入会☆ベクターギルド!の話

 


 ロジェリ夫が退院した次の日。わたしは当初の目的だったベクターギルドへ入会する為にロジェリ夫の家から朝早くに向かう。

 ベクターギルドは朝日が登り始めるちょっと前に開き、夕方には閉まるらしい。わたしがギルドの前で困り果てた日の退社時間ですら遅い部類に入るとか何とか。


 因みにわたしはギルドで一人前になれるまで暫くロジェリ夫の家で居候をする事になった。カルラさん曰く、『これでもまだお礼し足りない』らしいけれどその気持ちだけで十分なのに。

 でもありがたいから居座らせて貰う。そんな訳で昨日も三人揃ってロジェリ夫の家に帰ったのだった。


「昨日のカルラさんが『グリムが居ると私達に子供が出来たみたいな感じがするわね!』って言ってた時のロジェリ夫の顔面白かったよ」

「言うな……言うな……」


 わたしとロジェリ夫はそんな雑談を交わしながらギルドへ向かう。

 カルラさんのセリフを聞いた途端顔を真っ赤にして飲んでいたお酒吹いたから阿鼻叫喚の図になったけれど、顔がタコみたいで面白かった。因みにわたしはお酒飲んでないです。


 それを思い出したのかロジェリ夫はその巨体に似つかわしくないほど恥ずかしがって歩きながら身体を縮めた。

 意外と可愛い所も有るんだな〜カルラさんはここに惚れたのかな〜なんて思いつつ進んでいるとベクターギルドに到着する。


 ガランガラン!と鈴が鳴り、ドアが開かれる。ロジェリ夫でも悠々と入れるサイズのドアはノブの位置がわたしにとっては高い為回すのにも一苦労だ。

 けれど今日はロジェリ夫もいるし問題無いね。ロジェリ夫様々だね。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

「おはよーございます」


 このあいだの時と比べてベクターが少ないギルドに入った途端、すぐさま受付嬢に挨拶される。わたしを見て若干引きつった顔をしているけれど何かな?ん?何かな??

 人が少ないのは時間帯的な問題かもしれないね。ロジェリ夫曰く『依頼は朝早くに受けないと無くなる』らしいから。多分今は依頼を遂行している真っ最中だろう。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」

「この間言った通りベクターギルドに入会しに来たよ」

「承知しました。それではまずベクターについてご説明させて頂きますね」


 受付嬢は逃げるようにカウンター奥のドアの中へ消えて行く。受付嬢も冒険者に舐められないように、それなりには強そうな気がするんだけれどそれに避けられるわたしって……。あれ、何だか悲しくなって来た。

 暫くすると何やら色々と携えて帰って来る。板、石、ペン、紙などなど色々だ。


「ベクターとは即ち様々な脅威から人々を守る為の職業です。昔は巡礼者を魔獣や盗賊などから守る事だけが仕事でしたがそれが転じて現在は巡礼者に限らず様々な立場の人から魔獣退治や護衛などの危険な依頼を受け、解決する職業となりました」


 へー、そんな成り立ちが有るのか。という事はベクターギルド自体の歴史もそれなりに古いのかな?建物内部を見回すと、確かに汚れやロジェリ夫がこの前開けた穴とかあるけれども言う程古くはなさそうに感じられる。定期的にリフォームしているのかな?

 それと、巡礼者か。やっぱ聖人関連かなー?前世の巡礼者と同じように聖人関連の場所を巡ったりする感じかなー?


「ベクターの能力はランク分けがされ、それにより受けられる依頼難易度も変わって来ます。ランクは上から順に六、五、四、三、二、一となり、それぞれメダルの素材が白金、金、銀、銅、鉄、木となります。

 全員ランク一からのスタートになりますが、研修期間が終わればランク二になります。それ以降は依頼をこなした数や難易度によってランクが上がっていきます」


 やっぱりちゃんと研修期間があるんだ……会社みたい。そこでしきたりとか学ぶのかな?ちょっと楽しみ。

 あ、そういえばロジェリ夫ってランク四なんだっけ?それを下すって事はそれ以上の実力はあるって事なんだよね。


 となるとランク五か六くらいの実力はあるんだ。

 やっぱりおばあちゃんの(スパルタな)教えは伊達じゃない……!


「注意事項として、当ギルドはギルドから依頼した戦闘以外での死亡や怪我については一切保証致しません。全て自己責任です。

 また、ベクターだからと言って他者に暴力を振るっていいなどという特権はありません。ベクターの力は人々を守る為の物。決してその守るべき者に対して使ってはいけません。

 そして、物を盗んだり奪ったりしてはいけません。ギルドメダルは特権を示す物ではなく身分を証明する為の物です。失くさないように。

 世の中において犯罪とされる事はしてはいけません。何度も言いますが、ベクターとは特権を有する者ではありませんから。

 以上の事が守れない場合、ベクターギルド内条例によって公的な刑とギルドから私刑が下されますのでお気をつけを」


 うわ……厳重注意って言うか、同じ事を何度も繰り返し言うって事はベクターを特権階級だと思って暴れたりする人が過去に多かったか、今でも居るんだろうなぁ……。

 はたまたわたしも暴れそうだと思われているのか。だとしたら心外だよ!お酒を飲まなければむやみやたらに暴れないし、そもそも傷つける事自体あまり好きじゃないし。


「分かったよ」

「よろしいですね?次に、当ギルドに入会するにあたって金貨三枚を支払って頂きます」

「えっ!?払うの!?」


 寝耳に水!払えなくはないけど!払えなくはないけど!!ラノベとかでギルド入会時にお金を払ったシーンなんか見た事も聞いた事も無いよ。

 まぁ、あくまであれは創作だから現実とごっちゃにするなと言われればそれまでなんだけれどね。うん。それがこの世界の仕組みなら文句は言うまい……。


「はい。このお金はベクターギルド王都支部の金庫にてギルド共用の資金として保管させて頂きます。そして、有事の際の援助、武器の支給、建物の修繕費等に当てさせて頂きます」

「なるほど……」


 わたしは大人しく金貨三枚を(釣り銭受け代わりだと思われる)少し凹んだ板の上に置く。ただの入会費かと思っていたけれどちゃんと使われるんだね。

 お偉いさんの懐異次元に消えないみたいで安心したよ。建前かもしれないけれどね。後ろにいるロジェリ夫がツッコむ様子は無いからちゃんと使われているのだろう。多分。


「でもこれ、最初にお金持ってないと詰むよね。もしお金が無かった場合どうするの?」

「その場合、職員又は当ギルドが指名したベクターの誰かと戦ってもらいます。勝てるくらいの実力がその時にあればこちらから資金は援助させて頂きます」

「ギルドの資金の調整と言う面もあるが、実際は金も無い、実力も無い奴をむやみやたらにベクターギルドに入れないようにする為の物だな。

 それと名目だけのベクターを増やさないようにする為だ」


 なんだか特待生みたいなシステムだね。力があればお金は免除、か。結局は力が求めらるんだね。

 でもこのシステム、反対を言えばお金さえ払えば弱くても入れるって事よな。育ててくれるんかね?


 それはそれとして、お金を払うシステム自体は反対じゃないな。

 『少しでもお金がかかるとなると簡単には動けなくなるのが人間』らしいからね。(by 亡き母談)


「では、こちらにお名前、生年月日、年齢等をお書き下さい。代筆も承りますが……」

「大丈夫だよー」


 字が読めず書けずの人もいるんだろうね。その人達の為の代筆サービスなのだろうけれどわたしには要らない。おばあちゃんが教えてくれたから。

 それにしても、文字が読めないのは人生の半分くらい損してると思うよ。本読めないし、本読めないし、そして何より本読めないし。


 わたしは近くにあった椅子を引っ張って来て、その上に膝立ちする。カウンターが高くて何もない状態で書くのにはキツイ。

 ペンを握り、個人情報を思い出す。名前、グリム・フォースタス。年齢、十五歳。生年月日、生年月日、生年月日……。知らぬ。今年が何年かも知らないし、正確な生年月日も知らない。


「今年って西れ……えふん、何年だっけ?」

「? 聖人歴七百年です」


 いけないいけない、西暦って言いかけてしまった。西暦は元の世界の物だからここでは通じない……と思ったけれどこの世界の暦の名前と途中まで読みが同じだったわ。偶然だろうけれど。

 それにしてもまたここで聖人かー。人気すぎやしませんかねー?もうここまで来ると聖人グッズとかありそう。聖人愛されてるなぁ、魔女と違って……良いなー……。


 微妙に暗い気持ちになりながらこれまた偶然にもピタリ賞だった聖人歴から十五を引いて書き込む。これが多分生まれたであろう年。

 誕生日は……前世と同じ十月十日で良いや。どうせ『グリム・フォースタス』の戸籍無いし、調べられないって。


 それから『性別、女』と記入して、最後に注意事項の同意欄にナイフで指を軽く切って指印を入れ、受付嬢に渡す。

 血が滲む程度の軽い怪我だから魔法陣は現れない。仮にもしこの場で現れたら魔法陣を握りつぶすしか方法は無かったけれど、それは杞憂に終わる。


 受付嬢は書かれた内容に目を通してから黄色の丸い石をわたしの前にゴトリと置いた。

 大きさは占いに使う水晶くらいの大きさで、中には雷の基礎魔法の紋様が浮かんでいた。どうやら加工された魔石みたいだ。


「これらの内容に偽りが無い場合、この石に触れて『この書に対して嘘偽り無し』と宣言して下さい」

「え"」


 ちょっと待てい。それ、わたし、確実に、アウト。まず名前。名前の時点でアウト。偽名ではないけれど、わたしは本来は『グリム・フォースタス』ではない。

 それに誕生日。適当に書いたけれど365分の364の確率で間違ってるよ?ほぼ確でアウトよ?あってる確率0と言っても過言じゃないよ??


「そ……その、嘘偽りだった場合はどうなるんです?」

「全身に電気が流れます。死にはしませんが」

「オゥ……」


 何その嘘発見器とビリビリペンを足して二で割ったようなやつは。ともすればパーティグッズになりかねない性能だ。怖い。

 えっえ、どうしよう。死なないとはいえ嘘ってバレたら色々と面倒な事になる。かと言って本名は知らないし誕生日も知らないしな〜。うーん……決めた!


 賭けてみよう!ダメだったらその時はその時!せいっ!!


「この書に対して嘘偽り無し!!」


 わたしの中に緊張が走る。魔石に触れた手はじっとりと汗をかき、その気持ち悪さが余計に緊張に拍車をかける。

 鬼が出るか蛇が出るか。運命それは誰にも分からない。故にわたしは賭けに出た。果たして果たしてその結末オチは──


「……」


 何も、おこらなかった。


「〜〜っはぁ〜〜……」


 無意識に止めていた息が漏れ出る。奇跡なのかバグなのか、わたしが電気ビリビリの刑に処される事は無かった。し、心臓に悪い……。

 溜息を吐いたわたしをロジェリ夫と受付嬢二人が不思議そうに見ていたが特に突っ込まれる事は無かった。


 それにしても、何故魔石が反応しなかったんだろう?壊れているとかの可能性……はギルドの備品としてどうなの?ってなるし……。うむむ?

 分からない。かと言って『わたし多分嘘を書いちゃったんですけれど反応しませんでしたよ?^^壊れてるんじゃないですかぁ?^^』と聞く訳にもいかないしなぁ……。


「あの……難しい顔をして、どうかされましたか?」

「あひゅっ!?い、いえいえ何も!!!」


 心配してくれた受付嬢に対してわたしは慌てて手を横に振り、『大丈夫』の意思を表す。あっぶな、まさか顔に出てるとは……。

 今日だけで二度も心臓止まりかけたわ。心臓が重労働過ぎて、いつかストライキしやしないかと心配だぁ……。ま、しないけど。……しないよね?大丈夫だよね??


主人格マスター、こう考えてはいかがでしょう?『戸籍の無い者が登録した場合、どう魔石が判定するか』と】


 あ、確かに。戸籍が無い人は生年月日分からないじゃないか。その名前にしろ正しいかは疑問だし……。その人達の為にわざと多少判定を緩くしてあるのかな?

 いや、寧ろわたしこそが戸籍無い判定を食らっているのでは?紅葉わたしの精神が入る前のグリム肉体のいた村は火事で焼失したし、グリムの戸籍が無くても不思議ではない……。


 ま、何にせよ上手く行ったなら良いや!考えても正しい答えは出ないし!うん?そうだよ。考えるのに飽きたんだよ!!

 でも【良心】ありがとう!おかげで可能性に気づけたよ!


【……お役に立てたのなら光栄です。……主人格マスター、もう少し真面目に考えてはいかがです?】


 やだね!


【そう言うと思いましたよ……ハァ……全く主人格あなたは……】


 はっはっは、嫌な事は嫌です。それはともかくとして受付嬢が木製のメダルっぽいのを持って来た。中央にはベクターギルドの看板にもなっていた剣と盾と杖のマークが。

 その周りにはほんの気持ち程度の装飾が施されていて、飾り列の内、下の部分には点字でわたしの名前である『グリム・フォースタス』と書かれていた。


「はい、これにてギルド登録は完了です」

「え?もう終わり?」


 意外だ。もっと検査とかテストとかあると思ったのに。わたしが貴族じゃないって事はギルドも分かっているから変に審査が甘くなったりする事は無いと思うのだけれどなー……。

 わたしが首を傾げつつカウンターに置いてあるメダルを受け取ろうとするとストップがかけられた。慌てて手を引っ込め、顔を上げる。


「手続きは終わりですが話はまだ終わっておりません。本来ならばここで向いた武器や魔法、それから天資についてもテストで調べる所なのですが、武器がもう決まっているみたいですのでテストは飛ばします」

「魔法や天資についてはテストしないの?」

「このテストはなにで戦えるかのテストであって個人の能力をギルドが把握する為の物ではありません。

 それ故、武器が決まっているのならテストをしなくても良いのです」


 ほえ〜。良いんなら良いや。天資はあるのか無いのか知らないし(使えないから多分無いと思う)、魔法は使えない……と言うか見せられないし。

 変に詮索かけられても困るし、やらないに越した事はない。


「ふ〜ん」

「そして、只今から研修期間に入るグリムさんにはこちらからコーチを付けさせて頂きます」

「コーチ?」


 わたしは受付嬢が手で示す方に顔を向ける。わたしの上を真っ直ぐ越して行った手は後ろで槍を持ちながら佇んでいるロジェリ夫を示していた。

 ん?ロジェリ夫が、コーチ?会社で言う所の、先輩?確かに先輩である事に間違いは無いけれど、ロジェリ夫ってわたしにかまけていられる程暇じゃないんじゃ?なんせ高ランクだし。


「ロジェリ夫?」

「はい。ここキエル支部で一番強いのがロジェリオさんで、それを超すグリムさんにはロジェリオさん以外つけられないので……」

「そう言う事だからよろしくな、グリム」

「よろしく〜。ロジェリ夫さんって呼んだ方が良いのかな?」

「今更だから変えなくて良い」


 ロジェリ夫が一番だったけれどわたしが正式に加入したから実質一番強いのはわたしか。ランクは一番下だけれどね。新人だからね、しゃーないしゃーない。

 しっかし、地方都市っぽいキエルここでも一番強いのなら、王都に行ったらどんなもんになるのかね?流石に誰かに負けるかな?


「じゃあ、早速だが森に行くぞ。ただ、その前に俺は少し用事が有るから先に教会前に行って待っててくれ」

「うん?分かった」


 何の用事かは知らないけれどもまぁ良いや。教会の場所は知ってるし。

 わたしはそこへ向かって歩き始めた。

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