ふ、諦め切れぬと諦めた奮闘話 第三話
後ろ手をついたとき、
こちらを見つめる黒葦を警戒しながら、八重は指に
「……はっ!?
盛り上がった黒土から、ウイスキーハウスに置いてきたはずの黒太刀の一部が飛び出ている。
八重はとっさにその黒太刀を黒土の中から引き抜いた。
両手で
八重は、ぱっと顔を上げた。目の前にいるのは黒葦のみで
「いまの声は黒葦様なの?」
「行けって、どこに──」
のしのしと近づいてくる黒葦から距離を取ろうと、八重は急いで身を起こし──ひゅっと息を
いきなり、周囲の景色が様変わりしていた。
三日月形をした
(なぜ!?)
予想外の
「ねえ黒葦様、どうなっているのこれ」
激しく混乱しながらも、この怪異を引き起こしたのは黒葦に違いないと八重は確信していた。結果として朧者から助けてくれたが、それが黒葦の本来の目的ではないだろう。いったいなにに八重を巻き込むつもりなのか、事情を問おうとして口を開けば、もうしゃべるなというように黒葦が
『
黒葦の声が頭の中で
八重はぎゅっと口を結ぶと、
自分たちがいる場所は、花耆部の地で間違いない。薄闇に
段々畑の下の
ほんの少し次元がずれているような
その
奇祭〈廻坂廻り〉を行うときと、いまの
(まさかここで私に奇祭をやれって……?)
なぜだ。そう疑問を
民の気配はないが、大気が
「……つちや」
八重は
へたり込みそうになる自分の足を
黒葦が
それにしても──
(黒葦様の存在自体が、幻のため、とか……)
思い返せば八重以外に、黒葦に触れた民はいなかった。その八重だって、黒葦に触れられるようになるまで何年もかかっている。
「
進むごとに、周囲に満ちる不穏な気配がより
「祭ろ 祭ろ 祭ろや
なにかが、ついてくる。
「祭りゃ 祭りゃ 祭りや
気配は、ひとつきりではない。
獣の足音、人の足音、
そんな
「今々
(隣の部の男に
八重は頭を
「祭ろ 祭ろ 祭ろエ
振り向きたい。
後ろになにがいるのか、確かめたくてたまらない。本当に百鬼夜行なのか。それとも。
だが、八重が
(だいたい、どこへ向かえばいいのか)
本来の奇祭では、びひん様を
だがいまは追い払う対象がいない。
八重は段々畑を上がり、細道を
「
(私、奇祭の使いを長くやってるけど、本当はビビリの小心者だからね!?)
ホラー映画は見ない。
「末の
後ろの集団が
そのせいで身の震えがおさまらず、呪を何度も間違えてしまう。
しかし手を出してこないのは、そばに黒葦がいるからか。
「
額を
そういえば、
「
八重は背後のざわめきを背中で意識しながら、集落を離れる。
「まほろ まほろへ
八重は、
奇祭のたびに唱えてきて、ある意味
はじめは
びひん様は日本から流れてきた
だが、そう単純な呪ではない気がしてきた。
ひょっとしたら、「末までも、道を
もしもそうだとしたら、いったい誰に対して
──そんなの当然、びひん様だ。
(待って待って。私はなにをずっと、やらされてきたんだ)
なんだこれ。本当は
八重はもうなにもかも投げ捨てて
しかし、背後の集団は、はっきりと八重に悪意を向けてきている。奇祭を中断すれば、この集団は
祭りの裏事情はともかくも、集落を出て以降の
なぜ段々畑の横手に回ったら、すぐそこに朱色の大柱があるのか。
(指一本分ずれた次元に迷い込んでいる説が濃厚になってきた)
八重は
悩むうちに、いよいよ怪異が八重に向かって
柱の横を抜けた直後、景色が再び一変する。なぜか足元は前方へまっすぐ延びた
その様子をちらっと横目で
(大人ぶって奇祭の使者を引き受けるんじゃなかった)
時間を
石畳の先には八重の
石の中からどうやって顔を出したんだ、という疑問はもうこれだけ
八重は恐怖で
白と金色のまざった毛並みの虎をまじまじと
それにこの
八重は
(私一人でこの怪異をどう切り抜けろと……)
長年、奇祭の使者役を任されているが、
無意識に八重が後ずさりすると、黄金の虎は
「いや、そんな
と、言い訳しかけて、八重ははたと気づく。
背後にはまだ
この
気絶できたほうがましだと思ったとき、石碑にびっしりと刻まれていた黒い崩し文字が虫のように
「びひん様まで出現するの!?」
八重はその場に
話しかけてはいけない、などの決まり事が
びひん様の顔は
『びひん様』は、石碑から黒い
黄金の虎は
八重のほうも、黄金の虎の姿が石碑に
黄金の虎が八重を
どうすべきか
八重は、生きたいのだ。この世界に生まれ落ちた日だって、誰にも知られず一人で死ぬのが嫌だった。生きることになんの意味があるのか、自分にどんな価値があるのか、いまだに
「助けるから、おまえも私を助けて」
「神か
虎の
八重は半ば
刀身まで黒いその太刀は、黒曜石のように
八重の動きを見た『びひん様』が数珠から手を
「本当に無理、私は戦いに不向きなタイプなんだってば! 次にどうすればいいの!!」
八重は勢いのまま、がっと石碑に黒太刀を突き立て数珠の
数珠が散らばったその瞬間、せき止められていた水が
八重には振り向く
封印の数珠は、『びひん様』までも石碑の中から解き放とうとしている。
「ねえ、来る! 助けて!」
八重は、石碑からずるずると
「早く、やばいから、ねえ!!」
「──うるせえわ」
男の声で、冷静な返事があった。
「えっ」と八重が
八重はよろめいて
「ようやくの自由か」
そう
花耆部の
「いい加減、おまえは
男は
『びひん様』は
男は楽しくてたまらないというように、喜びながら化け物たちを斬り刻んでいった。動きに合わせてなびく天衣は優美だがいかんせん男の動きは荒々しく、
(一方的に
八重は何度も
獰猛な獣というたとえは間違っていないだろう。
目の前で心底楽しげに剣を振るう男が、きっとあの、額に梵字の浮かぶ黄金の虎の正体なのだ。虎から人間に変じたところを見ると、種族的には
(まさか本当に
八重は頭を
前方に『びひん様』、後方には化け物集団という恐怖の
「これでしばらくは出てこないだろ」
男は最後の化け物を仕留めると、
「おまえも死にな」
……は? と八重は耳を疑った。
なにを言われたか理解するより早く、男はいっさい躊躇せずにその刀身まで真っ黒の太刀を八重の頭に振り下ろした。
ところが、
額の上で刃がとまっている。見えない
八重はゆっくりと数度、
(この男は私を殺そうとしたのか!)
美冶部の男には
「なんで……っ」
これほど
つまらなそうに剣を下ろすと、
「おまえを殺せねえのはさっきの約定が原因か。
男は乱れてますますもさもさになった黄金の
数秒、
先ほどの猛る武神のごとき
「俺は
男は──亜雷は、その優しげな形の唇から
(殺したいほど!?)
八重は、
「おまえのために俺は解き放たれた。その命が俺を自由にする
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角川ビーンズ文庫
『かくりよ神獣紀 異世界で、神様のお医者さんはじめます。』
2020年5月1日発売!
【あらすじ】
異世界に転生したら、神様(怪異)の医者でした。世直し和風ファンタジー!
異世界に転生した八重は、化け物に襲われ、かつて神だったという金虎・亜雷を解き放つ。
俺様な彼に振り回され弟捜しを手伝うが、見つけた弟・栖伊は
※くわしくはコチラから!
https://beans.kadokawa.co.jp/product/322001000113.html
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