003. 冒険者のお仕事

 翌日、レヴィアたち三人は森を歩いていた。

 

 勿論遊びに来ている訳ではない。冒険者組合で魔物の討伐依頼を受けていた為だ。ケンカした翌日ではあるが、そこは社会人よろしくキッチリ切り分けている。

 

 リーダーのネイを先頭に目的地を目指す中、レヴィアはぼやくように言った。


「遺跡にケルベロスねぇ。別に放置で宜しいのでは? 枯れた遺跡なんでしょう?」

「冒険者組合じきじきの依頼なんだ。何かしら理由があるんだろう。それに、近くには薬草の群生地もある。ルーキーたちの狩場がなくなっては可哀そうだ」

「ボランティアは趣味じゃないのですが。……そうだ、リズの魔法で薬草畑ごと吹っ飛ばしていきません? 誤射って事で。ちょっとは面白くなると思いますの」

「アホか」「絶対にイヤ」


 もっとも、ちょっぴりギスギスしているのは否めない。ツッコミが雑だ。

 

 そんないやーな雰囲気ではあるが、彼女らに油断は一切無い。


 王都ユークの西にあるここは、ゴブリンやオーク、ウルフといった低級の魔物が出没する。脅威度でいえば最下級のEかD程度。よってE級かD級冒険者で十分対処可能であり、A級の彼女らからすれば脅威にはなりえない。なのに警戒しているのは、格下とはいえ不意打ちは命取りになるからだ。

 

 特にここは見通しが悪い森。いつも以上に神経をとがらせる必要があるだろう。言葉ではふざけるレヴィアもキッチリ付近を警戒している。


 もちろん服装だってしっかりと森仕様だ。白いブラウスに茶色のロングスカート、リボンを巻いた可愛い麦わら帽子。森ガールと呼ばれる姿をして森に溶け込んでいた。


 因みにネイの格好は金属製の鎧姿で、左手にはカイトシールド、腰には幅広のブロードソードと重戦士風ファッション。リズは昨日と同じ赤ずきんスタイルに、硬そうな木製の杖。どちらも森には溶け込めそうにない。後者に至ってはオオカミに襲われそうだ。


 そうして警戒しつつ歩いていると、レヴィアは何かを察知。


「っ! ネイ、リズ」

「……来たか」

「オーケー、いつでもいけるわ」


 注意を促されたネイは剣を抜き、盾を構えた。リズはいつでも魔法を発動できるよう魔力を体外に放ち、付近の精霊へと干渉し始める。

 

 防御役タンクとなりパーティを守る重戦士ネイ、遠距離から魔法を放つリズ、遊撃のレヴィア。敵の強弱や性質によって変化はするものの、これがこのパーティの基本戦闘態勢だ。

 

 ガサガサと草むらが揺らめき、何者かの存在を主張。警戒を強める二人。そしてついに魔物はその姿を現した。

 

 体長は三十センチといったところだろうか。柔らかそうな体の全体が茶色の体毛で覆われている。そのつぶらな瞳はこちらを警戒するように大きく見開かれており――



 

「ほら、うさぎさん」




 心底嬉しそうに指差すレヴィア。三人の姿を見てそそくさと逃げるウサギ。小動物に対し、本気で身構えるA級冒険者の二人。

 

 

 

 

 

 

 

「痛い痛い。何で叩くんですの……?」

「紛らわしい事するからだ」

「魔力を無駄にしちゃったじゃない」


 ぽかぽかと叩かれる。ネイは素手で。リズは杖で。地味に痛いのか、レヴィアはちょっぴり涙目になっていた。


「遊びに来てるんじゃないんだぞ」

「そうよ。空気読みなさい」

「全く、どんな神経してるんだ。冒険者やって何年目だ? ふざけていい場所を考えろ」

「大体その格好はなんなのよ。森ガール? 馬鹿? 森をナメてんの?」

「やる気が無いんなら帰っていいぞ」


 辛辣な仲間たち。元々ギスギスしていたので仕方ない。ここぞとばかりにレヴィアを責めまくった。

 

 レヴィアは涙目になりながらも言い返す。


「くっ、せっかくの人の親切を……。教えてやんねー。もう教えてやんねーからな! リスさん見つけても教えてやんねーからな!」

「いらん」

「いらない」


 逆ギレしてスネるレヴィア。元社長&子持ちのパパとは思えない子供じみた態度である。大体の事を顔で許されてきたからだろうか。

 

 そんな彼女を尻目にさっさと歩き出す二人。マジで帰ろうかとも思ったが、それはそれで怒られそうである。レヴィアは口をとがらせつつも後を追った。

 

 

 

 暫く歩いていると、前方に建物が見えてくる。木々のせいで全体は見えないが、かなりぼろぼろの建物だ。

 

 遺跡と呼ばれる建造物である。討伐対象の魔物――ケルベロスはあそこにいるのだろう。

 

 ここからはさらに警戒する必要がある。ネイは立ち止まり、一つ深呼吸をした後、「行くぞ」と呼びかけた。「うん」「へーい」と返す二人。

 

「あら? その前に…………お客さんみたいですわ」


 剣を抜くレヴィア。薔薇を模したつばに、長細い片刃の刀身が陽光にきらめく。まるで芸術品のような剣だった。

 

 今度は本気だと認識したのか、あるいは自分らもその気配に気づいたのか。ネイは再び剣を取り盾を構え、リズは精霊に干渉し始める。

 

「たっ、助けてくれ!」


 ふと、四人のグループがこちらへと駆けてきた。


 戦士職の男性二人に、弓を持つ射手の男性一人、魔法職の女性一人。合計四人のチーム。全員が二十手前くらいの若さだった。レヴィアたちのように若くても強い者はいるが、この者たちはそうでもない様子。恐らくD級、よくてC級だろう。

 

 必死な様子の四人にネイは問いかける。

 

「どうした。何があった」

「ま、魔物だ! 魔物が大量に!」

「普通の数じゃないわ! 私たちだけじゃ絶対無理!」


 彼らの後ろへと目をやると、大量の足音と共に魔物たちが次々と姿を現す。大小二種の魔物。


 その数なんと五十以上。流石に百は無いようだが、それでも十分すぎるほどに多い。

 

「マタ人間! 人間ダゾ!」

「餌ガ増エタ! シカモ女ダ! ヤワラカイゾ!」

 

 しゃがれた声で叫ぶ小さな魔物はゴブリン。醜い顔に長い鼻、一メートルほどの小さな人型の魔物だ。武器を持ち、言葉を話す程度の知恵はあるものの、その知能は低く、理性的な対話は期待できない。原始的な本能に従い行動するだけだ。

 

 もう一方の大きな魔物はオーク。横にも縦にもデカい豚面の魔物。こちらも知能はゴブリンと同程度だが、強さは倍以上である。その強さでゴブリンたちを従え、率いている事が多い。

 

 オークが八体。ゴブリンは五十以上は確実。異常な規模である。


 通常であれば森で遭遇するのはオークが一、二体に、数匹のゴブリンがせいぜいなところ。その程度であればD級パーティなら余裕で撃退できるし、E級でも辛勝できるだろう。

 

 だがこの数は無理だ。地力で勝ろうと、その数の差で負けてしまう。この四人もそのように考え、逃走を決めたのだろう。


 そんな彼らであるが、ネイは余裕な表情であった。

 

「ふむ、任せろ。お前たちは下がってるんだ」

「なっ! 馬鹿な! ここは協力して――」

「待て! あのお方は……」


 彼らの視線。その先には桃色の髪を持つ少女の姿。


「レヴィア様! という事は牡丹一華!?」

「本当だ! レヴィア様だ!」

「剣を持つ姿もまた美しい……」


 男三人が色めきだつ。その美しい容姿により、王都の冒険者で彼女を知らぬ者はいないのだ。


 反面、ネイとリズはそうでもない。彼女たちも美人に分類されはするが、残念ながらレヴィアはレベルが違う。レヴィアの美しさに埋もれてしまい、有名度までも埋もれてしまったのだ。結果、レヴィア=牡丹一華というイメージが広まっていた。

 

 そんな男性陣の反応にレヴィアは気を良くする。一方、ネイとリズは釈然としない様子。ついでに魔法職の女性は嫉妬の視線を向けてくる。

 

 なお、レヴィアの性格も冒険者間で知れ渡っているため、男たちの反応はあくまで観賞用に対する反応だったりする。

 

「仕方ありませんわね。後進を助けるのも先達の務め。ネイ、リズ、やりますわよ」

「さっきは真逆の事言ってたくせに……」

「ほっとけ。やる事に変わりはない。来るぞ! 構えろ!」


 戦いを決意した三人へと迫る、大量のゴブリン。見た目通り鈍重なオークはまだ遠くにいる。彼らに連携するという知恵は無い。獲物が弱そうなら食らうし、強そうなら逃げるだけだ。


「食ウ! ニンゲン!」


 先頭のゴブリンがぼろぼろのナイフを振り下ろす。狙いは前衛にいるネイ。彼女は盾を持ち腕を引きつけ、ゴブリンの攻撃直前に勢いよく盾を突き出した。


「てぇいっ!」

「グエッ!?」


 シールドバッシュ。


 頑丈な金属盾を突き当てられ、先頭のゴブリンだけでなく2,3体がまとめて吹っ飛ばされた。それらは後続を巻き込きこみつつ倒れ、ピクピクと痙攣している。起き上がる様子は無い。既に絶命しているのだろう。

 

 まるで車が正面衝突したような威力。鍛えられているとはいえ、人間が出せるパワーではない。プロレスラーでも無理だ。これは、魔力と呼ばれるものが関係していた。


 この世界には、魔力と呼ばれる無形エネルギーを扱う技術が存在している。魔力は大まかに二つに分けられるが、ネイが使ったものは内在魔力オドを利用したものである。


 内在魔力オドは生物ならだれもが持つ生命エネルギーのようなもので、使いこなせば筋力の向上、感覚の強化、回復力の増加など様々な恩恵を得る事ができるのだ。


 今回ネイが用いたのは筋力を強化する技。魔力を用いた証に体の表面がうっすらと発光している。己の肉体を用いて戦う戦士職の基本中の基本であるが、鍛え上げられた戦士が使えば――こうなる。

 

「す、すげぇ!」


 ネイに似たタイプの戦士が驚きの声を上げた。彼もかなりの体つきをしているが、まだ魔力の扱いが未熟なのだろう。はるか先にいるネイに対し、尊敬の視線を向けている。

 

 あまりにも強力な一撃を恐れたのか、ゴブリンたちがたたらを踏み足を止めた。その隙を逃す牡丹一華ではない。

 

「出来たっ! ウインドカッター、いくわよぉっ!」


 ぶつぶつと何かを唱えていたリズが杖を振るうと、風が巻き起こった。風は不可視の刃となり、魔物たちを無差別に襲う。その鋭さは魔物一人を断ち切っても止まらず、ゴブリンの半数が切り裂かれてバラバラになった。

 

 もう一つの魔力、精霊魔力マナを用いた魔法と呼ばれる技術だ。


 精霊魔力マナとは、大自然に漂う不可視の存在――精霊の総称である。彼らに自我は無く、普段は空気のように無害な存在だが、内在魔力オドを持って干渉する事で一定の反応をする。


 魔法とはそれを利用し、『探知』『演算』『構築』という過程を経て望む現象を引き起こす技術の事だ。発動には時間がかかるものの、少量の内在魔力オドで大量の精霊魔力マナを利用できる為、魔力消費効率が非常に良い。


「なんて威力、そして早さなの……」


 彼女の魔法を見た魔法使いの女が呆けたように驚いている。魔法の威力、範囲、発動速度――リズの技術は一般の魔法使いのはるか上にあるのだ。

 

 死屍累々。たった一当てで、あれほどいた魔物は半数以下まで数を減らしていた。後方にいたオークはその事実に恐れおののき、逃げだそうとしている。




「あら、いけませんわ。次はわたくしの出番ですの」




「…………は?」


 何が起こったか分からない。そんな表情をする冒険者たち。

 

 レヴィアはネイの後ろにいたはず。だが、いつの間にかいなくなっていた。気づけば空中――オークの上方におり、脳天に剣先を突き刺している。

 

 刺さった刃を抜き、絶命したオークを足裏で蹴るレヴィア。反動で横に跳び、別のオークを突き刺す。


 ようやく彼女の存在に気づくオークたちだが、最早遅かった。目にもとまらぬ速さで二、三体の心臓を貫き、反撃を試みた者の攻撃は舞うような動きで回避され、後ろを取られ切り殺される。結果、オークたちは全滅の憂き目となった。

 

 すらりと地面に降り立つレヴィア。返り血の跡すら無い。剣先からしたたる真っ赤な血液以外は。


「う、美しい……」


 恍惚とする冒険者たち。彼ら全てがその絶技に見惚れていた。その反応に気を良くし、ふわりと優雅な微笑みを向ける。

 

「――――!」


 ズキューン!

 

 そんな効果音がぴったりの反応。男冒険者三人は赤くなりつつも固まってしまったのだ。敵意を向けていた女魔法使いまで「お姉様……」なんて口にしている。どう見てもレヴィアより年上であったが。


 彼らが見惚れていると、いつの間にかゴブリンの掃討も終わっていた。ネイは剣をしまい、冒険者たちへと声をかける。

 

「終わったな。君たち、怪我は無いか」

「っ! あっ、は、はい! 大丈夫です!」

「助かりました! ありがとうございました!


 ぺこぺこと頭を下げる冒険者たち。


 聞けば彼らはD級冒険者で、森の奥にある希少な花を採取しに来ていたらしい。とある難病に効く薬の原料となるそうだ。無事依頼を達成したものの、戻る際に遺跡に寄り付いた途端、大量の魔物に襲われたという。

 

「強力な魔物が出ると聞いてなかったのか? 組合から近づかぬよう勧告されていたはずだ」

「いえ、聞いてませんが」

「多分、俺たちが出発した後に知らされたんだと思います。目的の花を手に入れるまで、何泊もしましたから」

 

 咎めるような顔をしたネイだが、彼らの返答に納得。討伐依頼が発行されたのはここ数日の間だ。彼らが知らなくてもおかしくない。

 

 ネイに続き、リズも疑問を呈する。


「ねえ、遺跡に寄ったんでしょ? なら見てないかしら? ケルベロスらしいんだけど」

「ケルベロス!? ケルベロスがいるんですか!?」

「ええ。三つの頭を持ったでっかい犬って話だから。ケルベロスで間違いないと思うわ」


 ほうほうの体で逃げ帰った目撃者たちの証言である。


 組合の見立てでは、恐らくケルベロス。ランクBの魔物だ。B級でも倒せなくはないが、安全を考慮してA級の牡丹一華に依頼されたという経緯だった。

 

 その話を聞いた冒険者たちは驚きながらも答える。


「見てませんよ。そもそもケルベロス相手なら私たち生きてここにいませんし」

「まあ、そうよね。ありがと」

「いえ、お役に立てずすみません」

「気にしないで。それよりアンタたち、早く戻った方がいいわ。いつケルベロスが出てくるかわからないんだから」


 リズの言葉に顔を青くし、辺りを見回す冒険者たち。さらに災難に会う可能性があるのだ。忠告通り早く戻るのが吉だと判断したらしく、彼らは礼を言いつつ町の方へ去っていった。


「ケルベロスだけでなく、大量の魔物か……。何が起こっているのやら」


 腕を組み、深刻そうにつぶやくネイ。

 

 遺跡に何かある。それだけは確実だろう。それが何かは分からないが。


「考えてても仕方ないわ。出発しましょ。ほら、レヴィアも。……レヴィア?」


 レヴィアを見たリズは怪訝な顔をした。


 そういえば彼女はさっきから会話に加わっていない。戦闘終了後からずっと、とある方向を凝視している。


「どうしたの? 何かあるの?」

「いえ、別に大した事じゃないのですが…………




 見られてるな、と」


「「!?」」

 

 がばっと振り向く二人。一瞬だけ何かを捉えるも、森の陰に消えてしまう。

 

 ネイは真剣な表情で呟く。

 

「……レヴィア」

「少なくとも例の魔物ではないでしょう。どう考えても人型でしたから。大きさはリズよりちょっと小さいくらい?」


 このくらい、と手ぶりで大きさを示すレヴィア。それを見たリズは首をかしげる。


「ゴブリン……にしては大きいわね。オークにしては小さいし。勿論ケルベロスでもないだろうし」

「この森に人型の魔物は他にいないはずだ。少なくともギルドの情報では」

「何なのかしら。やっぱり何か起こってる?」

「うむ……。レヴィア、見た感じどうだった? どんな魔物だと思う?」


「んー、そうですわねぇ……」


 腕を組み、考える。そして数秒後、一言だけ呟く。

 

「ねこさん、かな?」

「「……はぁ?」」


 予想外の答えだったらしく、目が点になる二人。


 巨大な猫。そんな魔物がこのあたりに存在しただろうか。そもそも人型という話では? そんな疑問が伝わってくるような表情だった。


「ま、行けば分かるでしょう。遺跡の方に行ったみたいですし。さっさと参りましょう」


 「獣狩りですわぁっ!」と妙にやる気見せながら歩き出すレヴィア。


 ネイとリズは顔を見合わせ、困惑した表情のまま見つめ合う。しかしこうしていても答えは出ない事に気づき、二人はレヴィアの後を追った。

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