おばさんの話
振り返ると、そこには仏頂面のおばさんが居た。
わたしは慌てて質問する……前にお金を渡す。金貨五枚だ。
「おばさんが治療院で働く理由を教えて?」
「ふん、分かってるじゃないか。しかし、値段を聞く前に渡すとはどういう事だね」
「吹っかけられる前に払えば文句も言いにくくなると思ったの。情報料にしては高価い部類だと思うよ?」
「ふん……まぁいいさ」
よっし、一応納得してくれた。情報というのは相場が分からないから値段が決めにくい。知りたいのだから多少は高価でも払うべきだと思った。
今回はそれで納得してくれたみたいだし、わたしもwin、おばさんもwinでwin-winだ。経済ってそんなもん。
「オメェ、金貨五枚は流石に高価いんじゃ……」
「高価いかもしれないけれど、おばさん相手には適正価格だと思うよ?これ以上上げられても困るしね」
おじいちゃんが言ってた。『いつ神に召されるか分からないのだから悔いの無いように生きなさい』って。
だからわたしは知りたい事は今知っとくべきだと思うんだ。魔女はそう簡単には死なないけれど、いつ人と触れ合えなくなってもおかしくないからね。
「あたしが治療院で働く理由は一言で言えば国を、王を見返す為だ」
お……思ったよりスケール大きいね!?わたしだけじゃなくてロジェリ夫もカルラさんも愕然としているよ!?
おばさんはそんな事を気にする様子も無く話を続ける。
「あたしは孤児だった。気がついたら薄暗い路地に居て、毎日を必死に生き抜いていた。
仲間である筈の同じ孤児と殴り合ったり、奪い合いをしたり……食べ物を得るだけでも必死だった」
「……」
この世界の孤児って、そんなに大変なのか……。孤児院とか無いのかな?あるとしたら教会かな?人数制限とか有るのかな?
孤児と言えば、おじいちゃんも孤児だったみたいなんだよね。わたしの生まれる前だから本当かどうかは知らないけれど。
拾われた所がキリスト教系の孤児院だったらしく、その影響かおじいちゃんはクリスチャンだ。あ、でもわたしはクリスチャンじゃないよ。無宗論者だよ。
おじいちゃんは宗教を押し付けないスタンスだったからお父さんもお母さんも日本式無宗教者で毎年彼岸に墓参りしてたっけね。……お墓どうなったんだろう……。
「そんな中、能力検査が行われた。そこであたしは治癒魔法の使い手である事が分かった」
「能力検査?」
「平民向けのテストだな。無償で受けられて、そこで魔法の才能のあるなしが分かったり天資持ちか分かったりする」
わたしが疑問の声を上げるとロジェリ夫が補足してくれる。なるほど、そんなシステムがあったのか。
この世界の国って平民の為には特になーんもしてくれないイメージが有るんだけれど、今回は別……いや、国としても利益があるからやるだけか。才能の発掘、そして確保と言う利益が。
「オメェ、それ結構常識的な事だぞ。何で知らないんだ?」
「あ、えと、あはは……山を二つ三つ越えたド田舎出身でして、秘境と言うか、もしかしたら認知されてないのかなー、と……あはは……」
ごまかす為とはいえわたしに事実無根の変な設定が生えてしまった!同時におばあちゃんもウルトラ山奥に住んでいる事になってしまった!ごめんね!
実際は森の奥なんです!村ですらないんです!一軒家なんです!魔女の隠れ家なんです!逆に能力検査する人が来たら問題だわ!
「そうか。だからグースさんも偶にしか来ないんだな」
何でか知らないけれど納得された。とりあえず疑われなくて良かった良かった。一安心。
おばさんはわたし達が話し終わった事を察するとまた話し始める。待っててくれたのか……意外と優しいのかも?
「勿論その時に訓練施設に来るように命じられたさ。普通だったらこんな苦行だらけの生活から抜け出せるんだから付いて行くだろうね。
でも、あたしは違った。ついて行かなかった。何故だか分かるかね?」
「いいえ……」
だからこそ、分からないのだ。何故お金にがめついおばさんが安定した収入を捨ててまでわざわざ不安定でリスキーな仕事に手を出しているのか。
「あたしはね、嫌だったんだ。これまで苦しんで来たのは王が孤児院を建てて保護してくれなかったり、せめて食べ物くらいくれても良いのにくれなかったりしたせいだと思っていたからね。
だからその場で言ってやったさ。『誰が
うわおばさんつよい。それ思いっきり侮辱罪じゃないですかーやだー。でも気持ちは分かるなぁ。自分を今まで虐げていたのに手のひら返されたらって思うと腹立つよね。
このおばさんもそういう気持ちだったんかねぇ……。ロジェリ夫もカルラさんもおばさんの話を聞いてびっくりしている。
「あたしは怒って追いかけて来た審査員を巻いて、改めて決めたんだ。『王を、見返してやる』と。
『いつかあたしを逃した事を後悔させるくらい立派な治癒魔法の使い手になってやる』って、そう決めたんだ」
あ、巻いたんだ。流石というか何というか。それにしてもおばさん強いなぁ。中々『王を見返してやる』なんて思う人は居ないと思うよ。
その心意気だけで治療院を立ち上げたのだから努力家でもあるんだろうなぁ。ちょっとかっこいいと思っちゃった。
「あたしはそれから自力で呪文を学んだり、金を取れそうな奴相手に商売したりして治療院を建てた。
この治療院は孤児院も兼ねていてね、親の居ない子供の居場所でも有るのさ」
……そう言えば、ここら辺一帯の治安は悪そうだったけれど一人も貧しそうな子供は居なかった。全員、このおばさんが保護していたのか……。
おばさんは胸を張るように、誇らしそうにニヤリと笑った。初めて見せる笑顔にわたしは少し目を見開く。でも、その笑みもすぐに萎んでしまった。
「でも、悔しいが王を見返す程の力は得られなかった。まぁでも目の上のたんこぶくらいにはなれたみたいだね。この治療院には圧力がかかっててね、税金が凄くて払えなければ即座に潰すってお上に言われてんだ。
嫌々支払ってはいるが嬉しくて仕方が無い。一矢報いれたって実感出来んだからね!」
自嘲気味になったのも束の間、また堂々とし出すおばさん。ヤバい、清々しい生き方すぎて尊敬の念を覚え始めている自分がいる……。
様々な困難があるであろう魔女として生きて行くにもこのくらいの気概が必要なのかもしれない……。
「だからあたしは金にがめついのさ。治療院を続けてくのにも、子供達の居場所を守るのにも必要だからね」
あ〜、だからお金にがめつく、何を言われても動じないのか。信念があるって、強いな……。お偉方を見返して、かつての自分と同じ境遇だった孤児を救い、生計を立て、高額な税を支払い……。
あ、あれ?この人実は聖人では……あれっ?あれっ??いや、いやいや……あれっ?
「凄く……凄く、かっこいいですね!わたし、尊敬します!」
「はぁ!!?そ、尊敬!?……そんな事は生まれて始めて言われたね、正気かい?」
「正気ですとも」
今まで基本的には仏頂面だったおばさんの表情に始めて驚きが現れる。挙句の果てには正気を疑われてしまった。
失礼な、わたしは至って正気だよ!……正気だよ、うん。正気ではあるのだけれど、考え方が変とはよく言われるんだ……主に編集さんに。
「はぁ……あたしはアンタ、嫌いだね。何考えてんだかさっぱりだ」
「えー?」
「……俺はグリムの気持ちが分かるな。ばあさん、オメェ凄ぇ人だよ」
「私もそう思うわ。グリムの言う通りかっこいいもの」
「は、はぁ……?」
褒められ慣れてないのか目を少し大きくして驚いたような顔をしたおばさんだったけれどすぐにいつもの仏頂面……いや、いつもより呆れたような顔になった。
しかもそれに二人の評価も加わって今度こそ心底驚いたような顔をして、疑問符を浮かべた。本当に褒められ慣れてないんだね……。
「ばあさん、これを周りに言えば多少なりとも評価は変わる筈なのに何で言わねぇんだ?」
「ハッ!情けで飯を食うのだけはごめんだね!」
ひぇ〜痺れるゥ〜!確かにこの話を聞いてわたしのおばさんに対する評価は良い方へ変わった。今ではむしろ憧れだす始末だ。
それは二人も同じなようでロジェリ夫に至っては呼び方までババアからばあさんに変わっている。それくらい、この話には人を惚れさせる効果があるのだ。
それなのに、それを周りに言わずに今の評価で良いとさえ言うんだから立派だよねぇ。クールおばさんマジクール。
「さ、話は終わったよ。アンタらも用が済んだなら帰りな!営業妨害する気かね!?」
「いやっ、そんなつもりは無いです!」
わたし、ロジェリ夫、カルラさんの三人は慌てて帰る準備を始める。ロジェリ夫は無事に怪我も治って、元通りに動くみたいだね。良かった。
わたし達はドアを開き、それぞれお礼の言葉をクールおばさんに投げかける。
「ありがとうございましたー」
「ありがとな、ばあさん」
「ありがとうございました」
「あいよ、怪我したらいつでも来るんだね、金を払う奴は歓迎だよ!」
やっぱお金なのね。お礼を言い、ドアを閉めたわたし達は今日も今日とて人混みの街に溶け込んで行く。
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