011. 父と娘、その別離

「レヴィアぁ!!」

「そんな、嘘だろ!?」


 二人は悲鳴を上げつつレヴィアのもとへ走る。彼女らは知っているのだ。レヴィアの防御力がそれ程無い事を。

 

「外道のたぐいかと思ったが……それなりにマトモな部分もあったようだな」

「何だか後味悪いよ兄ちゃん……」


 黙祷するように目をつぶる男と、バツの悪そうな顔をする少年。

 

 素性が知れない者たちではあるが、人質を取らなかった辺り卑怯者ではないのだろう。このような結末は彼らにとっても不本意なのかもしれない。

 

「行くぞ。精霊石を見つけねば」

「う、うん」








「あら、どこへ行くのかしら?」








 がばっと後ろを向く襲撃者二人。聞き覚えのある声だった。先ほど煽りに煽ってきた女の声だ。

 

「レヴィア! 無事なの!?」

「ええ。何故か知らないけど助かったみたいですわね」


 つかつかと炎の中を歩いている。ダメージを負った様子は無い。

 

「馬鹿な、無傷だというのか……!」

「それどころか火が効いてないみたいだよ兄ちゃん」


 魔力強化、あるいは水属性魔法で防いでいたとしてもありえない。どちらも熱を完全に遮断する訳ではないのだから。

 

 二人はさらなる警戒心を抱きつつレヴィアを注視する。そして彼女がその姿を現した時――

 

 

 

「「「「ぶっ!?」」」」




 ここにいる全員が噴き出した。それもそのはず。炎の中から出てきたレヴィア。その姿は――

 

 

 

 

 

 

 

 素っ裸だった。

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれましたわね。何故かダメージは微塵もありませんが……」

「ちょ、レヴィア!」

「リズ、心配は不要でしてよ。この通り無傷ですから。それよりあの狼藉者どもを始末しなくては」


 目を細め、「わたくしをビビらせた罪は重いですわよ」なんて言いながら男へ飛び掛かる。素っ裸で。

 

「な、ちょ、待て! 近づくな!」

「待てと言われて待つ阿呆はおりませんわ!」


 後ずさりする男。レヴィアはそれを逃さず剣を振るう。何かがぷるんと躍動する。

 

 防御する男の鼻からたらりと赤いものが一筋。左手それを抑えようとするが、どうにも止まらない。不審に思うレヴィア。キーゼルバッハが切れやすいのだろうか。

 

「レヴィア! 服! 服ぅー!!」


 手に布切れを持ったリズが焦ったように駆けてくる。「はぁ?」と疑問に思い下を見てみると……。

 

「なっ!? 何で素っ裸なんですの!?」


 驚きの表情を見せるレヴィア。本気で気づいてなかったらしい。


「わたくしの服は!? ……まさか燃えた? 燃えちゃったんですの!? あの服めちゃくちゃ高かったのに!」


 激怒するも、特に隠すといった行動は見せない。

 

 男であっても股間くらいは隠しそうなものだが、新之助時代から彼女は自分の身体に絶大な自信を持っていた。故に裸を見られて恥ずかしいなどという感情は一切存在しない。恥じるものなど何一つ無いのだ。金は取るかもしれないが。

 

「テオ! 撤退! 撤退だ!」

「えっ。わ、わかった! 乗って兄ちゃん!」


 その隙に鼻を抑えた男はドラゴンの背中に飛び乗り、テオと二人して逃げていった。地上から「テメー弁償しろ!」なんて声援を受けつつ。

 

 こうしてぐだぐだになりつつも危機は去ったのであった。

 

 

 

 だが、とある人物にとっての危機は去っていない。


 

 


 

 

 

「……すごい、ドラゴンをやっつけちゃった!」


 馬車の陰からきらきらとした視線を送るルル。

 

 彼女の中でレヴィアの株は上がりに上がっていた。昨日まででも十分にすごいとは思っていたが、今日のはレベルが違う。

 

 何せ、ドラゴンを退けてしまったのだから。

 

 ドラゴンといえば物語の中で最もポピュラーな魔物だ。時に味方、時に敵と両極端に描かれるドラゴンだが、彼女が知る絵本では悪い魔物という役柄だった。お姫様をさらったドラゴンを正義の騎士が討伐し、お姫様と結婚するというよくあるストーリーだ。

 

 つまりルルの中では『ドラゴン=悪いヤツ』『ドラゴンを倒した人=正義の騎士』という認識だった。実際に殺されてしまうところだったのだから、その認識は間違っていない。そんな悪いヤツからレヴィアは身を挺して自分をかばい、ドラゴンを撃退した。憧れてしまうのも当然の事であった。

 

「お父さん! レヴィアちゃんすごいね! お姫様なのに、騎士様みたいに強い!」


 隣の父へ同意を求める。自分と同じく彼女に救われたのだ。きっと同じような思いを抱いているに違いないと考えたのだ。

 

 しかし、どうにも返事が返ってこない。

 

「お父さん! お父さんってば! ……お父さん?」


 何やら様子がおかしい。不審に思って隣の父を見上げるルル。

 

 そこにあったのは――

 

 

 

 

 

 

 

「全く、やってられませんわ。あの服いくらしたと思ってるんですの」

「知らないわよ。大体あんな恰好で町の外に出ること自体が間違ってるの」


 ぶちぶちと愚痴りつつも着替える。

 

 レヴィアのは燃えてしまったのでネイのものだ。かなり大きいが、つんつるてんになるリズのものよりはマシだ。「うわ、ダサ」と悪態をつきながらボタンをとめる。

 

「けど、何で無事だったんだ? まだ何か隠していたのか?」

「そういう訳じゃありませんけど……。多分、コレのお陰ですわね」


 疑問を呈すネイに対し、着替え終えたレヴィアは焼け跡へと歩く。そして地面から赤いものを拾った。

 

「この石。攻撃が当たる瞬間に光り出したんですの」


 精霊石。あの襲撃者がそう呼んでいたものだ。今は以前と同じく淡い光を放っている。

 

「ほう。その石の。一体何なんだろうなこれは」

「結界みたいな効果があるのかしら。……ってちょっと待って。何でここにあるの? さっき投げてたわよね?」

「あれはニセモノですわ。懐にあったものをテキトーに投げたんですの。億単位の価値があるものを誰が投げるものですか」


 レヴィアの答えに「ああ……」「まあ、そうよね」と納得する二人。あんな勢いで投げれば大抵のものはぶっ壊れる。そんな勿体ないことをレヴィアがするはずがないのだ。


「とにかく危機は去った。さっさと出発しよう。また襲ってこないとも限らん」

「そうね、行きましょ」


 三人は馬車の方へ歩き出す。幸い被害はないようで、ランドとルルも元気そう。かばったかいがあったというものだ。


「ああ皆さん、ご無事で何よりです! 驚きました! まさかドラゴンを撃退してしまうとは!」


 ランドは歓迎するように両腕を開き、すごいものを見たという表情で迎えてくる。

 

「さすがはA級冒険者ですね。ドラゴンが来たときは死を覚悟しましたが……いやあ、本当に驚いた。ありがとうございました」

「いえ、今回の襲撃はこちらの事情によるものでした。なので礼は不要です。むしろ謝らなければなりません」


 頭を下げるネイ。それに対し、ランドは苦笑しつつも言う。


「まあ、それについては思うところが無いわけではありませんが、守ってもらった事実は変わりません。特にレヴィアさんには体を張ってまで守って頂けた。ここまでしてもらっては文句など言えませんよ」

「そうですか。ありがとうございます。残りの道中もしっかり護衛致しましょう」

「よろしくお願いします。ほら、ルルもお礼を言いなさい」


 ランドはルルの頭を下げようと手をやる。

 

 

 

 ……が、何故かすっとよけられてしまう。あれ? と思うランドをよそに、ルルはレヴィアへと駆け寄った。

 

「レヴィアちゃんありがとう! すっごく恰好よかった!」

「あら、ありがとう。ルルも偉いわね。泣いたりしなかった?」

「泣かないよ! 魔物に会ったら泣いちゃダメだって言ってたもん! その…………お父さんが」

「?」


 何やら言葉がしりすぼみになっているルル。後半のテンションの下がりっぷりに一同は首をかしげた。


「はは、目立つと狙われるからな。守られる側は守られるなりに努力しなくては。ルルもよく頑張った」


 ランドは褒めつつも頭をなでようと手をやる……が、またよけられてしまう。

 

 何で? と思い、ルルの顔を覗くと……

 

 

 

 とても嫌そうな顔だった。

 

 

 

「ル、ルル……」

「はい。何か用ですか」

「何で敬語!?」


 訳が分からない。一体何があったのだ。ランドは自問するも答えは出てこない。

 

 そんな風に悩む彼を無視したルルはレヴィアへと近づき、「レヴィアちゃん、ダメ」と言いながら彼女を押し始める。一体なんなのかとレヴィアが問いかけると、ルルは嫌そうな顔のまま口を開いた。

 

「レヴィアちゃん、あんまりお父さんに近づかない方がいいよ」

「どうして? 加齢臭がするから?」

「そうじゃないけど……」


 ルルは何かを思い浮かべているようだ。一瞬ランドを見た後、ぼそりと言う。

 

「パパ、スケベだもん」

「――!」


 ランドは全てを理解した。理解してしまった。


 言い訳をさせてもらえば、男というものは好意のあるなしに関わらず美人を見ると注目するように出来ている。それが目の前で素っ裸になるならガン見せざるを得ない。ちょっと顔がだらしなくなっても仕方ないのだ。つまり男としてのランドに落ち度は無い。

 

 が、父としては別である。娘の前でそういう姿を見せるべきではなかった。まだ幼いからこそ油断していた。例えばルルの姉にそーゆー姿を見せたらどうなるか。考えるまでもない。

 

「ル、ルル……」


 救いを求めるように手を前に出すランド。しかしルルは嫌悪と軽蔑のまなざしで見てくるばかり。その胸中は父親なら誰もが察せるだろう。

 

 

 

『お父さんキモい』

 



 幼児ルル。六歳。

 

 早すぎる父離れの訪れであった。


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