お粥の話

 


 うーむ困った、これでは出るに出られない。

 いや、別に出ようと思えば今すぐにでも出られるんだけれど、話で解決出来るのならそれに越した事は無い。


 カーアンは足が復活しているから良いとして、今重要なのはアリスのご飯と獄吏の使っていた言語だ。

 とりあえず、わたしは知りうる限りの言葉で獄吏に話しかける。


「おはよう(基人国グルントラーゲン語)、おはよう(子人国ドワーブズ語)、おはよう(妖人エルフ語)、おはよう(虫人国アンセクツ語)、おは」

「⠞⠁ ⠛⠥⠑⠥⠇⠑!今は夜だ!」

「お」


 ビンゴ!虫人国アンセクツ語で反応したって事は虫人国アンセクツの人かな!?

 んー、確かに子人国ドワーブズから大陸側に適当に向かうと、妖人エルフの里の隣の国だし虫人国アンセクツに辿り着く可能性もあるね。


「ご飯、ください」

「……⠨⠙⠄ ⠁⠉⠉⠕⠗⠙」


 ご飯を要求すると獄吏は舌打ちしながら持ち場から離れて行った。ガッシャンガッシャンと鎧の音が遠ざかって行く。

 と言っても他にも獄吏はいるので一人離れただけではこっそり脱獄する事もできない。


 暫くすると、檻の隙間からガチガチに固まったライ麦パンが一斤投げ込まれた。

 カビが生えているし、硬いし、とてもとてもアリスには食べさせられない。


 それを見たアーサーがてこてことわたしの元へやって来て耳打ちをする。

 因みにアーサーはアリスの近くにいたらしい。暗くて見えなかった。


『オレガテイサツシテクル。イイモノガアッタラトッテクル』

「頼んだよ」


 ぬいぐるみであるアーサーはそもそも繋がれていない。

 壁にかけられた蝋燭しか灯の頼りが無いここでは暗闇に紛れたアーサーを見つけるのは至難の業だろう。


「ん……ここ、は……?」

「目が覚めた?」


 アーサーが檻の隙間から抜け出してすぐにカーアンが目を覚ました。

 目を擦ろうとして自身が繋がれている事に気づいたカーアンが声を上げる。


「ちょっと何よコレ!離しなさいよ!!うぎゃっ!?」


 檻の隙間から石が綺麗な弧を描きながら飛んで来てカーアンの額にヒットする。

 唸り声を上げながらカーアンは痛さのあまり横に倒れた。


「大丈夫?」

「……えぇ、なんとか」


 幸い魔女紋は発動していない。カーアンの額を見ればかすり傷が出来ていた。

 わたしはこれまでの行動から得た情報をカーアンに渡す。


「はー、虫人国アンセクツね。確かに操縦に必死だったからそっち方面に行っててもおかしくないわ」

「今から脱獄する?」

「……機を見ましょう。アーサーも戻って来てないし、言葉が分かんないんじゃ抜け出した所でどうにもならないわ」


 そうだね。せめて、カタコトでも話せるようにはなりたい。

 ただ、アーサーの成果とアリスの健康状態によっては直ぐに脱獄する事も視野に入れた方が良いかも。


『タダイマ』

「おかえりー」


 噂をすれば何とやら、アーサーが檻の隙間からもぞもぞと戻って来た。

 両手には柔らかそうな白パンと紅茶用ミルクの壺が握られている。


『ミルクパンガユヲツクッテクレ』

「あいよ、でかした」


 さて、鍋、鍋……アレ?鍋どころか持ち物が身につけている服と出現させていなかった武器以外無い。

 袋の中に入っていた物が袋ごと消え失せている。


「……もしかして、持ち物没収されたかも」

「え?……た、確かに無いわ!」


 自身の身体をいくら探っても無い物は無い。

 どうしよう、これじゃパン粥が作れない!


「ん?」


 いや、別にパン粥を作らなくても良いわな。わたし達には魔法があるじゃないか。

 昔に使った魔法の中に無限にお粥が出せる鍋を出現させる魔法がある。


「どうしたのよ?」

「わたしに作戦がある」


 問題はカーアンじゃなくてわたしが魔法を使うと魔法陣が現れる際光って目立つ事。

 暗い中で光ったら目立つ事この上ない。しかも、獄吏に魔女だとバレてしまう。


「魔法を使う間、獄吏達の目をわたしから逸らして欲しい」

「分かったわ、ちょっと待ちなさい」

「アーサーは人数分のスプーンを取って来て」

『リョウカイ』


 流石に素手で熱々のお粥は食べられない。

 アーサーを見送った後、カーアンが魔法を唱え出す。


「服が好きな皇帝が 雇った怪しい二人組

 彼ら二人が言う事に 『馬鹿には見えない服作る』

 大臣臣下街の人 揃って皆見えたフリ

 しかし一人の子が言うに 『だけど何にも着てないよ!』


 ──Kejserensカイサーズ nyeニュー klæderキュラ!」


 カーアンが魔法陣を消しつつ小声で魔法を唱え、獄吏の一人を指さす。

 すると、指された獄吏の服がパァンッと弾け飛んだ。


「……?」

「ぶふぅっ!!」


 いきなりな事に未だに状況を飲み込めず、ポカンとしている獄吏達を見て吹き出す。

 何その魔法!面白すぎでしょ!反則だよー!笑っちゃって魔法が唱えられない!


「んぶふっ……ん"んっ。んふっ……」

「ツボってないで早く唱えなさいよ」

「わあってるよ……ふふっ。


 …… おばあさんがくれた一つのお鍋

『煮なさい』と言えばお粥がどっさり

『止まれ』と言えばお粥はぴったり

 作り過ぎにはご注意を 村が埋まってしまうもの


 ━━Der süßeズース Breiバイ


 魔法陣から出てきた鍋を開ける。まだ中は空っぽだ。

 アーサーが戻って来たのを確認してから鍋に命じる。


「お鍋よ、煮なさい……っとと、お鍋よ、止まれ」


 命じた途端、温かいお粥が鍋の底から湧き出し、溢れそうになる。

 それを止めて、アリスの口にスプーンを運ぶ。


「ふー、ふー、大丈夫?口開く?」

「……ん……」


 アリスはさっきから起きていたけれど動く気力が無かったらしい。

 口を小さく開いて、軽く覚ましたお粥を食べ始める。


「⠨ ⠟ ⠥ ⠄ ⠑ ⠎ ⠞ ⠤ ⠉ ⠑  ⠟ ⠥ ⠑   ⠞ ⠥ ⠋ ⠁ ⠊ ⠎!?」

「あっとバレたか」


 匂いのせいかな?言葉が分からずとも獄吏達が怒ったり慌てていたりするのはよく分かる。

 多分『持ち物は全て没収した筈なのに何故お粥が!?』とか『どうなっている!?』とかそんな事を言ってるんだろうね。


 まあ気にしない気にしない。牢屋の鍵は獄吏達は持ってないらしく誰も入ってこないし、良いや。

 わたし達もお粥をつつきながらアーサーの成果を聞く。


『マズ、ココハカンゴクダ』

「だろうね」

「見れば分かるわよ」

『ダガ、タダノカンゴクジャナイ。ソトヅラハシュウドウインダ』

「修道院……ってもしかして、アタシ達がワイバーンに追いかけられている時に見た奴?」

『タブンソウダロウナ』


 修道院近くで溺れたんだし、ここに流れ着くのは当然なのかな?

 ひょえー、ただの宗教施設じゃなかったんだ。何で監獄を修道院風にしたんだろう。


『コノシュウドウインニハオカシナトコロガフタツアル。

 ヒトツハ、イヨウナホドマデニソトニタイスルケイビガトトノッテイルトコロダ』

「例えば?」

『オートノハンゲキソウチヤイカクソウチナドダナ。

 トランクニアナガアイタノモイカクソウチノセイダ』


 監獄に捕まった仲間を外から助け出そうとする人達対策かな?

 たまたま近くを通りかかったせいでそれが反応したと。ワイバーンもその内の一つかな?ここのペット?


『モウヒトツハチカデロウドウガオコナワレテイルコト。サイクツシテルラシイナ』

「地下?地下掘ってんの?」

「それ、修道院傾かないかしら?」


 カーアンの言う通り、地下に空洞が出来たら修道院が傾くと思う。

 流石にそれは承知だろうし、それを踏まえた上で一体何を採掘しているのだろう?


『オレガワカッタノハソコマデダ』

「ありがとう、助かったよ」

「有能ね、お疲れ様」


 アーサーはぬいぐるみだけれどもぬいぐるみ故の強みが活かしやすい。

 偵察、戦闘、何のその。アリスを長年守って来ただけはある。


「お粥も食べさせられたし、今日は寝ようか」

「そうね、繋がれたまんまじゃ他に何もできないものね」

『ナンギナモノダナ』


 久しぶりにお腹がいっぱいになったせいかアリスはもう既に寝息を立てていた。

 わたし達も獄吏の声を無視しつつその場で横になった。

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