ヴォルムスの花園の話
「ねぇ、お姉ちゃんってベクターなの?」
「うん、そうだよ。どうしたの?」
「あのね、ぼく達の依頼、受けてくれないかな?」
ベクターになってから早二週間。非常食も覚え、売り買いの相場も覚え、魔獣についての色々も覚え、今日は依頼を受けてみようという話だった。
けれどもギルドにつくやいなやちびっ子達にこんな事を言われてしまった。わたしはちびっ子達の視線に合うようにしゃがんだまま後ろにいるロジェリ夫を振り返る。
「……って言っているんだけれど……良いかな?」
「せめて話を聞いてから受けるかどうか考えろ。即決するな。それが死にに行くような依頼だったらどうするんだ」
そ、それもそうだね。魔女だから肉体的には死なないとは言えど痛い思いはしたくないし、酷い怪我をして魔女紋を見られるのもまずい。
ちびっ子達の人数は男女合わせて六人。身長差こそあれどいずれもわたしより背は低い。着ている服は古着っぽい。こんなちびっ子達がベクターに頼む用事とは一体何だろうか?
「
「お花屋さんじゃダメなの?」
「お花屋さんじゃ売ってないようなのが良いの」
「毎年買ってたら、レパートリー無くなっちゃったから」
毎年買ってるの?レパートリーが無くなるほど?この子達が
大きな子でも九歳くらいの見た目。三歳から買い始めたとしても六種。六種しか薔薇が無いってそれ花屋としてどうなの?
薔薇(っぽい見た目の植物)はこの世界でも人気な花で、色も種類も沢山ある。
だからそうそう贈る薔薇のネタは尽きない筈だけどなー?お偉方から規制されてるのかなー?
「だからお願い!ぼく達をヴォルムスの花園へ連れてって!」
「はぁ!?ヴォルムスの花園!!?」
どこそれ?と思いイマイチピンと来なかったわたしとは対照的にロジェリ夫は近くに雷が落ちたかと思う程に大きな驚きの声をあげる。
ギョッとしてわたしは固まる。な、な、な、何!?そんなに驚くような所なの!?ちびーずも『やっぱり……』とでも言うように下向いてるし!!
「えと、それ、何……?」
「ヴォルムスの花園はな、ヴォルムスの森の中にある危険地帯の事だ!花園の名にふさわしく花は生い茂っているがその花園の周りに危険度六の上位魔獣がいるんだ!
こんな依頼受けるなよグリム!いくら対価があったとしても割にあわねぇ!」
花園……確かに薔薇くらいあるだろうね。だから行きたいのか。そんなにヤバい所ならお花屋さんで売ってないような薔薇もわんさかあるだろう。
それはそれとして、危険度六と言うと
「良いよ」
「えっ!?」
「話聞いてたかオメェ!?」
ロジェリ夫もちみっこ達も信じられない物を見るようにわたしを見る。ただし片方は馬鹿を見る目で、もう片方は英雄を見る目で。
ロジェリ夫は眉間のシワを深くし、子供達は綺麗な目をそれぞれ宝石のようにキラキラさせた。子供達と視線を合わせていたわたしは立ち上がり、子供達からロジェリ夫を庇うように向きなおる。
「話は聞いていたよ。確かに危険な所だね」
「なら……!」
「でもわたし、
「……っ!」
ロジェリ夫が心配してくれているのは分かる。心配だから止めようとしているのも分かる。
でも、わたしの心はそうじゃない。止められる事は、求めていない。
「さっき『おかあさんへのプレゼント』って言ったでしょ?だから、出来れば叶えてあげたいって思ったんだ。孝行は出来る内にしとかないと、ダメだから」
孝行のしたい時分に親はなし。今世はともかく、前世では孝行がしたくても出来なかった。死んじゃってたから。
おじいちゃんは愛情をもって接してくれたけれど、それでもやっぱり両親が恋しく、悲しくなる事はあった。
父の日や母の日、それから誕生日といった親に贈り物をしたりする時は、特に。
「それで、依頼料の話なんだけれど……」
「ぼく達全員のお小遣い、合わせて銅貨三枚と鉄貨六枚!これなら受けて貰えるかな?」
「ダメだ、依頼には相応の報酬が必要な──」
「要らない」
「「「え」」」
「要らない」
約360円、最低賃金以下の報酬をズバッと断る。ロジェリ夫にストップをかけられて涙目になっていた子供達も、そのストップを止められたロジェリ夫も驚いたようにわたしを見る。
「お金は要らない」
「……対価を得ないのはベクターとしてダメだ。許可出来ない。一人を特別に無料にすると『自分も』と主張してくる奴らがいるんだ。だから……」
「対価を受け取れば良いんでしょ?ならさ」
ベクターが依頼を受けて対価を貰う仕事である以上特例は許されないって事でしょ?でも、こんないたいけな子供達から、母を想う子供達から、なけなしのお小遣いをとるような真似をしたくないんだ。
わたしは守銭奴じゃない。ベクターになったのは子供達からお金を取る為じゃない、必要最低限のお金を稼ぐ為なんだ。
「わたし、見たいの。あなた達が薔薇をお母さんに送る所。それが対価じゃダメかな?」
「それで、良いの?ぼく達を連れてってくれるの?」
「勿論だよ。これで良いよね、ロジェリ夫?」
「……オメェがそれで良いのなら対価は受け取る事になるし、文句は言わねぇよ」
綺麗事だと思う人もいるだろう。でもわたしはそれが対価で良いと思える程に、本当に見たいんだ。
喜ぶ顔はお金よりも素敵だと思う。だからこそわたしは人の反応が怖くても絵を、漫画を描いたんだ。
「文句は言わねぇが、聞きたい事がある。
こいつらを花園まで連れて行くという事は危険な場所に近づけさせるという事。
最悪の場合その依頼の受注者であるオメェを見捨てて逃げる事になるからな?」
「うん、構わないよ」
『ヴォルムスの花園まで安全に連れて行く』、そして依頼の対価が『母親にプレゼントを渡す所を見せて貰う』という契約で、なおかつわたしは
だから最悪の場合殿を務めるのはわたし。むしろロジェリ夫はコーチと言う理由だけで命を危険にさらされて金銭的な対価は子供達から得られないというのに最悪の場合は子供達を守ってくれると遠回しに言ってくれているのだからありがたい。
「と言っても場所知らないし、案内してロジェリ夫!」
「あぁはいはい。こういう時コーチは大変だな……」
厄介な物を相手にするように眉間のシワを揉みながらロジェリ夫はしぶしぶ承諾する。ごめんね!
こうしてロジェリ夫の案内でわたしとちびっ子達はヴォルムスの花園へ向かう事となった。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
「わーっ、本当に花園だ!」
「凄ーい!きれー!」
「しっ!静かにしろ!」
森に入って早小一時間。暗く、深い森の中にある花園はわたし一人ではまず見つけられなかっただろう。ロジェリ夫様々だね。
わたしはここ二週間でようやく
それはそうと、花園は地味で暗い森の中では異彩を放っている。そこだけ光を浴びて、塗りつぶされた黒の中の一点の赤みたいに鮮やかに存在を示しているのだ。
こんな所に人の手が入っている筈もないのに綺麗に整えられ、花のアーチまである
「何で森の中にあんなのが?」
「『天使の気まぐれ』だよ」
「お姉ちゃん、知らないの?」
「知らないなぁ」
公園みたいだと思いながら花園を見つつ首を傾げる。おばあちゃん、勉強的な事は教えてくれたけれど常識的な事は教えてくれなかったんだね……。
常識をこんな小さな子に教わるとは……転生者だから仕方ないとは言えないよね。
「建物とか地形がおかしな所にある事だよ」
「森の中に花園とか、海の中に木とか」
「天使様が気まぐれで作られたって言われてるんだ」
何その座標バグみたいなの。世界が違うとそんな事も起こるのね……。逆にこの世界の人達が不思議に思う事象も元の世界にあるのだろうか。
それにしても天使ね。いるのかな?天使な上に敬称が付いている辺り宗教が絡んでそうな気もするなぁ。
「ほーん……で、そこに何故か高位魔獣がいると」
見当たらんけれど。隠れているのかな?わたしは子供達にここで隠れているように告げてから、こっそり、こっそり、足音を殺して花園に近づいて行く。
魔獣がいなければ万々歳、いたらいたで子供達の安全の為に討伐するか追い返さねばならない。
一歩、二歩、三歩……ん?
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「ジィイイイイイイイイ!!!!!」
「うわぁああああああ!!!??」
強い振動と不安を感じて木の枝に飛び乗る。予感的中、数瞬遅れてわたしが歩いていた地面の下から王冠らしき出っ張りのある大きな大きなミミズっぽい魔獣が飛び出して来た!
化けミミズとでも言うべきか、カッツェンヴァイトも真っ青な大きさのそれはわたしを餌だと認識し、襲って来たのだろう。
「ジィイイイッ!!!」
「とわっ!?」
わたし、虫嫌いじゃなくて本当に良かった!虫嫌いだったらまともに向かい合う事すら出来なかっただろうからね!
わたしはひらりひらりと突進を躱しつつ木を飛び移る。わたしを狙い木に飛びかかるたび、木は折れ、どんどん日が射し込んでくるようになる。
「下がって!!」
「……分かった!」
わたしはロジェリ夫に指示を飛ばしつつこのミミズに勝つ為の策を考える。木への突進程度で怯んだ様子も無いし、このままじゃジリ貧だ。
魔法が使えればまだ良いんだろうけれど、ロジェリ夫達がまだ近くにいるから使えない。幸いな事にミミズはわたししか狙ってないみたいでロジェリ夫達には見向きもしない。
わたしは心の中でおばあちゃんに向かってつい文句を言う。だって、おばあちゃんの魔獣避け効果無いじゃんっ!魔獣避けと言うか魔獣寄せじゃん!!わたしを避けた魔獣なんて見た事無いよ!??
スライムとか兎みたいな弱い魔獣からカッツェンヴァイトやデカミミズといった強そうな魔獣まで、全部寄せられてるよ!!何が魔獣避けだよぉおおおお!!!
「……よっし!」
心の中で文句を散らして少しスッキリする。そして現状を見つめ直す。
鍵槍ならかなり大ダメージを与えられるだろうけれどこのミミズ、どういう訳か速い。ミミズとは思えない程速い。新幹線と良い勝負。
それから時折地面に潜る。これが厄介だ。わたしは地面に潜る術は無いし、ミミズに地面に引きこもられたら攻撃できない。
だから、一発で仕留めた方が速い。だけどその為には鍵モードでかなり近づいてから攻撃する必要がある。
「ジィイイイイイイイ!!」
でも口らしき所を大きく開け、よだれを垂らしながら突撃してくるデカミミズに近づくのはかなり危険だ。下手するとそのまま口の中に飛び込むハメになる。
なら、狙うのは……口が遠く潜るにしても潜るまで時間差がある尻尾の方だ!
「たぁっ!!」
「ジィイッッ!!」
今まで木から木へと飛び移っていたわたしが急に方針を変え、ミミズに向かって飛び込む。
ミミズは一瞬怯んだものの、そのまま口を、頭をわたしを追うように動かした。
「鍵ッ!!」
鍵槍を元の状態に戻し、しっかりと掴む。そしてミミズの上へ着地すると同時に鍵を差し──うおおっ!!?
バシンッ!!!
「うわぁああああああ!!!???」
「ジィイイイッ!!!」
そうは問屋が卸さない。ミミズの上に着地したわたしは鍵を差し込んだ途端弾かれ、空高く──と言ってもおばあちゃんの時程じゃないけれど──打ち上げられる。
でも慌てない。これよりもっと酷いのをこの前経験した。それよりも真に慌てるべきは別の事。最悪な事に、鍵をデカミミズに差し込んだままだ……!
「のぉおおおおおおおおぉぁああああ!!!???」
絶叫が途中から悲鳴に変わる。武器が無い。それだけでも慌てる事なのに酷い事には酷い事が重なるモンだ。
眼下のデカミミズが部下と思わしきミミズを大量に召喚したのだ!召喚と言っても魔法的なのではなくて地面の下から出て来ただけだけれどね!
デカミミズとの差は大きさと王冠(?)の有無だ。部下ミミズはデカミミズよりふた回りくらい小さくて王冠らしき出っ張りが無い。
小さいと言えども人間よりは遥かに大きい。一体だけでも十分脅威と言えるだろう。
「「「シィイイイイイイイ!!!」」」
デカミミズを中心に何匹も、何匹も、何匹も……。虫嫌いでなくとも顔を青くしてしまう程の数が花園いっぱいに広がる。
あんなに沢山地面の下にいたのか……地面に降りなくて良かった……。デカミミズ一匹だけならまだしもあのミミズ集団の中に入って行ったら間違いなく食べられる!
「……あれ?今、現在進行形で食べられに行っているのでは?」
重力が何も知らずにわたしを地表に呼び寄せる。しかしながら地表いっぱいにミミズ、ミミズ、それからミミズ。
このままじゃあ死ぬ!食べられて死ぬぅうううあ!!!!
「おぁああああ!!!?」
「シィイイイ♪!!」
「ちょ──!?」
「シィイイイ♪!」
「ま──」
「ジィイイイ♪!!!」
「わ──」
せめて一発ドロップキックでも決めてやろうと空中で体勢を整え
硬いようで柔らかい……何だこのまさに肉盾とでも言うべき感覚は!衝撃が吸収される!?
それも大変な事だけれど現在の状況も大変だ!わたし、さながらおもちゃのボールみたいにミミズに遊ばれてるぅううう!!?
『ヘイパス!』『こっちこっちー!』『サッカーしようぜ!
「が──」
「ジィイイイ♪」
絵面だけ見ればシュールなのだけれどボールにされている
衝撃が身体中に走り、口から血が出、魔女紋が発動する。
この野郎共、ナメくさりやがってぇ……!わたしが攻撃出来ない、して来ないのを良い事に嬲り殺すつもりか……!
そりゃ食べるのは十分遊び、殺し終えた後だって構わないのでしょう。でもわたしは魔女だ。死なない、終わらない、終われない。
だから。
「鍵!鍵!どんと来い!意識あるなら飛んで来いッ!!!」
生きている限り、解決策を見つけ出せる!抜け出す方法を、編み出せる!
血を吐きながらだって、内出血したって、骨が折れたって!わたしはめげない、屈しない!必ず、この状況を打破してみせる!!
「──……」
デカミミズの尾に刺さった鍵が強く光り輝き、わたしの手元に飛来する。勢い良く飛んで来たそれを上手くキャッチし、鍵槍モードに変更する。
やっぱり思った通りだ!この鍵、意識がある!わたしの声が聞こえている!鍵の性能テストの時はただのギャグ展開か異世界だからかと思ったけれど、どういう訳か鍵自体に意識が宿っているらしい。
「うぉおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
「ジィイイイイイイイイイイイイ!!!???」
鍵槍の穂先がわたしと共に下を向く。狙うは親玉、デカミミズ!
重力が勢いをつけ、負け知らずの鋭い鍵槍が急な攻撃に驚いたようにあんぐり口を開けたデカミミズに吸い込まれ、そして──
バァンッッ!!!
「ジ──」
「「「────」」」
頭部が爆ぜた。脳を、司令塔を失ったその身体は吸い込まれるように地面に倒れ伏す。
粘液が服を、地面を汚し、花園まで侵食する。絶句する部下ミミズの顔にも粘液が飛び散り、わたしの、その鍵の威力を物語る。
「お次はだぁれ?」
死体の横に降り立ったわたしはデカミミズの部下達を睨めあげる。その姿が脅威に映ったのか、はたまたこれ以上やられては敵わないと思ったからなのか。
「「「シィイ……」」」
「え……?」
部下ミミズ達はわたしに向かってうやうやしく頭を下げた。
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