森の話

 


 聖女から逃げるようにして向かった先は街の外の森だ。名前はヴォルムスの森。入街審査よりも簡単な審査を受けた後、街の外に出る事が出来る。

 変な物や盗難品などを持ち出していないかチェックする為の物だそうで、怪しい人物かどうかチェックする為の物ではないから割とあっさりの審査で済むらしい。


 因みに再び入る為には審査が必要だけれど、街の人は街の人で旅人とは別の入り口がある。そこでなら長時間並ばなくても済む。

 わたしは街に来てから数日しか経っていないけれど、一度入った記録があるのとロジェリ夫の顔パスで街の人用の入り口が使える、らしい。ロジェリ夫が言ってた。


「そう言えば、わたしが教会で待っていた時ロジェリ夫は何していたの?」

「ん?あぁ、この前壊しちまったギルドの壁を修理していたんだよ。待たせて悪かったな」

「えっそうなの!?わたしも呼んでくれれば手伝ったのに!」

「アレは俺が壊したんだからオメェが手助けする必要は無ぇよ」


 でも、壁に穴が空いたのってわたしが避けたからっていうのもあるし、責任ゼロとは言えないし……うー……。

 直し終えた過ぎた事とはいえもやもやするなー……。


「気にすんな。今日は森で薬草と食べられる野草採りをするぞ。新人研修の一環にしてベクターの基礎だ。

 ベクターの死因で多いのはな、魔獣との戦いじゃなくて毒や空腹、それから病気によるものだ」


 聞いた事ある話だね。比較的最近の戦争である第二次世界大戦でもメインの死因は戦死じゃなくて餓死や不衛生な環境による菌やウイルスが原因の病死だって。

 食べる物も無く、しっかりした環境で休めず、身体の免疫力が弱まり、そこに菌やウイルスが侵入する……恐ろしい話だ。


 本に書いてあった話だけれど、免疫の為に必要なのは十分な食事と睡眠、それから清潔な環境。それがないと防げる物も防げないとか。

 ……でも紅葉わたし、十分な食事と睡眠と清潔な環境があってもしょっちゅう病気にかかってたよ?おかげで出欠日数毎年ギリギリだったよ?効果には個人差がありますってか?


「俺達の職場は基本的には森だが──その森というのは身近であると同時に危険な所だ。ともすれば魔獣以上にな。

 そこで迷った場合、生きて帰って来れる可能性は限りなく低い。今回は、もしそうなった場合の対処術……と言うか草の見分け方を教えるぞ」

「はーい」


 そうだ。わたしがたまたま例外なだけで手の入っていない森というのは迷宮にも等しく、簡単には抜け出せない物だ。

 この前は運良くキエルの街の建物が遠くから見えたしデカい木もあって登れたけれど、普通は遠くから見えるくらい大きな建物なんてそうそう無いし、落ちたら死ぬくらい高い木になんて登れない。


「この時期なら……まずはこれだな」


 森に入ってはいるものの、数歩進めば森から出られるという位置でロジェリ夫は草の採集を始める。彼が手にしたのはロジェリ夫の二倍くらいの大きな木に実った茶色い小石くらいの木の実だった。

 小石と言っても爪の先でようやく掴めるような石じゃなくて投げるのに丁度良さそうな石だ。表面はシワシワしている。


「これは?」

Zypresseジプレッソだ。食ってみろ」


 わたしは素直にそれを受け取って口に放り込む。途端に口がきゅっとすぼむ。甘酸っぱい。甘さ控えめ、酸っぱさ多めの甘酸っぱい。

 酸っぱさに涙目になりながら悶えつつも種を口から吐き出す。カシューナッツみたいな形の種だった。


「しゅっぱい……」

「ハハハ、だろ?本当は乾燥させてから食うモンだからなぁ。ま、いざという時の食事だからな。食べられるだけ良しとしなきゃだから味には文句言えねぇんだ」


 んむむ、確かにそうだけど……出来れば美味しい物が食べたいって思うのが人情じゃない?干せば美味しくなるのなら他にも美味しくできる方法があるんじゃないかな?

 ……方法があるにしても手間かけなきゃだから『すぐに食べられる物』を欲する飢餓者はそんな事をする余裕は無いか。


「あとはこれ。Götterbaumゲッターバウムだ。こいつは一年中食えるぞ」

「葉っぱ?」


 すんすんと匂いを嗅ぐと、鼻いっぱいにごま油のような香りが広がる。ごまのいい匂い……料理では大変お世話になりました……じゃなくて、何で葉っぱからこんな匂いが?

 ごまの味がするのではと期待して口に入れてみたものの、そんな事はなかった。苦くてえぐみが酷い。食感はパリパリしていてキャベツに似ているけれど、味が大変よろしくない。思わず顔をしかめる。


「うぇ……」

「苦いよな、それ。貧しい村民が食べるなんて事もあるらしいが普通は食わねえからなぁ。だからこんなに生い茂ってる訳だが」


 見上げるとロジェリ夫の言う通り食べられる植物にしては珍しくわさわさと生い茂っている。不味いし、納得だね。

 ゲッターバウムからしてみれば『食われる為に生やしてるんじゃねーぞ』と言いたい所かもしれないが、それでも文句を言いたくなる不味さだ。


「それと……ベタな所ならキノコだな。食べられないやつの方が多いから注意しろよ?」

「うん」


 ロジェリ夫が指差したゲッターバウムの根元の辺りを見てみると、確かにキノコが沢山生えていた。キノコ……シイタケ……出汁……じゅるり。

 はっ!いかんいかん、ついついよだれが出てしまった!キノコとは言えど、異世界に完璧に同じ物があるとは考えにくいし、そもそもシイタケはあるのだろうか。あるなら鍋にしたい。


「こいつはハンブンダケだ。半分しか食えねぇ」

半分だけ・・・・にってか」

「……」

「黙らないでぇ……」


 悲しいから!せめて『黙れ』とかでも反応貰えた方が嬉しいから!わたしの心は強靭だけれどそれでもダメージは喰らうから!

 ロジェリ夫が黙ったままキノコを一つ摘み取ると元々入っていたヒビが更に割れ、二つに分かれ、綺麗に横半分だけチリになって消えてしまった。確かにこれでは名前の通り半分だけしか食べられない。


「……これは味は普通だが、いかんせん摘んでは半分消え摘んでは半分消えと効率が悪くてな。人気が無くて、放っておかれている」

「不憫……いや、生存戦略かな?」


 見た目は漂白された松茸に近い。他にもキノコはあるけれど、これはキノコの中でも目立つ方だね。他のは大体黒っぽい色をしているから。

 しげしげと眺めているとロジェリ夫がまた別のキノコを摘んで来る。そのキノコ……キノコ?は干しすぎた梅干しみたいにしわくちゃで、腐肉のような色をしていた。見る人によっては気分が悪くなったりすSANチェックが入るかもしれない。


「えと……それは何?キノコ?」

「キノコだが……見た事無いか?」

「無いなぁ」


 そんな強烈な見た目、忘れる筈も無い。わたしは食わず嫌いは良くないと思ってどんな物でも必ず一口は食べるように心がけているのだけれど、それでもお断りしたくなる見た目をしている。

 もしかしたら農村時代の身体わたしは食べた事はあるかもしれないけれど、紅葉わたしは知らない。見た事もない。


「こいつは『地方によっては食べる奴がいる』くらいの認識で良いな。実を言うと俺も食べた事は無い。

 Falscheファルシェ・ Morchelモルヒェルと言って、よく茹でれば食えるんだが生だとただの毒キノコだな。こいつは食うなよ?」

「うん」


 郷土料理かな?食材って、偶に『始めにこれを食べた人は何でこんなのを食べようと思ったんだろう』ってのがあるよね。キノコとか、タケノコとか、フグとか、米とか。

 キノコなんて殆ど毒持ちだし、タケノコは地中に埋まっているし、フグの内臓には毒があるし、米なんて一粒食べるまでに滅茶苦茶手間かかるし。それだけ空腹は厳しかったって事かねー。


「あとは……」


 ロジェリ夫は次から次へと食べられる物、調理しないと食べられない物、食べられそうだけれど食べられない物を教えていく。

 わたしは出来るだけ身体で覚えようと食べられる物は口に運んでいたらお腹いっぱいになってしまった。お昼要らない……。てかこれ実質拾い食いじゃん。大丈夫かな?


「うぷ……」

「お?……さっきからよく食うなぁとは思っていたが、流石に限界か。少し休憩にするか」

「……(こくり)」


  わたしとロジェリ夫はその場に座り込む。食べ物を探す為に森の中をずっと歩いていたけれど、森の外側から内側に入らないように移動していたから今すぐにでも森の外に出れる位置にはいる。

 カルラさんが用意してくれたお弁当セットから水筒を取り出し、開け、水をちびちび飲んでいる横でロジェリ夫は弁当を食べだす。わたしと違って何も食べてないもんね。


「せっかくだから森についてのルールも話しておくか。どんな森もだが、採り過ぎは禁物だ。植物にしろ、魔獣にしろな」

「植物はともかく、魔獣も?」


 植物は分かる。みんながみんな好き放題採ると無くなっちゃうからだ。採ったその時は良くても後々その植物が無くて困る事になる。

 でも魔獣は別だ。魔獣は危険だし、お肉の供給と言う意味では狩り過ぎは禁物だと思うけれど沢山いると危険に晒されるのは人間わたし達だ。


「魔獣だって狩り過ぎればいなくなる。いなくなると困るのは俺達だけじゃなくて上位魔獣もだ。

 普通狩り過ぎるとすれば低ランク魔獣だが、それを食って生きている上位魔獣もいるんだ。そいつらがいなくなって何も食べられなくなった上位魔獣が人間を襲ったら目も当てられないだろ?」

「そうだね、気付かなかったよ……」


 えーと、食物連鎖だっけ?そういうのがこの世界にもあるんだね。増えすぎてもダメ、減りすぎてもダメ。難しいバランスだね。

 下位魔獣が減りすぎると上位魔獣が人間を襲う。増えすぎると、この世界にそれがあるかは知らないけれどもスタンピートになる訳だ。


「だから、狩り過ぎないように狩るのが俺達ベクターの仕事だ。バランスをとりながら、街に肉などの物資を提供する。

 一種の魔獣が増えすぎたらそいつらを重点的に狩る。逆に減りすぎたら手を出さないようにする。そうやって、結果的には人を、街を守るのが実際の仕事内容だな。

 華やかなのを想像していたら悪いが、これが現実だ」

「んーん、逆に危険な人達の巣窟だと思ってた」

「まぁなぁ。確かに一般の人から見たら怖そうにも見えるだろうさ」


 思ったのよりも野蛮さは感じず、むしろ下手なヤンキーよりもちゃんとしているから驚いた。しかも環境についても考えているし、紅葉わたしの居た世界の狩人に近いかも。

 ただこれは一部の人を見た結果であり全体的に見たらそうでもないのかもしれない……。


「話は戻るが、森だからと言ってどこでも採って良い訳じゃないからな」

「え!?そうなの!?」

「ここはギルド管轄の森だから良いが、王侯貴族の森に入って勝手な事をすると捕まるぞ。最悪死罪だ」

「ひぇっ」


 わたしは肩を震わせながら小さな悲鳴を漏らす。お、横暴だ!死罪とかひどすぎる!……と言いたいけれど元の世界の中世欧州も似たような物だ。

 何だろうか。スケールの差こそあれど庭になった柿を見知らぬ人達に盗まれる感覚に近いのだろうか。


「じゃ、じゃああの森は?ゼェーブスモッドの森は??」

「は?ゼェーブスモッドの森?」


 ゼェーブスモッドの森とはおばあちゃんの家がある森だ。あそこが誰かさんの物だとするとおばあちゃんが不法に居住している事になってしまう。

 ……ただ、仮に誰かさんの物だとしてもその人が追い出すのは無理だろうなぁ。おばあちゃん強いし……最悪その人がぶっ飛ばされて土地の利権書強奪されてもおかしくない。


「あそこは妖人エルフの住処だぞ?そうやすやすと基人国グルントラーゲン虫人国アンセクツも手なんか出せやしねぇさ」

「あっ、そう言えばそうだったね」

「それにあそこは自殺ゼェーブスモッドの森だからな」

「え"」


 ちょ、ま……あそこ、そんな不吉な意味の森だったの!?ゼェーブスモッドって自殺って意味なの!?知らなかったし知りたくなかったよ!!

 マジかー……なんて所に住んでんだあのおばあちゃんは。わたしも住んでたけれどさ。知らないって時に幸せなのね……。


「何だ?有名な話……ああそうか、山奥出身だったな。あそこの森は深くて入ったら二度と出て来れねぇって話なんだ。だから自殺願望のある奴が行く。

 それに魔女がいるって噂だからな。そうそう行く奴なんていねぇさ」


 何その富士の樹海的なの。あとわたしとおばあちゃん、何度も踏破してますよ?二度とどころか十度も百度も森から抜け出してますよ??

 そしておばあちゃんの住所(?)が特定されている件。どうしよう無駄にDMが送られてきちゃう……!オレオレ詐欺もかかって来ちゃう……!!


「それにしても、何でそんな所気にするんだ?」

「あっ、えとっ、エルフの知り合いがいまして……」

「そうか。あいつらも変な所に住んでるよなぁ。森よりも街の方が生活しやすいのに」


 いないよ。エルフの知り合いなんていないよ。いるのはエルフの知り合いじゃなくておばあちゃんだよ。嘘が増えた。また一つ、汚れちまったぜ……。

 とっさにごまかす為とはいえ、下手に嘘をつき続けるといつかボロが出そうだなぁ。


「話変わるけれど、ロジェリ夫って槍使いだよね?誰から習ったの?」

「俺は独学だな。俺だけじゃなく、ギルドの大体の奴も独学だ。教えてくれるような人もいねぇし教わる金もねぇよ」


 これ以上ボロが出ないように話を変える。これは前々から気になっていた事だけれどまさか独学とは思わなんだ。

 ランク四もあるんだから誰かから教わっていたのかと思ったけれどそうでもないみたい。これが才能ってやつかね。


「独学なのにランク四なの!?凄い!」

「凄かねぇよ。俺の槍は強くねぇ。二流も良いトコだ」

「そこは三流じゃないんだ」

「俺が三流を自称したら俺に負けた奴は全員四流以下って事になるだろ。戦った相手をそんなに馬鹿にするような真似は出来ねぇよ」


 わたしはハッとして息を飲む。……なるほど、確かにそうだ。自分を卑下するという事は、今まで負かした相手を馬鹿にするって事と同義なんだ。

 今まで気づかなかった。謙虚さと相手をこき下ろすのは紙一重って事かな。自分にそんなつもりが無くても相手には馬鹿にされたように聞こえる……わたしも自分を卑下するのは自重しよう。そもそも自分を卑下した記憶は無いけれど。


「でも、自称二流とは言えどランク四でしょ?やっぱり槍が強いんじゃないの?」

「俺にしろ何にしろ、ランクはただ単に武器の腕前だけじゃねぇぞ。魔法も含めてだ」

「ロジェリ夫、魔法使えるの!?」


 それは初耳!ギルドでの戦いの時には使ってなかったからてっきり使えないのかと思っていたよ!

 じゃあ何で使わなかったん……あ、よくよく考えてみれば屋内で魔法使ったら大変な事になるわ。そりゃ使わないわな。


「使えるぞ。火の基礎魔法だがな。槍に火を纏わせたり魔獣相手の罠にしたりして使っている。

 だから俺達は髪を剃ってるんだ」

「? ???」


 え?はてなマークで頭がいっぱいで爆発しそうになる。その髪のくだりと魔法のくだりが何故そう繋がるの?

『だから』って、何?その話達繋がってないよね?あれ?わたしがおかしいのかな??


「何だその顔……人間は髪の毛と目の色に対応する魔法の属性を持ってるんだよ、常識だろ?」

「知らないよそんなの……」


 残念ながら初耳だよっ!!!教えてくれたって良かったじゃないかおばあちゃーんっ!!!

 ……いや、教えてくれてたっけな?んー……あ。やっぱ教えてくれてないわ。あくまで魔獣の話だった筈。


「知らないのか?山奥には情報がそんなに行ってないのか……?

 ええとな、目はともかく髪は剃れば色が分からないだろ?だから、俺達は髪を剃るんだ。

 魔獣の中には知性を持つ奴もいてな、そいつら対策で剃ってんだ。髪色で使う魔法を判別されて対策されたら困るだろ?」

「そうなんだ……」


 教えてくれたって良かったじゃないかおばあちゃーんっ!!!(二度目)

 男性ベクターがハゲてたのってそう言う理由なのね。決してヒャッハー的なアレではないのね。


「オメェは魔法使えないんだっけか?」

「うん」


 基礎魔法はね。魔女だから物語魔法は使えるよ?使えるけれど使ったらバレるでしょう。流石にそれで捕まるのはアホらしいと思うの。

 だからそもそも使えないという事にしておけば問題無い!ガバって魔法を使ってしまう事も、それに伴いごまかす為の嘘をつく必要も(きっと)無いっ!


「そろそろ休憩は終わりにするか。腹は大丈夫か?」

「うん!大丈夫だよ!」


 筋肉がついているからかおばあちゃんに沢山食べさせられたからかは分からないけれど、わたしは十五歳この歳にしては大食漢だ。

 お腹はすぐに空く……と言っても今はちょっと空いたくらいだからまたすぐにお腹いっぱいになりそうだけれど、別に全部を今日中に食べる必要は無いから問題無いね。


 その後、食べられる物を暗記するまで連日森に行って食べるようになった。うぷ……。

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