ホンフレウルの街の話
「……と言う事が昔あってだね……うぅ」
「成る程ね、そりゃトラウマにもなるわよ」
紅茶を飲みつつリリアーヌが目を覚ますのを待つ。
アリスの乾燥魔法があったとは言え、無事とは言い切れない。
治癒系の魔法はかけたけれど効果があるかは分かんない。
けれどリリアーヌなら大丈夫な気がする。根拠は無いけど。
アリスはリリアーヌの側ですぅすぅと寝息を立てている。
まだ日は高いけれど長旅に戦闘にと疲れてしまったらしい。そんなアリスにアーサーが寄り添っている。
そんな三人(?)をよそにわたし達転生者組はうるさくないようにこっそりと会話していた。
会話と言うよりかはわたしの過去話、わたしがあの死生観を持つようになった理由についてだね。
『超能力』と言うワードが頭からすっぽ抜けてたせいでリラオーゼさんの時はただ漠然と『死んだら蘇生を諦める』くらいにしか捉えてなかったけれど、カーアンが教えてくれたからハッキリ思い出せた。
「……やっぱり、超能力について教えない方が良かったかしら」
「そんな事ないよ!知らなきゃ知らないでまた不都合があったろうしね」
カーアンは一切悪くないのに落ち込んでしまった。
わたしは手をバタバタさせながら必死にフォローする。
「……でも、アンタがそんなに取り乱すくらい編集さんの事を慕ってたのよね」
「うん!わたし編集さん大好き!」
「あらあら、アンタやっぱり恋が分かるんじゃない?」
「んぇ?恋?」
顎に手を当てて色々考えてみる。編集さん。スタイル良し、顔良し、家柄良し、性格は素直じゃないけど良し、超能力有り。
……アレ?ビックリする程優良物件だな?
でも何だろう。全然ドキドキしない。散々醜態(原因の九割はわたし、残りは自滅)を見て来たからかな?
それよりも何で付き合ってる人の一人もいなかったんだろう?思ってたより仕事熱心?初心?童貞?
「いやぁ、恋ではないなー。好きって言っても近所のお兄さん的な、家族的な、友達的な好きだなぁ……」
「あ〜、そういう……。惜しいわね……」
「?」
何が惜しいんだろう。熱い紅茶をすすると身体の内側があったまる代わりに寒さが余計に身に染みる。
おばあちゃん製の炭は火の色が違うだけじゃなかった。水が沸くのに二分とかからない程火力が強かった。
時代はカップラーメンを食べる為に5分もあれば十分になったのだ……!問題はそのカップラーメンが無い事なんだけどね。
そういや、わたしの服は冬向けのデザインにしてあるから良いんだけど、カーアンは夏向けのデザインだ。
「その服、寒くない?」
「デザインしたアンタが言うの?でも、そうね。寒いには寒いわね。
でもまだ気にする程じゃないわ」
「う〜ん?」
寒さに強いのかな?何月かハッキリしないから何も言えないけれど、カーアン達用にコートとか作った方が良いかも?
ただ、やっぱり魔力を込めた服が良いね。服が破けても魔力を込めるだけで修繕出来るから。惜しむらくは技術が廃れている所かな……。
「う、う〜ん……」
「あ!目が覚めた?」
「今紅茶を淹れるわね」
なんだかんだ話している内にリリアーヌの目が覚めた。
カーアンが淹れたての紅茶を渡すと大人しく飲み始める。
「何がどうなっているのだわ……?」
「わたしが知りたいんだけど……アレの記憶はある?」
「アレ?」
わたしが指差した方向にリリアーヌの顔が向く。
そこには解体済み……と言うか頭部が爆散済みのケルピー(多分)が血抜きの為に逆さまにして干されていた。
「あっ!思い出したのだわ!アレはシュバル・バヤールなのだわ!」
「シュバル・バヤール?」
「知らないのだわ?この国では有名な魔獣なのだわ」
リリアーヌ曰くシュバル・バヤールは
ケルピーじゃなかったけれど大分似てるね。
「丁度良い馬がいると思って捕まえようとしたら魔獣だったのだわ。魅力的な馬だと思ってたのに、今見たらちっとも魅力的じゃないのだわ」
「魅了能力持ちなのかな?ところでリリアーヌは魔獣の死体を見ても怖くないの?」
「お城には剥製もあるのだわ。似たような物なのだわ」
そうかなー似たような物かなー?リリアーヌって割と肝が据わってたりするんじゃ?あと『捕まえよう』とか中々にアグレッシブね。
お姫様って聞くと華奢な箱入り娘、精神的にも弱いってイメージがあるんだけれどリリアーヌは全然そんなんじゃないね。あ、箱入り娘ではあるか。
「そうだ、リリアーヌは戦えるの?この先も魔獣とか出るかもよ?」
「戦えなくはないのだわ。レイピアをこっそり習ってた事があるのだわ」
「こっそり?」
「王族は人の上に立つ者。前線を切る必要がないから本来は習得する必要もないのだわ。ましてや王女が騎士の真似事なんて評判がよろしくないのだわ」
騎士ねー。騎士って聞くと本人は嫌がるだろうけどフックスを思い出す。
騎士は貴族よりも下の存在らしいし、貴族のトップみたいな存在の王族が騎士みたいに戦うとなると、そりゃ外聞も悪くなるわな。
「馬上槍試合はアリなのに、納得いかないのだわ……」
「何でレイピアを選んだの?」
「わたくしが小さかった頃、お付きの騎士がレイピアを得意としていたのだわ。カッコよかったからせがんでお父様には内緒で教えて貰ったのだわ」
……何か、凄い駄々こねてお付きの騎士を困らせるちびリリアーヌの姿が容易に想像できる。
騎士も『自衛ができたら良いかも』って考えて教えてくれたのかな?
「ところでレイピアは……」
「持って来てないのだわ!」
凄ぇこの人ドヤ顔で言い放ちやがった。それ自慢出来る事じゃないよ。
リリアーヌの後ろでこっそり話を聞いているアーサーが『はーやれやれ』みたいなポーズをとっている。
「そもそも部屋の中にレイピアが無かったのだわ」
「うーん、次の街で買える……かしらね?はぁ……」
カーアンが財布の中身とシュバル・バヤールに目を向けて溜息をつく。
わたしは現実とカーアンから目を逸らしつつ次の街に想いを馳せていた。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
数日後。
「シュバル・バヤールのお肉美味しかったの〜」
「瑞々しい不思議な食感の馬肉だったね。また食べたいね!」
「そうね……あら?アレ街じゃない?」
「防壁が見えるのだわ」
シュバル・バヤールの話をしながら森の中を進んでいると遠目に防壁を見つけた。
急いで駆け寄ると確かにカーアンの言った通り街だった。
因みにシュバル・バヤールのお肉はゼリーみたいにプルプルで切るのが大変だった。
焼くとギリギリフォークで刺せるレベルの硬さになって、口に含むと霜降り肉みたいに油がじゅわ〜っと広がって塩を振っただけなのにビックリする程美味しかった。
あんなに白米が欲しいって思った事ないよ……。
メフィ助が出てきたら頼んでいたかもしれない。まぁ出たら出たで殴るけど。
「すみません、ここは何て言う街ですか?」
「あ?何だアンタら、道に迷ったのか?よく生きて街に辿り着けたな。
ここはホンフレウルの街、
ん、て事は……海岸線沿いに移動したって事になるのかな?脱獄者ってバレたらマズイからずっと森の中に隠れて進んでいたし分かんなかったな。
列に並んでいたおっちゃんに適当に話しかけただけだけれどすげーNPCみたいなセリフ発したね。
「リリアーヌ、ホンフレウルの街って知ってる?」
「知ってるのだわ。虫人国の端の街でさっきの人も言った通り子人国との交易が盛んなのだわ。
元は小さな港町だったと聞いているのだわ」
ふーん、交易で発展した系の都市かな?
流石にそろそろ情報が欲しいので皆で中に入ってみる事にする。
虫人の国なだけあって列に並んでいるのも9割方虫人だ。
基人、基人(っぽく見える
人種混合パーティーだからというのもあるかもだけど、服装的にも浮いて見える。
虫人達はみんなみんな質素な服を着ているのだ。流行り?
「ホンフレウルの街へようこそ。
「こんにちは。世界を旅して回ってるんです。あ、代筆お願いします」
「あいよ」
虫人語、喋れはするんだけれどまだ文字は未習得なんだよね。
リリアーヌに教えて貰ってはいるんだけれど、しばらく時間がかかりそう。
「代金は子人国の貨幣で良いですか?」
「あぁ……ってこれから子人国に行くんじゃないのか?どうやってここまで来たんだ?」
「あっと、えと、そのぅ……早めに旅費の殆どを子人国の貨幣に替えちゃったんです。
残した分でホンフレウルの街まで行こうとしたんですけど、ちょっと足りなくてこのような事態になりました」
うげー、確かに方向的に内陸側から来た筈なのに子人国の貨幣しか無かったら流石に怪しまれるよね。
おっちょこちょいな人みたいな言い訳になっちゃったけど信じてくれるかな……?
「そうか、じゃ、子人国の銅貨四枚置いて行ってくれ」
「はぁい」
良かった、信じてくれた。それぞれ関所を抜けて合流する。魔女かと疑われる事は無かった。
リリアーヌが一番遅かった。虫人だからそこまで引っかかるような事は無いと思ってただけに意外だった。
「遅かったね」
「ごめんなさいなのだわ。
「どうこうって?」
「聞き流して適当に返答していただけだから覚えてないのだわ」
えー……関所の話聞き流して通れんの?ちょっとガバガバすぎない?
てかリリアーヌもちゃんと話聞こうね。あとリリアーヌは蜂の虫人なんだね。
「今度似たような事言われたら何て言われたか覚えておいてね」
「分かったのだわー」
うーん、不安。既にリリアーヌの視線は店の方に向いている。
何の店かな?お、これはキャラメル?と、横に並んでいる黄色いでろっとした固まりは何?
「これは……キャラメル、よね?」
「美味しそうなの〜」
「何この黄色い団子みたいなの」
「あら、知らないのだわ?虫人国では有名なお菓子、花粉団子なのだわ」
「「かふっ……!?」」
『花粉』という人によっては禁忌なワードに
おのれスギ、ヒノキ、ブタクサ……!
目は痒くなるわ、鼻水は止まらないわで毎年毎年大変だったんだからなぁ!
今世は花粉症じゃないけど恨みは晴れぬ。
「食べられるの?」
「食べられるのだわ。子供向けのお菓子で、花粉と蜂蜜を練り込んだ物なのだわ。美味しいのだわ!」
「へー……」
花粉って美味しいのかな?前世で昆虫食カフェとかに行った事はあったけど流石に花粉は食べた事なかった。
わくわくしながらカーアンに視線を送ると『仕方ないわね』とでも言うように財布を取り出した。
「おばちゃん、これ四つくださいな」
「はいよ、銅貨八枚だよ」
「子人国の貨幣なんだけど良い?」
「あら!それじゃ銅貨三枚だよ」
子人国の貨幣の方が価値が高いのかな?早く両替しないとね。
おばちゃんから花粉団子を受け取って皆で同時に口にする。
リリアーヌは嬉しそうに、アリスは興味しんしんに、カーアンはおっかなびっくり、わたしはわくわくしながら。
「ん〜!甘くて美味しいのだわ〜!」
「柔らかいキャンデーみたいなの!」
「蜂蜜味のソフトキャンデーかしら?」
「……ヌガー?」
各々花粉団子への反応を示す。確かにリリアーヌの言う通り美味しい。
うん、そう、でもこれはアレだ。蜂蜜多めのヌガーに近い感じがする。花粉の味はしない。
ヌガーとは
ナッツとかドライフルーツとかが入っているのが常なんだけれどこの花粉団子には入ってないね。
形は四角形の物が多い。四角い型に詰めて切るからかな?
でも花粉団子は団子と言うだけあって丸く形を整えられている。
「花粉って味しないんだね」
「そうね、でも栄養価は高いらしいわよ」
「ふーん」
実はしょっぱい味がするんじゃないかと思ってた。
味わいながら花粉団子を噛んでいると港方面に人集りが出来ているのが目に入った。
「うまうま……ん?何だありゃ」
「何かしらね。良いモンでも獲れたのかしら」
ここから人集りまで真っ直ぐ一本道だ。
気になったわたし達は人混みを掻き分けながら人集りの中心に進んで行く。
「うぇ〜うっぐ、ひっぐ、ぐすっ……」
「うわっガレオットさん!?」
そこに居たのは縄と絨毯で簀巻きにされたガレオットさんだった。
目からは滝のように涙を流していて身体は小刻みにプルプル震えている。
「おや嬢ちゃん、この兄ちゃんの知り合いかい?」
「あ、はい、そうです。何があったんです?」
「さてねぇ。アタシ達も流れて来た小舟からこの人を引き上げただけだからねぇ。
聞いても泣いてばかりで何にも答えちゃくれないし、嬢ちゃんが聞いてくれないかい?」
突然野次馬の一人に話しかけられた。
確かにおばちゃんの言う通り小舟が一つ海にぷかぷかと浮いている。
「ガレオットさん、ガレオットさん」
「うぇ〜あぐっ、ううっ、ずずっ……」
「ガレオットさん!!!」
「ぴいっっっっっ!!!」
呼んでも肩を揺すっても反応が無いので耳元で大声を出したら逆にガレオットさんの口から聞いた事も無いような高音が出て来た。
反射的に耳を塞いだのにキーンとする。野次馬も同じような反応だ。
成人男性の喉から出て良い音じゃない……!
「あわ、あわわ、グリムさん……」
「ぐぉお……耳が……」
「わーっ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
ペコペコ謝るガレオットさんの縄をナイフで切りつつ『大丈夫』と首を振る。
いや、一切大丈夫じゃないんだけど多分こうしないとガレオットさんが泣き止まない。
「……それで、どうしてこんな所で泣いてるの?」
「それが、海賊に捕まりまして利益も商品もほぼ全て盗られました。うぅ……っ。死ぬかと思いました……」
「海賊かー。良く生きて帰って来れたね」
この世界にも海賊いるんだ。よく
全然人が通らないルートだから張ってなかったのかも?
「僕以外にも船に乗ってる人がいましたが、彼らの安否は分かりません……。
僕は
「え、何で
「……
なぁにそれ。しかも事実なん?
確かにそれなら見逃されもするわ……。誰だって狂気に堕ちたくないしね。
ガレオットさんがぽつりぽつりと呟くように証言すると周りにいた人達は同情の声や悲しみの声をあげた。
それだけ知れれば良かったのか暫くすると慰めの言葉をかけつつも無情に人影はまばらに散って行く。
「……ん?」
あれ?何だあの二人組?仙女と……セーラー服の幼女?
セーラー服ちゃんに至っては海の上を歩いているし、え?幻覚?思わず目をゴシゴシと擦る。
「どうしました?」
「あ、あそこの……あれ?いない……」
「……?」
再び二人を探そうとしたのにそんな物は嘘っぱちだったかのように居た筈の場所には波が揺れ、木の葉が舞っているだけだった。
そんな私のおかしな様子にガレオットさんは首を傾げる。
「え、えと、これからどうするんですか?」
「パリスに向かおうと思います。パリスに行けばウチの支店があるのでそこから本国へ帰れます」
「……どうやってパリスにまで行くんですか?」
「僕には
全部ボッシュートされてどうやって帰るのかと思えば、絨毯?売るの?
ガレオットさんは自身を包むように縛られていた絨毯を抱えて瞼を腫らしながら立ち上がる。
「命あっての物種です。利益も商品も綺麗さっぱり諦めます……」
「……ねぇ、ガレオットさん。それ、売らなくても良いよ」
「え?」
路銀は心許ない。けれどこの人には恩がある。
我が身を切り詰めてでも今こそこの恩を返すべきだ。
「わたしが責任持ってパリスまで送ります」
「「はい!?」」
寒空の下にガレオットさんとカーアンの驚きと非難の混じった声が響き渡った。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
「さて、キミ達に来てもらったのは言うまでもない。極秘任務の為だ」
「はっ!何なりとお申し付けを」
「んー」
灯りを落とした室内に影が三つ。
一人はスーツを、一人は鎧を、一人は薄着を纏っている。
「キミ達に命じるのはある人物の抹殺、あるいは捕縛だ。やれやれ、厳重に封印した筈だったんだが、何が起こったんだか」
「ねー、その人捕まえたら好きにしていーの?」
「構わないよ」
「やったー!」
興味なさげにスプーンを弄っていた薄着の人物が嬉しそうに声を上げる。
羽をパタパタと動かし、今にも部屋から飛び出しそうな様子を見てスーツの人物はニコリと笑う。
「して、その人物とは?」
「あぁ、キミは知ってるかもしれないね。少し驚くかもしれないが、本当に、ソイツはまだ生きているんだ」
鎧の人物は首を傾げる。しかし、疑問を呈する事無く続く言葉を待つ。
蝋燭の光がゆらりと揺れる。
「対象はリリアーヌ。リリアーヌ・
スーツの人物の目が昏く光った。
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