治癒魔法の話

 


 ギルドでロジェリ夫の容態の説明と素材の提示、そして換金をし、再び治療院へ向かう。

 ギルドではここと同じように口臭魔獣ことカッツェンヴァイトを倒した事について驚かれたけれど、同じような事を繰り返していたので割愛する。受付嬢の引きつった顔が印象的だった。


「ただいま戻りました!」


 街中を風の様に走り抜け、治療院のドアを少し荒々しく開ける。ベルがコロンコロンと鳴った。

 道中、ナイフを持ったやさぐれた感じの人とか目の据わったヤバそうな感じの人とかに絡まれそうになったけれど、わたしの速度の方が圧倒的だったので逃げて来た。やっぱり貴族良い鴨に見えるんかね。


「あの、今更だけど本当にあなたが払ってくれるの?

 聞いた所によると喧嘩を申し出たのはロジェリオみたいだし、あなたが払う必要は無いのよ?」

「いいえ、わたしが払います。怪我させちゃったのはわたしですから……」


 そう言ってわたしは白金貨二十枚、耳を揃えておばさんに渡す。おばさんはニヤリと笑いながら奥へ引っ込んで行く。

 この世界では喧嘩を吹っかけた方が悪いのかもしれないけれど、わたしとしてはそのままではきまりが悪いし落ち着かない。怪我を負わせた方が悪いと思う。


「本当に……ごめんなさい。あなたが居てくれなかったらロジェリオは助けられなかったわ。

 わたし達夫婦もこれからはお金、少しは貯めるようにするべきね」

「……俺達もいざって時の為に貯めるか」

「酒代で飛んじまうからなぁ。……少しは控えるか」


 貯金っていざって時大事だよね。特に病気で入院する時とか、葬式の時とか。…………。

 ギルドメンバー達は酒に注ぎ込んでいたらしく、貯蓄が無いらしい。まさに冒険者荒くれ者って感じがする。いつ死ぬか分からない職業柄、使い切っちゃいたくはなる気持ちは分からんでもない。


「邪魔だよ、退くんだね」

「あ、ごめんなさい」


 いつの間にやら戻って来たおばさんが桃色の宝石……いや、魔石?のついた手袋をはめながらわたし達にロジェリ夫の周りから退くように言う。

 わたし達は大人しくロジェリ夫から離れ、二人を見守る。


「天におわしむ我らが神よ

 空におわしむ我らが聖人

 我が願いを聞き届け

 御力により助け賜え

 治れ治れカエルのしっぽ

 今日治らねば明日治れ


 ━━Dreiドライ Hokuspokusホークスポークス, wegヴェク istイスト derデア Schmerzシュメルツ!」


 おばさんがロジェリ夫の患部に手をかざす。呪文を唱えると同時に治癒魔法の魔法陣が現れ、見る見る内に腫れは引いて行く。

「おおっ!」と歓声が上がる中、ロジェリ夫の眉間のシワがほぐれ、痛みから解放されたのが分かる。


「ふー……これで終わりだね。後は暫く安静にするんだね」

「はい、ありがとうございます……!」


 カルラさんが涙ぐみながらおばさんにお礼を言う。魔法を施されてもロジェリ夫が起きる気配は無い。さっきより落ち着いたのは分かるけれど、目を覚まさないってのは大丈夫なのかな?

 不思議そうにロジェリ夫を眺めていたのが視界に映ったのか、おばさんが声をかけて来る。


「どうしたんだね」

「治ったのに目を覚まさないのはどうしてなのかなって思って」

「そうかいそうかい」


 おばさんはニタリと笑いながら手袋を外した手を差し出す。あ、これはまさか……。


「なら、金を払うんだね。情報料だ。今回は魔法を使う訳じゃないから銀貨二枚だね」

「うん…… 知 っ て た 」


 このおばさんの事だからお金取られるのかなーって思ってたら本当に請求された。銀貨二枚って約二千円じゃないですか、ヤダー。

 興味はあるけれどお金を払う程かって聞かれると悩む所だなぁ……と思っていると、ギルドメンバーの内の一人が得意げに語り出す。


「治癒魔法はあくまで回復力を凄まじく高めるだけの魔法で、実際に身体を治しているのは術をかけられた側の体力なんだってな。

 昔、共闘した治癒魔法師がそう言ってた。だから、ロジェリオさんは今疲れて寝ちまってるんだろうな」

「へぇー、成る程!教えてくれてありがとう」

「ちっ……」


 おばさんが不機嫌そうに舌打ちする。折角のお金ゲットチャンスが失われてしまったからね。反対に教えてくれたギルドメンバーは得意げなドヤ顔だ。おばさんの鼻を明かせたからかな?

 治癒魔法はおばあちゃんの魔法理論とギルドメンバーの話を当てはめると、魔法によって事象を曲げ自然回復力を高め、傷を塞いだりするのはあくまでその人の免疫や何やという所かな。意外と不思議パワーじゃなかった。……でもこの世界の人達にしてみれば不思議か。


「明日になったら目が覚めるだろうから、明日また来るんだね。今日は閉店だよ」

「ありがとうございました」


 ロジェリ夫を治療院に残し、わたし達はそれぞれの家に帰って行く。





 ……ちょっと待て。わたし、現状宿無しじゃん。家なき子じゃん。どーすんの?

 宿は……泊めて貰えるかな?十八時こんな時間だし、埋まってそうな気もするのよなー。日はもうとっぷり暮れている。


 とりあえず、ギルドに顔を出してみよう。ワンチャン泊めて貰えるやもしれぬ。ヤバそうな人達から避けたり走り去ったりしつつギルドに向かう。


「ごめーんくだ」

 ガチャ

「……あっ」


 なんとかギルドに辿り着く。願いを込めてドアを開けようとするも、開かない。よくよく見るとドアにプレートがかかっていて、『Geschlossen閉店^ ^』の点字が……。

 あらやだホワイト企業……じゃなくて、か、鍵閉められた。灯りは点いてるのに、入れない。


「う、うぅ……」


 ズルズルとドアに体重を乗せながら緩やかに崩れ落ちる。お腹がくぅと鳴り、一層悲しさが増す。

 宿は無くても良いけど、ごはんくらいは何処かで食べたいな……酒場なら、おつまみくらいは口にできるかな……。


 そう思っていると、こつりと小さな靴音が後ろから聞こえる。はっとして振り向くと、そこには心配そうにこちらを見るカルラさんが居た。

 わたしは慌てて起き上がり、服についた土汚れを払いながらカルラさんに向き直る。


「あ……お恥ずかしい所をお見せしました」

「いえ、私こそ声もかけずに見ちゃって、ごめんなさいね」

「夜道に女性一人では危険ですよ?」

「大丈夫よ、私これでも元ランク三のベクターなんだから。ロジェリオの方が強いけれど、そんじょそこらの人には負けないわ」

「な、成る程」


 だから堂々と夜道を歩けるのね。ちらちらと物陰に隠れながらわたしを見ている浮浪者っぽいのが居るけれど、カルラさんを見て何事かつぶやきながら去って行く。噂が出回るくらいには強いみたいだ。

 今のカルラさんは可愛らしい美人さんにしか見えない。普通だったら格好の標的だろうけれど、誰にも襲われないって事は凄い事だと思う。ロジェリオの報復が恐ろしいって説もあるけれど。


「そう言うあなたも女性……いえ、ロジェリオよりも強いのなら私が心配するまでもないわね」

「アッハイ」


 心配してくれたのだろうけど、わたしがカルラさんよりも強いロジェリオよりも更に強い事に思い当たったのか口をつぐむ。なんか申し訳ない。

 カルラさんは話を変えるようにわたしに別の話を振る。


「所で、今日は何処に泊まるのかしら?」

「未定です……宿を取るのも忘れちゃって。今、ギルドで泊めて貰えないか交渉する所だったんですけれど、閉まってて」

「なら、うちで泊まって行きなさいな。ロジェリオの治療費のお礼も兼ねてご馳走するわよ」

「良いんですか!ありがとうございます!」


 やったーごはんだ!カルラさん優しい!親切!美人!わたしは目をキラッキラに輝かせながらお礼を言う。ごはんをくれるのは良い人!多分!

 暗い夜道に街灯は無い。その代わりとでも言うように火を持って人について行く人達が居る。中世に関する本で読んだんだけれど、何て言う職業だっけ。この世界にも有るんだね。


 街の中心には城があって、その周りはキラキラと無性に明るい。だから城の近くは割と治安が良いけれど、光も届かないような街の外れになると治安が悪くなるらしい。さっきの治療院の周辺のように。

 暗がりに近づくにつれちらほらと怪しい人が増えて行く。


「ごめんなさい、こんな事しか出来なくて」

「ごはんを貰えるだけでも充分ですから気にしないでください!」


 ごはん♪ごはん♪おっいしいごっはん♪肉に魚におっ野菜も〜♪ふんふんへふんふん♪

 わたしは陽気に鼻歌を歌いながらくるくると踊る。ワンピースがふわりと広がり、風と月が更に服を豪華に見せる。


「……本当に貴族様じゃないのよね?」

「? えぇ、貴族は多分こんな即興ソングは歌わないし、即興ダンスも踊りませんよ」

「そう……それもそうね」


 何かよく分からないけれど納得されてしまった。……まぁ良いか。

 暫くカルラさんと歩いて行くと一軒の家につく。ザ・中世ヨーロッパの家って感じの家だ。カルラさんが普通にそこに入って行くから多分ここがロジェリ夫の家なのだろう。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 やっぱり中は農村の家とも違うし、おばあちゃん家とも違う。農村の家は中に牛が居た。おばあちゃん家は基本生活空間が一階だけだったが故に元の世界の現代の家に近い家だった。

 でも、ここは街だ。『必要な物』が違う。家って住む人にとって便利な物、必要な物が有るようになっているから時代や場所、立場によって家は変わってくる。


「今から準備するから、少し待ってて貰えるかしら?」

「はい。あ、手伝いましょうか?」

「あら、ふふ。良いのよ。あなたはお客さんなんだから、座ってなさいな」


 そう言われては仕方ない。わたしは大人しく席に座って待つ。……とは言っても暇だから暇つぶしに絵でも描こうかな。

 今日は人物画の気分だから〜……カルラさんを描こう。丁度目の前に居るし。見返り美人図的な感じで。


 開いたドアから調理中のカルラさんを見つつ絵を描く。素材が良いと絵もまた美しくなる……気がする。気がするだけね。

 そうこうしている内に料理が運ばれて来る。集中していたわたしはカルラさんの接近に気付かず、料理が並べ終えられた所でカルラさんが声をかけてくれた事によって意識を浮上させる。


「……た、……なた、あなた」

「はっ!あ、す、すみません!今片付けますね!」


 ようやく気付いたわたしを見てカルラさんはほっと優しく安堵の息を吐く。わたしがいそいそと絵をしまおうとするとカルラさんからストップがかかる。


「待ってちょうだい」

「え?はい」

「見せて貰っても良いかしら?」

「良いですよ。どうぞ」


 絵をくるっと百八十度回転させて、対面に座ったカルラさんが見やすいように渡す。受け取ったカルラさんはまじまじとその絵を見つめ出す。

 う……なんだか恥ずかしいな。モデルにした人物にその人を描いた絵を見られるなんて……。漫画みたいに無数の人に見られるのとはまた違った感じ。


「これ……私かしら?よく出来てるわねぇ」

「ありがとうございます」


 感嘆したように呟くカルラさんに対し、照れて頭をかくわたし。やっぱりいくつになっても絵を褒められると嬉しいもんだね。

 わたしはサイン会とか握手会とかやらなかったから、全然ファンと触れ合う機会無かったし、青い鳥の奴も顔本もやらなかったからファンの反応が全然分かんなかったんだよね。


 え?理由?コミュ障がサイン会や握手会で会話出来るとでも?青い鳥や顔本のような画面越しですら固まるような人間に?

 ……そのせいで編集さんに『ここまで情報秘匿している漫画家は珍しいぞ』って言われてしまってね……。別に秘匿してるつもりは無いんだけれど……人と触れ合うのが怖かったの。


 ……それが今は、こんなに普通にコミュニケーションが取れるようになるなんて……人生、何が起こるか分からないね。

 まぁ、これに関しては一応推論が有るんだ。確証は無い、ただの推論。もう少し確証が持てたら良いんだけれど……おや?


「どうしました?」

「ええと、その……」


 カルラさんがもじもじしてる。可愛い……じゃなくて、これは……ジャパニーズ必須スキル、〈察し〉の働き時!いざ行かん!


「もし良ければ、貰ってください」

「! い、良いの?」

「勿論です」

「ありがとう!」


 ジャパニーズ〈察し〉スキルは異世界でも便利だね。あってよかったこのスキル。

 ただしわたしは使えても空気を読む気が無ければ読まないAあえてK空気をY読まないです。空気は吸うものだもの。読むのは本だけで充分充分。


「あなた多才ねぇ。ロジェリオよりも強くて、絵も仕事に出来るレベルで描けるもの。貴族様じゃないなんて嘘みたいだわ」

「はは……ありがとうございます」


 わたしは笑ってごまかす。まさか前世で漫画家でしたとは言えない。前世は文化的才能には恵まれていたけれど、その代わりとでも言うように体力とコミュ力が無かった。

 でも今世では体力は有るしコミュ力も普通には有る。……はっ!まさか、わたし今世では完璧マン……!?さっすがわたし!略してさすわた!


 ……いや、完璧マンとまではいかないか。わたしだって人間だもの。出来ない事の一つや二つありますよ。例えば、理系科目は苦手だし、おばあちゃんには勝てないし、後先考えないで行動したりするし。

 あ、そう言えば今、『絵も仕事に出来るレベル』って言ってたね。この世界の人からのお墨付きを貰えたって事は、ベクターギルドをクビになった場合の仕事に出来なくもないかも?一応頭の隅には入れておこう。


「……そう言えば、ずっとあなたって呼んでいたけれど、名前を聞かせて貰えるかしら?」

「グリムです。グリム・フォースタス」

「グリム……良い名前ね」

「ありがとうございます」

「知っているみたいだけれど、一応名乗っとくわね。

 カルラ・ランゲよ」

「カルラさんも良い名前ですね」

「ふふ、ありがとう」


 カルラさんは嬉しそうににこりと笑う。うん、美人だ。ロジェリ夫は良いお嫁さんを貰ったね。優しくて美人で可愛くて……。

 そんな事を思っているとカルラさんが食事を勧めて来た。


「さぁ、冷めない内に食べましょう?キエルの街は港町だから魚料理が有名なのよ」

「ありがとうございます!いただきます!」


 沢山の魚料理がテーブル上に広げられる。美味しそう!よだれで口をいっぱいにしたわたしは我慢出来ずに食べだす。

 もふもふもふ……。うん、美味しい!


 そう言えばこの街、港町なんだ。全然知らなかった。明日行ってみよっと。


 そのままお腹いっぱいにしたわたしはお風呂とベットを借りて眠りについた。

 おやすみなさい。

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