治療院の話
「おいガキ、付いてくんな!関係ねぇだろ!」
「やだね!付いてく!加害者だもん!」
ロジェリ男を運んでいた男の内の一人にどやされる。わたしは顔を青ざめさせつつ男の命令を拒否する。
今のわたしの心境は、そう、交通事故を起こしてしまったような気持ちだ。前世では車もバイクも運転した事無いけれど、ともかくそんな気持ちだ。
責任を、責任をとらねば。せめて治療費を払うくらいはしないと、わたしの心が落ち着かない。
道行く人達が運ばれてくロジェリ男を見て驚愕する。有名人なのだろうか。それとも怪我人を見てびっくりしただけ?
何割かはわたしに視線が行ってるような気もするけれど気の所為だと思う事にする。
「まぁ!ロジェリオ!?ロジェリオなの!?何があったの!?返事してちょうだい、ロジェリオ!」
「
運びながら走っているとすれ違った一人の女性が慌てて駆け寄って来る。名前を連呼していて、ギルドメンバーがその女性の名と思しき名前を叫んだ事からロジェリ男の関係者なのだろうと察する。
姉だろうか?はたまた妹?女性が故かスカートが故か、だんだんギルドメンバー達のスピードに着いて行けなくなっている。
「掴まって下さい!」
「あ、あなたは!?」
わたしは走りながらカルラさんに手を差し伸べる。
カルラさんは成人男性と同じスピードで走っても全く息切れの一つもしないわたしに戸惑い、驚きながらも当然の疑問を投げかける。そして、手をとる。カルラさんのスピードが上がった。
「加害者です!ごめんなさい!!」
「!?」
わたしは正直に申し出る。カルラさんの顔に驚きと疑問が現れる。そりゃ、ね。こんなちみっこい幼女とも少女ともつかぬ見た目の子にムキムキマッチョが倒されたって言っても信じられないよね。
しかもそのムキムキマッチョ、ギルド内でもかなり強そうでトップの部類っぽいからね。強さを知っていると余計頭が現状を受け入れられないだろう。
「あなた……冗談を言うべきは今ではないわよ?」
「この状況下で言うと思いますか!?」
「カルラさん、本当です!このガキ、ロジェリオさんを倒しちまいました……!俺達の目の前で……!」
「まぁ……」
カルラさんは顔を青ざめさせながらもう片方の、わたしの手を掴んでる方じゃない方の手で小さく拳を作る。
驚きや戸惑いを隠しきれない、と言った様子だ。
わたし達は華やかな中央付近にあったギルドから大分遠のいて、今や明らかに治安の悪そうな場所に来ている。街の外れの方だろうか?
道行く人は皆目がギラギラしていて、瘦せぎすだ。一本でも横道にそれたら今すぐにでも襲われてしまいそうな、そんな感じがした。
「見えたぞ!」
運んでいた人達の内の一人がそう叫ぶ。視線の先には治癒魔法の魔法陣と十字架を紋様化した看板がぶら下がっていた。
治療院と言っても個人経営らしく、大きな建物ではない。壁も薄汚れていて看板が出ていなければ治療院だなんて思いもしないだろう。
「急患だ!急いでくれ!」
人避けに先頭を走っていたギルドメンバーがドアを乱暴に開ける。ドアにぶら下がっていた小さなベルが勢いよく左右に揺れ、カランコロンと場違いにも軽やかな音を奏でる。
ベルの音を聞きつけてか、部屋の奥から一人のピンク髪の初老の女性がのっそりのっそりとやって来る。とても急患を相手にするとは思えない遅さだ。
「なんだね、もう閉店間際って時に」
「ロジェリオさんが倒れた!治してくれ!」
「ロジェリオ?……あぁ。そこに寝かせとくんだね」
ちらっとおばさんはロジェリ男を一瞥すると横にあった少し灰色がかった白いベットを指差す。普通のベットなのだろうけど、ロジェリ男が大きすぎるせいで小さく見える。
ロジェリ男は頭から足までギリギリ収まった。運んで来たギルドメンバーがロジェリ男の着ていた防具を次々剥がしていく。
「うわ……」
「……っ!」
「ロジェリオさん……」
この場に居たロジェリ男の関係者全員が「うっ」と息を飲む。わたしの攻撃が直撃した肩と脛は酷い有様だった。
怪我をした部分は酷い痣になっていて、膨らんでいた。防具が凹んでいた事を考えると骨折したのではと思われる。前世でわたしも骨折した事が有るからよく分かる。症状が似ていた。
骨折って、治るのに時間かかるんだよね。となるとロジェリ男はこのままだと暫く収入がゼロに……。
流石にそれはかわいそうが過ぎる。わたしのせいで生活苦とか嫌過ぎる。
でも、ここは異世界。治癒魔法と言う素敵な物が有るじゃないか。
実を言うとわたしの魔法の中にも治癒が出来る魔法はあるのだけれど、魔女だとバレてしまうから残念ながらここでは使えない。と言うか一生お蔵入りだと思っている。だって魔女は勝手に怪我治るし……普通の人には使えないし……。
「どんな状態だね。……ふむ」
おばさんはじろじろと眺めたり、触診したりしながらロジェリ男を観察する。その横で、わたし達がじっ……と眺める。否、固唾を飲んでいると言った方が正しいか。
ロジェリ男は未だに目を覚まさない。額に汗を流しながら、険しい顔でピッタリと目を閉じている。
「ロジェリオ……」
カルラさんがロジェリ男の額の汗を拭う。おばさんは『触れるな』とも『やめろ』とも言わない。淡々と怪我の状態を診ていた。
カルラさんの声音や行動から、本当にロジェリ男を心配している事が分かる。わたしはたとえロジェリ男が喧嘩を売って来たとはいえ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「重度の骨折だね。命に別状は無いね」
「本当ですか!良かった……いえ、良くないわね。重度の骨折なんて……」
『命に別状は無い』と言う言葉に皆一様にホッとする。が、すぐに気を落とす。重度の骨折だと言う事も分かったからだ。
おばさんは「ん」と言いながら指を二本立てる。わたしはそれに対して首を傾げつつグーを出す。勝った。
「……何してんだい嬢ちゃん」
「じゃんけん?」
「何で疑問形なんだね。それと、これは治療費であってチョキじゃないよ」
あー、確かに漫画とか小説とかで指で金額を示すシーンとか有るね。あと『せり』とか。まさかそれを目の前でやって貰えるとは思わなかった。
あまりにも馴染みが無い表現形式過ぎて思わずグーを出してしまったよ。恥ずかしっ!あと、おばさん意外と優しいね。ちゃんと教えてくれたよ。
「金貨二枚ですか?それなら……」
「いんや?白金貨二十枚だね」
「っ!? そ、そんな……!」
日本円換算で二百万!?国の医療費負担が無いにしたって高価い!ギルドメンバー達が連れてくのを躊躇うのも分かる!
カルラさんは膝から崩れ落ち、美しい顔に涙を浮かべる。そのまま涙は頰を伝い、床にぽつぽつと水滴が垂れる。
「ふざけんな!このぼったくりババア!!」
「嫌なら良いんだね。別にこいつが治ろうが治るまいがあたしにゃあ関係無いからね。
ただ、このままだと間違い無く二度と槍は振るえないし、ベクターとして働く事は難しいね」
「ぐっ……!」
ギリリと歯を食いしばる男。その口元から一筋の血がつと流れた。ロジェリ男がとても慕われていて、かつ、信頼を集めていると言うのがとてもよく分かった。
ベクターとして働く事が難しいって、それ、職を失う事と同義じゃないか。わたしの、せいで。わたしの、せいで━━。
「おい!お前のせいだぞ━━避けるな!!」
「避けるよそりゃ!」
突然降って来たげんこつをひらりと躱す。痛いのは嫌!ご勘弁!そのままげんこつは空をきった。
「お前のせいだぞ」って、あーたらが喧嘩吹っかけて来なきゃそもそもこんな事にはならなかったよ!!わたしに責任はあるけれど、ギルド側にだって責任は有る。止める事だって出来たんだから。
「お前さえ、お前さえ来なけりゃこんな事にはならなかったのに!」
「何で!?わたし来ちゃいけないの!?ギルドの年齢制限はクリアしてたし、ギルドは実力さえあれば誰でも入れるんじゃないの!?」
わたしはギルドメンバーの一人と口論を始める。相手は顔を真っ赤にして怒り、わたしも顔を真っ赤にして怒る。
『お前さえ来なけりゃこんな事にはならなかった』って、そりゃ理不尽ってもんだよ!誰が来るかなんて分からないじゃないか!その理論なら『ロジェリ男があのギルドにいなけりゃこんな事にはならなかった』って事だって言えるよ!
「チッ……このクソ貴族が……」
「へ?貴族?わたし貴族じゃないよ?」
「「「ハァ??」」」
悪態をついたギルドメンバーの一人のセリフを否定する。途端、その場に居た全員が顔をわたしに向けた。え、これまさか、わたし全員に貴族だと思われていた……?
確かにわたしの服は狙われるくらいには高価だ。素材も作り手も一級品。デザインも前世で名を馳せた漫画家であるわたしが担っている。
それに自分で言うのもなんだけれど顔は非常に愛らしいし、身綺麗にはしているから貴族に見えるのかもしれない。
マジかー……だから周りの対応がビクついていたり、丁寧だったり、深く詮索したりしなかったのか。通りで変だなー、と……。
「は……ハァ?お前、その見た目で貴族じゃないって……勘当されたか?」
「生まれも育ちも平民だよ!」
みんなみんな、信じられないとでも言いたげに目を丸くする。文句を言いたいが、大人しくほっぺを膨らましとくだけに留める。
見た目で勘違いさせたのはわたしの責任だしね。……もしかして、わたしを追い出した村人達も貴族だって思ってたのかな……だから襲われたのかな……。
「お前……その見た目で……嘘だろ……」
「嘘じゃないよ」
「平民がそんな綺麗な服平時で着れるわけねーだろ!祭りの時でもねーのに!」
「そうは言っても……」
おばあちゃんの名前を出せばある程度納得してくれるかな?ギルドで稼いでるっぽいし……。
そう思ってると、横目でわたしをじっと見ていたおばさんから声がかかる。
「貴族でも平民でもなんでも良いけど、治療費は払わんと治さないね」
「あの、少し負けていただけませんか?具体的には金貨二枚」
「負けないね。これが最低値だ。あたしにだって事情が有るんだね」
「そう、ですか……」
わたしの値切りは食べ物に関して以外だと上手く発動しない。ここで武力で脅すと言う手も無い訳じゃないけれど、それは悪手だ。
ギルドメンバーのいかつい男が怒鳴っても動じなかったし、最悪の場合治療を施して貰えなくなる可能性だって有る。それなら大人しく払った方が良い。
「ならわたしが払います」
わたしはそう言って財布袋をおばさんに向かって投げる。
上手くキャッチしたおばさんは嬉々として袋を開ける。しかし、すぐに顔をしかめた。
「はぁ?金貨六枚とちょっと?舐めてんのかね?」
「今この場で金貨を軽々と……」
「やっぱ貴族じゃ……」
「違うから!違うから!!」
わたしはブンブンと手を横に振って否定の意を示す。これで宿無し確定民族だけれど、まあいい。最悪は屋根の上か木の上で寝よう。雨降らないといいな……。
それはともかくとして、残り白金貨十九枚と金貨四枚。又は金貨百九十四枚。さてはてどうするか……。
「とりあえずこのガキの事は置いといて、残りはどうする?」
「みんなから集めるか?ギルドからある程度貸して貰えないか?」
「ギルドは貸してくれるかもしれねーが、みんなからは難しいだろ……貯めてる奴なんてそうそういねーし。
ギルドにしたって金貨十四枚も貸してくれるかどうか……」
「あ」
ギルドメンバーが頭を悩ませつつ話し合っている中、ふと思いつき、口から声が漏れ出る。意外と大きな物だったらしく、バッ!と視線が一気にわたしに集中する。ヒェッ!
いきなりの事でビビった。期待するような、懇願するような視線がわたしを射抜き、心にダメージを与える。プレッシャーが重い……!
「わたし、道中で魔獣狩ったんだけれど……ギルドで売れるかな?」
「売れるには売れるが……何の魔獣だ?」
「これなんだけれど」
そう言ってわたしは袋から兎と口臭魔獣の戦利品を取り出す。
兎の魔石は白くて小さいけれど口臭魔獣の方は緑色で大きい。他には皮と爪。これだけあれば、少しは足しになるだろうか?
「……これ、嘘だろ……」
「……通りでロジェリオさんが勝てねー訳だよ……」
「俺、一生分の驚きを使っちまったんじゃねーかってくらい今日一日で驚いてるよ……」
「え?何?どうなの?売れるの?」
ある人は固まり、ある人は息も絶え絶えにコメントし、ある人は放心し、ある人は焦点が合わなくなってる。
大丈夫?なんか薬中みたいになってるよ?まぁその原因はわたしみたいですけどね!なんかよく分からんけどごめんね!
「売れるも何も……」
「余裕で白金貨二十枚に届くわ……」
「本当!?やったー!」
震える指で口臭魔獣の素材を指差すギルドメンバー達。それに対してちゃんと払えて治せると言う嬉しさにその場でジャンプするわたし。
どちらも喜んでいる事には変わりないけれど、反応の差が凄まじかった。正直白金貨が貰えるって言われても普段使わないからふわっとした感慨しか無いのよね。
「ところで、この魔獣何て言う名前なの?」
「お前……知らずに倒したのか……」
「……カッツェンヴァイトって言う魔獣だ。危険度七の強魔獣の筈なんだがな……」
え、そんなに危険度高かったの?確かに強かったけれど。そして案外名前が厳つい。カッツェンヴァイト……厨二心をくすぐります。
カルラさんはロジェリ男が助けられると聞いて涙ぐみながらロジェリ男の怪我してない方の手を握る。
「まぁ……!良かったわね、あなた!」
「ん?あなた?」
「カルラさんはロジェリオさんの奥さんだよ」
「えっ、そうなの!?」
「えぇ!そうよ!」
カルラさんはにっこりと笑いながら胸を張って答える。近しい間柄だろうとは思っていたけれどまさか奥さんだったとは。ロジェリ男さんは夫だったのか。もしかして、ロジェリ男じゃなくて、ロジェリ夫?
ワイワイとそんなやりとりをしているとおばさんがため息を吐きながらロジェリ夫の患部に何かはめだす。ギプス……かな?
「こうなるんだったらもっと吹っかけとくんだったね」
「ア"ァ"!?ふざけんなよババア!!」
この人本当にお金好きだね……。おばさんの独り言のようなセリフにキレたり殺気立ったりするギルドメンバー達。カルラさんもむっとしているようだ。
そりゃあ大事な人が怪我して治療して貰おうとしたら吹っかけられて、何とか治療出来そうって時にそんな事言われたらねぇ?おばさんてば不謹慎な人だね。
「良いからさっさと金作って来な。耳揃えて払って貰うまで治さないからね」
「はっ、はい!」
わたしは素材を纏めてギルドへ走って行った。
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