シュバル・バヤールの話

 


「ちょ、ちょっと待つのだわ……ぜい、はぁ……」

「疲れたの……」

「休憩にしましょう」

「そうだね」


 リリアーヌとアリスが森に入ってから早々にギブアップした。まぁ、この二人はまだ歩き慣れてないから疲れるのも無理は無い。

 反対にカーアンはまだまだ歩けそうだ。旅慣れして来たね。


「紅茶が欲しいのだわ」

「紅茶どころか茶葉すら持ってないわよ」

「あそこに水ならあるけど」

「紅茶が良いのだわー!」


 そうは言ってもね。街に着くまで茶葉は手に入れられない。

 因みにアリスは「おいしいの!」とか言いながら池の水を飲んでいる。アリス偉い!リリアーヌは偉くない。


 因みに池は大きい公園にあってもおかしくないレベルの大きさだ。

 公園と違うのは多種多様な魚が泳いでいたり、池の周りが全然整備されていなかったりする所かな。


「もしや、リリアーヌの旅行鞄の中に入ってたり?……うわーっ!?」

「ふ、不敬なのだわ!いきなり鞄を開けるなんて!」


 旅行鞄を勝手に開けた途端びっくり箱よろしく荷物が飛び出して来た。

 つ、詰め込み過ぎでは?わたしは慌ててそこら辺に散乱した荷物をかき集める。


「何これ、皿?要らんでしょ!ピクニックじゃないんだよ?」

「お皿が無かったらどうやって食事をすると言うのだわ!?」

「枕なんて入れるからギュウギュウになるのよ……」

「枕が無かったら寝れないのだわ!」


 もっともなセリフだけれど旅においてはそんな定住前提の装備は邪魔なだけなんだなー。

 枕もベッドも皿も食器も無いのがこの世界の旅。宿屋に泊まれるのは本当にたまーにたまに。


 あー、でも、わたし達は野宿前提の生活をしているけれどリリアーヌみたいな高貴な身分の人達は宿屋に泊まるのが当たり前なのかな。

 適当なペースで進んでるから野宿が多くなるだけで地図を見て計画的に進めば毎日宿屋に泊まれるのかも?


 それとあと、乗り物の有無はデカいと思う。

 わたし達が徒歩なのに対してお金持ちの人達は馬やら馬車やら何やら、とにかく乗り物に乗って進むのだ。


 乗ってる人達は徒歩よりはあまり疲れない。疲れないという事はその分遠くまで行けるという事。

 更に馬の一歩は人の一歩より大きいし、その点でもやはり乗り物持ちの方が早く進める。


「馬ー……か何か、買えると良いかもね」

「あたし達にそんなお金は無いわよ。ただえさえ二人も増えて旅費がカツカツなのに」


 うー、ごもっとも。ここはやはり商売を始める必要があるかしら。

 しっかし、何が売れるだろう。そこら辺の草じゃ流石に売れないよねー。スケブ……は売りたくないな。


「こーうーちゃー!が、欲しいのだわー!」

「あーハイハイ、茶葉……ちゃんと入ってるね。ティーポットまで詰め込んである」

「……あ、あら?」

「どうしたの?」

「入れていた……のだわ?記憶にないのだわ」

「何それ怖い」


 怪奇!勝手に入っているティーセット!いや、リリアーヌの記憶に無いだけでリリアーヌ自身が詰め込んだだけじゃないの?

 それと、リリアーヌは無理を押し通すつもりで紅茶をねだってたの?ワガママだなー。アリスを見習いなさい。


「じゃあお茶の用意をするからリリアーヌ、水汲んで来て。はい、これ容器ね。

 カーアンはわたしと火起こしね」

「何でわたくしが水汲みをしなきゃならないのだわ?」

「自分が飲みたい物くらい手伝ってよだわ。わたし達は旅仲間であってリリアーヌの従者じゃないよだわ」

「……たびなかま?なのだわ?」

「んー、旅仲間ってのは旅している間、艱難辛苦を共に乗り越える存在だよだわ。

 そこに優劣は無く、皆平等なんだよだわ」


 リリアーヌの横暴に同じなのだわ口調で対抗する。

 今まで持ち上げられる側だったリリアーヌは旅仲間の概念を知らなかったのかな?


「旅仲間……。わたくしも?」

「勿論さぁ」

「……ホホホ、王女を仲間平等扱いなんて……。

 良いのだわ。旅仲間にする事を許すのだわ」


 リリアーヌは足取り軽く池の方に向かって行った。鼻歌もうっすらと耳に届く。

 どこが琴線に触れたのかは知らないけれどご機嫌なようで何より。


「……さて」


 わたしがリリアーヌに水汲みをさせた理由、それは旅仲間だからでも何でもなく、魔法でもなんでも使って火起こしをする為である。

 水汲み自体、やるのはわたしでもカーアンでも誰でも良い。


 ただ、火起こしに関しては魔法を使って風を送ったりする方が効率が良い以上、魔女だとバレないように使いたい。

 その上でリリアーヌ魔女ではない人が近くにいると邪魔なのであった。ぶっちゃけ人払いである。


「なんか良い魔法は?」

「無いわよ。そもそも魔法の火はすぐに消えちゃうし、本物と比べると火力も劣るわ」

「うっ、確かに」


 以前おばあちゃんが『魔法は理を一時的に曲げる物』と言っていた。

 本当にその通りで、魔法でつけた火は込めた魔力が尽きると消えてしまうのである。


 カーアンの言う通り物を焼くにも温めるにも時間がかかるし、魔法だけで調理しようとするのは色々と厳しい。

 それらの点で旅には本物の火が好まれる。水魔法も火魔法も一時的な物である以上、旅にはあまり役立たない。


「えー、何か何か……」


 わたしは必死に荷物袋を漁る。火打ち石だけじゃ心許ないなぁ。

 何かの間違いでチャッカマンとか出てこないかな?


「……あ」

「何かあった?」

「……ま、まぁ、ウン……」

「何よ、歯切れ悪いわね」


 えー、いや、これは……確かにあの時火はついたしな……。

 でもな……これ、一応……てか何で一応海水に浸かってんのにしけてないの?


「お姉ちゃん達、何してるの?あ、なの!」

「……違うんだアリス、これ、一応炭枯怨スコーンなんだよ……」

「? お姉ちゃんの目、大丈夫なの?」

『コレノドコガスコーンナンダ?』

「……」


 いつの間に池から戻って来たアリスとアーサーの心ない一言がわたしを傷つけた。

 いや、確かに炭にしか見えないし実際炭だし燃えるんだけど、製作者おばあちゃんの顔を立てて……ね?


「いや、いやいやこれ、食べられるから。ホントに食べ物だからほゥオェッ」

「駄目じゃないの」


 舌に触れさせた瞬間に『あ、これは駄目だ』と悟った。思わず投げ捨てるレベルで不味い。

 カーアンからの冷めた視線とか気にしている場合じゃない。食べてすらないのに口の中が苦いどころの騒ぎじゃない。


 例えるなら、一年間炎天下に放置した生卵を泥水と下水の中に割って投入し、ハバネロとパパイヤをミキサーした物を更に投入し、それを希釈した物を口にした感じがした。

 実際はそんな物を食べた事は無いから想像でしかないんだけどね。


 天資スキルに感覚遮断とかあったら間違い無く使っている。

 舌に触れさせただけでこれだ。食べたらいったいどうなる事やら……。


 一応これありきたりな材料から作っている筈なんだけどなー。

 どこでおかしくなってんのやら。おばあちゃんある意味天才だよ。いや、天災かな?


 {あらら、すっごい顔してるわよー}

【失敗した福笑いを見ている気分です】


 マ?そんなに顔のパーツがぐしゃぐしゃになる程までに酷い味って事か。

 確かにカーアンもアリスも若干引いたような顔をしている。

 アーサーにはジェスチャーで『コッチミンナ』と告げられた。


 {……ねぇねぇ、ちょーっとだけ味覚の権限を譲渡してくれないかしら?}

【{楽}!?正気ですか!?】


 良いよ!寧ろ喜んで譲渡するよ!肩代わりしてくれるなんて{楽}ってば優しいね!


 {そんな事ないわよー。ただちょっと興味があるだオロロロロロロロ}

【譲渡された途端吐いてるじゃないですか!】

 {……}

【{楽}……?し、死んでる……!】


 この人でなし!


 ……ってのはさておいて、{楽}の事だから直ぐに復活するでしょ。

 味覚を渡した途端にスンッと苦悶の表情から真顔になったせいか、カーアンがビクッとした。


「え、ええと……もう大丈夫なの?」

「うん」


 味覚譲渡しちゃったから口の中がゴムになっちゃったみたいに何も感じない。それだけかな。

 後で返して貰うし、今は何の問題も無いね。


「じゃあ……燃やしてみる?」

「本当に炭じゃないんだけどなぁ……」


 投げ捨てた炭枯怨スコーンをカーアンが回収し、アリスとアーサーが拾った薪の上に乗せ、火打ち石を鳴らす。

 石から飛び出た火の粉が炭枯怨スコーンの上にダイブし、紫色の炎を上げる。


「やっぱ炭なの」

『スミジャネーカ』

「紫色の炎……カリウムがかなり含まれてるのかしら?」

「だから違うってばぁ……」


 勢い良くごうごうと燃え盛るスm……枯怨コーンを見て嘆く。

 炭じゃないのに、本当に炭じゃないのにこの場で炭扱いしていないのわたし一人だけじゃないですかヤダー!


 だからと言って食べ物とは認めてませんけどね、うん。

 歯が立つか怪しい程に硬いし、味は言わずもがなだし、寧ろこれ、武器なんじゃ……?


【正気に戻って下さい!】


 はっ!危ない危ない。危うく武器扱いしてしまう所だったよ。

 そうだよ、これは炭枯怨スコーン。おばあちゃんが作ってくれた素敵なおか、おか……。


「やっぱ炭だな」

主人格マスターーー!!!】


 しょうがないじゃん!だって事実なんだもん!擁護できっこない程に炭なんだもん!

 これを炭と言わずに何と言うの!?


「おやおヤ、楽しそうな事してるネ」

「ウアーーッ!!?ウアーーーッッ!!??死ねェッ!!!」

「全く野蛮だなァ」


 何しに来やがったメフィ助ェ!!呼んでねーぞオラァッ!!

 唐突に現れたメフィ助に向かってを投げつける。そう、鍵。鍵槍じゃない。殺意マシマシMAXだ。


 けれどもメフィ助の顔に向かって投げられた鍵は首をヒョイと傾けただけで避けられてしまった。

 後ろにあった木に煙を上げながら深々と突き刺さる鍵。当たれやー!


「何しに来やがった!帰れ!帰れーっ!」

「まぁまァ、そう言わずにサ」

「……ねぇ、アンタ、さっきから何と向かって話してんのよ?」

「……へ?」


 ガルガルとメフィ助に向かって威嚇しているとカーアンが困ったような顔をしながらわたしにそう聞いて来た。

 わたしは驚きのあまりメフィ助とカーアンを交互に見つめる。


「え?え??み、見えないの?」

「見えないわね。さっきからアンタが一人で奇声を上げたり鍵を投げたりしてる事しか分からないわ」

「アリスも見えないの」

『オレモダナ』


 うっそー!まさかメフィ助はわたしの幻覚……いやいやいや、こんなアクの強い幻覚見てたまるか。

 相変わらず顔に貼っつけられた紙のせいで顔は見えないがニタニタしているのだけは雰囲気で分かった。


「どうすル?あの子達にワタシの姿が見えるように願ウ?」

たの……いや、良いや」

「……チッ」


『頼む』、と言おうとして止める。こんなのにせっかくの願い事を消費しちゃ困る。

 何より、メフィ助の姿を見たらカーアンが発狂しかねない。


 理由は単純。メフィ助の身体は、身体だけは紅葉わたしだから。

 カーアンがそんな物を見たらまた過去の後悔がフラッシュバックしてめんどくさい事になる。


 どうやら願い事を消費しない選択肢は間違っていないらしく、正解の印として舌打ちを貰った。

 だーれがお前の手のひらの上で踊るかってんだバーーーーカ!!!


「ふン、マ、良いサ。それはそれとしテ、キミ、良いのかイ?」

「何が?」

「その身体だヨ」

「あ……?」


 身体。わたしの身体。メフィ助に言われてハッとする。

 今までのてんやわんやですっかり頭から抜け落ちていたけれど、そうだ、わたし、わたし、死んで生き返ったんだ。


「う、う"……」

「……グリム?」


 気持ち悪い。死人が生き返るなどあってはならない。

 死んだらおしまい、さようなら。物語が続く筈も無し。


「う、あ、あ、あ"ぁっ!!!」

「グリム!?止めなさい!!」

「お姉ちゃん!?」

『ナニヤッテンダ!!』


 気持ち悪い。気持ち悪い。喉を掻きむしる。喉が抉れて、血が出て、爪が剥がれても、止めない。気持ち悪い。

 魔法陣が光る。治癒が邪魔だ。死ななきゃ。死ななきゃ。死人わたしは生きてちゃいけない!


 ──『コッチニ、コイ』


 あの言葉は呪いだ。決して本人の意思での発言ではないし、彼は寧ろ被害者だ。

 それでも、わたしにトラウマを、死生観を植え付けるには十分過ぎた。


 ……ビルに潰されて、無惨な程までにボロボロで、血塗れで、骨が飛び出て、関節がありえない方を向いている編集さん。

 そんな酷い状態の彼が、安らかに眠る権利を持った彼が、わたしに、死した後にそう言ったのだ。


 そう。


 他ならぬ彼の兄弟の超能力・・・によって。


 葬式のあの時、何があったのか覚えていない。思い出したくもない。

 ただ、あの時以来死者蘇生とかネクロマンシーとかは大嫌いになった。


 死者は安らかに眠らなければならない。

 生き返ってなどならない。

 それがわたしの死生観だ。


「ウゥ……離して!離して!!!死ななきゃ!わたし死ななきゃへぶっ!?」

「……」


 カーアン、アリス、アーサーの全体重を以って地面に仰向けに取り押さえられたわたしは死ぬ為にもがいた。でも、振り払えなかった。

 振り払う事は簡単なのに、身体がそれを拒否した。


 途端、カーアンが何もかもを押し殺したような真顔で襟首を掴み、平手打ちをして来た。

 殴られたわたしの頬は赤く腫れ上がったけれど、カーアンの手はそれ以上にもっと赤くなっていた。


「……何が『死ななきゃ』、よ。何で死ぬ必要があるのよ」

「だって、わたし……」

「アンタはッ!!生きている・・・・・じゃない!!!」

「っ!?」


 真顔から一変、雷が落ちたかのような剣幕にアリスが後ずさる。

 怒りで顔を真っ赤にしながらわたしを見つめるその目から、涙が数滴、ぽつりぽつりとわたしの頬に落ちて来た。


紅葉アンタ自分アタシも殺したアタシが言えた話じゃないけどね、死ぬなんて許さないわよ。

 アタシは機会を与えられた。やり直す機会を与えられた!

 もうあの時みたいに死にたくない。死なせたくないのよ!!」


 襟首を掴む力が強くなる。それと同時に声も大きくなる。


「死んだらもう二度とこんな機会が訪れる筈が無いわ。

 だからこそ言うわよ。アンタは、今、ここで生きている!死ぬなんて馬鹿なマネはやめなさい!!!」

「わたしが……生きてる……?」


 わたしは、死んだ。魔女アリスの不意打ちで間違い無く死んだ。

 メフィ助の魔法陣が起動していたのがその証。


 それでも。眠るべき死者わたしでも。

 カーアンは『生きてる起きて』と言うの……?


「ねぇ、カーアン……。わたし、生きてるの?一回死んだのに、生きてるって言えるの?」

「ハァ?生きてるに決まってるじゃない。心臓が動いてる。脳だって動いてる。じゃ、生きてるわよ」


 そっか……。確かにその点で見れば、わたしも『生きてる』って言えるのか。

 わたしはゆっくりと上半身を起こし、持てるだけの力で顔に力を込めて笑顔を作る。


「ありがと、カーアン」

「ぶっさ!顔皺くちゃじゃない!……ふふっ」


 良かった、カーアンも笑ってくれた。わたし達が立ち上がるとアリスが駆け寄って来た。

 メフィ助のはいつの間にか居なくなっていた。野郎、やるだけやって帰りやがったな!次会ったら酷い目に遭わせてやる!


「お姉ちゃん達、喧嘩は良くないの」

「うん……心配かけてごめんね」

「あと、リリアーヌお姉ちゃんはどこなの?」

「「え?」」


 アリスに言われてキョロキョロと辺りを見渡す。

 確かに、さっきからずっとリリアーヌの姿が見当たらない。焚き火はとうに燃え盛ってると言うのに。


「リリアーヌ!」


 わたし達は慌ててリリアーヌが行った筈の池に近寄る。

 しかし、姿が一切見当たらない。まさか池に落ちた?


「くっ……!」


 ブーツを脱ぎ捨てて池に飛び込む。思ったより池は深く、地に足がつかな、い……?


「オアーー!!!助けてー!!」

「馬ッ鹿じゃないの!?馬ッ鹿じゃないの!!??」


 そうだよ勢いで飛び込んじゃったけれどわたし泳げないんだよ!!!地に足つかなきゃ沈むー!!

 慌ててカーアンも靴を脱いで池に飛び込んでわたしを救助してくれた。助かった……。


「池の底に何かいたわよ」

「見えるの?」

「一応魚人ヴィスクだし、水中でもゴーグルをかけたみたいにハッキリと見えるわよ」


 凄いなぁ。わたしはモザイクがかかったみたいに、すぐ近くの物すらハッキリと見えなかった。

 水が目に沁みて痛かった。プールに入ったらあんな感じなのかしらん?


「近づいてみるわね」

「ごめん、頼む……」


 陸地に放り出されたわたしは軽やかに水中を進むカーアンを見送る。

 池の中心辺りまで進んだ所で水面がバシャバシャと高波を上げて荒れ始めた。


「いたわよ!でもっ……!」

「……」

「何かにくっついちゃってるじゃない!何なのよこれ!?」


 ぐったりとしたリリアーヌをカーアンが引き上げると、確かに二人以外の『何か』がリリアーヌの下辺りにいるのが分かった。

 カーアンと『何か』はリリアーヌを引っ張り合いっこしているらしい。


「池の縁に近づけられない?」

「無理よ!現状維持で精一杯なんだから!うぎぎ……!」


 陸地に近づいてくれれば一気にカーアンごと引き上げられるんだけれど難しそう。

 鍵槍で『何か』に攻撃するのもアリではあるけれど、どうやってリリアーヌにひっついているか分からない以上手出しがしにくい。


「それならアリスにお任せなの!


 『これじゃ部屋から出れないの』 涙ポロポロ大洪水

 大きくなって小さくなって これじゃ皆溺れちゃう!

 身体乾かそ皆で走ろ コーカス・レースはトンチンカン

 皆一等貴方も一等 甘ぁいキャンデー貰っちゃお!


 ──CHAPTERチャプター IIIトレイ :A Caucusコーカス-Race・レース andアンド a Longロング Taleテイル!」


 アリスが魔法を発動させると一気に池の水がどこかに消えて行き、『何か』の姿が現れる。

 それは水で出来た馬のような魔獣だった。リリアーヌの服の裾を噛んでカーアンと拮抗している。これってもしや、ケルピー?


「きゃあっ!?」

「ブルルルル!?」


 水が一気に消えた事でカーアンもケルピー(仮)も池の底に落ちる。

 本来ならカーアンの魚人ヴィスク化は足に水が付着している限り発動する筈なんだけれど、元の足に戻っている。アリスの魔法の効果かな?


「えいっ!なのっ!」


 アリスが象徴シンボリック武器・ウェポンであるチャクラムをケルピー(?)の首を狙って投げる。

 ビチビチと跳ねて無防備な状態を狙ったにも関わらず、チャクラムはケルピーの手前に落ちる。


「アリス?」

「うっ……筋力が足りないの」

「あれ?でもこの前はちゃんと攻撃出来てたよね?」

「あれはアリスの世界の中だから殆どはアリスの思うがままなの。だからちゃんと制御出来てたの。

 でも、今は外だから全然上手く使えないの……」


 なる程?じゃあアリスもわたしと訓練しようか。

 っと、今はそれどころじゃない。わたしは二人に駆け寄って鍵槍をケルピーの喉に差し込み、捻った。


 ドフッ!とケルピーの喉が爆弾のように弾け、肉が雨のように降り注いだ。

 口元に手を当てながら、わたしは殺しへの躊躇いが少なくなっているのを感じていた。

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