012. JK
「ついた! ここがペンドランだよ!」
簡単な手続きを済ませた後、門をくぐり、町へと入る。
国境の町ペンドラン。
ユークト王国南東部にあり、南のセントファウス教国、及び東のシュキーア共和国との国境近くにある町だ。シュキーアへは別の道もあるが、セントファウスへ行くにはここを経由していくのが一般的なルートとなる。
当然、貿易のルートともなるので、この地を統括するペンドラン伯爵家の財政はかなり潤っている。
その証拠としてペンドラン伯爵家の領軍は他家よりもかなり大規模であり、さらには優秀な騎士をそろえている事でも有名だ。
大通りを歩き、ランドの家を目指す。通りでは大人のみならず子供も姿も見かけ、皆明るい表情をしている。時折巡回する騎士を見かけるが、横柄な振る舞いをしている様子もない。統治が行き届いているのだろう。
しばらく歩くと、噴水のある広場が見えてくる。領民の憩いの場として使われているらしく、そこにはたくさんの家族連れや恋人たちの姿。周囲には彼ら目当ての出店なんてのも出ている。
「ほう、立派な像だな」
ネイが見上げる先。そこには剣を掲げる騎士の彫像があった。普段からきちんと手入れされているらしく、コケなどの汚れは一切無い。
「ペンドランの騎士様の像だよ! 十二騎士って言って、十二人の強い騎士様がいるの! ほら、あれも!」
「成程。確かに十二体あるな」
ルルの言う通り、広場の外周に十二体の騎士の像がある。台座にはそれぞれ特徴的な紋章が刻まれており、十字、鳥、太陽など様々だ。よく見れば彼らの鎧にも同じ紋章がある。家紋か何かだろうか。
「あとで案内してあげるね。ウチはもうすぐそこだよ」
広場を左に曲がり、大通りよりも少しだけ小さな通りへと入る。
歩いていくにつれ、何やらルルがそわそわしだした。母や姉との再会が楽しみなのだろう。
「ははは。ルル、心配しなくてもウチは逃げないよ」
「……知ってます」
「何で敬語!?」
……残念ながらまだ父に対する不信は直ってないようだ。ランドが悲哀に満ちた表情で肩を落としている。
数分後、ランドの家に到着。
着いた途端、ルルは「ただいまー!」と元気な声で家へと入っていく。中から家族たちの歓迎の声が聞こえ出した。
残ったランドがネイたちに礼を言う。
「ここで大丈夫です。皆さん、お疲れさまでした」
「荷下ろしも手伝いましょうか? かなりの大荷物のようですし」
「いえいえ。殆どはこのまま違う場所に運ぶので大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
ネイの気遣いを遠慮した後、ランドは手のひら大の木の板を彼女へと渡した。依頼達成の証だ。これを各地の冒険者組合へ渡すことで金銭に替えられるのだ。一種の割符と言ってもいいだろう。
「確かに受け取りました。また機会があればよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
二人が会話を終え、握手で締めようとした時、家の中からドタバタと足音が聞こえてくる。
「ほらお姉ちゃん! お姫様! お姫様のレヴィアちゃんなの!」
「何なのよ一体。お姫様がこんなイモ臭い場所にいるはずないじゃない。全く、返ってきた途端騒がし、い……」
ルルに手を引かれ、中から若い女性が出てきた。
栗色の髪を後ろでまとめており、頭には家事用の頭巾。ルルの姉だろう。最初は面倒そうな様子であったが、レヴィアを見た途端目を見開いて驚いた表情になった。
「うっそ! マジ美人じゃん! 誰!? 誰よ!?」
「お姫様で騎士様なの! ルルを守ってくれたんだよ!」
「お、お姫様で騎士? お姫様の騎士じゃなくて?」
意味が分からないという顔をしながらレヴィアとルルの顔を交互に見ている。
「あら、ルルのお姉さん? 初めまして。レヴィア・グランですわ」
「へっ、は、ははは初めまして! アンナ・エティグです!」
ズボンのすそをちょこんと持って上品に挨拶するレヴィア。上下共にカーキ色のイモっぽい格好だったが、彼女は謎の高貴さを醸し出していた。その姿は正にお姫様というか、お忍びで市井に降りてきた高貴なお方という感じだった。
「あと、魔法使いのリズちゃんに、戦士のネイさん! みんな一緒にペンドランに来たんだよ!」
「魔法使い? 戦士? あ、あの、護衛の方ですか? お姫様の」
「護衛ってトコはあってるけど……レヴィア、早く訂正してよ」
「えー、もう少し姫プレイを楽しみたかったのですが」
リズに言われ、しぶしぶ訂正する。三人が冒険者という事実を伝えるとアンナはまたもや驚き、A級冒険者と聞くとさらに驚いた。
「へええ、若いのにすごい方々なんですねぇ。父がお世話になりました。それにルルも。大変だったでしょう? この子、色々と手間がかかるから」
「いえいえ、いい子でしたわよ。ねえルル」
「うん!」
レヴィアの言葉に元気よく返事をするルル。続けてルルは姉に対し、おねだりをする。
「それでね、お姉ちゃんにお願いがあるの。ルル、レヴィアちゃんたちを案内したいんだけど、お姉ちゃんもついてきてほしいの。私だけだとお母さん、ダメって言うと思うから」
「うーん、そうねぇ。今はお父さんがいるし、私はいいけど……ご迷惑じゃありません?」
「構いませんわ。むしろお願いしたいくらいでしてよ。ちょうど服を見たかったんですの」
その返答を聞き、アンナは「服、ですか」と呟く。そしてレヴィアの身体を上から下までじいっと眺めた。
「確かにソレ、ぶかぶかで合ってませんね。ぶっちゃけダサいですし」
「でしょう? なのでお願いしますわ」
そういう事なら、とアンナは了承する。彼女の言葉にルルは「やったー!」と喜び、レヴィアは「よろしくお願いします」と頭を下げた。リズも異論は無いようだ。
とある人物は「ダサいのが何だ。丈夫で実用的なんだ……」と切なそうにつぶやいていたが、誰も気づきはしなかった。
* * *
「うわっ! めっちゃいいじゃん!」
感嘆の声を上げるアンナ。
ここはペンドランの大通りにある
普通中世と言えば大量生産技術が無い為に衣服はオーダーメイド、あるいは古着となるはずだが、ここには新品の服がずらりと並んでいる。
これは、遺跡で発見された機械のお陰だ。遺跡には魔道具だけでなく高度な仕組みの機械も見つかる。高度すぎてよく分からないものや、魔道具が無いと動かないものがほとんどであるが、それでも技術的に参考になるものは多々ある。その殆どは国の独占技術となるのだが、中には民間でも応用されるものがあったりする。
その一つが服飾関係だ。紡績機などのお陰で衣服を作る手間は格段に楽になり、おまけにこの世界には地球に存在しない特有の天然素材がある。魔力を蓄える物質とか、魔物からとれる素材といったものだ。それが化学繊維の代わりになり、こうして新品のオシャレな服が出回るという訳である。
とはいえ、やはり新品は高い。庶民は古着屋を利用するのが普通だ。
ここを利用できるのは、単にレヴィアが小金持ちだからである。だからこそルルたちは遠慮なくこの店に案内したのだ。レヴィアの容姿にふさわしいモノを着るべきだと考えた為だろう。
その証拠に……現在レヴィアは着せ替え人形と化していた。
「やっぱ美人は得だわ。何でも似合うんだもの。選びがいがあるわぁ」
「お姉ちゃん! ルルこれがいいと思う! フリフリがいっぱい!」
「アンタが選ぶのは乙女チックすぎるのよ。んー、でも見てみたいわね。レヴィアさん、これも」
きゃぴきゃぴと楽しそうに服選びする姉妹。対し、レヴィアはげっそりとしている。
「あの…………もうコレでよいのでは? それなりにオシャレですし、着心地も悪くないですし」
「んー、まあ悪くはないんだけど、もっと似合うのがあるかもだし。という訳で試してみて」
「ルル、絶対似合うと思うんだ!」
まぶしい笑顔たちに推され、「は、はあ……分かりました……」と了承してしまうレヴィア。
嫌いじゃない。お洒落は決して嫌いじゃない。
男のときも、女になってからも格好にはそれなりに気を遣ってきた。しかし基本はテーマを決めた後、「これでいっか」とパパッと決めるのが常であった。
(これで何着目だろ……)
試着室に入る。鏡には超絶美人が映っているが、心なしか疲れている様子。女の買い物に時間がかかるのは知っていたが、まさか他人が買うものにまで時間をかけるとは思いもしなかった。『せっかくなのでルルに選んでもらおうかしら』なんて言った自分はアホだったようだ。
店に入って既に一時間以上。最初はネイとリズも付き合ってくれていたが、ファッションに興味が薄い彼女らは途中でどこかへ行ってしまった。ネイは本屋、リズは甘味屋だろうか。
がさごそと着替える。そして外の二人に披露すると、感嘆の声が返ってきた。やっと決まったかと思ったが、既に次を用意していたらしく、姉妹の両手にはそれぞれが推す服が。うええと思いつつもそれを受け取ってしまうレヴィア。
結局、ファッションショーが終わったのはそれから二時間後だった。
おやつタイムはとうに過ぎ去り、空にはオレンジ色の夕日。疲弊しながらもレヴィアはきちんとお礼の品――ちょっとした小物を買ってやった後、二人を家へと送る。一応、こちらからお願いした事なので義理を欠くわけにはいかない。
二人とバイバイした後、噴水広場へと向かう。いつ終わるか分からないので、分かりやすい噴水広場を仲間たちとの合流場所に決めていたのだ。
だらだらと歩き、広場に到着。まだ仲間の姿は無いようだ。
とりあえず広場内で待つ事にし、近くの出店でタピオカっぽいドリンクを購入。ベンチにドカッと座り、ストローをちゅーちゅー吸いながらリラックス。
背もたれに片腕をかけ、足を組むお下品スタイルだが、今はブレザーにチェックのスカートと女子高生風ファッションなので問題ない。髪型もポニーテールと活動的だ。これがドレスっぽい格好なら無理してでも上品に振る舞うところだったので、このチョイスにはある意味助けられた。
「ねえ彼女ー。もしかしてヒマしてるー?」
「俺らもヒマなんだけどさ、一緒にメシでもどう?」
が、ある意味やっかいでもあった。
どこからか現れた二人の若い男。若いクセに身なりがいい事から、どっかのボンボンだと思われる。ナンパであった。
普段はお嬢様オーラを出してるので声をかけてくるのはよほどの勇者なのだが、こうやって崩してるとすーぐ寄ってくるのである。ウザい事この上無い。レヴィアに同性愛の趣味は無いのだ。身体的には女だとしても、心は男のまま。メス堕ちの予定も無い。
まあ結婚はしたいというか虐待はしたいので、相手次第では媚び売ってやらんこともない。が、ナンパはダメだ。ナンパは基本
実際、新之助時代にナンパしたことは何回かあるが、釣れた途端に『あ、コイツとは絶対付き合いたくねぇ』『コイツ軽すぎねぇ? 簡単に浮気しそう』なんて考えたものだ。自分から声かけたクセに、男とは勝手なものである。
結局、無駄に警戒心が強い彼はヤる事ヤらずに逃げてしまい、時間と金を無駄にするばかりだった。そのせいでアレの卒業が遅れに遅れまくったのはご愛敬だろうか。
「ごめんなさい。人を待ってますの。遠慮して下さる?」
という訳でお断り一択。しっしっと犬を払うような仕草をする。
「ヒュウ! お嬢様っぽいじゃん! もしかして慣れてる?」
「家が堅苦しいんだよね。分かる分かる。俺らに任せなよ。すっげー面白いトコ連れてってあげるから」
何やら勝手なストーリーを作られている。金持ちの娘がスリル目当てに火遊び、みたいな感じだろうか。悲しいかな
(メンドクセ。とりあえずブン殴るか)
昭和の不良ばりに好戦的な思考をするレヴィア。普段ならさんざんチヤホヤさせてからバイバイするのだが、今日は色々と疲れているのだ。頭を使いたくない。
タピオカを飲み干し、容器を回収箱に投擲。立ち上がって
「待ちなさい。君たち」
ふと、後ろから声。ナンパ男のものではない。何だろうと振り返ると――
ものすごいイケメンがいた。
金髪に、青く澄んだ瞳。頭を除く全身は鎧で覆われ、その胸元には太陽の紋章が刻まれている。
何というか、こう、『正統派イケメン!』的なオーラが出まくっている。乙女ゲーのパッケージでセンターを飾ってそうだ。
「ガ、ガウェイン卿!」
「見ていましたよ。ナンパは結構ですが、嫌がっている方にしつこくするのは感心しませんね」
そのイケメンは顔をしかめつつ穏やかに男たちを叱責。すると彼らはぺこぺこしながら逃げて行った。
イケメンがこちらを向き、微笑みかけてくる。
「大丈夫でしたかお嬢さん」
「ええ、感謝いたしますわ。あのままだとブン……じゃなくて、ええと…………とにかくありがとう」
「これも務めですので、お気になさらず。ですが、日暮れも近いこの時間にご婦人が一人で出歩くのは感心しませんよ」
「大丈夫。そろそろ仲間が来ると思いますので」
ちょうどその時、後ろから「レヴィアー」とリズの声がした。振り向くと、二人がこちらへ向かってきていた。何だか知らないが、ネイが衝撃を受けたようにのけぞっている。
「なんと、冒険者の方でしたか。これは失礼しました。何やら学生のような恰好でしたので」
「ええ。そういう訳ですのでご心配なく」
「そうですか。ならば私はこれで。アーサー様の護衛に戻らねば」
軽く一礼して去っていくイケメン騎士。歩く先を見れば、何人かの騎士を伴った馬車が一台。どうやら誰かの護衛をしている最中だったらしい。
(……強ぇな。十二騎士ってヤツか? そこにある像と同じ紋章があったし)
その後ろ姿に対し、レヴィアは警戒するように目を細めた。すらっとしているように見えたが、中身は相当鍛えられている。単純な筋力であれば自分の何倍もあるだろう。
(だとすると馬車の中はかなりのお偉いさんだろーな。地味な馬車だけど、お忍びとかかな?)
じーっと馬車を見る。
すると、中の人物と目が合う。辺りが薄暗い上に遠かったのでどんな人物かは分からないが、あちらもこちらを見ていたらしい。
しかし目が合ったのは一瞬。興味をなくしたのか、馬車の中の人物は目を外した。そして先ほどのイケメンが声をかけると、馬車はカタカタと音を立てながら去っていった。
「レ、レレレレヴィア! あのお方は誰だ!」
「うおっ!」
いきなり肩をつかまれ、ガタガタと揺らされる。ネイだった。何やら焦ったような雰囲気だ。
「な、何なんですの一体。落ち着ついて下さいな」
「これが落ち着いて……! い、いやすまん。で、あれは誰なんだ」
「さあ? ただ、ガウェインって呼ばれてましたわね。十二騎士とやらの一人だと思いますけど」
「ガウェイン様……」
手を組み、祈るようなポーズをしながらもぽーっと頬を染めるネイ。その反応でぴーんと来る。リズも気づいたらしく、『またかよ』という表情だ。
ふーっとため息をついた後、レヴィアはネイの肩をぽんと叩く。
「いやアレ、彼女いるでしょう。下手したら結婚してるかも」
「なんだとぉっ!?」
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