リラオーゼの話
「昨日、治療院のばあさんの所に……」
「分かりました。情報提供ありがとうございます」
翌日。今は依頼完了の報告と領主軍についての話をしにギルドへやって来ている所。これが終わったら治療院に行くつもりだ。
用事の一つである領主軍についてはロジェリ夫が受付嬢に話している。
領主も貴族だし、ギルドとも仲が悪いのだろう。門を通る時も時たま門番に嫌な顔をされるし、そもそも街には軍が実質二つある状態だ。
勿論役割や立場に差こそあれど、普通は一つで十分な所を二つに分けちゃっているのだからその溝は深い。
「それで、グリムさん……あなた、ヴォルムスの花園に行ったそうですね?ランク一のひよっこも良い所の新人が、何故そんな所に行くのですっ!!」
「ひぃっ!ごめんなさい!!」
「ロジェリオさんもっ!!」
「う、す、すまねぇ!!」
やだ受付嬢さん怖いっ!流石ベクターを対処するだけあるよこの人っ!!
この前までわたしにちょっとビビってたのに二日で立ち直ったし!他のベクターは一週間くらいかかったのに!
「危険な所へ行くグリムさんもグリムさんですが、それを許すロジェリオさん!あなたコーチでしょう!?
止めなくて何がコーチですか!?何の為のコーチ制度だと思っているんですか!!?」
「新人の命を無闇に散らさないようにする為だ!だが、グリムは俺より強ぇから良いかなって……」
「良くありません!グリムさんがいくら強くったって人間です!死ぬ時は死にます!どんなに強くともいつ死ぬか分からないのがこの仕事でしょう!?」
「はい……」
「ガミガミガミガミ……」
……実は簡単には死なないとは言えない……。どう言う訳か勝手に治るとか言えない……。
わたしは叱られてしょんぼりしているロジェリ夫から目を逸らしつつ、ガミガミ叱る受付嬢のお小言を耳に留める。
「はぁ……ですが、その責務も今日までです。お疲れ様でした、ロジェリオさん。報酬です」
「……おう」
「え……今何て!?」
え、ロジェリ夫コーチクビになったの!?でも報酬貰ってるし、ロジェリ夫が何か言う訳でも無いし……。
ちょ、ちょっと待ってよ二人共!当事者であるわたしを置いて行かないでぇえええ!!!
「本日を以ってグリム・フォースタス、あなたをランク二とします。研修、お疲れ様でした。
それと同時にロジェリオ・ランゲはコーチの任を終えました。これにて当ギルドからの依頼は終了とします。お疲れ様でした」
えっと、えっと、ロジェリ夫がクビ……じゃなくてコーチの任を終え、わたしがランク二になって研修が終わったと言う事は……。
「これで一応一人前……?」
「そう言うこったな」
「聞いてないよ!!」
確かにそろそろだとは思っていたけれどさ、教えてくれたって良かったじゃんか!心臓に悪いよ!!!
「昨日、依頼を受けて完遂しただろ?アレが最後の課題だったんだ。本当ならスライヌ狩りとかなんだがな、オメェが急に受けるって言うから変えさせて貰った」
「ロジェリオさんが証人となってくれているので証拠の提出は不要です」
「……わたしがロジェリ夫に賄賂を渡しているとかは考えないの?」
「もしそれがあった場合は双方に罰が下りますし、結局は自身の命を危険に晒す事になります。
そもそもグリムさんはロジェリオさんに勝てる程強いので、賄賂を渡しているとしても強さに支障はありませんから」
それ、遠回しに賄賂認めてない?結局死ぬのは賄賂で進級した側だから問題無いって事?それで良いのかベクターギルド。
このギルドはシステム的に弱い人は振り落とされるようになってるんだよね。無駄に死なせないようにする為なのは分かる。
「それでは、こちらをどうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「代わりにこちらは回収しますね」
「はーい」
鉄で出来たギルドメダルを受け取り、木で出来たギルドメダルを渡す。差は素材と数字部分の点字、それから飾りがちょっと豪華になっている所だね。
それにしても、これでやっとちゃんとしたベクターか〜。やり遂げた感、って言うか……なんだか感慨深い物があるなぁ。
「それから、グリムさんはカッツェンヴァイトとチェフラマーを倒した功績がある為今すぐにでもランク三へ上がるテストが受けられますが、どうしますか?」
「んー、今日はいいや。予定あるし」
あのデカミミズ、チェフラマーって言うのね。なんか
魔石、売ろうかな……。持ってても邪魔だし。あ、でも魔石が入った鞄、家に置いてあるんだった。また来た時で良いか。
「そうだ、今夜は空けておけよ。ランクアップ祝いだ!」
「お祝い!?やったー!」
「美味い飯も、酒も用意してやる!楽しみにしとけよ!」
「え、お酒……」
嫌いな訳じゃないんだけれど、おばあちゃんに止められてるんだよね。何でか知らんけれど、おばあちゃんの顔が鬼みたいでヤバくなるレベルで悪酔いするらしいし。
だからと言って断るのも、『お金貯めた方が良いですよ』とも言えないし……。ちょっとだけなら良いかな?
「何だ?酒は苦手なのか?」
「いや、そういう訳じゃないよ!」
「そうか?なら良いが……」
ロジェリ夫に余計な気を使わせてしまった。わたしとしてはお酒よりも料理の方が楽しみだな。家庭料理はその国を代表する料理が多いもの。
レストランとはまた違う、極められた料理も美味しいのだ。……じゅるり。
「じゃあ、わたしおばさん家に行ってくるね。報酬貰わなきゃ。ロジェリ夫は?」
「俺はいい。酒の調達や狩やらの方が優先だからな。気をつけろよ」
「はーい」
わたしは手を振ってベクターギルドを後にした。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
「こんにちはー」
「ああ……あんたかい。入るんだね」
「お邪魔しまーす」
いつもとは異なり快く、とはいかないものの比較的素直に話を通してくれるおばさん。子供達から話を聞いたのかな?
おばさんはわたしを案内するかのようにカウンター奥のドアを潜って行く。お金を運び入れたり、魚を運び入れたりしていた部屋だ。
「あ!お姉ちゃん!」
「来たー!」
「来たよー」
その部屋は広いけれど、居間と台所が一緒になっている感じで尚且つ子供が……一、二、三、四、五……軽く数えて十五人くらいいるね?そのせいかあまり広くは感じられない。
子供達の中にはわたしより背が高いのもいる。わたしを見て『誰?』って感じの顔をしているね。わたしも同じ考えだ。
そうこうしている内に更に人数は増えて行く。中には大人もいる。結局最終的にはこの部屋に五十人近く揃ったのだった。狭い狭い。
割合的には大人が多めかな?大人になってここを出て行った人達だろうか?中には夫婦っぽい人達もいるし、その子供と見られるのもいる。
確かに一応義孫に当たる子達がいるレベルでこんなに昔から子供達を育ててたんじゃ薔薇のレパートリーも切れるわ。
お花屋さんは悪く無かったんだね……。
前世では経験無いけれど、お盆みたいだ。親戚一同が勢ぞろいしている感。
勿論目的は違うけれどね。あっちは先祖供養、こっちは誕生日会。
「ん……だいたい揃ったかね。さぁ、お待ちかねのケーキだね!きっちり人数分分けるんだよ!」
「「「はーい!
部屋の中心に置いてあったテーブルの上に大きなケーキが五つも並べられる。並べたのはおばさん……リラオーゼさんだ。名前今知ったよ。
そのケーキに大人子供関係なくわいわいと群がる図……うん、立食形式の誕生日パーティっぽい。開いた事も参加した事も無いけれど。
「誕生日なのに、自分がケーキを焼いて振る舞うの?」
「誕生日だからだね。日頃の感謝を皆に伝える為の日さね。何でそんな事を聞くんだね?」
「あぁ……えと、わたし、山奥出身でして……ここら辺の文化とかよく分かんないんですよ」
「ふぅん。ま、あたしにゃ関係ない話だね」
偶々横にいたリラオーゼさんに気になった事を聞いたら思わぬ墓穴を掘ってしまった。けれども興味が無いのか深く突っ込む気は無いのか、ともかく助かった。
この世界……のこの国では誕生日は自分から周りに感謝を伝える日らしい。周りから祝ってもらう日じゃなくて自分から祝われに行くというのは元の世界の日本では珍しいね。
「わたしもケーキいただくね」
「はいはい」
切り分けられたフルーツケーキを一口食べる。途端に広がる多種多様な果物の味。クリームは少ないけれど、それがまたフルーツの美味しさを引き立てる。これは……プロの味!ママンの味だ!!!
他の子に混じりながらもくもくと食べていると、大人から子供まで皆一様に美味しそうにしている様子が目に入った。
「誕生日おめでとう、おかあさん!はい、プレゼント!」
「まぁまぁまぁ、ありがとね」
ケーキも食べて一段落ついた頃、プレゼント寄贈会が始まる。普段は仏頂面で不機嫌そうなリラオーゼさんでも身内相手には柔らかい笑顔を見せるみたい。あんな優しい笑み初めて見たよ……。
だんだんとプレゼントが山になって行く中、わたしに依頼をした子供達の番が巡ってくる。
「誕生日おめでとう、おかあさん!」
「これ、おかあさんの好きな薔薇だよ!」
「珍しい薔薇なの」
「お姉ちゃんに頼んだの、これの為だよ」
「あのねあのね、綺麗な花園に咲いてたの!」
「そう!ヴォルムスの花園にね、沢山咲い」
「あんた達、ヴォルムスの花園に行ったのかい!!?」
楽しそうに話していた途中の声が、怒りと驚きの篭った大声に掻き消される。あまりにも大きな声だったもんだから部屋中の皆がしん……と押し黙って子供達を注視する。
当の子供達は怒られるとは思っていなかったのだろう、何人かは涙目になりながらリラオーゼさんを見上げる。
「危険な所だって行っただろう!何でそんな所に行くんだね!!?
あんた達に何かあった後じゃ遅いんだよ!!薔薇よりも、自分の命を大切にしなさい!!!」
「う……うぅ……うわぁあああん!!」
「ぅえっぐ……ひっく……」
「ごめんなさい……」
「……でも、ありがとね。あんた達の気持ちはしっかり受け取ったよ」
怒られた子供達は嗚咽交じりに涙を流しながら謝る。当の怒ってるリラオーゼさんはうっすらと涙目になりながら、それでも決して泣く事無く叱りつける。
そして、薔薇の花束ごと薔薇を送った子供達を抱きしめた。その顔には、安堵と後悔が浮かんでいた。
「……」
わたしは、思い出せない。親に、母に叱られた記憶が思い出せない。叱られた事がゼロって訳じゃない筈だ。わたしは出来の良い子じゃないから。
それでも思い出せないのは、単に昔の記憶だからだ。わたしが中学に上がる前、まだ小学生の時。あれ以降
今世と合わせて約二十年前の出来事である。その年に生まれた赤子が成人してしまうのである。そうそう思い出せる筈が無かった。
身近な存在を忘れてしまうのはとても悲しい。それが、
……死んだら天国に行くか地獄に行くかなんて話はあるけれど、その選択肢の中に異世界もあったようだ。
死んだらもしかしたら会えるかもと思っていたのに、これでは全くの見当違い。『まだ若いんだから色々リセットしてやり直せ』って事かねぇ。そんな事望んじゃいないのに。
「ちょいと……何泣いてんだね」
「な……? あ。 ……」
知らず知らず流していた涙を袖でぐしぐしと拭う。薔薇を抱えたリラオーゼさんに指摘されてようやく気がついた。
リラオーゼさんはわたしが呆けている間に目の前に来ていたらしく、少し怪訝な顔をしている。
「『お姉ちゃんに助けて貰った』とは聞いていたけれど、まさかヴォルムスの花園に行っていたとは……。あの子達を守ってくれてありがとね」
「ううん、仕事だから。それに、子供の母を想う気持ちは、大切にしたいんだ」
「……そうかい。……深くは聞かない事にしとくよ」
どうやら、リラオーゼさんにはある程度悟られてしまったようだ。長年母親を勤めているが故か、はたまた
……こんな辛気臭いのはやめだやめ!わたしは今、生きている。過去は変えられないんだから振り返ってしんみりしても仕方ないんだ!!そう、仕方ないんだ……。
【……】
{……}
ちょっと二人共、黙らないでよ。わたしについては君達が良く知ってるとは思うし、共感だってするだろうけれどさ。
そこはフォロー入れる所ですよお二人さん。ほら、【良心】、いつもみたいに注意してよ。ほら、{楽}、いつもみたいに笑ってよ……。
ドンッッ!!!!!ガシャァンッ!!!
「「「!?」」」
ハッとしていきなり起こった破壊音の方向に身体を向ける。いきなりの事態に周り皆固まり、呆気にとられているようだ。
破壊音は扉の向こう。即ち治療院としての部屋からだった。破壊音と共に何かを叫ぶ音、暴れる音、それから──
「リラオーゼ・ヴァイス!!貴様を反逆罪として処罰する!!!」
一方的に告げる音が聞こえた。
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