004. ケルベロス

 崩れた壁に、落ちた屋根。地面はひび割れ、草ぼうぼう。かつての栄光は既に無く、住むのは魔物か獣か虫か。

 

 遺跡と呼ばれる場所だ。王都ユークの西の森の中に存在するため、ユーク西の遺跡と呼ばれる事が多い。

 

 殆どの建物が崩落してしまっており、マトモな建造物として残っているのは中心部にあるものだけだ。しかしその一つが馬鹿みたいに大きい。


 横に500メートル、奥行きはその倍はありそうな巨大な長方形の建物。


 崩れた箇所から見える柱は黒色に鈍く光る金属製で、相当頑丈に作られていると思われる。

 

「相変わらず不思議な建物ねぇ。何で出来てるのかしら?」

「柱はダマスカスっぽいな。壁は……よく分からん。石を溶かして塗り込んだような見た目だが」

「石を溶かすって、塗り固めるためにわざわざ魔法を? こんな大量に?」

「古代にはそういう魔法があったのかもな。流石のお前でもこれは無理だろう?」

「まーね。そもそも土魔法はあんまり得意じゃないし」


 二人の感想に「ハン」と鼻を鳴らすレヴィア。これだから土人は……という感じで見下している。

 

(ただの鉄筋コンクリートに魔法なんているわけねーだろ。いるのはコンクリートと大工さんだ)


 レヴィアからすればこれは単なる鉄筋コンクリート構造の建築物にすぎない。新之助だったころ腐るほど目にしてきた建物だ。木造りか石造りか土造りしかできないファンタジー住民からは想像もできない製法だろう。


 なお、レヴィアはそーゆー名前を知ってるだけで作り方など何一つ知らない。ファンタジー住民と同レベルである。建築は専門じゃないので仕方ない。

 

 そんな内心のマウント行為は置いといて、遺跡である。


 世界各地に点々とある古代文明の名残であり、遺物と呼ばれる様々な宝が眠っている場所。それらを発掘し、大金を得るのが冒険者ドリームの一つだ。

 

 とはいえ、簡単に見つかるものではない。大抵の場合、遺跡の発見と同時に国家が接収してしまうからだ。


 宝石、装飾品、絵画といったものから、本、武器、魔道具……。遺跡にあるものは非常に高度な技術で作られており、現代の技術では再現不可能なモノが多い。それらを発掘し、使用する、あるいは少しでも解析できれば国力は間違いなく上がる。戦力的にも技術的にも。

 

 故に冒険者が手にできるのはその残り物。一度国が探索しているため、そう簡単には見つからない。未発見の隠し部屋が存在し、その隠し部屋を運よく探り当てられれば……という感じだ。


 因みに“枯れた遺跡”とは、過去に隠し部屋が発見され、冒険者ドリームが起こってしまった遺跡の事である。一度冒険者ドリームが起こればほかの冒険者もこぞってやってくる。再び隠し部屋が見つかるかは置いといて、さらに徹底した探索が行われる訳だ。


 故に遺物を発見できる可能性はほぼゼロであり、ゼロであるが故に”枯れた遺跡”と呼ばれているのだ。

 

「さてさて、獣狩り……の前に、ケルベロスでしたっけ?」

「ああ。かなり素早いからな。油断すると即ガブリだ。気をつけろよ」

「勿論ですわ。そちらこそ、窓からばーんと来てもビビらないように」

「?」


 初見じゃ絶対ビビりますものねぇ……なんてゾンビサバイバル的な思い出に浸るレヴィア。前世ではそれなりにゲームをたしなんでいたのだ。

 



 お喋りをしながらも遺跡内へ侵入。エントランスのような場所を抜けると、薄暗い灰色の廊下が続く。


 ところどころに部屋があり、藁葺わらぶきや動物の骨などが転がっている場所もある。先ほど戦ったゴブリン、あるいはオークが残したものだろうか。


 その光景を見て考察し始めるリズとネイ。

 

「魔物の痕跡はある。けど気配は無いわね。さっきので全部だったってこと?」

「どうだろうな。普通、住んでるのなら女子供がいそうだが。ゴブリンとオークの」

「確かに。奥にいるのかしら? それともケルベロスに食われた?」

「分からん。そもそもさっきの話だとオークらは遺跡にいたんだろ? そしてケルベロスもここにいる。どう考えても共存できない組み合わせだぞ」


 違和感だらけ。何かが起こっているのは間違いない。一同は警戒を強めつつ進む。

 

 一つ一つ部屋を確認するが、未だ魔物の姿は無い。この辺は魔物たちも住もうとしなかったのか、元々遺跡にあったらしい机や椅子、棚の残骸といったものが転がっている。


 なお、当然だが価値のありそうなものは無い。国か冒険者に持ち出されてしまっていた。


「ところでレヴィア、さっきから何してるの?」


 リズが問いかけてくる。レヴィアは遺跡に入ってからずっと無言だった。何やら手元で内職している。


「見て分かりません? ほら、カウボーイ」

「カウボーイって何よ……」


 ロープを用いたわっかのようなものを彼女は作っていた。一通り完成したのか、ひゅんひゅんと回して具合を試す。


 投げ縄というやつだ。わっかにした部分を獲物に投げて捕獲する道具である。

 

「うわっ! 何するんだ!」

「オホホホホ。暴れ乳牛ゲットですわ」

「乳牛って何だ! 乳は出ないぞ」

「そうでした。肉牛ゲットですわ。グラムいくらで売れるかしら?」


 レヴィアは見事なロープさばきでネイを拘束した。

 

 ぎゃーぎゃー言い合う二人に、「遊んでんじゃないの!」と注意するリズ。しぶしぶロープをほどくレヴィアだが、今度はニヤニヤしながらリズを狙う……が、気づかれてギロッと睨まれる。「ちえっ」とつまらなそうにしつつもロープを腰にしまうレヴィアであった。

 

「で、それで何するのよ。捕まえるつもり?」

「勿論。肉にするより生け捕りの方が高く売れるでしょう?」

「そりゃそうかもしれないが、流石に無理だろ。パワーもあるし、おまけに火を吐くんだぞ?」

「いえ、そっちではなく――」




 ゴオオオオオ!!




 轟音。

 

 素早くそちらを向くと、巨大な火球。遠くには三つ頭の獣。

 

「なっ!」

「しまった! 下がれリズ!」


 驚きつつも反射的に盾を掲げるネイ。


 とっさに魔力強化は行ったが、盾まで強化する時間は無い。体外の強化には時間がかかるのだ。そして強化無しでケルベロスの攻撃に耐えるのは流石に難しい。


 ネイは歯を食いしばり、衝撃に備え――




「フィィィーーーーーッシュ!!」




 浮遊感。彼女はぐいんと空へと引っ張り上げれ、「うおお!?」と戸惑いの声を上げる。隣からは「きゃあああ!」とリズの悲鳴。

 

 浮遊感が消失し、地面へと叩きつけられる。何事かと顔を上げれば、座り込んだレヴィアがくすくすと笑っていた。その手にはロープが握られている。


 彼女は投げ縄で二人を引っ張り上げたのだ。火球の届かぬ小部屋へと。ケルベロスの攻撃は外れ、遠くでどかーんと破砕音が鳴った。

 

「鈍いですわ二人とも。貸し一つですわよ?」

「あ、ああ、すまん」

「ありがとレヴィア……ってアンタのせいじゃない? 気づくの遅れたの」


 釈然としない顔をするリズ。争ってる場合じゃないのでこれ以上詰め寄りはしないようだが。

 

 起き上がった二人と共に、小部屋の入り口から顔だけ出して通路の奥を眺める。遠すぎて正確には分からないが、高さ五メートル以上はある巨体が見える。頭は三つ。


 間違いなくケルベロスだ。それぞれ二つ、合計六つの目がこちらを睨んでいる。

 

「動かないわね。どういうつもりかしら」

「出てくるのを待ってるんでしょう。先ほどの攻撃、通路を全部埋め尽くすくらいの大きさでしたから」

「火を吐くのは知っていたが……こんな攻撃を使ってくるなど聞いたことも無い。特殊な個体なのだろうか……」


 どう対処すべきか。三人は考え始める。


 距離は百メートルくらい。その間に部屋は数戸存在するが、入口はガレキで埋まっている様子。つまり避ける場所はこの小部屋以外に無い。何とかして走り抜ける必要がある。

 

 ネイはリズへと視線を向ける。

 

「リズ、魔法で防げるか?」

「防げるけど、相手の発動間隔クールタイム次第ね。当たったときの衝撃もすごいみたいだし、最適なのは土属性の盾なんだけど、あんまり得意じゃないから時間がかかるのよ。それも耐えて一、二発くらいだろうし。ネイは?」

「受け止めるのは難しいな。盾で反らす事は可能だが、通路が狭いから間近で破裂してしまう」

「そっかぁ。あの距離だと攻撃魔法もよけられそうだし、難しいわね」


 ネイの防御、リズの魔法、どちらも今回のケースには不適当かもしれない。

 

「ふむ」


 通路に出るレヴィア。すかさずケルベロスが火球を放って来るが、バックステップして危なげなく回避する。再び通路に出ると、また火球が迫る。速度を見切り、余裕で回避。

 

 それを見たネイは腕を組み、難しい顔をした。

 

「うーむ。かなり間隔が短いな」

「ちょっと私じゃ無理そうね」

「レヴィア。お前の速さならどうだ?」

「難しいかと。回避する隙間すらなさそうですし」

「そうか……。むう、どうしたものか」


 悩む一同。一度戻るか? そんな発言をネイがしかけた時。


「とはいえ、方法が無くはないのですが」


 すましたレヴィアの声。それを聞いたネイは怪訝な顔をする。

 

「何? 今無理といったじゃないか」

「速さだけでは無理、と申したのですわ。この程度の難、わたくしならばお茶の子さいさいでしてよ」

「はあ? ならどうするつもりなんだ?」

「ふふっ。ま、見てて下さいまし」


 レヴィアは剣を抜き、くるくると回す。




「最強のずるチート。その一端を見せてあげましょう」

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