ベクターギルドと貴族の話

 


「こんにちはー」

「あら、グリム」

「……」

「ああはいはいあんたか……何持って来てるんだね」


 おばさんがわたしを半眼で見る。さらりとその視線を流しながらベットの上で横になっているロジェリ夫に近づく。


 昨日は特に襲われる事も盗まれる事も無く、結構久しぶりに美味しい物を食べ、ぐっすり寝た。それもこれもカルラさんのおかげだね。

 そのカルラさんは朝早くロジェリ夫の見舞いに行ってしまったからわたしはお土産として魚を釣ってから治療院に来た。


 現在時刻はお昼ら辺。朝から魚を釣っていたおかげか結構大量に魚が釣れた。重たい。

 釣りと言えば前世の小学校で釣りの授業があったなぁ……。全然釣れなくて真顔で水面を見つめていたっけ。……あれ、何だろう。目から水が……。


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 編集さんと出会ったのもあの頃だったっけ?出会ってから三年間はまともなコミュニケーションがとれなかったなぁ。三年も経ってようやく慣れたんだっけ。

 その頃はびくぶるしてたのに慣れたら慣れたで本性を表したもんだから、編集さんにたまに『お前変わりすぎだろ』って言われたなぁ……。


 っと、話は戻って魚をベットの脇に置いてロジェリ夫の横に立つ。ロジェリ夫の目は開いていてわたしを認識していたけれど身体はベットの上で横になっていた。

 ロジェリ夫は気まずそうな顔をしながら口を開く。


「……その、昨日は悪かったな」

「ん?ぜーんぜん気にしないで。わたしも悪いし」

「だが、貴族だと誤認して攻撃しちまったし、挙句怪我をここしか無いとはいえこんな馬鹿高価い治療院で治療して貰うなんて……」

「良いって良いって、ちょっとは元気出しなよ。お礼ならカルラさんに貰ったしね」


 わたしが笑顔で返すとロジェリ夫の頰が少し緩む。うん、少し元気になったね。良かった良かった。


「あ、それよりもいくつか聞きたい事が有るんだけど良いかな?」

「『それより』ってオメェ……。まぁ答えるが……何だ?」

「何で昨日わたしに喧嘩をふっかけて来たの?

 わたしが貴族っぽく見えたからってのは知ってるんだけれど、貴族だと何で喧嘩ふっかけられるのかなって」


 周りの反応はおかしかったけれど、特におかしかったのはギルドだ。成人証明をしたのに決闘で追い出されそうになったり、その決闘をギルド側が黙認したり。

 ラノベとかだと勘当された貴族がギルドに来たりもするし、そんなケースも全く無いとは言えないと思うんだけれど、そこんとこどうなの?


「これは俺が昔聞いた話なんだが、貴族がギルドを取り込もうとした事があってな。その時から仲が悪いらしい。

 例えばギルドに貴族を入会させて怪我したらイチャモンつけたり、悪評を流したり、ギルド長を金で懐柔しようとしたりな。

 だからギルドは貴族を非常に警戒しているんだ」

「なるへそ……」


 そんな歴史が有ったのか。確かにそりゃ警戒したり追い出そうとしたりするわな。普段は利点になりえる貴族っぽさがベクターギルドでは裏目に出るんだね。

 それにしてもどこの世界でも横暴な貴族は居るもんだね。高貴なる者の定めノブレス・オブリージュはどこ行ったのさ。


「でも、貴族とは言っても実力がある者は受け入れた方がギルドにとって特では?」

「確かに実力がある奴はギルドとしても居てくれた方が嬉しい。が、そもそも実力が有る貴族はギルドなんかにゃ来ねぇよ。そんな奴は大抵騎士になれる」

「騎士?」


 おやここで初めて聞く言葉だ。騎士はこの世界にも居るらしい。

 騎士って聞くと主人に忠実!主人を守る!ってイメージがあるけれど中世の騎士は雇用制で条件が良い所に鞍替え出来たらしいね。この世界はどうなのかな?


「騎士っていうのは国や王を守る職業の事だ。人によるが武力、魔法、天資スキルに秀でている。

 基本的には貴族がなるが、ごく稀に平民がなったりもする。本当に稀だがな」

天資スキル?」


 これまた初耳だ。スキルという言葉自体はよく見るけれど物語によって定義が違う。それにしてもおばあちゃん、騎士の方はともかく天資については教えてくれても良かったんじゃないでぃすか?

 もしかして私、意外と学んでない事が多い系女子……?


「魔法とはまた違った物だが魔法のような事を起こせる技能の事だ。魔力は使わない。似た天資は有るらしいが名前が被る事は無いとか。

 俺は持ってねぇが、ギルドの中にも持っている奴は居るな。

 基人グルントラーガは他の民族よりも持っている人が多いらしく、そのおかげで広大な土地が持てているんだってどこかで聞いたな」

「ほぇー」


 概ねわたしが知っている『スキル』に近いかな?基人が他の民族より天資を持っている人が多いというのは違うけれど。

 あと、基人の国って広いんだ。才能の有る人を集められるくらい王の権力が強いみたいだし、少々帝国チックだね。


「例えばだけれど、勘当された力のある貴族とかもダメなの?」

「そいつは大丈夫だ。勘当されたらもう貴族には縁が無い、寧ろ敵対している状態だからな。重ねて言うが、力のある奴は基本的にギルドとしても居てくれた方が嬉しい」


 力のある奴なら良いって事は裏を返せば弱い奴は来るなって事よな。わたし、貴族に見えて弱く見えてって最悪じゃない。

 だからロジェリ夫含めベクターギルド一派はわたしを追い出すような真似をしたんだね。納得。


「ロジェリ夫に勝ったから、わたしはギルドに入っても良いんだよね?」

「ああ。ランク四に勝てるくらい強けりゃ全く問題無ぇよ。それにしても、俺が強さを見誤るとはな……」

「わたしも幼女が自分よりも強かったらびっくりしちゃうからお互い様だよ」

「オメェが言うか」


 そりゃね、ロジェリ夫みたいなムキムキが強いってんなら納得だけど、見た目幼女わたしが強いだなんてイメージは持ちにくいよね。

 あーこれ、強いから問題無いけれど貴族っぽく見えるし幼女だし弱そうだしで絡まれやすそうだなぁ……。というか事実絡まれかけているし……。急募:身長。


「オメェ、誰に稽古つけて貰ったんだ?良かったら教えてくれ。俺も教わりたい」

「えー……と」


 おばあちゃんの名前出しても良いのかな?わたしが魔女ってバレた時めんどくさくなりそうだけれど……。

 最悪の事を考えて、ある程度ふわっとした情報だけ伝えとくか……。ダメって言ったら変な疑いが強まりそうだし。


「紫髪の天パロングで、アンニュイな顔をした美少女で」

「あぁ、グースさんか」


 あああああ特定されたぁああああ!!!ごめん、ごめんよおばあちゃん!わたし魔女バレしないように頑張るね……!

 それにしても少ない特徴で特定されるって、おばあちゃんギルドでは有名なのかな?


「し、知ってるの?」

「知ってるも何も、ここでは有名な人だ。何でもないような顔して危険度の高い魔獣を持って来る人だからな。

 偶にしか現れないし、あまり多くを語らないし人を寄せ付けない雰囲気を持っているし、そもそもギルドメダルを持ってないからよくは知らないが……確かにあの人の弟子ってんならオメェが強いのも納得だ」


 おばあちゃんそんな事してたの……?そして納得された。

 確かにおばあちゃんはあまり多くを語らないし普通に出会っていたら話しかけにくそうな感じのオーラを感じていただろうけれど面倒見てくれるし多才だし良い人だよ?


「おばあちゃん変な所でめんどくさがりだし、家まで遠いし多分教えてくれないと思うよ?」

「ん?おばあちゃん?」

「あ」


 時が止まる。失言を犯したわたしも、それを聞いていたロジェリ夫も、わたし達をにこにこ顔で見つめていたカルラさんも、側で早く帰れと視線を向けていたおばさんも、全員固まる。

 おばあちゃん。見た目年齢十六か七の美少女に向かっておばあちゃん。師匠に向かっておばあちゃん。矛盾と疑問が渦巻く。


「あああああああおばあちゃんって言ってもアレよ!?アレですよ!?おばあちゃんみたいな貫禄ってだけで年齢がおばあちゃんとかそう言う訳じゃないですよ!?おばあちゃんには尊敬的な意味も含まれてますし馬鹿にしてる訳じゃないですよ!?第一あの見た目で本当におばあちゃんだったら魔女じゃないですかーやだーそんな事有り得ませんって!!ね?ね!?」

「おっおうそうだな……」


 前にわたしは流れを変える!!!ロジェリ夫が多少引いてるけれど構わない!妙に身振り手振りが増えてるけれど構わない!今まで普通に話していた相手に対して敬語になってるけれど構わない!

 昔編集さんに『お前ごまかそうとする時身振り手振りが多くなるよな』って言われたけれどそれを知るのはこの場には居ないしオールオッケー!!さぁごまかせごまかせ!わたしの命がかかってる!


「とりあえず尊敬心から『おばあちゃん』と呼んでいるのは分かったから落ち着け」

「はぁ、はぁ……」


 あー、久しぶりに息切れを起こしたような気がする。何でわたしはこうもやらかしが多いんだ。今まで一応持ち直せてはいるけれどいつか本当に自分の首を締める事になりそうで怖い……。

 前世でもまぁやらかしは沢山有りますけれど、余計増えたと言うか……。あ、話し相手が増えたからか。


 今まで話す相手も少なかったから会話でのやらかしは必然的に少なかった。でも、今世ではコミュ障は治癒し、話す相手も増えている。

 話す相手が増えるという事は口を滑らす事も増えるという事で……。


「おばあちゃんだのなんだのはどうでも良いから元気になったらさっさと出て行くんだね」

「あ、はい。あの、おばさん、魚要ります?」

「……まぁ貰っとくんだね」


 話を変えてくれたおばさんに魚を渡す。既に分けてあるバケツの片方をお礼も兼ねて渡すとおばさんはそれを持って奥に消えて行った。あの部屋は自室なのだろうか。

 そういや、あのおばさんといえば気になる事が色々と有るんだった。


「大分話は戻るけれど、治療院ってここしか無いの?値段が高価いから競争になった時すぐに負けそうな気がするんだけれど……」

「あー、負ける事はまず無ぇよ」

「え?どうして?」


 治療院って病院みたいなもんだよね?いくら治癒魔法の使い手が少ないとはいえもう一ヶ所くらい治療院があってもおかしくないと思うんだよね。

 この街大きいみたいだし、絶対魔法が使えれば治療院で稼げるよ。こんな好立地、放置しとく方が損だよ。


「治癒魔法の使い手はな、ほぼ全員国に徴兵されるんだ。どんなに微々たる物しか回復出来なくてもな。国に徴兵されれば決して安くはない上に安定した給金が出るから殆どの人が徴兵されれば付いて行く。

 だからあのババアのように個人で治療院を開いている方が稀だ。負ける事はまず無いってのはそういう事だよ」


 何か公務員に近しい物を感じるような……。それにしても戦争に備えているのかってぐらい治癒魔法の使い手に好条件だね。国が雇うって……。

 そんな好条件を何でおばさんは蹴ったんだろう。あの金にがめついおばさんが。


「じゃあじゃあ、普通の怪我とか病気はどうするの?みんながみんなこんな大金を払えるとは思えないし……」

「普通の怪我とか病気とかは教会や薬師の分野だな。

 治療院は緊急性が高かったり深刻だったりする怪我を扱うんだ」

「なるほそ」


 ここは救急病院なのか。確かにあの治癒魔法ならすぐに治す事が出来るだろうね。目の前で見てわかるレベルですぐに治ったし。

 それと、教会が病気を扱うの?お祓いみたいな?悪魔祓いみたいな?この世界は悪魔や何やが病気を起こすと思ってんのかな?思ってそう。


「んー……国による保証を捨ててまでおばさんが治療院で働いている理由って知ってる?」

「いや、知らないな。聞いてみれば良いんじゃないか?ほら」

「え?……あっ!?」

「……」


 振り返ると、そこには仏頂面のおばさんが居た。

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