100話記念 幕間 俺の珍獣観察日記

 


 小野おの 和良なぎらと言う人物を知っているだろうか。

 そう聞かれた所で大半の人は『知らない』と答えるだろう。


 だが、草無 紅葉漫画家グリムの作品が好きで好きで単行本を舐め回す程見る人物なら知ってる筈だ。

 ……何を隠そう、『編集さん』こと小野 和良は俺の事である。


「進捗どうですか?」

「進捗ダメです☆」

「じゃあ描けよ!」


 草無 基督爺さんに通されて紅葉コイツの部屋に入った所で驚いて転びかける。

 何本読みながら寝転がってんだ!〆切まであと3日なんだが!?

 再三〆切日程に関しては念を押して伝えてあるのに、聞いてなかったなコイツ……!


「へーへー」

「腹立つ……」

「そうカッカしてるとハゲるよ?」

「お前のせいでな」


 ハゲたら賠償して貰うからな。髪は貴重なんだ。

 特に、俺みたいに……ん?


「話聞いてたか?誰が『ゲームしろ』っつった?」

「わたしの中のガイアかな」

「そうか。病院行け」


 幻聴だな。つうかそれ『言う』んじゃなくて『囁く』んだろ。

 コイツは超能力は持ってなかった筈だから、テレパシー的な事は出来ない筈だ。


「んもぅ!酷い!冷徹!」

「はいはい。冷徹で結構」


 ようやく紅葉くれははペンタブを起動させた。ぶうたれながらもそのまま机に向かって仕事をし始める。

 放り出された本を見れば表紙に『デカメロン』と書かれていた。コイツ十二歳だよな?読んで良いのか?


 ……まぁ、駄目だったらコイツの爺さんが止めるだろ。

 いや、でも、あの爺さん紅葉に甘いからな……ちょっと不安だ。


「ところでさー編集さーん」

「んだよ。手土産なら爺さんに渡してあるぞ」

「何買ってきたの?」

「信玄餅」

「悪意を感じる」


 失礼な悪意なんて微塵も無いぞ。第一信玄餅美味いだろうが。

 だが、そうだな。黒蜜でかき混ぜなけりゃきな粉のせいで粉っぽいから食べにくいかもな。喉が弱いと辛いかもしれない。


「いや、いや、わたしが言いたかったのはそれじゃなくてだね」

「じゃ、何だよ」

「編集さーん♡夏祭りに連れてってー♡」

「オエッ!」

「ちょっと失礼が過ぎない?」


 何っだその猫撫で声!全身の毛という毛が逆立つような心地がしたぞ!?

 思わず部屋の隅まで後ずさる。コイツこんな声出せたのか!


「っつうか!それ以前に!描き終えてからそう言う事は言え!」

「描き終えてるよ?」

「……は?」

「編集さんのー、隣の本棚のー、上から三段目の右から二冊目の裏ー」


 言われた通りに本棚を探ると本の後ろからUSBメモリが出て来た。

 持って来たノーパソに接続して読み込ませると完成済の原稿が画面に表示された。


「出来てんのかよ!出来てんなら言えよ!!」

「だってそのまま提出したらつまらないじゃん」

「つまるつまらないで俺を振り回すな!!」


 あ"ー心配して損した!!ったくコイツは何て人騒がせな奴なんだ!

 余裕で原稿を落とさないで済む……。はぁーあ。


「……あれ、じゃあ今描いてるのは?」

「それの次の次の話かな」

「次話も完成してんのかよ!」


 ぶっちぎりで余裕じゃねーか!そのペースなら週刊誌でも行けると思うんだがな……。

 週刊誌だと余裕が無くなるのと、勉強が出来なくなるからって断られてるんだよな。思ったよりちゃんとした奴だ……。


「ね、連れてって!とりゃ!」

 グサッ!

「ぎゃああああ!!!」

「あ、ごめん」


 目が、目がぁあああ!!!紙飛行機が避ける暇も無く俺の目に突き刺さる。痛ぇ!!

 床をゴロゴロと転げ回る俺を申し訳無さそうに見ている紅葉。くそっ、今回ばかりはわざとじゃねぇな……。


「……」

「くそが……」

「ごめんってば」


 紙飛行機を開くと夏祭りの広告が目に飛び込んで来た。チラシで作ったのかよ。

 開催日は……今日の夜から三日間か。場所は近所の河川敷、ね。


「爺さんに連れてって貰えよ」

「残念!おじいちゃんは今日の夜から一週間出張です!研究発表会?があるんだってー」

「なる程な……」


 紅葉の爺さんはその界隈では有名な神学者だ。そういう所にお呼ばれもするのだろう。

 となると両親も祖母も友人もいないコイツは、夏祭りに行くには俺しか頼れる人がいないのか。


「しゃあねぇな……連れてってやるよ」

「わーい!編集さん大好き!」

「はいはい、さっさと準備しろ」


 部屋から出て爺さんに紅葉と一緒に夏祭りに行く旨を伝えるとぺこぺこ頭を下げられた。

 確かに今日はいつもより良い服を着ている。


「すみません、本当は私が行くべきなのですが」

「いえ、構いませんよ。アイツに振り回されるのも慣れた物ですので」


 自分で言うのも何だがもう5年近くの付き合いだ。

 マイペースぶりにも慣れた物だな。


 俺とアイツが最初に会った時は……アイツはビクついて親から離れねぇし、俺は白目を剥いて卒倒したんだった。

 先ぱ……社長に言われて嫌々担当になったんだったな。『子守なんざ出来るか』って。


 でも、今思うと俺が紅葉に当てられたのは大正解だった。

 社長もそこまで見越してた訳じゃねぇだろうがな。


 俺には『吉凶を見る者カルトマンテ』と言う超能力がある。

 文字通り見てるだけで吉凶を知る事が出来ると言う物。ま、簡易的な未来予知だな。


 初めて紅葉とその両親、それから爺さんに会った時全員に今まで見た事もない大きさの凶の字が見えたんだ。

 何だこの一家。呪われてるのか?俺が驚きで卒倒するだなんて相当だぞ?


 ……まぁ、あの後紅葉の両親が交通事故で亡くなったのを考えると凶の字が全員にあるのはおかしくなかったんだよな。

 今、残された二人の凶の字はあの時程大きくはない。それでも平均より大きいんだがな。


         凶


 爺さんをチラッと盗み見るといつもよりデカ目の凶の字が見えた。

 助言……出しとくか。


「どちらまで行かれるんです?」

加国カナダまで行きます。紅葉には『メープル買ってきて』って頼まれてるんですよ。有名ですからね」

「そうですか……」


 なら飛行機か?


「出来るならで構いません。飛行機を一本ずらした方が宜しいかと思います」

「え……わ、分かりました」


         凶


 字は変わらないが大きさは明らかに小さくなった。これで合ってたみたいだな。

 超能力の事は爺さんにも紅葉にも言っていない。だが、二人は何も聞かずに俺の事を信じてくれている。ありがたい事だ。


「編集さーん準備出来たよー」

「あぁ」

「紅葉、和良なぎらくん、いってらっしゃい」


 爺さんに見送られて祭りの会場へと向かう。時刻は五時、本来なら退社の時間だ。

 これは残業扱いになるのか?紅葉といると仕事なのかプライベートなのか分からなくなるな。


「りんご飴に〜、わたあめ!焼きとうもろこしにたこ焼き!いやぁ楽みだなぁ!」

食べ物それが目的か……」


 花より団子な奴だ。ご機嫌に目の前をスキップしながら進んで行くのを見ると頭に雀が跳ねる図が浮かんで来る。

 が、そのスキップもそれなりにゆっくり歩いている筈の俺に段々と抜かされて行く。


「遅くねぇか?」

「うっせー!一歩が長い人にはチビわたしの気持ちなんて分からないでしょうねー!このモデル体型がッ、ケッ!」

「それ貶してるのか?」


 それなりに長い事コイツと一緒にいる自負はあるが未だにコイツの感性が分からない。

 作家ってのは皆こんなもんなのか?


「見てろー!わたしだって将来8頭身になってやるんだからなー!」

「ハッ、せいぜい頑張れよ、4頭身」

「うぎぃいい!!!腹立つー!」


 駄々をこねるようにぽかすか殴って来るがちっとも痛くねぇな。

 その内疲れて来たのか息を切らしながらその場に座り込んだ。


「ぜい……ぜい……もう動けない……歩けない……」

「馬鹿だなぁ」

「編集さんおんぶ」

「しねぇよ!」


 自業自得だろ!誰がするか!何バンザイしてんだ!赤ちゃんか!

 お前確かに背は低いがそれでも小学3年生くらいのサイズはあるんだぞ!?


「えっ酷い……泣いちゃう……しくしく」

「泣き真似レベルが低い。やり直し」

「えー?じゃあだっこ」

「だからしねぇっつってんだろ!」


 マジで何なんだコイツは!本当に十二歳か!?精神年齢いくつだよ……。

 しかもこれでいて頭だけは歳不相応に良いしな。ただし興味のある事に限るが。


「疲れたよぅ助けてよぅ」

「だーッ!!うっせぇなぁ!もうおぶってやるから大人しくしやがれ!!!」

「そういうトコだぞ」


 何がだ?ほくほく顔のコイツを嫌々ながらもおぶり夏祭りの会場を目指す。

 コイツ、食に興味を持ちそれなりに食べている割には身体が軽いな。なんだか心配になる……。


「えへへ、編集さんの背中温かいなぁ。お父さんの背中みたい」

「……俺はそんなに歳食ってねぇぞ……」


 やめろよお前……。俺はお前の父ちゃんじゃねぇよ、担当編集だ。お前の父ちゃんにはなれっこねぇんだよ……。

 コイツは俺と違って家族仲が良かった。だからこそ、亡き後でも慕えるのだろうな。


「あ、編集さんに贈ったヘアリングちゃんと使ってくれてんだね」

「捨てるには高価過ぎるだけだ」

「それをすてるなんてとんでもない!嫌ならせめて売ってよね!」

「怒る所はそこなのか?」


 しんみりとした空気を感じ取ったのか話題を変えて来た。

 こんなマイペースの擬人化みたいな奴でも日本人らしく空気は読めるんだな。


 俺は伸びた黒髪の襟足を纏めて一つに縛っている。昔はヘアゴムで縛ってたんだが見かねた紅葉が去年『誕生日祝いに』とくれたんだ。

 が、問題はこのヘアリングがクソ程値打ち物だと言う事だ。


 柳の葉をイメージした銀色のヘアリングの中央に二つブルートパーズと言う宝石が嵌っている。

 トパーズは俺の誕生石なんだが、今はそれは良い。


 ブルートパーズはトパーズの中でも高価な部類に入るのにその中で一番値が張るロンドンブルートパーズが使われているのだ。

 そしてヘアリングのデザインは人気漫画家グリムこと紅葉アイツ自身。正直ロンドンブルートパーズよりもこっちのせいで値段が図抜けて上がっている。


 しかもこれはアイツが俺の為だけに作った一点モノ。

 ガチ勢からしたら垂涎の的。オークション形式にしたら凄い値段がつきそうだ。


「お前も変わってるよなぁ。俺なんかにワザワザ一点モノを作るとか。もっと他の事に金使えよ」

「むっ!日頃お世話になってる人のプレゼントにお金をかけるのは大事なんだよ?

 それに、他の事って言っても……趣味の物、生活必需品を買うとか、クラウドファンティングとかしかしてないし……。一定額の貯金以外は全部寄付に回してるからなぁ」


 そういやそうだったな。コイツ収入の割には平凡な生活を送ってるんだよな……。大豪邸くらい余裕で買えるのに。

 欲が少ないのは爺さんの信じるキリスト教のおかげかね。


「あんまりお金を持ち過ぎても身を持ち崩すモンだよ。それに、持ってるだけで使わないんじゃ経済は回らないしね」

「まぁな」


 下手に浪費癖がつくよりかは良いか。

 そんな会話をしている内に祭りの会場にたどり着いた。コイツの家から30分くらいか?


「おい、そろそろ降りろ」

「やだー」

「もう歩けんだ……熱ッ!?な、たこ焼き!?あっつ!!!」


 誰だ俺の頬にアツアツのたこ焼きを押し付けてんのは!!

 たこ焼き、爪楊枝、腕と辿るとおぶられている紅葉がいつの間にやら購入したたこ焼きを俺の背中の上でムシャムシャと食っていた。


「おい!人の背中の上でたこ焼き食うなよ!青のりがつくだろ!!」

「編集さんに一つあげるよ。わたしってば優しいね」

「話聞けよ!!!あーもー……」


 コイツは頬に押し付けたいんじゃなくて俺にたこ焼きを食わせたかったんだな。

 渋々差し出されたたこ焼きを口に入れると満足したのかするりと背中から降りた。やれやれ。


「あっ!編集さーん!わたしアレ!アレやりたい!」

「アレ……射的か?」


 紅葉の指差した方向には射的屋があった。景品の中には新作人気ゲームのソフトもある。

 あんくらいなら自分で買えるだろ……。


「ゲームくらい買えよ」

「違うっ!わたしが欲しいのはアレっ!」

「アレ?」


 ゲームから視線を横に一つずらすと馬型の焼き物が置いてあった。

 えぇ……アレが欲しいのか?芸術家ってのはやっぱり俺には分かんねぇわ……。


「素敵な焼き物だよね!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「……」

「……」


 あ?何でじっと見つめて来るんだ?欲しいなら取ってくりゃ良いだろうが。

 ……はっ!いや、コイツ、そうか!


「おい大将、この子に一回やらせてやってくれ」

「はいよ。一回300円だよ」


 そうだ、普通に話すから忘れていたがコイツはコミュ障だった。

 俺も最初の三年くらいは一切口を利いて貰えなかったからどう接して良いのか分かんなかった。


 どうやら慣れるのに相当な時間がかかるらしい。慣れれば距離を急に縮めて来るんだがな。

 爺さんによれば友達と呼べる存在は俺くらいなんだと。


 嬉々としてお金を渡し変な馬の置物を狙って狙撃した紅葉だったが全部外れた。

 しかも銃を撃つ度に反動でフラついている。


「編"集"さ"ぁ"ん"……」

「あー分かった分かった、泣くなって」


 やってやるから。ただし代金は紅葉に払わせる。

 俺は割と弓や銃と言った射撃系は得意だ。一発目で焼き物を倒し、二発目で棚から落とし、余った三発目でゲームソフトを──


         凶


 ──やっぱやめだ。適当なぬいぐるみを落とす。

 これが出たって事は大方中に入ってるのはゲームソフトじゃねぇな。


「兄ちゃん、上手いねぇ。はい景品だよ」

「ありがとうございます。はい」

「わー編集さんありがとう!」


 射的屋の大将から貰った景品をそのまま紅葉に渡す。一応焼き物を確認したが割れてないな。

 紅葉が綿飴を食べたいとか言うからその屋台を探しに人混みの中を歩き出す。


「でも編集さん、何でソフトを狙ったのにやめたの?編集さんなら取れたでしょ?」

「んぁー、ああいうのは大抵重りが中に入ってて取りにくくなってるって思い出したからやめたんだよ」

「ふーん。何か見えた・・・・・んじゃなくて?」

「は……?」


 は?え?コイツは、紅葉は俺の超能力について何も知らねぇ筈、だろ?

 何で知って、いや、適当抜かしてるだけか?


「んな訳ねぇだろ」

「本当?おかしいなぁ……{楽}の見立て、間違ってたの?」

「は?ラク?」


 急に何を言い出すんだコイツは。

 俺の目の前にはしっかり紅葉がいるのに、まるで別人のように感じられてゾッとする。


「えとね、うんとね、編集さん、時々何も無い所を見つめていたり、文脈に沿わず難しい顔したりしてる時があるでしょ?

 だから、何か見えてるのかなって」

「……」


 言われてみれば確かにそうだ。俺にとって吉だとか凶だとかの文字は勝手に目の前に浮かんで来る物。

 会話の途中に浮かんで来る事もしょっちゅうだ。


「もしかして編集さん、超能力持ってるの?昔『持ってない』って」

「うるせぇ!黙れ!!」

「うわっ」

「あ……」


 紅葉が驚いて一歩後ずさってからハッとする。

 俺は何て大人気ない事をしたんだ。こんな小さな子に、図星だからと声を荒げたりして……。


         吉


 なのに、これは何だ?何で『吉』なんだ?

 この流れで、どう好転するってんだ?


「超能力自体悪い物じゃないでしょ?嫌いなの?」

「……あぁ、嫌いだな」

「小野家なのに?」

「小野家だからだ。親父も、母も、兄弟も、小野と言う名前も、何もかも嫌いだ」


 小野家は超能力においては名門でトップレベルの者達が多い。

 だが、俺の超能力は控えめに言わなくてもショボい。


 誰にも評価されなかった。蔑まれた。

 だから俺は軍部に行く事無く先輩……社長に誘われて出版業の道に入ったんだ。


「家族が嫌いなの?」

「お前にゃ考えられねぇ世界だろうな」

「うーん、そうでもないよ?」

「え?」


 それは予想外だ。コイツに家族を嫌う感情なんてあるのか?

 親にしこたま怒られて殺意が湧いたとかか?


「お父さんとお母さんが死んじゃった時にね、誰がわたしを引き取るか揉めたの」

「……押し付け合いか?」

「逆。引っ張り合い。特にお母さんの妹、つまりはわたしの叔母さんとおじいちゃんが揉めに揉めてね……」

「あー……」


 下世話な言い方をすれば漫画家グリムは金のなる木だ。引っ張り合いにもなるか……。

 爺さんは紅葉に愛情持って接してるし、可愛い孫扱いだろうな。


「だから、家族仲が悪いってのは理解出来る。仲良いのが一番だけどね。それにそういった立場の人が主役の本とかもあるし、編集さんが思う程わたし馬鹿じゃないよ」

「……そうか」


 困ったように笑みを浮かべる紅葉を見て、まだまだ子供っぽいがコイツも成長してるんだなと感じた。

 気を遣うなんて、仲良くなり始めてからの三ヶ月くらいしかされた事なかった。


「……俺の超能力は『吉凶を見る者カルトマンテ』。勝手に『吉』だとか『凶』だとか目の前に文字が現れやがる。気に食わねぇが全部当たるから行動の参考にしている」

「え!じゃあそれ未来予知じゃん!?凄ーい!良いなーわたしも超能力欲しーい!」


 紅葉は目をキラキラさせながらぴょんぴょん跳ねだした。

『凄い』?こんなショボ異能が?……んな事言われたの初めてだよ。


「あげられんならくれてやりてぇが……そんなに良い物か?」

「むぅっ!編集さんは自覚無いだろうけど、超能力の無い人からしたらね、超能力があるってだけで羨ましいんだからね!!」


 急に冷や水で目を洗われたような気持ちになった。

 確かに、周りが超能力持ちしかいなかったから相対的に俺の評価は低くなっていたが、世間的に見れば俺はそんなに評価は悪くないかもしれない。


「……はは、お前のおかげで目が覚めたよ」

「ん?編集さん泣いて……」

「泣いてねぇよっ!」


 提灯の灯りが歪み始めたのを掻き消すように腕で目元を拭う。

 あぁ、クソッ!コイツに泣かされる日が来ようとはな!


「泣く時くらいカラコン外したら?変に擦ったら傷ついちゃうよ?」

「はっ?な、お前、どこまで知って……」


 確かに俺は黒のカラコンをしている。目を大きく見せる為ではない。

 だが、紅葉の前でカラコンを取った覚えは一度も無い。何で知ってんだよ!!?


「どこまでって……本当は目が青色で、髪も青色なんでしょ?カラコンと染髪で隠してるのは知ってるよ。

 髪の毛に関しては掃除したら黒と青の混ざった毛が落ちてたからで、カラコンに関してはさっき紙飛行機が目に刺さった時にズレてたから。

 あ!て事はもしかしてまつ毛とか眉毛まで黒色に染めてたりする!?」

「な……な……」


 コイツ、思ったより注意深く見てるな!?

 いつもあんなに能天気で何も考えてなさそうに生きてるのに……誤算だ。


「……その通りだ」

「やったー紅葉くれはちゃん大当たりー!でも何でそんな隠すの?」

「……毛色と目色だけはアイツらと一緒なんだ。それに、こんな色気持ち悪いだろ」

「えー、そうかな?確かに珍しい色ではあるけれど今の世の中黒とか茶とかの方がもはや少ない部類でしょ?嫌いな人と一緒ってのが嫌ってのも分かるけどね」

「それはそうだが……」

「それに、青色の髪カッコイイよ!」

「はぁ?」


 カッコイイ……?馬鹿にするのも大概に……いやクソッ、コイツの目のキラキラっぷり、さては心の底からそう思っているな!

 だから無駄に純粋で正直な子供は苦手なんだよ!


 俺は昔、この髪色のせいで虐められた。

 子供の頃はまだ超能力は公になってなかったし、それに伴う技術も出回ってなかったからな。


 近年流行りの生まれて来る子供の髪や目の色を変える遺伝子操作技術は超能力研究の副産物だ。

 これをする事により子供を好きな色に出来るだけでなく超能力を持って生まれる確率も高まるとかで大人気だ。


 勿論紅葉の家みたいに『それは親の押し付けだ』としてやらない人達もいる。

 ただ、年々遺伝子操作するかしないかで対立が深まるのはなんだかな。


 遺伝子操作された人は進化した存在だと言えるだろう。同時にされてないのは旧人という扱いになる。

 そこで差別が生まれたり何だり、やっぱり超能力やその技術は嫌いだ。


「わたしは地毛が茶色で地味だからそういう髪色憧れるなぁ!」

「……本気か?」

「本気だよ!ね、今度から染めないでよ!わたし、隠してない編集さんが見たい!」

「……ッカ〜〜〜!!!お前って奴は!お前って奴はぁあああ!!!」


 俺の低い自己評価、隠したかった事、長年の悩み、それら全てを一瞬でひっくり返しやがって!!

 でも、何故だか口元が緩んでしまう。俺は嬉しいのか?……嬉しいんだな。


「……あぁ、良いぜ。本当の俺を見せてやるよ。約束だ」

「本当!?」

「だが、伸びきるまで待てよ」

「うん!」


 頭に手を当ててニヤリと笑う。こんなに愉快なのは久しぶりだ!


 その後、紅葉が倒れるまで祭りの会場を駆け巡った。

 気分が良いから全部奢ってやったら『今日の編集さん気持ち悪い……(ドン引きフェイス)』って言われた。なんて奴だ。



 爺さんが乗る予定だった飛行機がハイジャックされたと聞いたのはその次の日の事だった。

 だが爺さんは俺の助言に従って一本遅らせていたおかげで助かったとか。全く超能力様々だ。


 ハイジャックの犯人は最近巷を騒がせている超能力反対派の人達だった。

 最近こういうの多いよな。俺も気をつけねぇと。

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