010. 竜と銀豹

 暖かな日が降り注ぐ中、一行は道を歩く。

 

 あれから一週間と少し。時に野宿、時に宿場で体を休めながら歩みを進めていた。もう二、三時間もすればペンドランだろう。

 

「それでね、ペンドランはね、偉い領主様がいるんだよ! 騎士様も強くてかっこいいの!」

「そうなんですの。楽しみですわ」

「ルルが案内してあげる! 美味しい食べ物屋さんに、服屋さんに、帽子屋さんに、えーと……他にもいっぱいあるの!」

「あらあら、よろしいんですの? 助かりますわ」


 肩車をされながらレヴィアと会話するルル。

 

「ははは。ならお姉ちゃんも案内してもらおうかな。どこかオススメの場所を教えてくれ」


 因みに肩車をしているのはネイである。母性無し発言が気に食わなかったのか、どうにかしてルルの気をつかもうとした結果であった。どちらかというとパパがやりそうな事であるが、気づいてはいない模様。

 

「うーん、ルル、武器は分かんない。武器はお父さんが詳しいよ!」

「ぶ、武器か。お姉ちゃん、もうちょっとお洒落な場所がいいな」

「鎧も分かんないよ。ルル、お洋服が好きだから」

「……」


 がっつり戦士扱いであった。それも仕方ない。幾度か魔物に襲われたが、魔法を使うリズや華麗に舞うレヴィアに対し、ネイは勇猛果敢という言葉がピッタリな戦い方。ルルのイメージがそうなるのは自然な流れである。


「……?」

「あら、リズ。どうかしました?」


 怪訝な顔のリズ。不審に思ったレヴィアが問いかけるも、それを無視し、周囲に魔力を放って”探知”し始める。

 

「……風の精霊が減ってる。魔法? でも、周囲には何も……」


 風の精霊がいなくなるという事は、風に属する魔法が使われているという事だ。例えばリズのウインドカッター。あれも風魔法であり、使えば周囲にいる風の精霊が一時的に減少するのだ。


 しかし、風が起こっている様子は無い。風魔法はその名の通り風を起こすものが多い。だというのに――

 

「ネイ! ルルを馬車に! 上から来ますわ!」


 何かを感じ取ったレヴィアが警告すると、ネイはすかさずその言葉に従う。そして武器を抜きながらも前へと躍り出た。

 

 

 

 ――グオオオオン!!

 

 

 

 咆哮。それと共に接近してくる巨大な影。近づくにつれ風が強くなり、仕舞には腰をかがめねば吹き飛ばされるほどの風量となった。

 

 翼のはためく音。それは鳥が立てるような軽い音ではなく、重い轟音だった。それもそのはず。その翼を持つ者の正体は――

 

「な、何故こんな場所にドラゴンが!?」


 狼狽するネイの声。

 

 ドラゴン。

 

 この世界に存在する魔物の中で、最上位に近い力を持つ魔物だ。一口にドラゴンといっても様々な種別が存在する。性質や強さは異なるものの、難易度で言えばどれもAを下回る事は無い。弱いのはせいぜい幼竜の時くらいだ。

 

 勿論目の前のドラゴンは違う。緑色の頑丈そうな鱗に包まれ、角は立派に生えそろい、捕食者特有の縦に割れた瞳が淡い魔力光を放っている。大きさも人間の五倍はありそうだ。完全に成体となった姿であった。

 

「精霊の減少はコイツのせい!? そりゃそうよね! これだけの巨体を飛ばすんだから、相当な精霊が消費されちゃうもの!」


 ドラゴンほどの重量を持つ生き物が飛ぶのは、翼を魔力強化したとしても難しい。なのに飛べるのは魔法を使っているからだ。

 

 魔物は人間ほど多彩な魔法は使えないが、本能に根差した魔物特有の魔法を行使できる。それ専用の魔法構築器官が体内に存在する為だ。

 

 馬がおののき、ヒヒーンと鳴きながら前足を跳ね上げる。どうどうと落ち着かせようとするランドに、不安げな声を上げて彼に抱き着くルル。

 

 ずぅんと音を響かせ、ドラゴンが地面へと降り立つ。グルルルと唸り声が聞こえるものの、すぐ襲ってくる気配はない。違和感を感じながらも馬車を守るべく警戒していると……。

 

「見つけたぞ。貴様ら」


 ドラゴンの上から声。見れば銀髪にネコミミの男が腕を組んで立っており、こちらを睨んでいる。口元を布で隠し、服装は全身が黒。忍び装束のような恰好だ。

 

「ドロボーめ! 返せよ! やっと見つけたんだぞ!」


 そして男の後ろからひょっこりと頭を出す少年。遺跡で捕まえかけた少年だった。

 

「あら、誰かと思えばねこさんじゃないですか。元気でした?」

「元気な訳ないだろ! めちゃくちゃ大変だったんだぞ! お前のせいでウイングは言う事聞かなくなるし、町を探したらもういないし、今まで探しに探してやっと」


「テオ。少し黙れ」


 ぷんぷん怒る少年を静止する男。冷たく、あまり感情が感じられない声だ。その声を聞いたテオと呼ばれた少年はしぶしぶと下がる。

 

「う……わかったよ兄ちゃん」

「あら、お兄さんなんですの? ……ふーん」


 レヴィアは品定めするような目つきで二人を見た。ビクリとするテオだが、男はそれらを無視し語り掛けてくる。


「さて、冒険者ども。こちらの要件は一つ。精霊石を渡せ」

「精霊石? 何の事だ」


 最前面で盾を構えながらネイは返答。その彼女に不快な様子を見せる男。

 

「とぼけるな。貴様らが持っているんだろうが。あれはお前たちが持っていていいものではない。さっさと渡せ」

「あの赤い石の事かしら? 成程成程。でも残念。もう売っぱらってしまいましたわ」

「な、何だって!?」


 しれっと嘘をつくレヴィアに、がーんとショックを受けた様子のテオ。その様子に男は小さなため息を吐く。


「騙されるなテオ。魔法都市で売ろうとしていると裏を取っただろう」

「あ、そっか。やい! この嘘つきめ!」

「あら知ってましたの。馬鹿そうだから騙せると思いましたのに。お兄さんの方はそこそこ頭が回るようで」


 馬鹿という言葉に憤る少年をよそに、男はあくまで冷静に要求を続ける。


「もう一度言うぞ。精霊石を渡せ。渡せば見逃してやる」


 ぐるると唸るドラゴン。従わねばけしかける、という雰囲気だった。それを見たネイは顔をしかめ、背後の仲間へと問いかけた。

 

「どうするレヴィア。相手はドラゴンを完全に制御しているようだぞ」

「うーん、そうですわね……」


 ちらりと馬車の方を一瞥。親子が不安そうにこちらを見ている。


「まあ、仕方ありませんわね。元々あの人たちの物ですし。お返しいたしましょう」

「え!? レヴィア、本気!?」

「リズ、いつも言ってるじゃありませんか。わたくしは夫の金で贅沢したいんですのよ? だから必ずしも大金を持つ必要は無いの」

「えええ……」


 にっこりと笑うレヴィアに、不振げな顔をするリズ。

 

「それに、命あっての物種ですし。という訳でお返しいたしますわ」

「そうか。ならばこっちに投げろ」


 懐から石を取り出し男の方へと差し出すと、投げて渡すよう命じられる。

 

「わかりました。それじゃ………………オラァ!!」

「なっ……!?」


 ドヒューン!

 

 そんな効果音を出しつつぶっ飛んでいく玉。投げるは投げたが、全力で投げたのだ。短い投球フォームからのこの伸び――野球選手顔負けの肩の強さであった。

 

 皆の視線が玉に。その隙を見逃さずレヴィアは巨大な目玉へと飛び掛かり、蹴りを放つ。ドラゴンの身体で唯一柔らかい目をつぶしつつ、反動でさらに跳躍。男へと刃を振るう。

 

「くっ!」

「あら、よく止めましたわね。残念」


 男は苦無で受け止め、何とか防御に成功。レヴィアは残念がりながらもくるりと後方へ宙返りし、地面へと降り立つ。

 

 痛みのあまりのたうち回るドラゴン。体勢を維持できず、男はテオを抱きかかえてドラゴンから飛び降りた。

 

「貴様……!」

「お馬鹿さん。忍者っぽい格好の割にはうかつな方ですこと」


 初めて感情を見せる男に対し、口元を歪めながら煽るレヴィア。

 

「やっぱり。そんな殊勝なヤツじゃないわよね」

「その通り。絶対にやると思った」


 ある意味彼女を信頼していた仲間たちがドラゴンへと仕掛ける。返すなら返すので問題ないのだが、返さないならこうなると予想していたのだろう。


「それに、返しても本当に引いてくれるか分かんないしねっ! アイスバレット!」

 

 リズが氷結魔法を放つ。雪山に住むドラゴンでもない限り、ドラゴンは低温に弱いのが一般的だ。

 

「ドラン! くそっ、『飛べ』!」


 テオが叫ぶと、ドラゴンは翼を羽ばたかせて空へと脱出した。まだ痛みに耐えてはいるが、理性を取り戻したようで、残った片目を憎悪でたぎらせている。

 

「何っ!? その子がドラゴンライダーなのか!?」

「多分違うわ。状況的に、この間のケルベロスもこの子が操ってたんだと思う。だとすると……」

「レアスキルか!」


 レアスキル。

 

 魔力強化でもなく、魔法でもない、第三の力。魔法を何重にもかけなければならない、あるいは魔法で不可能な事すら実現できてしまう能力の事だ。その原理は不明で、効果も個人でばらばら。唯一分かっているのは発動に魔力を用いる程度だ。

 

 そもそもレアと名付けられるように使える人間自体が希少で、一国に片手で数えるほどしか存在しないのだ。その為か研究は殆ど進んでいない。宗教関係者は神の祝福だと主張しているが……。

 

 とにかく、この少年はレアスキル持ちのようだ。恐らく魔物の使役能力を持つのだろう。

 

「ふぅん。ならマダムより軍事関係者に売り飛ばすべきでしょうか。ねこさん、どっちがいい?」

「どっちも嫌に決まってるだろ!」


 レヴィアの軽口に憤るテオ。そんな彼を抑え、男は指示する。

 

「挑発に乗るな。お前は上から援護しろ。俺はこの女をやる」

「分かった! ドラン、来い!」


 迎えに来たドラゴンへとテオは飛び乗り、空へと舞い上がる。そして何かを命令するとドラゴンの口内に炎が宿り、けたたましい咆哮と共に放出された。

 

 ドラゴンブレス。その炎はネイとリズを目標に放たれるも、少々狙いが甘い。片目しか使えない故に距離感がつかめないのだろう。二人は難なく回避に成功。反撃にリズが氷の矢を飛ばしている。

 

 一方、男は両手に苦無を持って突撃。地を這うような姿勢でレヴィアへと迫り、二刀を振るう。縦横無尽に放たれる連撃だったが、レヴィアは涼しい顔で体を左右に傾かせて避ける。

 

「テクニカルなタイプですか。成程」


 バックステップで距離を取り、すぐさま反転。男を真似たように低い姿勢をしつつ、連続で突きを放つ。

 

「くっ……!?」


 苦悶の表情でそれを受ける男。二刀にも関わらず防ぐのが精一杯。たまらず男は距離を取った。

 

「強い……! ふざけた言動は偽装か……!」

「あらあら、この程度の児戯でもう弱音? ただの真似っこでしてよ?」


 くすくすと笑いつつ、手元でくるくると剣を回して遊ぶ。わざと隙を見せているのか、煽っているのか。男は判断がつかないようで、攻めあぐねている。

 

「少しペースを上げましょうか」


 レヴィアの姿がブレる。次の瞬間、男の真正面にレヴィアが。

 

 驚愕しつつも男は苦無をクロスさせて防御――するも、左からの蹴りに反応できず吹っ飛ばされる。しかしダメージはわずかのようで、すぐさま起き上がり、追い打ちをかけてきたレヴィアの斬撃を回避。

 

 再び距離を取りった男が苦々しく顔をしかめていると、同じく顔をしかめたレヴィアの姿。

 

「ダメですか。困ったものですわ。我ながら非力すぎて」

「……その技、その身のこなし、我流ではあるまい。どこで習った」

「おっさんに教わりましたの。お遊び程度の技ですが、ま、か弱いわたくしにはピッタリですわね」

「言ってくれる……!」


 男は多量の魔力を身体から放出し、魔力強化を行う。本気になったのだろう。先ほどとは比べ物にならない速さでこちらへ迫り、鋭く刃を振るう。

 

 が、レヴィアはそれに難なく対応。時折苦無を投擲したりフェイントをかけたりといった小細工も全て見切っていた。

 

 予想以上の実力に焦ったのか、一瞬だけ男の動きが鈍る。その隙を見逃さずレヴィアは首を狙い刺突。しかし大きく首をひねらせる事でよけられてしまい、男はその勢いのままに体を回転させて距離を取った。

 

「へえ、中々に甘いマスク」


 刀身に布をひっかけたレヴィアが口を開く。見れば男の素顔があらわになっており、その造りは彼女の言葉通り中々に整っていた。

 

 釣り目がちの目、整った鼻筋、シュッとした輪郭、銀髪にネコミミ。テオという少年が成長したらこうなるだろう、という感じの容姿だった。

 

 男はしまったという顔で口元を押さえ、レヴィアをぎろりと睨む。そんな反応を気にすることなく、彼女はぶつぶつと独り言をつぶやいている。

 

「……二人セットならいくらで売れるかしら? 姉妹丼に需要がある事は分かりますが、兄弟丼かぁ。絵面はエロマンガで見たことあるけど、あれは男性向けだし。女から見ればやっぱキモイんだろーか。けど逆ハーレムって言葉もあるよな……」

 

 幸か不幸か男には聞こえてないようで、こちらを警戒しているばかり。レヴィアは結論の出ない考察に堂々巡りしている。


「兄ちゃん! このおっ!」


 仲間二人と戦っていたドラゴンがこちらにへ飛んできて炎を放ってくる。やはり狙いが甘いが、ドラゴンブレスは広い攻撃範囲を持つ。十分にレヴィアを捉えており、彼女は大きく避ける事を強いられた。

 

「テオ、よくやった……!」


 苦無を投げ放つ男。それをレヴィアは紙一重で避けようと――避けようとしたが、直前で大きくステップ。かなり大げさに回避した。その勘は正しく、苦無は地面へと当たった瞬間、爆発。


「初見で避けるか……! やっかいな……」

「まだだ! やっちゃえドラン!」

 

 ドラゴンが火球を放つ。ケルベロスが放ったものと同じもので、恐らくは魔道具によるもの。ブレスより早いソレを見たレヴィアは「げっ」という顔をし、再びステップ。

 

 瞬間、またもや爆発する苦無が迫り、「はわわわ」と見苦しい声を上げながら前方へダイブ。さらに放たれる火球。

 

 華麗な動きはなりを潜め、曲芸のような動きで避け続けるレヴィア。見切れはするものの余裕は無いのだ。何せ、一撃でも当たれば防御に劣るレヴィアにとっては致命傷。ギリギリで避けるのもダメだ。玉のお肌に傷がついてしまう。

 

 先に兄の方を始末しようとするも、弟が邪魔をする。弟はそもそも攻撃が届かない。完封されてしまうレヴィア。レヴィアは思った。舐めプレイナメプなんてしなきゃよかった。

 

 とはいえ、この状況は長く続かないだろう。仲間たちがこちらへ向かってきている。

 

 二対一なのが問題なのであって、仲間と連携すれば一対一、あるいは多対多の状況に変化する。その場合、戦力に勝るこちらが有利なのは間違いない。

 

 ようやく魔法の射程圏内に入ったリズが氷のつぶてを構築し、ドラゴンへと放つ。ドラゴンはレヴィアに気を取られており、横っ面を叩くように攻撃は命中。これで状況は再び――

 

「えっ?」


 しかし、そこで予想外の出来事が起こった。

 

 ドラゴンの顔が横に向いたせいで、火球が明後日の方向に。そしてその先には馬車と、馬車の陰に隠れた親子の姿。

 

「くそっ!」


 魔力強化し、爆発するような速度で馬車へと走る。火球に追いついた――のはいいものの、防ぐ手段が無い。いや、無くは無いのだが、耐えられるか――

 

「レヴィアちゃん!」


 ルルの叫び声。火球へと振り返り、耐えるように腕をクロスさせる。高熱と衝撃が襲ってくるも、足を踏ん張ってこらえる。

 

 レヴィアの姿が爆炎の中に消えてゆく――

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