ふ、諦め切れぬと諦めた奮闘話 第二話
長同士でとうに話はまとまっていようとも、それじゃあすぐに女を差し出すという展開にはならない。本能の部分で和魂の者は、
真っ先に拒絶の意を見せたのは御白だった。最終的には一族の者に説得される形になったものの、心を落ち着かせる時間が必要だと彼女は訴えた。奇現増加の問題に
輿入れメンバーの中に八重も
「八重、なぜ断らなかったの。父様を
……御白は穏和なはずの和魂性なのに、意外と好戦的だ。
「まったく父様ったら八重をなんだと思っているの。あの人、頭のよさと引き
言いたい放題の御白に、八重は
加達留は御白を世間知らずと評した。実際花耆部の暮らししか知らぬのだからその
ただし奇祭の新たな使者として選出された民たちには大いに
(
八重は自分にそう言い聞かせる。自分自身に
輿入れ道具は先に向こうの部へ運び出す。あちらからも婿入りの道具が運ばれてくる。だから八重たちはほとんど身ひとつで向こうへ
あちらに
しかし無性の八重の場合は、その例に当てはまらない可能性が高い。
──旅立ちの日、八重を赤馬に乗せてくれたのは、腕も腰も太い男だった。
美冶部から来る夫候補の民たちもやはり目元のみ
無性の八重でも荒魂の男の
「美冶部の地は
先頭を行く男が、
穏やかと言っても、優美な姿を持つ花耆部の男たちとは声の太さからして
「……我らが恐ろしかろうが、女をむやみに傷つけるような
優しく
八重もまた、違う意味で震えそうだ。
(むやみに傷つけないってことは、理由があれば話はべつってことじゃないか)
先ほどから、八重を乗せた馬を引く男が不思議そうにこちらをちらちらと見ている。
無性の八重でも感覚の部分で環性を見分けられる。当然、環性を持つ彼らもまた、こちらの性がわかる。
なのになぜ八重からなにも感じ取れないのかと、男は
八重は背筋が寒くなってきた。集落へ到着する前に、環性を問われるかもしれない。
がっかりされるだけならまだましだ。荒魂の男は和魂の者を好むとわかっているだろうになぜ無性を
(護身用にあの
八重は少し
だが考えが甘かった。八重だって人のことは言えぬほど世間知らずだ。
花耆部で暮らす荒魂性の
八重を含む一行は耶木山の
中腹を回ったほうが到着までの時間を短縮できるが、耶木山の裏には
しかし
「美冶部は谷間と言っても、少々わかりにくい場所にある。麓からだと崖に
ルートの
八重は、周囲に密生する
こちらの世界にあるものは、なにもかもが大きい。馬や
(もとの世界から流れてくる
──などと現実
いよいよおかしいと疑い始めているようだ。
どうしたらいいだろうか。いっそ自分から、「無性ですが奇現の
相手におもねるような考えを持ったことに
八重はもう、そういう極限の状態を知っているのだ。
(あれほど心細くつらいときはなかった。あの日に比べたら、いまなんて断然幸せじゃないか。なんだって耐えられる)
そう自分を
「待て!」
先頭の男が低い声で片手を上げ、後列の者たちをとめた。
「向こうになにかいる」
そう言って先頭の男は背負っていた槍を手に取った。彼が引いていた馬に騎乗する御白が、不安そうに背後の女たちを振り返る。
「
列の半ばにいた男が小声で
「いや、違う……」
先頭の男は前方を
「
舌打ちまじりにそう断言した。
女たちも、八重も息を
朧者とは、奇現に
「こんな祝いの日にも現れるとは……道に灰を
美冶部の男たちが
面紗を外し、
戦士の目になった彼らを見れば、その朧者が
(……って、ない!?)
八重は
この装束に
(こういうときに限って、必要なものがない!)
自分の要領の悪さに腹が立つ。
八重たちの耳に、
枝葉の
前方からやってきたのは、
大抵の朧者は、全身が派手派手しい色をしている。マーブルのような色合いもあれば、
多色かつ
まずは
「
先頭の男が声を張り上げる。
獣形の者が三人、そして先頭の者がこの場に残って朧者を仕留める気だ。
彼らは連係がよく取れていた。残りの者たちは
しかし、いくらも進まぬうちに、女の悲鳴が上がった。落馬したようだ。
花耆部の女も馬を
落馬した女を助けようとして、またべつの女が乱暴に手綱を引っぱり、自らも体勢を
運の悪いことに、新たな朧者が
「危なっ……!」
馬の横腹が勢いよく引っぱたかれる。その
八重も男も受け身を取れず地面に転がった。
男はすぐさま身を起こし、地面にしたたか打った背中を押さえて痛みに
男のほうも、
四環は、
光の下で見ると、目の中に
紋の形状や色は人によって異なる。花びらの形をしていたり、輪違いだったり
だが無性にはこれがない。八重はごく普通の黒目だ。
(無性とバレた)
八重は悟った。無性は悪ではないが、その事実を故意に
八重を
それが
彼の瞳には、三つ輪違いのような環紋があった。
「なにをしている!」
べつの男が
「無性?」
その男はぽつりと告げた。
八重は息を吞み、ためらいながらもうなずこうとした。
そのとき、きゃあっという女の悲鳴が
そちらに目をやれば、男たちに腕を数本
八重の腕を掴んでいた男が乱暴に手を放して彼女たちのほうへ駆け寄った。
緑の目の男も、興奮して駆け去りそうだった馬の手綱をすばやく
「おい、まだ奥から来るぞ!」
「守る女が多いのは不利だ、ここは
男たちは早口で
半数以上の男たちが馬を走らせて去ったあとで、思い出したように緑の目の男がこちらを向いた。八重はまだ、地面に力なく座り込んでいた。
「無性だ! 捨て置け!」
こちらに向かってそう
彼は、八重を無視して緑の目の男を見ていた。彼もすでに御白と共乗りしていて、この場を離れるところだった。
「新手が来る、急げ!」
御白が目を見開き、八重、と
ただこの場に置き去りにされたというだけではない。始末し切れていないナナフシもどきと、新たに迫る朧者が、彼らを追わぬよう
八重は、ぐっと奥歯を
しかし冷静になったところで、ろくに武器も持たぬ八重にいったいなにができるだろう。
なにかを決断する
呼吸を忘れる八重の前で、朧者たちは驚くべきことに共食いを始めた。
ここまで病状が進行すると、もうどんな
朧者はぼうとした様子で八重を見下ろす。こぉーこぉーと
しばらく見つめ合ったが、ふいに朧者が腕を伸ばし、八重の腰を
腹部を
「いっ……! 放せ、苦しい!」
八重はたまらず
すると
朧者の肉体はもう
朧者は木がまばらに生えた、
八重はその中から黒っぽいものが舌のようにだらりと地面に伸びているのに気づいた。
よく見ると、それは
無意識に目を
おそらく朧者は三日月形の岩窟内で、手に入れた「
とっさにそんな
「
八重は身を
(ああもう! 荒魂性の男とは一生結婚するものか!!)
美冶部の男たちにとっても朧者の出現は不幸な事故だが、八重は彼らを
もし無性の女でも美冶部の者が
あちらの部は
それでもって、夫になる男と
だが
(多数を守るために少数を切り捨てる。彼らは好きでその
そう考えたあとで、八重は死の危機を目前にしてさえ物わかりのいいふりをする自分に嫌悪した。冷静さは大事だが、なにも感情まで押し殺す必要はない。
(本当はちっとも割り切れてない……)
「なぜ私がこんな目に」という怒りと、「誰かと並べられたとき、私は見捨てられる側の人間なのか」というどろどろとした
そういう誰にもぶつけられない
──加達留にも
本当は、本当は、という後出しが
しかし、たとえば本心を打ち明けたときに、相手の顔に「ああ
周囲の人間全員から
(
生きたいと思った。生きていけるだけでじゅうぶんだと思っていた。
でも
必死に隠していた心が、死が近づいたいまになって力強く目覚めるのを感じる。
「死にたくない……っ」
三日月形をした岩窟の隙間から飛び出している
鹿の皮の下から、月より
八重が目を見張った瞬間、鹿の皮の下から大きな黒い
「黒葦様!」
朧者の横腹に
黒葦の
黒葦は、あっという間に朧者を
黒葦は長い
(美冶部の
しかし黒葦はどうしたことか、背中に
だが黒葦の血は、地面に落ちると
「なぜ黒葦様がここに?」
八重は地面にへたり込んだまま、かすれた声で
黒葦は、ふーっふーっと荒い息を
目の前にいる
「黒葦様、やめて!」
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