005. 力の一端
ネイの前に森ガールがいた。
シュールな姿である。いや、単なる森ガールならネイから見ても特段おかしなファッションではない。が、目の前の彼女の格好は明らかにおかしかった。
右手に剣、左手に剣。二刀流スタイルである。よく分からないが、単なる森ガールではケルベロスを倒せないらしい。
右手の剣はネイのものだ。レヴィアが必要と言うので貸し与えた。いつもの剣とは具合が違うのか、素振りして感触を確かめている。たまに態勢を崩している事から察するに、彼女が扱うには少々重すぎるのだと思われる。
「大丈夫なのか?」
声をかける。こともげもない様子のレヴィアだが、ネイはどうも心配だった。
「問題ありませんわ。少々重くはありますが、ま、何とかなるでしょう」
涼し気な返答。剣の扱いに対する懸念と思ったらしい。
違う。いや、それも含まれてはいるのだが、懸念は彼女がやろうとする事全てである。何しろレヴィア一人でケルベロスに突っ込むというのだから。
ネイが二人とパーティを組んで半年。性格はアレだが、彼女の実力は認めている。鋭敏な索敵能力、目に見えぬほどの身のこなし、手先の器用さ……。本人は美少女剣士を名乗っているが、適職は完全に
その
「一度戻ってもいいんだぞ? 別ルートを開拓し、そこから攻めればいい」
「戻っても同じことですし。攻撃を避けながら戻らねばなりませんのよ? ネイにできる?」
「うっ、確かに厳しいが…………そうだ。疲れさせるのはどうだ? わざと火球を放たせて、それで――」
「悪手ですわね。ケルベロス一体なら問題ありませんが、その間にねこさんが何をするか……」
「その猫さんって何なのよ。敵?」
リズが問いかけると、「さあ。少なくとも味方ではありませんわね」との返答。詳細は不明だが、その人物が介入する事で状況が悪化するかもとレヴィアは考えているらしい。
ふと、気づく。
そういえばリズは不安がっていない。田舎出身ゆえの常識外れをたまにやらかす彼女だが、こと戦闘に関しては優秀だ。仲間思いでもあるので見捨てたりもしないはず。
(何か隠し玉があるのか?)
半年前に組んだ自分と違い、二人の付き合いは二年と長い。何か自分の知らない技を持っているのかもしれない。
「よし、それじゃ行ってまいりますわ」
「お、おい」
ネイの心配をよそに、レヴィアはかるーく散歩するように通路へ入った。
すかさずケルベロスが火球を放って来るが、小部屋に戻る事で避け、再び走り出した。重い剣を持ちながらも見事な走り。しかし、二十メートルほど進んだところで再び火球を――
「ちぇいっ!」
左の剣を投擲。ものすごい勢いでケルベロスの方へ飛んでいく。だが、距離があるためか余裕でよけられてしまう。
「とおっ!」
「ガアッ!?」
レヴィアはその隙を逃さず二本目を投げた。ネイの剣だ。その重さにも関わらず、相当な速度――いや、先ほどよりも明らかに早い。ふらついてもいない。
不思議に思うネイをよそに、ケルベロスは大きくのけぞる。見れば、右頭の
その隙にレヴィアは駆け抜け、魔物まで一気に近づく。残り三十メートル。
「いいぞ! 行け!」
このまま行けると確信し、応援するネイ。
……が、そこまでであった。
ケルベロスが起き上がってしまう。瞳に怒りをたたえて。
右頭は致命傷であったが、三つの頭それぞれに脳を持つケルベロスは全部の頭を切り落とさねば死なない。何の問題も無い訳ではないが、戦闘は十分に可能なのだ。
どこに隠していたのか数本のナイフを投擲するレヴィア。しかし相手は気にもしない。少々のダメージを気にするより目の前の敵を撃退することを選んだようだ。
ケルベロスが咆哮する。もう一秒もすれば火球が放たれてしまう。
(やられる……!)
燃え尽きるレヴィアを幻視してしまうネイ。ここからでは援護も出来ない。痛ましそうに片目をしかめた――
――瞬間、爆音が鳴る。
破砕音。それと同時にレヴィアが大きく加速。気づけばケルベロスの目前に迫っており、寸前で跳躍。
「オラァッ!」
「キャウンッ!!」
右頭に着地。そのまま魔物に刺さった剣を抜き、中央の頭へと横なぎに一閃。たたらを踏む魔物にさらに追い打ちをかけようとしている。それを嫌がり体を振り回すケルベロスだが、レヴィアはバランスを崩すことなくひらりと飛び上がり、地面に降りる。
「今よ! 行きましょ!」
「あ、ああ!」
隣のリズが叫んだ。最早魔物はこちらを見ていない。爪や牙、あるいは口から吐く火炎をレヴィアに浴びせようとやっきになっている。ネイとリズには視線すら向けない。その隙に二人は魔物へと走った。
「……凄まじいな。知っていたのか」
「ええ。馬鹿みたいでしょ?」
「ああ。馬鹿みたいな魔力だった」
ネイには見えた。一瞬……あの加速した一瞬だけ放たれた膨大な魔力。
やった事は単純だ。魔力で足を強化し、床を蹴っただけ。
ただその強化率が半端でなく、凄まじい威力だったのだ。反動で開いた床のくぼみがその強さを物語っている。
一般的に、肉体を酷使する戦士職ほど
生命エネルギーは肉体が強ければ強いほど多く生産される為、貧弱な魔法使いより鍛えられた戦士の方が魔力量も多い。一般的なイメージだと魔法使いの方が多そうだが、実は逆なのだ。
そしてレヴィアは見るからに戦士の体つきではない。当然、
「風よ集え。集いて刃と化せ。其は全てを絶ち切る冷徹な刃……」
リズの詠唱。魔法の射程内に入ったのだろう。既に探知、演算を終え、魔法構築に入っている。
考察は後だ。今は目の前の敵を排除しなければならない。ネイは意識を切り替え、戦いに集中する。
「ネイ!」
手に持った剣をこちらへと投げるレヴィア。それを見たネイは気づく。
(成程。さっきは気づかなかったが、一瞬だけ――それも体の一部分のみ強化している。あの細い体躯で重い剣を投げられたのはそういう事か)
不意のダメージを避けるために戦闘中は常に全身を強化するのが戦士の常識であるが、彼女のような戦い方なら一部だけでも十分なのだろう。しかしその制御には中々の技術がいるはず。必要な瞬間だけ強化するなど、少なくとも自分にはできない。
ネイは感心しつつも剣をキャッチ。そのまま魔物へと突っ込んだ。
「ネイっ! 左足をやるわよっ!」
「わかった!」
「エア・スラッシュ!」
ゴブリンを葬った風よりもさらに鋭い風が形成され、ケルベロスを襲う。左後ろ足が切断され、悲痛な叫び声と共に巨体が転倒。
「おおおおっ!」
その隙を逃さず、大上段からの振り下ろしを放つ。地面へと横たわった左頭は縦に切り裂かれ、その活動を停止。
「トドメは頂きますわっ!」
いつの間にか剣を拾っていたレヴィアが中央の頭にとびかかり、目玉へと突きを放った。脳へと到達したらしく、小さなうめき声と共にケルベロスは倒れ、ピクピクと痙攣し始める。しばらく警戒するも、起き上がる様子は無い。
「……ふぅ、死んだみたいね」
「うむ。近づいてみれば何のことは無かったな。所詮はBランクという訳か」
構築をやめるリズに、剣をしまうネイ。
「しかし何だったんだろうな。あの火球は。魔法のようではあったが……」
戦いが終わり、落ち着いた彼女らは再び考察し始めた。使えないはずの火球。アレがなければケルベロスなど余裕だったはずだ。
「多分、魔法だと思う。体内で作るんじゃなく、体の外で作ってたから。やり方も魔物のものというより私たち魔法使いに近かったわ」
「そうなのか。ううむ、どういう事だろう……」
魔法使いに近いやり方とリズが言うが、魔物にそんなマネは出来ないのが普通。おかしい。魔物が可能な領分を越えている。
考えても答えは出そうにない。そもそも魔法となれば戦士であるネイにとっては門外漢だ。リズが分からなければ分かるはずもない。
分からない事といえば、もう一つ。
何やらぼーっと手元を見ているレヴィア。先ほど彼女が見せた力も自分の常識を外れたものだった。
「レヴィア」
「! は、はい。何ですの?」
「いや……どうした? 妙に静かだな。いつもなら『全部私のお陰だ!』とか言ってふんぞり返ってそうなものだが」
「お、おほほほ。まあ九割くらいはわたくしの手柄でしょうが、一応二人も仕事してましたからね。配慮してあげてるんですの」
「そ、そうか」
何かを隠している。そんな雰囲気。
この状況で隠すとなればやはりあの力の事だ。何故隠しているかは分からないが、きちんと指摘おかなければならない。牡丹一華のリーダーとして。
「レヴィア。今回は助かったが、出来る事は事前に言ってくれ。私たちはパーティだ。互いの能力を知っておく必要がある」
真剣な表情で言う。すると、レヴィアも真剣なまなざしを返してきた。
「……別に好きで隠してた訳じゃありませんわ。割と、切実な理由がありまして」
「理由? それは何だ」
「アレをやるとものすごいデメリットがありますの。だから、むやみに使いたくはないのです」
「デメリット……」
そうだ。レヴィアの細い体に対し、あの魔力量は異常だった。
あれだけの力が常時使えるのならケルベロスなどひとたまりもない。例えば剣に魔力を込めて投げれば遠距離から仕留める事も出来たはずだ。
しかし、まともに使ったのは加速した一瞬だけ。剣を投げる際は抑えていたようだし、攻撃の時はそもそも使ってすらいなかった。急所をうまく狙い、力よりも技で何とかしていた。
(相当な負担があると見た。例えば、寿命を削るとか……)
ネイは考える。
レヴィアの性格上、ああいったものはむしろひけらかす。ひけらかして偉そうにするのが常。なのに隠していたという事はそういう事なのだろう。
ならばこちらも無理強いはできないし、して欲しくは無い。色々と思うところもあるが大事な仲間なのだ。命は大切にしてほしい。何故かリズはあきれた表情をしているが……。
「分かった。だが一応聞かせてくれ。あれをやる事で一体どんな」
「フィィィーーーーーッシュ!!」
「!?」
「うわあっ!?」
叫び声。知らない声だった。考え事をやめ顔を上げると、いつのまにか投げ縄を手にしたレヴィアの姿。
そしてそのロープの先には……
「くそっ! 離せこの野郎!」
ケモミミの少年がいた。
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