009. 家族の思い出
一人がいわれのない風評被害にあいながらも馬車は進む。
運悪く狼の群れに遭遇する事もあったが、リズが火属性魔法で威嚇すると瞬く間に逃げて行った。
この辺りで強い魔物に遭遇する事は殆どない。強い魔物が現れた際はすぐさま騎士団か、あるいは高ランク冒険者が対処する事になっている。王都の物流に影響する為だ。
ルルはレヴィアにベッタリで、すっかりなついた様子であった。
ママゴトやあやとりといった遊びも嫌がらず、冒険者としての武勇伝など話題も豊富。加えて王都の流行やファッション等にも詳しい。その男子力と女子力でルルを退屈させることはなかった。
とはいえ、夜ともなると慣れた家族である。野宿の準備を終え、焚火を囲みながら食事をし、そのうち眠くなったルルはランドの元へ戻っていく。そして父の膝に頭を乗せ、すやすやと寝息を立て始めた。
「寝ちゃった。やっぱり疲れてたみたいね」
「ただでさえ旅は疲れますからね。泣かないだけでも偉いと思いますわ」
リズも子供に慣れているようで、途中から二人で面倒を見ていた。狼との遭遇時に活躍したという事もあり、『強いお姉ちゃん』という認識をされたようだ。お姫様のお姉ちゃんと強いお姉ちゃんの二人に囲まれてルルは終始楽しそうだった。
「ううむ。しかし何故私には懐いてくれなかったのだろうか……」
反面、ネイは避けられていた。彼女としては子供好きなのだが、何故かいつも子供ウケが悪いのだ。
「カタいんですわ。言葉も表情も。大人だって話しかけるか躊躇する雰囲気なのに、子供が寄ってくるはずないでしょう」
「そ、そうか? 自分では普通なつもりだが」
「せめてニヒルな笑顔をおやめなさいな。普通ににこーっとすればいいんですわ。にこーって」
「な、成程。こうか?」
ネイはにこーっとした……らしい。
「……フェイストレーニングが必要ですわね」
「そうね。口元が引きつってるわ。目も笑ってないし」
レヴィアとリズは厳しい評価を下した。にこーっとはとても言えない表情だったのだ。
「そのままだと子供ウケ置いといてもヤバいですわよ? 今はまだ大丈夫ですが、年を取るとお顔がたるんできますわ」
「何ぃ!? 本当か!?」
「ええ。今のうちに表情筋鍛えといたほうがよろしいかと。割りばし……は無いんだった。小枝を使った効果的なトレーニングがありましてよ」
「なんと! 是非教えてくれ!」
二人のやり取りに「懐く懐かないの話はどこいったのよ……」と呆れかえるリズ。何気に現代知識チートが含まれたやり取りだったのだが、微妙すぎて本人も気づいていない。気づいてたら金取っていただろう。
そんなやり取りを見てランドは愉快そうに笑う。
「はっはっは。何とも楽しい方々です。噂ではかなりの問題児パーティだとお聞きしていましたが、所詮噂は噂だったようですね」
「A級ともなれば嫉妬も受けますから。理解して頂けて何よりですわ」
レヴィアはにこりとしながら返事を返した。何故か両サイドの二人がジト目を送ってくるが、気にせずともよいだろう。
「最初レヴィアさんを見た時はビックリしましたが、ルルとのやり取りで分かりましたよ。服の下に色々と仕込んでいるのですね。隠し場所があからさますぎて逆に分かりませんでした」
「あら、バレてしまいましたか。化粧品、ハンドクリーム、お風呂セット、裁縫セット、おやつのクッキー……その他色々と仕舞ってますのよ。バッグは持たない主義ですので」
「はっはっは! いや、本当に面白いお方だ」
冗談と思ったランドが膝を叩いて笑う。何で笑うんだろう? と不思議そうな表情をするレヴィア。ため息をつく仲間二人。
「うーん……お父さん、うるさい」
「おっと、すまんすまん」
完全に眠っていなかったらしく、ルルが抗議の声を上げる。ランドは謝罪しつつも彼女に毛布をかけ、体をポンポンと優しいリズムで叩き始める。再び寝息を立て始めるルルを見て、ネイは感心した顔をした。
「手慣れていらっしゃる。やはり普段から世話をなさっているので?」
「まあ、家にいるときくらいですかね。こんな商売ですから、いつもは家内に任せっぱなしなので」
「ふふっ、気持ちよさそう。お父さんの手が安心なのね」
リズも微笑ましそうに眺めている。なにやら懐かしいものを見る目だ。彼女も故郷の家族を思い出しているのかもしれない。
「こうしてやれるうちはこうしてやりたいですね。上の姉なんてもう、頭すら撫でさせてもらえませんからね。『お父さんキモイ』って。トホホですよ」
「まあ、そうなんですの。ウチのはまだ小さかったのでそういう気配はありませんでしたわ。どの位から拒否されました?」
「やっぱり十を過ぎたくらいからですかね。生意気になるのは」
「思春期が来ますからねぇ。女の子だと余計難しいでしょう。その辺は母親に任せるしかないんでしょうかねぇ」
「ええ、子供とはいえ女なので。男親では分からない事だらけです。下手に触れるとデリカシーが無いって言われますし、レヴィアさんも…………って、ん? んん?」
「……あっ。失礼。妹の話ですわ」
「あ、ああ。そうでしたか。ビックリしました。まるでパパさん同士で会話してるようだったので」
「おほほほ、お恥ずかしいですわ」
誤魔化すように笑うレヴィア。不思議そうな顔をしながらも特に突っ込むつもりは無いようで、ランドは視線をルルへと戻す。そして完全に寝静まったのを確認すると、抱きかかえて荷馬車の方へと歩き出した。狭い馬車ではあったが、子供くらいなら眠れるスペースがあるのだ。
その後ろ姿をレヴィアはぼんやりと眺めている。
(あー、いかん。あの年くらいの子を見ると思い出しちゃうんだよなー。元気でやってっかなー)
自分の娘を思い出す。新之助だったころの記憶だ。十六年たった今もはっきりと思い出せる。
自分によく似た子だった。同じ髪の色に、同じ色の瞳。母親似の部分を探すのが大変なくらいそっくりだった。なのに笑うと妻を思わせる笑顔。不思議に感じたものだ。
(
長者番付に載るくらいの額だったのだ。むしろありすぎて困るくらいだろう。宗教とかに突っ込んでなければいいのだが……。
……いや、無いな。むしろ自分で宗教を作りそうだ。その場合、ご神体は自分の遺体だろうか。何なら聖遺物扱いされているかもしれない。
(あー、けど娘の花嫁姿くらいは見たかったなー。十六年前だから、今は二十二か。大学卒業くらいかな? 俺に似てモテるだろうから、もう結婚してるかもなー)
星空を見上げる。
自分と妻と娘。仲の良い家族だった。ずっと一緒にいられると思っていた。だがそれは不可能だった。己の間抜けさ故に。
もうあそこには戻れない。その事実にちょっぴり涙腺が緩む。あれから十六年も経つのに、我ながら女々しい事だ。
「レヴィア。どうしたの?」
はっとして目を向けると、心配そうな顔のリズ。まぶたに浮かびかけた涙をぬぐい、「何でもありませんわ」と笑顔を作る。しかしリズの表情に変化はなく、心配そうなまま。
「……本当に何でもないんですのよ。ただ、少しばかり昔を思い出しただけ」
「昔? グランレーヴェにいた頃?」
「もっと、ですわね。リズに会う前の頃」
「そう。……帰りたいの?」
――帰りたい。
またも涙腺が緩みかけるが、今度はぐっとこらえる。
「ほほほ。あんなおっさんのトコになんて誰が帰るものですか。ま、死んだら手くらいは合わせてあげますが。相続もしなきゃいけませんし」
「……そっか。ねえレヴィア」
「何でしょう」
「その、言いたかったらいつでも聞くわよ。言いにくいんだろうけど……」
何かを察したらしい。流石に前世うんぬんは分からないだろうが、リズの事だ。悲し気な気持ちが伝わってしまったらしく、気遣われてしまう。
「おほほほ。大した事じゃありませんわ」
「二年もアンタに付き合ってるのよ? 大した事かどうかなんてすぐ分かるわ。ただでさえ分かりやすいいんだから」
「あらあら。ならそのうち慰めて頂きましょうか。胸が薄すぎて甘えがいがなさそうですが」
「くっ……! 人が気にしてる事を……! もういい。絶対慰めてなんてあげないんだから」
ふてくされたように寝転がり、「見張りはアンタが先にやんなさいよね」と言われる。
くすくすと笑いつつ目線を空へ。郷愁の気持ちはまだある。が、さっきよりは大分マシになった。
(いいヤツだ。なんつーか、母性? みたいなのあるよな。男だったらキュンとしてたかも)
今度メシでもおごってやるかね――
なんて考えていると、リズとは反対の方から優しく肩をたたかれる。振り向くと、そこにはネイが。何やら妙に優し気な雰囲気だ。
「気を落とすな。男など星の数ほどいる。自分をフッた男の事など忘れてしまえ」
共感と励ましが混じったような声。気持ちはよく分かる、といった感じだった。
「……ハァー……」
盛大にため息を吐く。
リズに比べ十一も年上なクセにこの落差。レヴィアは馬鹿を見るような視線を向け、口を開く。
「胸は豊かなクセに母性はゼロですわね。おまけに空気も読めない。モテない理由がよく分かりますわ」
「なっ、なんだとおっ!?」
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