リリアーヌの話

 


「うぅ……痛いの」

「ゲホッ、ゲホッ」

「あでで……うん?え!?」


 崩落に巻き込まれたせいで怪我を負ったらしい。

 全員魔女紋が浮かび上がっていた。

 上る土煙にカーアンが咽せる。


 幸いにして瓦礫に押しつぶされた人や挟まれた人はいなかった。

 そして、目の前には明らかに人の手が入ったと思しき一本道が真っ直ぐ伸びていた。


 壁には魔石灯が多数、等間隔にかかっている。これ、高価いんじゃなかった?

 整備されたこの道はまるで廊下のようだった。


「今までとは違う雰囲気の場所に出たわね」

「そうだね、採掘現場はこんな丁寧な作りじゃないもんね」


 獄吏達の裏道かな?上を見るとどうも瓦礫で塞がってしまっているらしく、暗い。

 戻るには時間がかかりそうだし、ひとまず進んでみようかな。


 獄吏達の裏道なら獄吏の一人や二人会えるでしょう。会えたら元の場所に連れて行って貰えば良い。


 わたしは手錠を引きちぎり、カーアンとアリスの枷を外す。

 今はこれは邪魔だからね、しょうがないね。


「へーい誰かー、誰かいなーい?」

「へーい誰かー……、誰かいなーい……?」

「……い……かー……、か……なー……」


 叫んでも反響するだけで返事はない。ただ、ここの道はそんなに長くないのかな?

 遠くまで声が響いてない感じがする。


「……おかしいわね」

「おかしいの」

「うん?何が?」


 暫く歩いているとカーアンとアリスが口々に『おかしい』と言い出した。

 何処がおかしいの?わたしはさっぱり分からない。


「距離が、よ。響いた感じからそこまで長くはない筈なのに全然終わりが見えないじゃない」

「アリス疲れたの……」


 確かに、言われてみればこの道は長すぎる。かれこれ30分くらい歩いているような気がする。

 体力のあるわたしはそこまで気にならなかったけれど体力の無い二人は気になったのかもしれない。


「休憩しようか」

「そうね、疲れたわ……って、あら?」

「どうしたの?」


 床に腰を下ろしたカーアンが何かに気づく。

 カーアンは必死に何か見つけた辺りを探り始め、それからちょいちょいと手招きをした。


「なぁに?」

「これを見なさい」

「これなの?……線なの?何でこんな所に線があるの?」


 アリスの言う通りカーアンが探った辺りには線があった。地面に直接描かれた物みたいだ。

 カーアンがそれを辿って行くとまた新たに別の線を見つけたらしい。そして、こう結論付けた。


「これ、大規模な魔法陣ね」

「魔法陣?何でこんな所に?」

「さぁ?でも、これのせいで進めないのは確かみたいだし……えいっ」


 カーアンはペーパーナイフを呼び出し、それを魔法陣に突き立てる。

 一瞬カッ!と強く茶色に光った魔法陣だったが直ぐに線すら残さず消滅した。


「何やったの?」

「魔法陣を壊しただけよ。魔力で陣を書き替えるのよ。

 経年劣化かしら?壊れやすかったわね」


 え"、何それわたしそんな事出来ないし出来る事も知らない……。

 わたしがいない間におばあちゃんに教わったのかな?


「お?ドアがある」


 それから5分くらい進むと突き当たりにドアが見つかった。本当に魔法陣によって行く手が妨げられてたんだ。

 石で出来たそのドアは触ると冷たい。耳をつけても音は聞こえない。分厚いのかな?


「ごめーんくださーい!うっ重っ」

「それ、重化の魔法陣があるんだけど……馬鹿力でゴリ押したわね」


 いやぁギリギリゴリ押せて良かったよ。さてさて、ここまで魔法陣による妨害があったんだからさぞかし良い物がこの部屋にあるんだろう。

 お宝かな?地図かな?それとも機密情報かなー?


「あらあらあら!いらっしゃいなのだわ!」

「ごめんなさい間違えました」


 ゲキ重ドアを一瞬で閉める。中にいた存在にカーアンもアリスもアーサーも口が塞がらない。いや、アーサーはそもそも開かないな。

 それはともかく、中にいた存在。それは裸の女性だった。


「人が来るなんて何年ぶりかしら!?さぁさ入るのだわ!!」

「きゃーっ服を着てーッ!!!」


 裸のままドアを開けて出てきた女性を部屋に押し込める。

 誰が予想するよ?まさか部屋の中に裸の美女がいるなんて!?


「アンタ、裸好きなんじゃ……」

「好きだけど!求めているのは違う!!」


 わたしはね、裸の美しさ以外にも恥じらいによる面白さ……エフンエフン、美しさも見出しているんだ!

 あんなフルオープンは求めてないです!


 それとは別にいきなり裸の人に会ったらビビる。

 あと自分が裸になるのはアウト。面白くな……ん"っん"、美しくないから。


 それに『裸は見せちゃいけません』ってお母さんに言われているもんね。

『裸を見てはいけません』とは言われてないけど。


「あんまりにビックリしたから服を着るのを忘れていたのだわ。さぁさぁ、入ってちょうだいな!」

「お邪魔しまーす?」

「お邪魔します……」

「お邪魔しますの」


 中もまた石造りの部屋だけれど、壁や床がピッカピカに削られ、整えられていた。

 暖炉やベット、椅子などなど生活するのに必要なのは一通り揃っている。どの家具も高価そうだ。


「それにしても、着替えのタイミングで入ってくるなんて間の悪いお客様なのだわ」

「……すみません」


 まさかあんな所に人が、しかも着替え途中の人がいるとか誰が思うよ?

 悪いのはわたしだから謝るけどね。納得できない感はある。


 わたし達は一人用の丸テーブルにデザインのバラバラな椅子を並べたお茶会に案内された。

 因みに目の前の元裸は当然の如く一番良い椅子に座っている。


「おっほん!それでは自己紹介をするのだわ。聞いて跪きなさい、わたくしは虫人国アンセクツ王の一人娘、Lilianeリリアーヌなのだわ!」

「聞いた事ある?」

「知らないわ……」

「分かんないの」

「えーっ!不敬なのだわーっ!」


 自分が知られていなかった事が余程ショックだったらしい。

 しょんぼりするのと同時に頭に生えている触角も萎びた。


 元裸の美女改めリリアーヌは明るい緑色の髪をお団子にして、それを金色のバレッタで留めている。

 バレッタは三つの花がモチーフらしく、雌しべに当たる場所には左から順に青、白、赤色の宝石が嵌め込まれていた。


 服は黒を基調としたワンピースのような民族衣装のような物で、スカートの下の方には花飾りがついている。

 背中は大きく開いている作りで、そこから透明な羽が生えているのが分かった。


 耳は妖人エルフ耳の角を丸くした感じだ。

 この人も虫人アンセクト……なのかな?


「他国の歴史はまだ分かんないから知りたいな。グリムだよ」

「ごめんなさいね。カーアンよ」

「お姉ちゃんごめんねなの。アリスなの」


 謝りつつ性は名乗らず名前だけ名乗る。リリアーヌも名前しか言ってないからそれがこの国流だと思ったのだ。

 けれど、どうも違ったらしい。リリアーヌが首を傾ける。


「名字は名前らないのだわ?」

「え、名乗るの?」

「リリアーヌさんは名乗らなかったじゃない」

「わたくしは王族だから名乗らないのが一般的なのだわ。名字を尋ねるなんて不敬に当たるのだわ」


 えー……?ジーベルとその兄は王族なのにフルネームが明かされても不敬とか言わなかったよ?国の文化の差かな?

 ……よく考えたらジーベルもその兄もフレンドリーだから忘れてたけど今考えるとわたしめちゃくちゃ王族に対して失礼だなぁ。ま、良いか。お咎め無かったし。


「ふーん?グリム・フォースタスだよ」

「カーアン・C・アンナセンよ」

「アリス・キャロルなの」

「結構なのだわ!」


 リリアーヌは満足そうに頷く。触角も元に戻って来た。

 そう言えば、アーサーは喋れるのに一言も発しないね。驚かせないようにする為かな?


「そう言えば、『人が来るなんて何年ぶりかしら』って言っていたけれどずっとここにいるの?」

「そうなのだわ。わたくしはばあやに言われてずっとここにいるのだわ。『迎えが来るまで待っていて下さいね』と言われたのだわ」


 置き去りにされてない?邪魔者扱いされてない?

 ……いや、でも一人娘発言が正しいのならそんな無下な扱いはしないかな。


「ここは寒くて冷たくて冬眠してしまいそうなのだわ!

 わたくしも昔は立派な王城に住んでいたのだわ。ここなんて目じゃないくらい立派な調度品が沢山あるのだわ」


 虫はともかく虫人アンセクトって冬眠するの?

 確かにここは常にひんやりしていて寒い。海も近いし、冬も近いからかもしれない。


「貴女達は今までどこにいたのだわ?まさか虫人アンセクトではないけれどわたくしのお迎えなのだわ?虫人国アンセクツはどうなっているのだわ?」

「ごめんね、お迎えじゃないんだよ。わたし達は旅人だよ」


 わたしは基人国グルートラーゲンから来た事、そして妖人エルフの里に行って子人国ドワーブズに行った旅路を話す。

 リリアーヌは触角をぴこぴこ動かしながら興味深そうに話を聞いていた。いつぞやのアリスとの食事会を思い出す光景だった。


「なら、丁度いいのだわ!」

「丁度良い?」

「わたくし、ずっとここにいて暇でしたの!そろそろお外に出たいのだわ!それに、ずっとここに放っておいたお父様に物申したいのだわ!」


 お姫様リリアーヌのお父様って言うとー……国王かな?

 あんまり権力者には関わりたくないんだよなぁ。今まで関わって来てあんまり良い事無かったし……。ジーベルとか、ジーベルとか、それからジーベルとか。


「喜ぶのだわ、貴女達の旅路にこのわたくしを同行させる栄誉を与えるのだわ!」

「いえーい?」

「何で疑問系なのだわーっ!?」


 だってわたしはリリアーヌが加わっても特に嬉しくないし。賑やかになるなー、食費どうしよー、魔女って事隠さなきゃなー、ってぐらいだし。

 でも、虫人国アンセクツを楽しむのなら一人くらい現地人がいた方が良いのかな。お姫様となれば顔も効くだろうし、オススメの食べ物とか教えて貰えるかも?


「グリム、喜んでおきなさい」

「何で?」

「相手がお姫様だからに決まってるじゃない!

 アンタは大学で感覚が狂ってるかもだけど本来なら目上も目上、話をする事すら叶わない相手よ!」


 カーアンが耳打ちして来た。確かに大学にいたせいで身分差関係の感覚が狂ってる自覚はある。

 フックス……はともかくとしてブランダーもジーベルもその兄もわたしにあまり身分差を感じさせなかった。


「それに、無事に送り届けたら報奨金が貰えるかもじゃない?」


 カーアンよ、それが目的なんじゃあるまいな?

 確かにお金は常にカツカツだけれど、そんな下心ありありな理由でリリアーヌと旅はしたくない。


 一緒に旅をするからには仲間でいたい、と思う。

 護衛依頼じゃないんだからあくまで期待はしない方針で行こう。


 ……お金。お金ねー。魔獣に遭遇してしまったら身を守る為に倒して、それをベクターギルドでカーアンが換金して旅費の足しにしている。

 わたしがベクターギルドに行ったら逮捕されちゃうかもだからね。


 そんな感じの旅だからあまりお金が余る事は無い。

 だって、あまり魔獣が襲ってくる事はないもの。


 魔獣の中でも人を襲う魔獣と襲わない魔獣がいる。カーアンは主食の違いだと言っていた。

 前世でも草食動物と肉食動物がいたように、魔獣もそれぞれ食べる物が違う。


 襲って来るのは肉食性の魔獣で、その上強いとされる種族ばかり。

 だから勝った時はかなりの収入が入るけれど、基本あまり収入は無い。残念ながら結果的にカツカツになってしまう。


 因みに肉食性の魔獣でも弱い種族は襲って来ない。

 それどころかわたしに恭順の意を示して来るから狩る事はしない。


 んー、そりゃあ勿論積極的に狩ればお金に困る事は無いけれどそれはわたしの意に反する。

 何か商売でも始めようかな。でも何か売れる物があるかな?ノミでも買って木彫りの熊でも作ったら売れるかな?


「歓迎するよ。それで、リリアーヌのお父様……この国の王様は何処にいるの?」

「それは勿論王城にいるのだわ!」

「えーっと、何処の都市にいるの?」

「あ、そっちの話なのだわね。この国の首都にいると思うのだわ」


 リリアーヌが勘違いをしてしまった。言葉って難しいね。

 虫人この国の首都って言うと、確かパリスだったかな。


「じゃあそこを目的地にして行こうか」

「ではわたくしは旅支度をするのだわ。ちょっと待つのだわ!」


 リリアーヌはそう言って別の部屋に行ってしまった。

 お姫様だと言うのに使用人もいないらしい。


 お茶を飲んで待っているとリリアーヌが旅行鞄を持って戻って来た。それから、茶器や部屋を片付け始める。

 手慣れているのを見た感じ使用人がいない事が日常なのだろう。本当にお姫様?


「さ、行くのだわ!」

「リリアーヌはここが何処か知ってる?」

「知らないのだわ!ま、何とかなるのだわ!」


 大丈夫かなぁこのお姫様。旅行鞄は重たそうにしていたのでわたしが持ってあげる。

 ドアを開ける時、入った時とは比べ物にもならない程軽かったから身構えていたわたしは少し拍子抜けた。


 道なりに真っ直ぐ戻り、瓦礫の山を見上げる。

 光が若干差し込んでいるのを見るに天井になっていた瓦礫は少し撤去されたらしい。


「いよーっし」


 天井の脆そうな箇所を見繕いつつ屈伸する。

 そしてー、狙いを定めてー……


 ドガァッ!!!

「ただいま!」

「「「ぎゃああああ!!!?」」


 ロケットになったつもりでそこをぶち破る!

 頭突きは侮れない。わたしは頭で瓦礫を吹き飛ばしつつ着地した。


「えぇ……?」

「どう?上がって来れそう?」

「大丈夫なの!」


 困惑しているカーアンをよそにアーサーを引っ提げたアリスは楽しそうに瓦礫の山を登る。

 一応坂道になってるからロープとかは要らなかったね。


「素晴らしい頭突きなのだわ!」


 リリアーヌも感心しながら瓦礫を登る。

 一瞬取り残されたカーアンだったけれどハッとして慌ててリリアーヌと一緒に登り始めた。


「アリス二番なの!」

「わたしいっちば〜ん」

「リリアーヌさん、登ってこれそう?」

「あ、よいしょ!なのだわ!」

「「増えた!!?」」


 突然床から出てきたリリアーヌに仰天する獄吏達。

 わたしは鉄格子に近づき、それをみょんと曲げる。


「な、何して!?」

「今までありがとうございましたー。そろそろお暇しまーす」


 そこから皆を連れてツカツカと出て行く。

 あまりの事に逃げ出さないように見張るのが仕事の筈の獄吏達が口を開けたまま動かない。


「荷物は何処かな?」


 荷物を探しつつ坂道を登ると重たそうな鉄扉が待ち構えていた。

 それをギィ、と押すと暗くて冷たい洞窟とは打って変わって豪華な装飾に囲まれた空間が現れた。


「おー、流石元修道院」

「綺麗なのだわ。何でこっちがわたくしの部屋じゃなかったのだわ?」


 豪華と言ってもそこは元修道院、宝石がキラキラしているのではなく宗教的な絵画や磨かれた大理石が鎮座している。

 見惚れていると前からさっきまでとは別の獄吏達が走ってきた。こちらは牢屋を監視する人達より軽装だ。


 耳がリリアーヌと同じ形で、頭からは触角が生えているのが分かる。羽は生えてない。


「何だ貴様ら!?侵入者か!?いや、脱獄者か!」

「いえ、通りすがりの旅人です」

「嘘をつけ!ならその壊れかけの手枷は何だ!」

「監獄式最新ファッションです。要る?」

「要らんわ!」


 ちぇ、手枷を完全に破壊していなかったせいでバレてしまった。


 あからさまにこちらに敵意を向けて来る獄吏達にリリアーヌは目を白黒させる。

 今までこういった敵意は向けられた事が無かったのかもしれない。


「ともかく!脱獄者なら制圧──」

「──は、勘弁願いたいなぁ。ね?」

「ぐあっ!!?」


 剣を構えた獄吏の手から剣を叩き落とし、鳩尾に一発拳を打ち込む。鎧がメコッと凹んだ。

 驚いている他の獄吏達も同じように片付ける。


「……あ、貴女凄いのだわね。わたくしの騎士にしてあげても良いのだわ?」

「うーん、また今度」


 リリアーヌからのお誘いを断りつつ廊下を進む。

 事務と番兵を兼業していたらしく、部屋はもぬけの空だったけれど慌てた様子も残っている。

 ペンが転がっていたり、紙が散乱していたり。


「お、あったあった」


 いくつか部屋を開けた後、わたしのオンボロ手帳を見つけた。

 周りに置かれた道具を見た感じ研究されていたっぽい。


 レポートに何て書いてあるのかリリアーヌに読み上げて貰ったけれど大した事は書いてなかった。

 まだわたし達は虫人国アンセクツ語の文字は読めない。


 この部屋は研究室兼物置と言った感じだった。

 少しばかり埃が積もった荷物袋を回収する。


「よし、これで出れるわね。……グリム?」

「……ごめん、先行ってて。まだ用事があるんだ」

「え?……分かったわ。行ってきなさい」

「ありがと」


 荷物をカーアン達に預けてわたしは踵を返す。そして、また牢屋に戻る。

 戻ってきたわたしに気づいた獄吏が手錠をかけようとして来たけれど謝りつつダブルラリアットを決めて走り抜ける。その途中に鍋を召喚しておいた。


「ルネ」

「! グリム?あなた、手枷は?」

「もう要らないんだ。わたし達はここを出て行くよ」

「出て行くって、そんな事できる訳……いや、あなたなら出来そうね」

「出来そう、じゃなくて出来るんだよ。手枷を出して?」


 わたしが向かったのは転生者の少女、ルネの元だ。今日もまた採掘している。

 出会った時よりも確実に血色も肉付きも良くなっている。お粥のおかげだね。


 差し出された手枷を呼び出した鍵を捻って外す。足枷も同じように外す。

 突然現れた鍵と予想外の出来事にルネは唖然として触角をピンと伸ばしたまま動かなくなってしまった。


「あと、はい、これ。いつもの鍋。使い方は分かるよね?慎重に使ってね」

「あ、あ、あり、ありがとう!自由よ!自由だわ!ありがとうグリム!」

「どういたしまして」


 咽び泣きながらハグして来たルネを受け止める。

 ルネがどのくらいここにいたかは分からないけれどきっと辛い日々を過ごしていたんだろうね。


 ハグを受け止め切った後、他の人達の鎖も外す。

 皆泣きながら口々にお礼を言って来た。


「目についた獄吏達は皆倒して来たから、今ならここから逃げられるよ。

 主人を逃すかはルネ達次第。見捨てても良いし、連れ出しても良い」


 正直会った事もない貴族を助けに行く程時間に余裕は無いんだ。

 カーアン達を待たせているからね。


「またね、お元気で!」

「ありがとう、また何処かで!」


 さて、やる事やったしカーアン達の元に行くか。

 全速力でダッシュし、玄関と思しき厚い扉を押し開ける。


「うぉおおおーー!!!そーーとだーーー!」


 開けたと同時に目に飛び込んで来たのは陽の光に照らされてキラキラ輝く海景色。

 数ヶ月ぶりの外だー!目が痛ーい!肌が焼けるー!


「あっ!グリムお姉ちゃんが来たの!」

「やっと来たわね……焼ける……焼き魚になるわ……」

「目がチカチカするのだわ」


 カーアンが久々の日焼けにダメージを喰らってる。

 皆の元に近づいて行く内にはたと気付いた。


「……あれ、どうやって渡るの?」

「それをアタシ達も考えていた所よ」


 対岸まではそれなりの距離がある。けれども脱走防止の為か橋がかかってない。なんなら船すら無い。

 そう言えばルネが『ここはモンサンミッシェルに似ている』って言ってたね。


 て事は時間によって道が出来る筈なんだけどー……流石にそこまで待ってられない。獄吏達が起きちゃう。

 かと言って渡る手段……魔法、はアウトだからカーアンのトランクも無理だし、鍵槍……は一人用だし。


「はぁあ、困っちゃうのだわ。やっと外に出れたかと思えば通せんぼだなんて……聖人様も意地悪なのだわ。

 海が割れて・・・・・道が出来たら良いのに・・・・・・・・・・……なーんてなのだ、わ……?」


 しゃがみこんで溜息を吐いたリリアーヌの顔にいきなり影がかかる。

 何事かと空を見上げる。そして、唖然とした。


「うわぁああああ!!?」

「ぴぎゃああああ!!?アーサー!!アーサーぁ!!!」

「……!?」

「な、なな、何なのだわーっ!?」


 わたし達の目に飛び込んで来た光景。

 それは、海が割れて道が出来ているという物だった。


 重力を無視して壁の如くせりあがった海の水がわたし達に影を落としていた。

 え?何ぞこれ?モーセか何か?


 こんな状況を願ったのはリリアーヌだ。

 まさか、リリアーヌの天資スキル……いや、違うな。目が光ってないし、何よりリリアーヌ自身が驚いているし。


 じゃああのクソ悪魔メフィ助かって言うとこれまた違うんだな。

 メフィ助が契約を果たす時は藤色の魔法陣が出る。今回はそれが見当たらなかった。


「と、ともかく今の内に進むのだわ」


 リリアーヌの一声でハッと正気に戻ったわたし達は恐る恐る道を進んで行った。

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