ミミズの話

 


「「「シィイ……」」」

「え……?」


 部下ミミズ達はわたしに向かってうやうやしく頭を下げた。

 ど、どういう事!?敵意が無くなったのは良いにしても状況がさっぱり掴めない。


 考えられるのはボスらしき個体を倒したからって事くらいしかない……というかそれで正解なんじゃなかろうか。

 ミミズの内一匹が『こちら、貢ぎ物です』とでも言うように茶色く光るページとさっきのボス個体の魔石を容赦無く体内から引きずり出して持って来たし。


「おまいら……さっきまでわたしをボールにしてたの、忘れたとは言わせねぇかんな……」


 ミミズ達を睨みつつ貢ぎ物(?)を受け取る。魔石は土属性の魔石でカッツェンヴァイトの時よりも一回り小さい。危険度の差かね。

 わたしは石を袋にしまい、そしてボスミミズに向かって手を合わせ十字を切る。ただ、そのボスミミズは……元部下のミミズ達に食べられている真っ最中だった。シビアな世界よな。


 気を取り直してページの方は、と……『Spindel,つむと Weberschiffch《おさ》en und Nadel 』?

 本を取り出しファイリングして出た結果はそれだった。どんな魔法か後で試しに使ってみよう。


 そう思いつつ本を身体に戻そうとした所で思考が一つの疑問を導きだす。

 わたしは本を押し込みつつバッと顔を上げる。勿論目(?)が合うのは貢ぎ物をしたミミズのみ。


「……ちょっと待て自然すぎて流す所だったけれど何故わたしが魔女だと知っている?」

「シィイ?」


 あ、小首傾げるとちょっとかわいい……じゃなくてだね、何で魔女だと分かってページこれを渡し……いや、違うのか?まさか本当に知らないのか?

 ただの貢ぎ物の一環としてわたしに渡しただけ?ただの偶然?んんむ……会話出来ないし分からん。


 会話出来ないとは言っても言葉を理解する知性はありそうなんだよなぁこのミミズ達。わたしの問いかけにも首(?)を傾けていたし。

 わたしが半眼でミミズを睨んでいると、遠くから声が聞こえて来た。


「おーい、大丈夫か……危ない!」

「大丈夫だから!この子達敵意無いから!!」


 声の主はロジェリ夫だ。やばい、すっかり忘れてた!ガサガサと木々をかき分け花園周りの少し開けた場所に出て来た途端彼が目にしたのは人より大きなミミズに囲まれるわたし。

 わたしを守ろうと槍を持って果敢に飛び出して来てくれたのは嬉しいけど敵意の無い相手と戦う理由は無い。慌てて攻撃を鍵槍で弾いて止める。


「敵意……確かに無いな。従えテイムしたのか?」

「え?どうなんだろう?」


 貢ぎ物をして来たミミズ以外今尚頭を下げている。試しに号令をかけてみようかな。


「総員、面を上げよ!」

「「「シィイ!」」」

「うわ言う通りに動いた!?……あ、じゃあ楽な体勢にして下さい」

「「「シィイ〜」」」


 言うが早いがくつろぎ始めた。中には寝る奴も出る始末。これもう従えてんのかナメられてんのかわかんねぇな。

 とりあえず従えているっぽいけれどわたしがボスと言われても困るなぁ。


「それにしても多少汚れているとは言え無傷か。カッツェンヴァイトに勝てるだけはあるな」

「う、うん」


 ボッコボコにされてましたけれどね。なんならカッツェンヴァイト以上にボッコボコにされてましたけれどね。

 魔女じゃなかったら死んでるくらい怪我しましたけれどね。ロジェリ夫はそんな事知らないから無傷に見えるのか……。


 危険度ってあくまでも目安なんだろうなぁ。低いから勝てるという訳でもない。

 今回みたいに危険度七カッツェンヴァイトにはなんとか勝てても危険度六デカミミズにボッコボコにされる事もある。


「ま、安全な事は分かったから子供達呼んで来るぞ」

「え、うん、分かった」


 あれ?魔女紋についてツッコまれなかったな?もしかして遠くからは見えてなかったのかな?それなら万々歳、ごまかす必要が無い。やったね。

 しばらくしてミミズを観察したりスケッチしたりしていると服が引っ張られる感覚を覚える。下を見ると、そこには例の子供達がいた。


「お姉ちゃん、大丈夫だった?」

「怪我してない?」

「おうともさ、大丈夫だよー」


 嘘ですメチャクチャ怪我しました。魔女だから治ってるだけです。普通の人間だったら既にあの世に行ってます。

 あ、そうだそうだこの子達を連れて来た目的を忘れる所だった。一応わたしがボスっぽいし、ミミズ達に許可を貰えれば薔薇くらいくれるかな?


「ねぇねぇ、ヴォルムスの花園ここの薔薇を少し貰っても良いかな?この子達がプレゼントに欲しいみたいなんだけれど……」

「シィイ」

「良いの?ありがとう!ほらお礼言いな!」

「「「ありがとー!」」」

「シィ」


 わたしの問いかけにミミズは頷く。そしてどこからともなく植物用のハサミを持って来てわたしに渡した。

 やっぱ言葉分かってるね?気も利くし、知性あるよね?喋れないだけだよね?


「どれが良いかな?」

「これ綺麗!」

「いっぱいあるー!」

「凄えなここ……」


 花園に踏み入れた全員が全員別々の、けれども一様に褒め称える言葉を発した。花園は外から見た以上に鮮やかで素晴らしかった。

 数えきれない程に沢山の、しかしもっさりした感じではなく一目できちんと手入れされていると分かる花達が朝露に濡れ光り輝く。


 毎日たっぷりの水と栄養を与えられているのであろう葉っぱも青々と茂り、しかしながら花程には目立たず脇役に徹している。

『王宮の庭です』と言っても謙遜無い、その花園こそが一つの宝石であるかのような美しい光景がそこには広がっていた。


「これなんかどうかな?」

「不思議な薔薇ー」

「良いね、これならきっとおかあさんも喜ぶよ!」

「決まった?」


 子供達の手元を覗き込むと、そこには赤に白斑柄の薔薇が摘まれていた。確かに珍しい色合いだ。こんな薔薇もあるんだね。

 せっせと花束を作っている子供達を見ながら棘に刺されやしないか案じていると肩をトントン叩かれる。振り返ると、そこには困り顔のロジェリ夫がいた。


「あーその、俺もカルラの為に花が欲しいんだが……良いか?」

「だって。良いかい?」

「シィイ」

「良いって」

「ありがとな」


 ミミズに許可を求めるとこれまた頷いてくれた。それを受けてロジェリ夫は花を摘みに行った。何の花を渡すのかな?

 わたしもわたしで紅葉が無いか探してみたのだけれど……無かった。前世の名前の由来だし、好きな植物だけど流石に洋風の花園には合わないかぁ。


「花束出来たよお姉ちゃん!」

「俺も少し貰ったぞ」

「お、じゃあ帰ろうか」


 わたし達はミミズ達にお礼を言って帰ろうと花園に背を向け歩き始める。しかし、その歩みは止まった。

 ……正確にはわたしだけが止められて、他の人達はわたしがついて来ないのに気付いて足を止めた。


「えぇと……何かな?」

「シィ……」


 わたしの進めなくなった原因に顔を向ける。その原因もといミミズは悲しそうな顔(?)でわたしの服を噛んでいた。

 あらかわいい……じゃなくて、このままだと帰れないし困っちゃうよ。


「わたし帰らないと……」

「シィイ……」


 そう言うと渋々服を離してくれるミミズ。うーん、何でこんな困った様子なんだろう。

 別にわたしがいなくても困りやしな……あ。


「もしかして、わたし、ボスだと思われている……?」


 さっきの様子を見るにこのミミズ達はボスを主体として動いている魔獣だ。で、わたしは先代ボスを倒した。これによりわたしは今代ボスとして認定され、結果言う事を聞くようになった……?

 確かにその場合、ミミズ達は困るだろう。いきなりボスが倒されて、新しくボスが出来たと思ったらそのボスが『ミミズ達を置いて去る』と言うのだから。


「んー……じゃ、わたしはボスの座を降ります!今から君がボスです!しっかり群れを導いてね!」

「シィ!?」


 今まで貢ぎ物を持って来てわたし達の対応をしてくれたミミズにわたしはボスの座を押し付……委任した。委任したんだ。決して押し付けてなんかないぞ。

 当のミミズはいきなりの事に驚いているけれど知らん。頑張って下さい。ん?無責任?知らんな。


「それと、もしまた彼等が花園ここにやって来る事があっても攻撃しないでね。先代との約束だよ」

「シ、シィ……」


 社長に面倒な仕事を押し付けられた中間管理職みたいな反応をした新ボスミミズに他のミミズ達が頭を下げて恭順の意を示す。

 その光景を見届けながらわたし達は今度こそ街へ帰っていった。因みにロジェリ夫はその光景に頰を引きつらせ、子供達は物珍しそうにしていた。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 森から戻って来たわたし達は子供達の家に向かう道すがらあれやこれやと話し出す。


「これからおかあさんの誕生日パーティなのかな?」

「違うよ。おかあさんの誕生日は明日だよ」

「誕生日の前に祝っちゃいけないんだよ」

「そうなの?」


 それは初耳さんだ。おばあちゃんの家にいた時はそんな話は聞かなかった。それどころかおばあちゃんがボケて誕生日の前の日に『おめでとう』と言う事さえあった。十月十日なんてゾロ目、覚えやすいと思うのに。

 ……おばあちゃんの誕生日も祝いたかったな。一方的に祝われるのって、なんだか悲しいんだよね。


「君達の家ってどこなの?」

「もうちょっと先だよ」

「あと少しだよ」


 結構長く歩いているように感じられるのは森から座る事なく歩いているからだろうか?それとも目的地が分からないから?

 辺りは少し薄暗く、治安も悪そうだ。目の据わった人、あらぬ所を見つめている人……本当に家あるのかなー……。不安になって来たぞ?


「ここの道を曲がったらすぐだよ」

「うん。……ん?んんん!??」

「なっ……あぁ、そういう事か」


 何の気なしにその家を見たわたしも、コーチが故にわたしについて来ていたロジェリ夫も思わず目を見開く。

 少し貧しそうな子供達、ネタが切れた薔薇、治安の悪そうな地域にある建物、全てが繋がる。だって、そこは──


治療院孤児院だからか……」


 見覚えのある治癒魔法の魔法陣と十字架を紋様化した看板が風に揺れる。そこは、ロジェリ夫が運ばれた治療院だった。

 確かにおばさんの話の中に『孤児院を営んでいる』という物もあった。この子供達がその孤児達か……。


「おかあさ──あれ?」

「あの人達、誰?」

「見た事ないよ……」

「怖い……」


 そのまま治療院に入ろうとしたものの異変に気づいたわたし達は身を隠し、曲がり角から顔を出す。視線の先にはおばさんと、鎧を着た兵士がいち、に、さん、し……六人もいる。

 紋章が入った書状をおばさんに突きつけた兵士達とおばさんが何やら言い争いをしているらしく、少し遠くとも声が途切れ途切れに聞こえる。


「ここで反逆を──」

「そんな事──」

「ここに領主様からの──」

「ふざけんじゃ──」

「領主様の言う事は──!」

「毎月しっかりと──!!」


 んー、鎧の人達は領主軍らしい。権力片手に脅してるのかな?言い争いは徐々にヒートアップして行き、今にもお互い殴り出しそうな雰囲気だ。

 それを見兼ねたのか、後ろからロジェリ夫がおばさん達に向かって歩き出し双方に割って入る。


「おい、何してるんだ」

「……何だ貴様。貴様には関係無いだろう」

「あぁ、関係無ぇな。だから見過ごせねぇ」

「何を言っているのだ。邪魔をするなら領主様によって裁かれるぞ」

「ワガママみてぇなこんな細事がか?」

「っ!」


 わたしには中途半端にしか聞こえなかったけれどロジェリ夫にははっきり聞こえたのだろうか。『こんな細事』と斬って捨てる。

 それに対して額に青筋を浮かべたのが領主軍。短気なのか元々苛立っていたからなのか、各々武器を持ち、殺気を放つ。


「何だと貴様!領主様の偉大なる御指示に対して何たる不敬!即刻処罰だ!」

「ア"ァ"!!?ふざけんな!」

「はーいはいはいけっこーけっこーこけっこー。お二方、そこまでそこまで」


 近所の人達が野次馬みたいにわらわら集まって来ているし、こんな所でバトられちゃ敵わない。被害が酷い事になる。

 わたしは曲がり角から慌てて飛び出し、新たに喧嘩を始めようとする二人の間に割って入る。


「む……貴様は何だ?道化か?」

「道化でも何でも良いけれど、周り見てみなお偉方。

 あっちで指差しこっちも指差し!近所迷惑限りなし!

 このままじゃあなたは反逆者!領主の名誉に泥を塗る!

 『我が街の領主様、部下の躾もできない方よ』

 そしたらあなたが怒られる!あなたの栄華はこれにて終幕!

 さぁさ話を変えるのよ!どうすりゃいいかは分かるよね?」


 ウルトラ遠回しに『帰れ』と告げる。こんな口調だけれどわたしは決して煽っている訳じゃない。道化師と言う身分に頼っただけだ。

 道化師はその昔、どんな物言いをしようと許される存在だった。王にだって、騎士にだって、どんな人にだって。


 反面、雇い主同士で交換されたりなんかもしたらしいから実質は『喋る物』扱いってだけなんだけれど……それはともかく、道化師は言葉に関しては許される存在なのだ。

 それを演じる事で無礼な物言いだろうと許されないかな、と一縷の望みをかけてやってみたけれどここは異世界。許されるかどうか……。


「……フンっ!帰るぞ!」

「「「ハッ!」」」

「ほっ……」


 どうやら許されたらしい。良かった……くるくる踊った甲斐があったよ。

 馬に乗りつつ何処かへと去る領主軍を見送りつつ、わたしは安堵の溜息を漏らす。


「……馬鹿だね、何であたしなんかを助けたんだね?」

「え……んと、何となく……?」

「ハッ!何だいそりゃ!」


 野次馬がどうの被害がどうのと言った気はするけれど、実際その二つはあまり気にしていない。ただ、おばさんやロジェリ夫を心配して動いただけのような気もする。

 ……つまり、これと言った明確な行動理由が無いのだ。ただ動いた。反射的に動いた。ただただそれだけ。動かなくっても良かったのに、何で動いたんだろう?


「……ありがとね。助かったよ」

「っデレた!?」

「は?」


 普段からツンツン……と言うか淡々としているからこう言う柔らかい態度は珍しい!これをデレと言わずに何と言う!

 おばさんは相変わらず不可解な物を見る目でわたしを見ているけれど、知らないもんねっ!いやー良い物が見られたわー!


「しっかしばあさん、アレは一体何なんだ?」

「……アンタらにゃ関係無いね」


 そう言うとおばさんはそれっきり黙ってしまった。わたし達に教えてくれる気は無さそうだ。

 微妙な沈黙が辺りを支配する中、曲がり角に隠れていた子供達がおずおずとこっちにやって来る。


「おかあさん、あの人達誰?」

「怖いよう……」

「……大丈夫だよ、あんたらはあたしが絶対に守ってみせるからね」

「「……」」


 おばさんは子供達をぎゅっと抱きしめる。子供達はキョトンとしながらも、それでも嬉しそうにおばさんを抱き返した。

 ……なんだかわたし達場違いみたいだ。お互い顔を見合わせて、何も言わずにその場から去る。


 どうか家族水入らずで今の時を過ごして欲しい。

 あ、それから明日また伺います。

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