虫人の国 Le Princesse de Mont Saint-Michel

監禁の話

 


「ん……」


 ピチョン、ピチョンと鼻先に水が垂れて来る感覚と音で目が覚める。

 寒い。冷たい。ここは何処?ぶるぶると震えながら身体を起こそうとして気付く。


「はぁっ!?なんじゃこりゃ!?」


 手には鎖、足には枷。これじゃまるで監禁されているみたいじゃないか!

 いや、監禁されてるみたい・・・じゃなくて、本当に監禁されているんだ!


 目の前には鉄格子。足枷のせいでそれに近づく事も叶わない。

 周りは岩肌、どうやらこの檻は岩をくり抜いて作った物らしい。


「出してー!出ーしーてー!」

「⠞⠁ ⠛⠥⠑⠥⠇⠑!」

「!?」


 耳に飛び込んで来たのは聞きなれない言語。叫んだ獄吏と思しき人物は兜を被っている為、耳の形では何人か判別出来ない。

 ふと、横を見れば同じように手枷足枷をかけられたカーアンとアリスの二人がいた。


 二人はまだ眠っていて、起きる気配は無い。

 何でこんな事になってるんだろう。わたしは目を閉じて、今までの事を思い出す……。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 アリスの夢が覚め結界が解けた後、わたし達は見知らぬ部屋にいた。

 教会の前にいた筈なのに、いつの間にか四方を壁で囲まれた窓一つ無い部屋にいたのだ。


 下を見ると血を流して倒れ伏したハゲと足枷がついていて衰弱した様子のアリスがいた。

 アリスの横には転がったアーサーがいて、わたし達が気付くと同時に立ち上がり、アリスの足枷を壊そうとする。


「アーサーちょっとどいて!ふんっ!!」


 わたしは己が腕力だけで足枷を粉砕しアリスを助け起こす。

 気絶しているアリスは自力では動けない為、わたしが背中におぶる事にした。


 部屋の唯一の出口は開けっ放しであり、別の豪華な部屋に繋がっているみたいだった。

 アーサーはカーアンに持って貰う事にして、隣の部屋へ向かう。


 隣の部屋は無人で、どうやら職務室らしい。机には書類が並べられている。

 細工の施された窓ガラスから外を見ると、かなり高い位置にこの部屋はあるらしいと言う事が分かった。


「ここはどこなのかしら……」

「分かんないなぁ……。とりあえず部屋から出るか」


 この部屋にはさっきの部屋に繋がるドアとは別にもう一つドアがある。

 もう一つの方のドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを内側に引っ張る。


「あ」

「え」

「へ……!?きゃああああ!?侵入者!?」

「やっべ!」


 ドアを開けると、目の前にはワゴンを押して入って来ようとしていたメイドさんがいた。

 ばちこりと目が合い、当然ビックリしたメイドさんは叫び声を上げる。


「逃げるよカーアン!」

「逃げるったってどこによ!?」

「そりゃ勿論、ここさ!へいよっと!」

「え、ちょ、ぎゃああああああ!!!?」


 カーアンを脇に抱え、バリン!と窓を突き破って逃げ出す。

 重力に従って加速的に落下し、服がバタバタとはためく。


「早く唱えて〜。死んじゃ〜う」

「あああもうっ、分かったわよっ!


 ある豪商のドラ息子 親の金を使い切り

 憐れむ彼の友からは トランク一つ贈られた

 ひょいとトランク乗ったなら はるか土国トルコへひとっ飛び

 お姫様を惚れさせて 終ぞ結婚出来はせぬ


 ──Denデン flyvendeフリューネ Kuffertクーファット!」


 隠す余裕すら無かったのかカーアンの魔法陣が落ちゆくわたしの足元に展開され、そこから大きなトランクが出現する。

 地面にぶつかる直前にすっぽりとトランクに入ったわたし達は急浮上し、猛スピードで建物から遠ざかって行く。


「ひゃっほー!タイミングバッチリ!」

「ぜー……はー……。し、死ぬかと思ったわ……。

 ひとまず逃げたけれど、これから何処に行くのよ?」

「とりあえず大陸方面に向かって。出来れば妖人エルフの里に行きたい」

「分かったわ」


 妖人エルフの里なら衰弱しきっているアリスを不思議なぱぅわーもとい技術で治してくれる筈。

 振り返ると、自分達が飛び出して来たのはダレスブリー領主の館らしき所だった。


 下を見ると人や建物がミニチュアサイズに見えた。どうやら指を指してわたし達を見ているらしい。

 うん、確かに空飛ぶ手段が確立してないこの世界では人が空を、それもトランクに乗って飛んでいたら目立つ事この上無いだろう。


 風圧を感じながらトランクは猛スピードで子人国ドワーブズの上空を抜け出し、海の上に出る。

 足で歩いた時はかなりかかったのに、トランクに乗っていたら一瞬だった。


「アリス、大丈夫?」

『ウゴケルカ?』

「……」


 ぐったりしたアリスから返事は無い。あの不思議な世界にいた時とは違い、頬は痩け、身体は綿のように軽い。

 魔女だから死なないだけで餓死しかけてるのかなこれは?


 長い事食事をしていない人はまずお粥とかの柔らかい物から食べた方が良いんだっけ?

 ……あのジャンク天国にお粥とかあるかなぁ……。


「! 前から何か来るわ!」

「何って──」


 進路の方向から何やら小さな点がポツリと見える。それはわたし達と同じように宙に浮いていた。

 わたし達もあちらさんもお互いがお互いに近づいて行くから加速的にその姿が明らかになる。


「アレは……蛇?」

「いえ、竜よ!」


 ソレは一言で言うならば羽の生えた紫色の蛇だった。羽といっても鳥の羽よりもコウモリの羽に近い。

 額には切れ目があり、目も閉じているにも関わらず寸分狂う事無くわたし達に向かって飛んで来ている。


「竜?蛇じゃなくて?」

「竜なのよ。名前はワイバーン。大聖堂で教えて貰ったわ」


 ワイバーン?それなら知ってる。ゲームでよく見かけるもん。

 でも、わたしの知ってるワイバーンは足があるんだけれどなぁ?


「ねぇ、アレ、わたし達を狙ってない?」

「……狙ってるわね」


 ワイバーン?は牙を見せ、シャーッと威嚇して来る。

 何だっけ?蛇は目が見えなくても温度とかで分かるんだっけ?それでわたし達の居場所が分かるのかな?


「! 来るよ!」

「捕まってなさいよっ!えいっ!」


 カーアンの言う事に従ってトランクの縁に掴まり、アリスを押さえ込む。

 直後、ワイバーンの口から放たれた紫色のブレスがトランクを掠めた。


「うぼぁ!?何その手!?」

「これやると動かしやすいのよ!」


 カーアンはエアハンドルを握っている。エアハンドルを傾けると、トランクも同じように傾いた。

 絶え間無く放たれる紫色のブレスをアクロバティックな動きで避けて行く。


「これ人によっては吐くねぇ!」

「黙ってなさい!舌を噛むわよ!」

『メガマワル……』


 ワイバーンは執拗にわたし達を追いかけて来る。何か気に障るような事でもしたのかな?

 それとも縄張りに入っちゃったとか?それなら通るだけだから見逃してくれー!


「あっ!」

「今度は何!?」

「島の上に建物が見える!」


 妖人エルフの里から子人国ドワーブズに行く時には見えなかった物だ。

 行く時とはルートが違うからか、目につく物が色々と違う。


「修道院っぽいなアレ!」

「ちょっとマズイじゃない!ワイバーンなんて連れて近付いたら危険よ!」

「分かってるんなら逸れて!」

「逸れる余裕なんて無いわ!制御で精一杯よ!」


 言い合いをしている間にどんどん修道院もワイバーンも近付いて来る。

 ええい、こうなったらワイバーンを撃ち落とすしか……ってアレ?修道院で何か赤く光ったぞ?


「え、ちょ、ぎゃーっ!?」


 ソレは一直線にわたし達の方向に飛来し、トランクを撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた場所には穴が開き、そこから火の手が上がる。


「か、かかか、火事だぁーっ!!!」

「う、海に飛び込みなさい!」

「でもカーアン……」

「アタシの事は良いわよ!アリスを抱えて!早く!」

「ええいままよ!」


 火の手はすぐに回り、わたし達三人には火傷のせいで魔女紋が浮き上がっていた。

 わたしはアリスとアーサーを抱えて海に飛び降りる。


 そこで気付いた。

 わたし、泳げない。


「がぼぼぼぼっ!!?」

「グリム!?」


 そうだよ前世じゃ身体が弱くてしょっちゅう体育なんざ見学していたし、今世は今世でプールの授業なんてした事無い!

 わたしには碌に泳ごうとした記憶が無いのだ。当然、泳げる筈も無し!


「あぼぼぼぼぼ……」

「グリムーっ!?」


 もがけばもがく程海の底へ沈んで行く。

 人魚になったカーアンがわたしを掬い上げてくれたけれど、水を大量に飲んでしまったせいかそれ以降の記憶は曖昧だ。


 確か修道院のあった島に打ち上げられて、そこから人が出てきて、わたし達を捕まえて。

 目が覚めたらここにいた、という訳だ。

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