強制労働の話
ガチャガチャ……
「ん?」
あれから数日。毎日アリスにお粥を食べさせていたところ、割と回復して来た。
身体に力が入らないからか動けないけれど、受け答えはハッキリしている。もしかしたら筋肉量が足りないのかもしれない。
何やら獄吏が檻をガチャガチャしているなと思ったらなんとドアが開いた。鍵を開けていたらしい。
もしや、釈放してくれるの?真っ直ぐわたしに近付いて来た獄吏を見上げる。
「⠨ ⠝ ⠃ ⠕ ⠥ ⠛ ⠑ ⠵ ⠏ ⠁ ⠎……」
「へ?」
二重に鎖をつけられたと思ったら元々付いていた鎖の方が外された。
足のも同じように外された。
新しい鎖は手の動く範囲が元々のより広い。
足の方は地面に繋がれない代わりに鉄球がついている。
カーアン、アリスも同じようにされ、立つ事を促される。が、アリスは立てない。
痩せこけて、明らかに筋肉が無いのを見て取った獄吏は舌打ちしながらアリスだけ元の状態に戻す。
「⠆ ⠁ ⠇ ⠇ ⠑ ⠵ ⠂ ⠙ ⠑ ⠃ ⠕ ⠥ ⠞」
「何すんの?移動?」
「ちょっと、引っ張るんじゃないわよ」
獄吏達がわたし達の鉄球を持って移動する。わたし達は鉄球が運ばれると引っ張られるからそれについて行くしかできない。
暫くついて行くと下り坂に差し掛かった。坂の奥からはカンカンと採掘音が響いて来る。
「⠨ ⠁ ⠽ ⠑ ⠵」
「おっ、おう」
「ツルハシ?」
獄吏からツルハシをそれぞれぶっきらぼうに渡された。
再び鉄球を持たれ、坂を下って行く。すると、視界に死んだ目で採掘する人達が飛び込んで来た。
皆わたし達と同じように手枷足枷をかけられて、汗まみれになって壁を掘っている。
服装はまちまちで、共通しているのは汚くてボロボロって事だけだ。
疲れて勝手に休んだりすると獄吏による鞭が飛んでくる厳しい職場のようだ。
これがアーサーの言っていた地下労働の採掘かな?
「⠨ ⠡ ⠉ ⠟ ⠞ ⠥ ⠁ ⠎ ⠷ ⠋ ⠱ ⠙ ⠉ ⠗ ⠑ ⠥ ⠎ ⠑ ⠗ ⠎ ⠕ ⠇ ⠲
⠨ ⠎ ⠄ ⠊ ⠇ ⠧ ⠏ ⠇ ⠁ ⠩ ⠞ ⠇ ⠁ ⠊ ⠎ ⠎ ⠑ ⠵ ⠤ ⠍ ⠕ ⠊ ⠎ ⠁ ⠧ ⠕ ⠊ ⠗ ⠔ ⠟ ⠥ ⠑ ⠇ ⠟ ⠥ ⠑ ⠉ ⠓ ⠕ ⠎ ⠉ ⠎ ⠏ ⠁ ⠎ ⠎ ⠑ ⠲」
「え、ま、ちょっと」
「何言ってるか分かんないわよ」
獄吏達の会話を聞いて、ほんの少しばかり分かる単語は増えつつあるけれど殆ど何を言っているのか分からない。
かと言って
「⠨ ⠋ ⠁ ⠊ ⠎ ⠇!」
「ぎゃっ!危なぁい!」
飛んで来た鞭を避ける。ミミズ腫れに魔女の体質が反応するかは分からないけれど痛くないに越した事は無い。
慌ててツルハシを握り、周りと同じように壁を掘り始める。カーアンも同じくだ。
「ふむ……」
掘ってもただの石しか出てこない。他の人達をチラ見しても同じだ。
そもそも何を集めているのかすら聞き取れなかったせいで不明。
カーアンは筋力が足りないせいでツルハシを持ち上げるだけでヨロヨロしている。
他の人達もヨロヨロしている。どうもお腹が空いているらしく、頻繁にお腹の鳴る音が聞こえて来た。
獄吏はずっとわたし達を見ている訳ではないらしい。あっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返している。
複数人同時にいて、時間によってそれぞれ交代していた。
むむむ、それにしても暇だ。一日中陰気くさい中で掘ってるだけ。
歌ってみようかしらん?炭鉱節とか鉱山歌とか、何かリズムに乗れる物……あ、これにしよう。
「廃呆〜、廃呆〜、仕事が好き〜
社畜ブラック年中〜無休〜」
「やめなさい」
「えー」
「やめなさい。二重の意味でやめなさい。
あとあんま上手くないわね」
「やかましゃあ」
カーアンからストップが入った。悲しいね。
異世界なら著作権も何も無いから歌い放題だと思ったんだけどなー。それとも替え歌がマズイかな?
「……Hey.」
「え?」
「Do you know Heigh-H○?
Are you from another world?」
「嘘ぉ!?」
適当に歌った歌で異世界人が釣れた!これにはカーアンもビックリ!
彼女もまた強制労働させられている中の一人でボロボロだった。
獄吏が近くにいないのを確認してから鉄球を持って彼女の近くに移動する。
話している言葉的に前世は
「Yes, I'm from Japan. Where are you from?」
「I'm from America.
そう言うと彼女はほろほろと泣き始めた。採掘音の中にすすり泣きの声が混じる。
おばあちゃんによれば異世界人はそこそこいるらしいけれど、あくまでそこそこだから会えない可能性もあるのか。
すれ違っただけじゃ異世界人って分かんないしね。
今までに目の前の彼女も含めて4人も会ってきたわたしが珍しいのかな。
「⠨ ⠁ ⠇ ⠇ ⠑ ⠵!」
「あっべ」
獄吏にサボっている事がバレた。わたしを狙って鞭を振りかぶって来る。
痛いのは嫌だけれど避けたら後ろの彼女に当たる。
「えい」
「!?」
それはもっと嫌なので鞭を手の平で受け止め、掴んで獄吏から取り上げる。
急に鞭ごと引っ張られた獄吏は前につんのめり、転んだ。
魔女紋は浮き出て来ない。ミミズ腫れにはなりそうだけれどちょっとやそっとの傷じゃ魔女紋は反応しないか。
アレは出血量に応じて反応するのかな?そこら辺はまだ分からない。
倒した獄吏の背中の上に座り、鞭を口に噛ませて即席猿轡とする。他の獄吏を呼ばれると面倒くさいからね、すまんね。そして軽く殴って気絶させる。
その様子にカーアンや目の前の彼女を含めた周りが目を丸くした。
「⠨ ⠺ ⠕ ⠺!」
「
「何やってんのよ……。それにしてもアンタ、英語喋れたのね」
「昔おじいちゃんに教えて貰ったんだよ。
おじいちゃん、渡米経験があるんだって」
おじいちゃんが教えてくれたからこそわたしは今喋る事が出来る。英会話教室なんて前世のわたしじゃとても行けない。
それ以外だとわたしは
他におじいちゃんから教わったのはラテン語で、これは聖書を読む用におじいちゃんが知っていた。
後はイスラム語を覚えている途中だった。それ以外の言語でも一通りの挨拶は出来る。
「⠨ ⠺ ⠕ ⠺!」
「⠨ ⠙ ⠿ ⠍ ⠕ ⠝ ⠞ ⠑ ⠵ ⠜ ⠧ ⠕ ⠊ ⠞ ⠥ ⠗ ⠑ ⠎!!」
「あちゃあ」
他の人達の作業の手が止まったせいで何か起こった事を察知したのか他の獄吏達がやって来てしまった。
ただしこれも同じく鞭を奪って動きを封じてしまった。全員纏めて鞭の猿轡をはめさせた上で気絶させる。
「⠨ ⠷ ⠇ ⠄ ⠁ ⠞ ⠞ ⠁ ⠟ ⠥ ⠑!」
「⠨ ⠷ ⠡ ⠇ ⠄ ⠿ ⠟ ⠥ ⠊ ⠏ ⠁ ⠛ ⠑!」
採掘していた人達はツルハシを放り投げて喜びの声を上げる。中には獄吏達に石を投げている人達もいたがそれは止めさせる。
今まで散々鬱憤が溜まっていたらしい。流れで倒してしまったとは言え、このままでは獄吏達が殺されかねない。そうなったら面倒だ。
「んー……」
わたしは掘りかけの穴に近づき、騒ぎに背を向けて一人寂しく魔法を唱える。
魔法陣は薄暗い中で光ったが、獄吏を倒した興奮でわたしには注意が向いていない。
「おばあさんがくれた一つのお鍋
『煮なさい』と言えばお粥がどっさり
『止まれ』と言えばお粥はぴったり
作り過ぎにはご注意を 村が埋まってしまうもの
━━
例の如くお粥の鍋を呼び出し、お粥を生み出す。
良い匂いが興奮している彼ら彼女らの間を通り過ぎて行く。
「⠨ ⠯ ⠁ ⠎ ⠑ ⠝ ⠞ ⠃ ⠕ ⠝……」
「⠨ ⠉ ⠄ ⠑ ⠎⠞ ⠿?」
衛生的に問題はあるかもしれないけれども今はしょうがない。わたしは鍋を持って動けない他の人達に近づく。
お椀状に組ませた両手を出させ、そこに熱々のお粥を乗せて行く。火傷したらすまんね、今は空腹を満たす事が先だ。
「⠨ ⠍ ⠑ ⠗ ⠉ ⠊」
「Ouch!Thank you!」
「お粥振舞って良いの?」
「うん。いかに罪人とは言え空腹なのは可哀想だなって思ったの」
そもそも何の罪を犯したのか知らないし、冤罪かもしれない。
それに打算もある。わたし達に好意的になる事で言葉を教えてくれるかもしれない。
わたしは皆がお腹いっぱいになるまでお粥を振る舞った。
その中で色々な話を聞く事が出来た。分からない言語は元
まず、ここは
この牢獄は元は修道院だった物を改築したそうな。
次に、この元修道院は虫人国の端にある島で、満潮時には大陸に繋がる唯一の道が閉ざされてしまう事。
ルネ曰く『モン・サン・ミシェルに似ている』とか。
そして、ルネ含めた彼ら彼女らは元貴族の家の雇われである事。
政変に負けた彼ら彼女らの雇い主である貴族の家にいた者達が一斉に全員捕まり、身分の低い者達は強制労働を強いられているのだと。
逆に当の貴族達はと言うと元修道院の上階に押し込められているらしい。
上は牢獄、地下も牢獄、その中間は獄吏達の居住スペース。獄吏達の話を統合すると恐らくそうなるだろうとの事。
更に、ルネ含めた彼ら彼女らは皆
特徴は
ルネは蝶の
人間成分の多い
服にも工夫があり、羽の生えた人達は服の背中部分が開いていたり、足が沢山ある人達は対応した本数の穴が服に空いていたりしていた。
因みに羽のある人達は飛べるらしい。だからこの元修道院に対空武器が設置されていたのか……。
それから、ここの岩盤は厚いから掘っても建物が傾いたり崩落したりとかは無い事。
掘られた穴は鉄格子が嵌められ、檻として使われるのだとか。わたし達の檻がモロそれだね。
「⠨ ⠁ ⠞ ⠞ ⠗ ⠁ ⠏ ⠑ ⠵!」
「ぎゃっ!」
そうこうしている内に終業時間になったのか獄吏達がやって来た。
足に鉄球をつけたのに勝手に動きまくっているわたしと足元に転がっている監視役達を見た獄吏達は一斉にわたしを制圧した。
情報も中々に出て来て収穫あったし、今日は大人しく制圧されておこう。
わたしは元の部屋に連れて行かれた。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
それから何日経った事やら。
ここは外が見えないから昼夜の感覚が分かりにくい。
「嘘つきヤギに騙されて 父は息子ら叩き出す
一人は指物師の弟子に 一人は粉屋の見習いに
一人はろくろ師の弟子に なって宝を貰ったが
宿屋の主人に奪われて そして最後に取り返す
指物師からはテーブルを 美味しい素敵なテーブルを!
──
「うわっ!美味しいわねこれ!」
「おいしいの!ほっぺた落ちちゃうの!」
『モットクエ』
アリスも回復し、普通のご飯が食べられるようになって来た。
今はわたしの魔法でテーブルを出し、それの効果で出てきたご馳走を食べている。
「何なんだアイツら」
「謎だろ。謎が足生えて動き回ってるんだろ」
そんな事ないやい。れっきとした人間ぞ。魔女だけど。
長い事いたのと勉強の賜物もあって大体は何を言っているのか分かるようになって来た。
そこで獄吏達の会話や噂話を聞いていて分かったのは、わたし達が怖がられているという事だった。
厳密には怖がられているというよりも諦められている、と言うべきか。
まぁ、確かに毎回未知の場所から料理を取り出し、ご飯がろくに与えられてないにも関わらず飢える事無く、寧ろ回復し、あまつさえ他の囚人にも配り歩いていたら怖くもなるでしょう。
しかも監視していると毎回ロシアンルーレット的に服が弾け飛ぶし、夜中は(わたし達が言葉を覚える為に)ぶつぶつ言っているのが聞こえるし、闇に紛れて
わたしに至っては見た目幼女か少女なのに怪力だし、足の鉄球は意味無いし、檻の鉄格子を曲げて出て来るしで考える事を諦められている節がある。
前はまだ囚人らしい扱いをされていたんだけれど今ではもう諦められて鉄球を外されて自由に動けるようにされている。
お粥を振る舞った後、更に重い鉄球をつけられたけれど余裕で動き回り、更に重い鉄球を、更に重い鉄球を……と続けた結果諦められた。
一番重いのをクリアしてしまったらしい。
わたしがおばあちゃんの家で履いていた鉄下駄の方が重いんだよ!
わたしを止めたきゃそれ以上のを持って来るんだな!ふはは!
それに、鉄球をつけようと外そうと元の檻に戻って来る事も鉄球を外す要因になっているらしい。
ある意味信頼されてるってこったね。
因みに、『そんなに怖いならわたし達を釈放すれば良いじゃない』と提案した所『それはダメだ』と断られた。
曰く、不法入国の現行犯逮捕との事。うん、否定出来ない。悲しいね。
裁判なんて物は都市に行かなきゃ無いし、あっても外国人であるわたし達の為に開いてくれるとは思えない。
仮に開いたとしても決めつけ有罪判決が下るだけ。
どうしてもここで裁判がしたいなら魔女裁判しか無いね……。
全員有罪だども。開く意味無いけども。うん。
「あ、食べます?」
「要らんわ!」
「……ちょっと食べてみたいかも」
「正気か!?」
わたしが気を遣ってテーブルのご馳走(アリスの世界のとは違って現実の物)を勧めたのに断られた。
けれど二人の獄吏の内一人が釣れた。やはり美味しいご飯には抗えまい……くくく。
分かるよ〜、分かるとも。ご飯イズジャスティス。ご飯は世界の架け橋、笑顔の源。
ふふふ、檻を開けて入って来るが良いさ。美味しいご飯が君を待ってい、る?
「ん?」
「あら?」
「なの?」
『ウソダロ』
獄吏が近づいて来たと思っていたら座っている地面が傾いた。
ズズズ、と音を響かせながら地面が揺れ、下に穴が生成される。
「うわぁーっ!?」
「崩落だ!」
うっそでしょここの岩盤って頑丈なんじゃなかったのー!?
かろうじて難を逃れた獄吏達以外のわたし、カーアン、アリス、アーサーは崩落に巻き込まれて落ちて行く……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます