「あっ。ここでしたか。ようやく見つけました」

「ガ、ガウェイン卿!」


 「ガウェイン様」「ガウェイン様だ」と辺りがざわつく。

 

 瀕死のネイも「ガウェイン様!?」と跳び起きた。泣いているリズも疑問に思い、入り口の方へと視線を向ける。昼間に見た金髪の騎士がそこにはいた。

 

 ガウェインは入り口のボーイに何かを話した後、つかつかとこちらに歩いてくる。少しだけ警戒した様子のレヴィア、きらきらするネイ、涙が止まらないリズと三者三様の反応。

 

 バリエーションあふれた彼女らの姿にガウェインは不思議な顔をしつつ、申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「失礼。お伝えしたい事があったのですが、また後にした方がよさそうですね。エントランスで待っているので、落ち着いたらいらして下さい」

「い、いえいえ。ガウェイン様の用件ともなればこちらのことなど些事ですとも。どうぞこのままお話し下さい」


 立ち上がり、胸に手を当てて騎士の礼をしつつも勝手に決めるネイ。しかしガウェインの方は未だ鼻をすすっているリズが気になるようで、「よろしいのですか?」と再確認してくる。「勿論です」とネイは再度勝手に決めた。

 

「では失礼して。私の名はガウェイン・ガラディン。アーサー様に仕える騎士です。お三方のお名前をお聞きしても?」

「はい! ネイ・シャリークと言います! こっちの桃色はレヴィアで、ちっちゃいのはリーゼロッテです!」


 まーた勝手に自己紹介してしまうネイ。それを聞いたガウェインは感心したような様子で言った。

 

「聞いたことがあります。確か、牡丹一華という冒険者パーティの方々ですね?」

「なんと! ご存じでしたとは、光栄です! ですが、何故……?」

「Aランク冒険者となればそうそういるものではありませんからね。別の国ならまだしも、同じ国にいる以上噂は伝わってきますよ。素晴らしい活躍をされているようですね」


 惜しみない賛辞と共に放たれるさわやかな微笑み。

 

 そのイケメンオーラにネイはでへーっとだらしない顔になる。が、すぐに引き締めて「ありがとうございます!」と礼を言った。

 

「それで、何の御用かしら? 昼間の事ならそれなりに感謝しておりますからメシくらいならおごりますけど。……ほら、お飲みなさい」


 対し、レヴィアはそっけない態度で質問。泣き止んだリズに水分補給させながら。彼女の言葉を聞いたガウェインは苦笑する。

 

「とんでもない。昼間も申し上げた通り、騎士の務めを果たしたにすぎませんので」

「そうだぞレヴィア。ガウェイン様に対して失礼だぞ」


 追従するネイに「アナタどちらの味方なんですの……」と呆れるレヴィア。彼女持ちの可能性大と聞いた上でのこの態度なのだ。呆れられて当然である。


「ええと、それで用件なのですが、実はレヴィア様にお願いしたい事がございまして」

「わたくしに? 一体何でしょう」


 ガウェインの言葉に、あまり興味を見せないままレヴィアは問い返す。その態度のせいか、少し言いづらそうになるガウェイン。

 

 しかしそれは数瞬の事で、彼は思い切ったように口を開く。


「じ、実は――








 是非、レヴィア様に結婚して頂きたいのです!」

 

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