さらばキエルの街の話
あり得ない。この場のどこに攻撃が出来る人物がいようか。あり得ない。この場のどこにこの状況を作り出せる人物がいようか。
眠っている。眠っている筈だ。あの魔法は、対象全員を眠らす魔法。安全に、安らかに戦闘不能にする魔法。動ける筈が無いのに。どうして。どうして。
「ハッハッハッハッハッ!!!アーッハッハッハッハッハッ!!!馬鹿な魔女め、俺に魔法が通じると思ったかァ!?」
「──」
槍を投げた軍人その二の目が鎧越しに青く光っている。さっきの軍人その三と言い、一体何を使っているんだ!
リラオーゼさんが力無く倒れる。軍人その二は勝ち誇ったように立っている。胸が鼓動する度に血が、血が、池のように、海のように広がって行く。
「魔女を庇うなんて馬鹿な話だ!これじゃあ天国にも行けやしない!裁きを待たずとも地獄行き確定だ!!
何と愚かな事か!姿が子供だから孤児共と重ねてしまったのかァ?アッハッハッハッハッ!!!!!」
「……」
この時、わたしは初めて。
「アッハッハッハ──ガッ!!?」
「その汚ねぇ口を閉じろ」
高笑いを上げている軍人その二に一気に近づき蹴り上げる。地面に倒れたソイツを鎧が凹もうがソイツから血が溢れ出ようがお構い無しに蹴り続ける。特に、その汚い口が付いている頭を重点的に。
わたしを馬鹿にするのはいい。全く気にならない。でも、わたしを守ってくれた人を馬鹿にするのはダメだ。それは、わたしを馬鹿にするよりわたしの怒りに触れる事。
「ガッ!グッ!ゲホッ!や、やめっぐぉ!!」
「……」
今まで、殺すのが嫌だったのは人にしろ魔獣にしろ殺す対象にも家族がいて、友がいて、大事な人がいると考えていたからだ。殺して、一番苦しむのはわたしじゃなくてその人の対象の大事な人達だ。
その人達の悲しむ顔が、悔しいと思う気持ちが嫌で嫌でたまらない。わたしはわたしを余計に責める事になる。
でも。
それでも、その対象がわたしを、ひいてはわたしの守りたい人を殺すと言うのなら。
遠慮はしない。躊躇はしない。あなたの事なんて考えない。
あなたの大事な人達の悲しみはあなた自身が作り出したものだ。
そう、責任を被せて。
わたしの守りたい者を優先して守ると言うエゴを押し通すのだ。
「ゴフッ!ガフッ!俺っ!俺には家族がいっぐぁ!!」
「だから?家族がいるなら、余計リラオーゼさんの気持ちが分かるでしょうに」
執拗に、執拗に、執拗に。壊して、砕いて、踏んづけて。
ブーツが血に塗れ、コイツから声が聞こえなくなっても踏んづけ、踏んづけ、踏んづけて。怒りを晴らすように、謝罪を求めるように。
「もう……やめるんだね……」
「! リラオーゼさん!」
わたしはハッとしてリラオーゼさんに駆け寄る。いけない、怒りに我を忘れていた。リラオーゼさんは、まだ、死んでない!
息も絶え絶え、目は虚ろで焦点が合わなくったって。血が海のように広がり、もう時間が無いって分かったって。それでも、諦めるのだけは嫌だ!だって、まだ、生きている!!
「昔々のあるところ 風変わりなお姫様
『私と一緒になる人は 死ぬ時もまた一緒です』
姫に惹かれた男性は 約束通り墓の中
生きて墓に埋められて そこで葉っぱを手に入れた
──
魔法陣が足元を中心に起動する。すると、小さな蛇が魔法陣の中からにょろりと這い出て来て口に咥えていた三枚の葉っぱをわたしに渡した。
これが、わたしが『多分一生使わない』と思っていた回復手段。今この場での唯一の希望。この葉っぱには回復効果があり、貼り付けた場所の傷が癒える。癒える、筈、なのに。
「どゔじでっ!治ら"な"い"の"ぉ"お"お"!!!?」
涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。涙で濡れ、歪曲した視界でもリラオーゼさんの怪我が治ってない事は明白だった。
どうして!?これは、怪我を治してくれる魔法じゃないの!!?
「そこに、いるの、か、ね……?」
「!! ゔんっ!いるよ!わたしはここにいるよ!!」
リラオーゼさんの手をギュッと握る。破れかけた手袋に付いていた魔石が割れ、さらさらと溶けるように風に乗って消えて行く。
こうなってしまったのはわたしのせい。わたしのせいなんだ……!わたしが敵とは言え傷つけない事を選んだから!魔女だとバレないように対処しようとしたから!
だから、リラオーゼさんがそのしわ寄せをくらってしまったんだ……。本来ならわたしが生み出した罪に対する罰はわたしが受けるべき。
なのに、なのに!リラオーゼさんは庇った。わたしの怪我は直ぐに治ると、わたしが魔女であると知った上で庇った!
涙が止まらない。こんなに泣いたのはいつぶりだろう?こんなに悲しい気持ちになったのはいつぶりだろう?
痛みから来る涙じゃない。悲しさ、悔しさから来る涙だ。痛い、痛い、痛いよ。心が、痛いよ──。
「は、はは、こんな、私でも、最期は、看取って、くれ、る、人が、いるん、だ、ね……」
「やめてよ……お願い、最期だなんて言わないで……」
もう既に治癒魔法ですらどうにかなる範疇を超えている。死は目前。死神はその鎌を首に当てている。
それが分かってしまうから、否定したいんだ。拒否したいんだ。
『
『やだ、やだよ、行かないで。やだぁ……』
突然、誰かの言葉がフラッシュバックする。誰だか分からない。でも、大切な人。あぁ、そうだ。前にもこんな事、あったっけ……。
また、同じ。わたしは見てるだけ。救えない。助けられない。だから、泣くしかできない。
「……何で、庇った、のか、死に際、に、なって、ようやく、分かっ、た、気が、す、るね……」
「リラオーゼさん……っ!」
わたしはなんて、無力なの。人一人救えない。殺すだけしか能がない。魔女になんか生まれなければ、こんな事にはならなかったのに!
……でも、それはおばあちゃんとの時間を否定するのと同義だ。魔女だったから生まれた縁。それもまた、わたしが受け止めるべきモノ。
「あんた、他の、子供達、と、変わらない……私にとっちゃ、守るべき、者だった、ん、だ、ね……」
その言葉は、わたしが殺したいと思った軍人が言った事と変わらない。何の偶然か皮肉か、軍人はリラオーゼさんがわたしを庇った理由を当ててしまったのである。
「あ、りが、と、う。こんな、にも、泣い、てくれ、て。でも、もう、泣くん、じゃ、ない、ね……」
「えっぐ、ぐすっ……」
手を握り返す力が弱くなる。その生命の灯火が消えて行くのを感じる。
彼女は、わたしを宥めるように、安心させるようににっこりと、けれども力無く笑って──
「
「ゔ、ゔ、ぅぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
──死んだ。痛かったろうに、涙の一滴すら見せずに死んだ。
後悔が、慟哭が、津波のようにわたしを襲う。涙が雨のようにリラオーゼさんの上に降り注ぎ、その頬を濡らした。
魔法で出来た蛇が消える。希望の証だった葉っぱも消える。
まるで、それが夢だったかのように。それが変えられない現実だとでも言うように。
「ゔぅっっあ"ゔぐぁっあぁああああ!!!」
涙で地面を濡らしながらふと気づいた。リラオーゼさんがわたしを子供のように感じていたのと同じように、わたしも彼女を母のように感じていたのだと。
無意識に、生前の母と重ねていた。勿論性格から容姿まで何もかも違うけれど、それでも似たようなモノを感じずにはいられなかった。
だから、わたしはあの時リラオーゼさんを庇ったのだ。今、亡くした今、やっと気づいた。
もう、傷つけたくない。死んで欲しくない。そんな想いを感じていた筈なのに、気づけなかった……!
「う、うっあぁ……ゲホッゴホッ」
大きな街に、小さな少女の泣き叫ぶ声が広がる。
魔女と呼ばれたその少女に、手を差し伸べる人は一人もいなかった。
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「……寝かさなきゃ……」
何時間経ったろう。空は橙色に染まりかけている。
出て行かなきゃ。
「ちょっと、つらいだろうけれど我慢してね」
血まみれのリラオーゼさんの亡骸をおぶる。悲しい程に軽かった。
服が汚れるのなんか気にせず、わたしはロジェリオの家へ行く。
トントン
「はーい、どちらさま……!?」
「なんだ、どうし……!?」
ドアノッカーを鳴らす。扉を開けたカルラさんも、異変に気づいてやって来たロジェリオもわたし……否、リラオーゼさんを見て言葉を止める。
「荷物を、取りに来ました」
「……オメェ、その背中のは……」
「リラオーゼさんです。ばあさんです。治療院の、母です……」
「「……」」
二人は顔を見合わせる。そして、カルラさんは顔を青ざめさせながら家の奥へ消えて行った。
……配慮が足りなかったか。そうだよね、死体だものね。
「……風の噂で聞いたが……領主軍と
「うん」
「……魔女というのは本当か?」
「……うん。でも、リラオーゼさんは違うから。責めるなら、わたしだけにして」
『人の口に戸は立てられない』とは言うけれど、予想以上に噂が広がるのが早い。
『魔女』という言葉を出した途端に不快そうな顔をするロジェリオ。あぁ、やっぱり、予想していたとはいえその顔は苦しいなぁ……。
「騙していてごめんなさい。嘘を言ってごめんなさい。でも、ロジェリオと過ごした日々は楽しかったです。この気持ちは本当です。今まで、ありがとうございました……」
「……」
頭を下げそうになるのをぐっと堪える。ロジェリオは何も言わなかった。
「持って来たわよ」
「ありがとうございます、カルラさん」
「……アレを一本持って来てくれないか」
「えっ?……えぇ、良いわよ」
? 何だろう。直ぐに戻って来たカルラさんの手には瓶が一つ握られていた。
それをロジェリオは受け取り、そしてわたしに押し付ける。
「……それで弔ってくれ」
受け取って匂いを嗅いでみる。それはお酒らしかった。強い酒精が鼻をつく。
「分かった。墓地って、どこにあるの?」
「街外れのあっちの方向だ」
「ありがとう」
理解したのを認めるや否やドアは目の前でバタン!と閉まってしまった。
「……」
わたしはその足で真っ直ぐ墓地へ向かう。道行く人達はギョッとしてわたし達を注視したり立ち止まったりする。
ごめん、あなた達を気にしていられる余裕は今のわたしには無いの。
「……すみません、誰かいますか?」
「はいは……ヒッ!?」
ロジェリオの言う通り街の外れにあった墓場の近くの小屋をノックし、開けてもらう。
中から出て来た墓守と思しき年寄りの男性は血まみれのリラオーゼさんを見て悲鳴をあげる。
「お、お前は噂の……ま、魔女かっ!?……ひ、ヒイッ!来るなぁ!!!」
「……」
本当に噂は伝わるのが早い。墓守の投げた石がわたしの頭にぶつかるけれど今はどうでも良い。
わたしは荷物袋から魔石を取り出して墓守に渡す。
「これで、彼女の、リラオーゼさんのお墓を作って下さい」
「だ、誰が魔女の墓なんぞ作るか!」
「リラオーゼさんは魔女じゃありません。魔女はわたしです」
それを聞いて墓守は魔石に目を向ける。そして、わたしを見て、魔石を見て、わたしを見て……仕方ないとばかりに頷いた。
「少し待ってろ」
言われた通りに待つ事数十分。棺や何やら色々揃えてくれた墓守にお礼を言って、リラオーゼさんを寝かせるように入れた棺の前で跪く。
お酒を横に供え、祈るように手を組み、頭を垂れ、別れを告げる。
「
もし、
もし、また会えるなんて奇跡があったなら。
「その時は、お礼を言わせてくださいな」
だから、その時まで。
「
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