魔女バレの話

 


 ありえない。その光景はありえない。


 人の復活、傷の拒否。


 時巻き戻す、神の業。


 王様ですら、持ってない。


 教皇ですら、出来っこない。


 しかしなんて事でしょう。


 何て事ない小さな子。


 澄んだ目をした小さな子。


 唯一人と違うのは、少女は奇跡が出来る事。


 その光景は神々しく、また禍々しくもありました。


「魔女……」


 その場の一人がそう呟く。


 ぽつりぽつりと口からこぼす。


 それは一つの可能性。一つの考え方だった。


 しかししかしてその考えは、導火線伝う火のように。


 次から次へ、あっちへこっち。


 ざわりざわりと伝わって。


「魔女?」


「魔女か!?」


「魔女なのか!!」


 可能性は断じられ、事実となって伝わります。


 しっかり、しっかり、しっかりと、周りに周りに知れ渡る。


 少女を見る目は分けられる。様々な目に分けられる。


 蔑み、恐れ、奇特の目。


 脅威、否定、怒りの目。


 金づる、利益、利欲の目。


 矢よりも鋭い視線達。


 冷たい冷たい視線達。


 しかしその目を一身に、集める少女の目は違う。


 どれとも違う、どれにも属さず。


『魔女』を恐れるでもなくて。


『魔女』を否するでもなくて。


『魔女』を怒る目でもなくて。


 彼女の瞳は濡れていた。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


「あ、ああ、ああ……」


 ぽたり、と。血が床に・・滴りだす。ずるり、ずるり、ずるりと。徐々に身体が滑り落ち、天井に刺さったままの槍が腹を貫通し、わたしの身体のみが床に落ちた。

 開いていた穴もすぐに閉じる。光り輝く魔法陣を伴って。床に落ちたわたしは既に五体満足に戻っていた。ただその心を除いて。


 やってしまった。やってしまった!

 数多の人がいる前で、この世界ですら『ありえない』と排される程の復活を!リラオーゼさんの前で、普通ではない魔法陣の起動を!


「魔女?」

「魔女か!?」

「魔女なのか!!」


 あの時と、あの時と同じだ。一番最初に訪れたあの村で魔女だとバレた時と同じ。悪意、悪意、悪意しかない視線の嵐。

 それが今、ここでも同じ事が起こっていた。蔑み、怒り、排斥。いずれにも共通しているのは『魔女わたしを想う気持ちは無い』と言う事だ。


「魔女なら殺せ!今すぐ殺せ!」

「跡形も無く!!塵も残さず!!」

「聖人様にも人にも敵対するモノは排除せよ!!!」

「「「正義は我らにあり!!!」」」


 誇ったように。驕ったように。活気付いた軍人達は我先にと魔女わたしへ攻撃を繰り出す。

 メイス、斧、投げ槍、矢。攻撃達の雨霰。わたしはただそれをぼんやりと見ているしかなくて、動く気力すらなくて、己が運命を受け入れるつもりでいた。


 だのに。

 だと言うのに。


「ボサッとしてんじゃないね!前見ろ前!!」

「──!?」


 彼女は、リラオーゼさんは魔女わたしを庇ったのだ。ピンク色のオーラが、赤い点々が付いた手袋をはめた拳からゆらりゆらりと煙が出るかのように立ち上っている。

 メイスは掴まれ、斧は弾き飛ばされ、槍は掴まれたメイスで弾かれ、矢はその槍に起動を逸らされあらぬ方向に飛んで行った。


「な、なんで、庇ったの?わたしは、わたしは……」

「そうさね、あんたを庇っても何一つとしてあたしに利は無い」

「なら、なんで──」

「『なんとなく』さ」

「!」


 昨日わたしが言った事と同じ言葉をリラオーゼさんに返された。何故守ろうとしたのか分からない。どうして身体が動いたのか分からない。それを、リラオーゼさんも感じているのだろうか。

 わたしはよろよろと立ち上がる。このままじゃいけない。魔女だと糾弾されている中守って貰った手前、リラオーゼさんを放置して自分だけ戦わないなんて出来ない。


「ありがとう、リラオーゼさん」

「……はん、お礼は口じゃなくて金でするんだね」

「これが終わったらいくらでも払うよ」


 さて、これでわたしは魔女だとバレてしまったしリラオーゼさんは魔女わたしを庇ってしまったし、二人してこの街にいられなくなってしまった。

 ロジェリ夫には悪いけれど、わたしはこの街から逃げ出させて貰う。その為には。


「まず、この人達を倒さないとだね」

「そうさね」


 残り弓兵八人、投げ槍使い一人、斧使い一人、馬ニ匹。

 これなら、魔法を使った方が早いかもしれない。ただし今回は共闘する人がいる。巻き込まないように注意しないと……。


「逃げるつもりか?無駄だ!この家は兵士が囲んで……」

「裏口にいた兵士なら全員殴り倒して来たね」

「……は?」


 驚きからいち早く立ち直った軍人その二が再び驚き口をぽかんと開ける。へ、兵士を全員……倒して来た?やっぱりその手袋の赤いのは返り血なのね?

 リラオーゼさん、強すぎでは?とても医療系の人とは思えない暴れっぷり……お疲れ様です。


「な、な、な……あり得ない!兵士だぞ!?鍛え抜かれた領主軍の兵士だぞ!?それが、たった一人の普通の女に……」

「なんだね?嘘だと思うのなら見てくればいいんだね」


 リラオーゼさんはここに来る前に子供達を逃していた。恐らく裏口から逃げた筈だけれど外を兵士が囲んでいたから倒したのかね。母は強し。

 リラオーゼさんの態度を見て軍人その二は唸り声をあげる。信じたくない。けれど、彼女がここにいる以上嘘とは言えない。そんな所だろうか。


「か、かかれェッ!!魔女と魔女に与する者だ!遠慮は要らない!!存分に我等が正義を示すのだ!!!」

「「「おおおおおお!!!!」」」


 軍人その二が号令をかける。やはり兵士と言うだけあって精錬された動きでわたし達を攻撃してくる。

 弓兵による遠隔攻撃、それから投げ槍使いと斧使いによる中・近接攻撃。彼らが狙うは魔女であるわたし。リラオーゼさんは後回しにされてるっぽいけれどそれはそれで好都合。わたしは回復出来るから。


「わたし、弓兵を片付けるからリラオーゼさんはボスっぽい人を引きつけて欲しい!」

「はいはいっとね!」


 まずは鬱陶しい弓兵達を片付けよう。ついでに軍人達も。魔女の攻撃魔法は対人よりも対軍の方が向いている。要するに範囲攻撃だ。

 対象をリラオーゼさん以外に絞り、魔法を唱え発動する!


「十二人のお姫様 毎夜毎晩どこへ行く

 磨り減る靴に御用心 兵士は眠ってなんかない

 踊り踊れや想い人 結局呪いは解けぬまま


 ──Dieディ zertanztenゼルタンズ Schuheシュー!」


 わたしの足元に魔法陣と独国ドイツ語が現れる。それと同じように兵士達の足元にも小さな魔法陣が現れ、くるくる回りだす。

 詠唱を止めようとチクチク矢を放っていた兵士達だったけれど小さな魔法陣が足元に現れた瞬間その場で倒れる。それは軍人達も例にもれない。


「ぎゃああ!?」

「ぐぁああ!?」


 と言っても安心して欲しい。これは眠らせる魔法だから。永遠に眠らせる魔法じゃないよ?死ぬ訳じゃないからね?本当に寝るだけだからね!

 馬すらも倒れ、軍人ズが投げ飛ばされる。それをリラオーゼさんは難なく避ける。


「……凄いね、一発で終わりか」

「うん」

「本当に……魔女なんだね。聞いた事の無い詠唱だった」

「好きでなってる訳じゃないけれどね」


 ともかくこれでおしまい。やっぱり魔法を使えばすぐに終わるんだなぁ。バレたくないとはいえ縛りはしない方が良いのだろうか。

 それにしても、こんな騒ぎを起こしたからにはもうこの街にはいられない。さっさと出て行く準備をしよう。


「子供達はどこへ行ったの?」

「大人達に連れて行って貰ったね。後で迎えに行──伏せな!」

「わぶっ!!?」


 突如としてわたしの視界は急降下する。リラオーゼさんに頭を強い力で押されて床に叩きつけられたからだ。

 顎から血が流れ、魔法陣が起動する。まさか攻撃!?リラオーゼさんが!?わたしは状況の飲み込めない困惑した目でリラオーゼさんを見上げた。見上げてしまった。


「か、は──」

「え──」


 今度はわたしがあり得ないと否定する番だった。言葉は喉につまり、息を塞ぎ、頭を真っ白にする。

 それだけ、受け入れたくない光景だった。それだけ、信じたくない光景だった。


 だって。

 リラオーゼさんの右足とお腹の半分が消えていたんだもの。

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