VS領主軍の話

 


「リラオーゼ・ヴァイス!!貴様を反逆罪として処罰する!!!」


 響く轟音、破壊音。馬のいななき、意味の無い罵倒、叫び声。

 そんな非日常が日常において最も光り輝く日、即ち誕生日に訪れた。非日常招かれざる客は無理にでも押し入るつもりのようだ。


「な……」


 誕生日パーティーに呼ばれた人達は何がなんだかまるっきり分からず、その場で固まっている。

 中には驚きのあまりケーキを床に落としている人までいた。


「ちょっと見てくる!」

「あっ待つんだね!!……くそっ、こっちだよ!ついて来るんだね!!」


 そんな中、動けたのは二名のみ。わたしとリラオーゼさんだ。

 わたしは扉の向こうの治療院へ向かって飛び出し、リラオーゼさんはそれを止めようとするものの途中でやめ、呆けている人達を裏口へ案内し出した。


「何やってんのあんたら!!」

「邪魔だ!退け!」

「のぁっ!?」


 馬上からメイスが降って来る。急いで横に避け事なきを得るものの、わたしの居た所の後ろ壁に命中し、ドガァッッ!!!と言う音と共に破壊される。危なっ!!

 治療院だった部屋は荒れ果て、ベッドも壁もドアも何もかもぐちゃぐちゃになっていた。


 ドアはカケラだけ残して吹き飛び、壁は壁で魔改造もとい大破壊され悲劇的ビフォーアフター状態。何という事でしょう。

 破壊された壁穴を通ってこの人達は中に入ったのだろう、ベッドは真ん中から折れていたりひっくり返ったりで酷い状態に。


 それから馬が室内にいると言う異常な光景。壁穴大きかったからね、入れますよね。

 そしてその壁穴を作ったであろう武器。目視出来る範囲にいる兵士達だけでも半分くらい打撃系の武器を持っている。


「何でこんな事をするの!?リラオーゼさんは何もやってないよ!!ちょっとお金にがめついだけだよ!!」

「何で、だと?貴様の愚鈍な頭では理解しきれなかったか?さっき言った通り反逆罪の罪人を捕らえる為だが?」


 うわーこいつ腹立つぅうう!!!顔がちょっと良いからって調子に乗ってんじゃねーぞおらぁ!

 そもそもわたしが文脈理解において愚鈍な訳あるか!その点については誇れる偏差値だったんだからね紅葉わたしは!理数科目は、はい、まぁ、愚鈍でしたけれど。


「何でリラオーゼさんが反逆罪なの!?何もやってないのに!!」

「やったから反逆罪なのだ!こいつは孤児を領主様に無断で集め、洗脳し、行く行くは軍に仕立て上げ、領主様に反逆するつもりなのだ!犯罪の種を未然に取り除くのは通りであろう!」


 いやいやいや、被害妄想が過ぎるよ!無断かは知らないけれど、洗脳している風には見えなかったし、軍になんてしていないよ!

 愛情を注いで、たとえ血の繋がりが無くとも本物の親子のように接し、職業を持つ立派な大人に育て上げていたよ!


 会場にいた、恐らくは元孤児の大人達は全く貧しそうに見えなかった。プレゼントをリラオーゼさんに贈り、笑い、楽しそうに語らっていた。

 この軍人の言うような洗脳なんてしていたら職になんかにつかないで訓練しているだろうし、贈り物なんてしないだろうし笑いもしないだろう。子供達も然りだ。


「そんなの、言いがかりだ!子供達は愛されてる!洗脳なんてされてない!!」

「領主様がお考えになるであろう事に逆らうと言うのか!!?」


『なるであろう』っておま……確定情報で動いてるんじゃないんかい!推測じゃないか!!そんなんで壁壊すんじゃないよこのスットコなすび!あほんだら!!


「逆らうも何も、証拠無くして動くのか!物を壊すのか!!

 領主の目は節穴か!ちゃんとリラオーゼさんを見てるのか!!

 ちゃんと見てたなら洗脳なんて言う筈が無い!領主の馬鹿!大馬鹿!リラオーゼさんは潔白だ!!!!」

「何だと貴様!!!」


 わたしが領主を馬鹿にした事で軍人は激昂する。顔を真っ赤にした彼は再びわたしに向かってメイスを振り下ろす。忠誠心が高くて何よりだ。勿論わたしはそれを見越して避ける。

 さて、これで領主軍と確定的に敵対する事となってしまった。わたし一人に対して領主軍は目視出来る範囲でも三人+馬三匹+歩兵十五人。


 内、治療院内に入っているのが馬乗りの三人で残りは治療院の壁を壊したり囲んだりしている。逃げられないようにする為か。

 わたしはリラオーゼさんを守る為、ひいては自分が捕まらないようにする為に領主軍を倒すか撤退させるかしなきゃいけない。


 だからと言って人を殺めたい訳じゃない。魔獣ですら嫌なのに、人なんか殺せない。誰が好き好んで己が手を汚すものか。

 しかしここで問題がある。鍵槍も鍵も今回は対人用主力攻撃武器としては使えないと言う事だ。


 鍵槍は一部破壊とは言え頭か胴に刺されば致命傷、鍵は言わずもがな。

 VSロジェリ夫の時みたいな一対一の戦いならばともかく今回みたいな一対多の場合腕や足と言った限定的な箇所を狙うのは難しい。


 そしてまた魔法も論外だ。となると今回は足が一応メイン武器となるのかな?

 こんな劣勢な状況下で縛り……舐めてる訳じゃないんだけれど、これもまたわたしの心の平穏の為に必要な事なのだ。


 幸いにもここは屋内。相手が動き辛く、わたしが動きやすい場所。これ以上メイスで天井まで破壊される前に相手の動きを止めたい。

 ならば、まず狙うのは足である馬。馬達には悪いけれどその足を少しの間使えなくさせて貰う!


「領主様を侮辱したな!貴様も反逆罪で投獄してやる!!!」

「やれるもんならやってみろ!!!」


 振り下ろされたメイスをあえてギリギリで避ける。そして振り下ろされる動きに合わせて鍵を差し込み、捻り、壊す。

 鍵槍だとリーチが長いから標的が動く中鍵槍を引きつつ捻らなきゃならない。だから本来の鍵モードでメイスを壊させて貰った。


「なっ!?」

「たぁっ!!」


 壊れたメイスを呆気にとられて一瞬でも注視してしまった軍人その一。その隙に馬の足を力一杯払う。

 当然、立っているのすら叶わなくて前側に倒れた馬に乗っている軍人その一も前側に倒れて……と言うか投げ出されて来るので避けさせて貰う。


 彼らが着ている西洋甲冑……フルプレートアーマーは全身を覆う事で抜群の防御力を誇るものの難点が多い。打撃系武器に弱い、視界が狭まる、中が蒸れる、エトセトラ、エトセトラ……。

 その中でもネックなのが単純に重いという事。本によればその総重量は30〜40キロ。大きめの米袋に入れた米よりも重いらしい。


 自力で立ち上がるのに苦労するような重さの鎧を着た成人男性に押しつぶされてしまっては魔女わたしとて敵わない。

 いくら馬の足を払う馬鹿力があろうともわたしの見た目はほぼ幼女。サイズ差には悲しいかな、勝てないのだ……。


「ぐぁ……っ」

「はいちょっと眠っててね!」


 落ちて来た軍人を避け、顔を鍵槍の装飾部分で殴りつける。落ちた衝撃で目を回していた彼は殴られた事により気絶する。

 フルプレートアーマーなのに顔に自信があるからってだけで出しているからご自慢の顔が狙われるんだよ!とは言え切り傷はついてないので安心してください。


 ヒュンヒュン!

「おわっと!」


 勿論こうしている間にだって狙われる。治療院を囲んでいる歩兵が矢を放って来たのだ。本当は追撃がしたかったのだけれど諦めてこけた馬の影に隠れる。

 隠れたわたしを追って馬に矢が刺さったけれど、ここは一つわたしの敵方の馬と言う事で利用させて貰おう。


 文字通り肉盾となった君には謂れのない矢を我慢して貰うしかないのだ。

 ……わたしだって状況が状況じゃなければこんな生き物を盾にするような真似はしないよ!!


 ヒヒィン!!!


 当然馬からすれば我慢も何もあったもんじゃない。一生懸命立ち上がろうとしていたら盾にされてしまったのだから良い迷惑だ。

 いきなりの攻撃に目を白黒させた馬はその場から走り出し、歩兵に向かって突撃する。混乱……と言うか報復かな?ともかくこれで少しはわたしに対する矢が減るんじゃなかろうか。


 シュンッ!!

「!」


 と思ったら今度は槍が飛んで来た。文字通り投げ槍だ。馬に乗った軍人その二が投げて来たらしく、腕が前に振り下ろされているのが目に入る。

 とはいえそんなの真正面から受ける義理も無いので回避。わたしの後ろの壁に真っ直ぐに突き刺さる。な、なかなか威力がおありのようで……。


 もし刺さっていたらと思うと怖いな。あの槍は間違い無く人一人の身体なんか軽々貫ける。わたしは死なないとは言えダメージは受けたくない。

 ……あ、今更だけれど血が出る程のダメージを受けるのも駄目だ。魔法陣が起動するし勝手に治癒する所が見られてしまってはまずい。


「おおおおお!!!」


 槍が通り過ぎた直後、軍人その三が馬に乗ったまま──突撃して来た!!?捨て身か!?いや──勝機と見て来たか!!

 槍を避けた直後に突撃されたら流石のわたしも反応に一瞬とは言え遅れが生じる。だけどこう言う戦場では一瞬が命取り。よくある話だ。


 ヒヒィン!!

 ガィンッ!!!

「〜〜〜〜ッッ!!!」


 馬はもう目の前に来ていてその蹄でわたしを押しつぶさんとしている。その事に今この瞬間気づいたのだから避ける事は叶わない。


 潰される。潰される。ぺしゃんこになって、血が出て、肉が出て──そしてすぐに治る。

 そんな姿を幻視した。


 わたしは反射的に鍵槍を横向きに両手で持ち、柄の部分で蹄を受け止めようとする。

 頭では『何やってんだ』と思いながら、『避けた方が良いのに』と思いながら、妙な確信を持って──


 ──馬を、持ち上げた。


 フルプレートアーマー着用の成人男性とその馬の重さが容赦無くわたしの小さな全身にのしかかり、思わず奥歯を噛み締める。

 『え?』と声を上げる暇さえ無い。


 重い!痛い!潰れる!!そんな悲鳴をあげたくなる。だが、そんなの相手方には知ったこっちゃないだろう。むしろ好機と見る。

 骨の軋む音、筋繊維の切れる音、床にヒビが入る音。日常ならありえない、あっていい筈がない戦場ならではの音がわたしの耳に飛び込んで来る。


「馬を持ち上げる、だと!?そんな馬鹿な事があるか!?」

「あああああああ!!!!!」


 絶叫を上げる。この状況に対する苦しみを、痛みを堪える為に。壊れかけとは言え屋内なのに矢の雨がわたしに降り注ぎ、馬と軍人は暴れ、わたしは今にも潰されそうになっている。


「負けて……ったまるかぁああああ!!!!!!」

 ヒヒィン!!?

「何っ!?」


 足ならともかく腕で何故こんな事が出来てるのか分からない。それでも、体重を左足に押し付け、右足で馬を蹴り上げる。

 驚いた馬は飛び上がり、わたしは重さから解放されたものの左足の膝がゴギリと割れる音が響いた。無茶だったか……!


 いきなり重さから解放され、身体のバランスが崩れる。

 とっさにバク転、距離を取りつつ魔法陣が小さく展開している左膝を注視させないようにする。


 矢は……放っておこう。抜いたら血が出るだろうから。血が出たら魔法陣が起動しちゃうから。

 そう言えば軍人その二はどうしたんだろう。わたしが軍人その三と戦っている間狙い放題だったろうに。


 バク転しつつ横目でチラッと見ると軍人その二はその一を回収していた。余裕なこって!確かに追い詰められていたけれどね!

 なら、その余裕を消してやる!わたしはバク転の着地点を壁に変更、足をつけた途端に蹴る!!


「何だと!?」

「壁を蹴る!?そんな事が出来るのか!!?」


 上方向にジャンプ!今度は反対側のギリギリ残ってる壁!そして、天井!さぁ、後は分かるね!ロジェリ夫にやった時と一緒だ!

 ただいま回収中の軍人その二に向けて──ドロップキックだ!!


「プランⅡ!」

「はっ!」

「え!?」


 軍人その二が何事か叫ぶ。するとわたしの足が、まるでわたしの意思を、ドロップキックを拒否するかのように──天井に張り付いた。嘘、何これ!?

 返事をした軍人その三は兜越しでも分かるくらい目の辺りが茶色く光っている。軍人その三が何かしたのは分かるんだけれど、一体何したの!?どういう事!?


 シュンッ!

「あ──」


 慌てて周りが見えていなかったわたしは投げ槍が目の前に来るまで気づかなかった。鍵を構える事も、槍を構える事も、手で払う事すらも出来ず、わたしは、わたしは──


 ドスッ!!!

 ブシュッ!ビシュッ……

「──」


 貫かれた。血が胸から、口から溢れ出て天井を・・・濡らす。槍は見事にわたしの胸から尻を貫き、天井に標本箱のピンのように縫い止めていた。

 わたしはあまりの急展開に呆けたように口をぽかぁんと開け、傷口から血をだらだらと流す置物に成り果てていた。


「おいっ!大丈夫か──ッ!!?」

「! いたぞ! リラオーゼ・ヴァイスだ!」


 奥の扉を勢い良く開け、そして飛び込んで来た凄惨な光景に言葉を思わず止めたリラオーゼさん。彼女は血だらけで息も上がっていたが、酷い怪我を負っている様子は無い。返り血のようだった。

 そんな彼女をようやく見つけ、殺したわたしには何の価値も無いとでも言うように注意をすぐに逸らした軍人達は再びわたしに注意を向ける事となる。


 カッ!

「え──」

「は──」

「な──」


 その場にいた全員が呆気に取られ、続く言葉を見失う。何故ならそれはありえない光景、傷がみるみる内に塞がり血で汚さなくなると言う光景なのだから。

 少女の、わたしの胸の上には膝の怪我の時のとは比べ物にもならない大きな魔法陣が展開され、辺りを照らしていた。


 ああ、どうして。

 どうして、この中でリラオ一番この光景をーゼさん見て欲しくない人がこの場にいるの?


 どうして、わたしは死なないの?


 どうして、わたしは復活するの?


 ……どうして、わたしは魔女なの……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る