ベクターギルドの話

 


「おっ、ここかぁ」


 看板を見上げながらそう呟く。看板には剣と杖、それから盾を重ねたような紋章が描かれていた。確かにそれっぽい。

 ベクターギルドは通りに面していて、屈強そうな人が次々に武器を片手に、袋をもう片手にして入って行く。……なんか、幼女わたし、場違い?


「ごめーんくださーい……」


 ひっそりゆっくりとドアを開けたにも関わらず、ガランガラン!と取り付けられた鈴が鳴る。カフェについてそうな可愛い感じの奴じゃなくて、重厚そうな鐘みたいな奴。

 瞬間、わたしに一気に視線が集まり、思わず縮み上がる。カウンターから、列から、椅子の上から、無数の目、目、目。視線の暴力が叩きつけるようにわたしに襲いかかる。


「ヒェ……」

「どうしたのかな?迷子かしら?それとも依頼?」


 アホ毛もわたし本体も縮み上がる中、肝っ玉のありそうな受付の女性……受付嬢とでも呼ぼうか、が優しく話しかけて来る。わたしは受付の前まで歩みを進める。ベクター達は他の列にささっと避けた。

 ……うぅむ、やっぱり子供に見られてるのか……複雑!前世で中三だったのに私服着てコンビニに行ったら小学生と間違えられたのを思い出す。プリーズギブミー身長。


「えっと……違います。ベクターギルドに入りたくて……」

「えぇと、ゴメンね?成人前、十四歳以下の子供は入れなくて……」

「十五です」

「え?」

「成人です」


 シン……と静まり返るギルド内。しかし、それも一瞬の事だった。

 次の瞬間、「ガハハハハ!!!」「アハハハハ!!!」「ドワッハッハッハ!!!」と爆発のような笑い声が響き渡る。中には床を転がりながら笑う奴まで出る始末。流石にちょっとムッとする。


「ハハハハハ!冗談だろ、嬢ちゃん?」

「じょ、冗談じゃないもん!いっちょまえの十五歳だもん!」


 涙目になりつつ抗議する。泣いてない。泣いてなんか、ない。

 あくまで涙目。涙目なのだ。……ぐすっ。


「……えぇと、なら、証明出来る物は有りますか?贈り物とか」

「証明……?」


 ……そんなの貰った記憶無い。ど、どうしよう。困ったなぁ……。

 ……あ、そうだ。困ったと言えばこの袋。『いざとなッたら開けろ』って言ってたし、今がいざって時だよね。さて、何が入って━━


 炭枯怨スコーンだった。

 見なかった事にした。


「……貰ってないです……」

「さっきの袋は何ですか?それに入っているのではないのですか?別に取ったりしないので、見せてくださ」

「あっ」


 やや不意打ち気味に袋を開けられてしまう。わたしは静止をかけようとするも、もう遅かった。

 受付嬢は、止まった。まるで石のように。時が止まったかのように。


「「……」」


 二人して押し黙る。こんな沢山の炭、どうしろと……?配れっての?死人が出るわ。

 ……あれ、この袋を縛る紐、わたしのリボンの柄に似て……あ。


「これ……ブックバンドだ……」


 紐にしては太いなーと思ったらブックバンドだった。しかもしおり機能付き。

 わたしのリボンをイメージしているらしく、十字型の茶色い宝石がついていて、台座の裏には点字が。それを受付嬢に見せてみる。


「『ここに、グリム・フォースタスの成人を祝す』……確かに確認しました。

 貴女はグリム・フォースタスで間違い有りませんか?」

「はい」


 ざわざわと小声で話し出すベクター達。「嘘だ」「信じられない」「子人ドワーフか?」などといった声がちらほらと聞こえて来る。

 そんなのは気にせずわたしが受付の前でぴょんこぴょんこしながらなんとか奥が見えないか頑張っていると、不意に大きな声がかかる。


「おいおいおいおい!こーんなちっちぇ奴が大人だと?冗談はその背だけにしとけ!」


 誰だこのハゲ。

 わたしは声のした方を振り向く。そこには槍を持った巨漢がいた。髪もヒゲも無い、つるっぱげの人だ。


「ハッハッハッハッハ!!!」

「良いぞーもっと言えーRogerioロジェリオー!」

「やんややんやー!」


 ハゲ改めロジェリはベクター達から声援を受け調子付く。え?いじめ?いじめなの?新人いじめとか、そーゆー奴?まだ入ってすらいないのに?

 と言うか受付さんよ、止めなくて良いんで……居ねぇーーーー!!!!!受付共あいつら、逃げやがったなぁあああ!!!???


 そっちが見捨てるとかそういう対応を取るんだったら、良いとも!わたしも好きなようにやらせて貰おう!


「おいおいおいおい!こーんなハゲが守護者ベクターだって?冗談はその頭だけにしとけ!自分の髪も守れないのに、なぁにが守護者だ!」

「なっ……!」


 まさか皮肉をパロって返されるとは思わなかったのだろう。ロジェリ男は口をあんぐり開ける。他のベクター達も同様だ。

 ふっふん。わたしをあんまり舐めるなよ?何回編集さんと言い合いしたと思ってんの。皮肉返しは上等よ?


「テメェ!ロジェリオさんは剃ってるんだ!」

「あ、そうなの?」


 ヤジ馬の一人がそう叫ぶ。援護……なのかな?よく見たらこのベクターギルド内、女性を除いてハゲが多い。流行りかな?

 まぁ頭とか洗いやすそうだしね……でも髪の毛って確か頭を防御する役割があったような……関係無いか。


「オメェ、オレをこけにしやがったな!」

「お互い様だよ!!」


 物凄い簡素化するとお互い「ハゲ!」「チビ!」と罵り合ってただけだかんね?小学生レベルの会話だかんね?

 後からやって来た他のベクター達もヤジ馬に参加しているのを横目で見る。助けてよぉ!!


子人ドワーフ他国よそへ行けよ!ここは基人グルントラーガの国だ!」

「わたしは!基人グルントラーガの!!大人だよぉお!!!」


 信じてぇえええ!!!わたし、確かに小さいですけどね?鍛冶とか得意じゃないよ?手先はまあまあ器用だけど。

 それより、ドワーフ居るんだ。やっぱり異世界!会ってみたいなぁ。


「そう言うロジェリ男アンタは巨人じゃないの!?お国へお帰り!」

「ちっげーよ!オレは生粋の基人グルントラーガだ!それと巨人ヒガンテスはオレよりもっとデケェ!」


 巨人も居るんだ。というか普通に巨人って言ったら読み方修正されてしまった。通じるには通じるんだね……。

 そう言えばおばあちゃんがわたしを吹っ飛ばした時の詠唱の中に巨国ってあったけれど、そこが巨人の国かな?


「よくも別種族と間違えやがったな!」

「そりゃこっちのセリフだよ!」


 顔を真っ赤にしたロジェリ男が槍を構える。戦闘だね。ヤジ馬共も援護するようにヤジを飛ばす。

 わたしもロジェリ男に合わせて鍵槍を構える。勿論、殺す鍵を捻るつもりは無い。すると、今度はロジェリ男の時とは打って変わって冷やかしがわたしに浴びせられた。


「プッ!なんだぁそのやりゃあ!?おもちゃかよ!」

「プーッ!だっせぇ!!!」

「にゃにおぅ!?」


 わたしは鍵槍を罵倒して来たヤジ馬共を睨みつける。わたしの鍵槍を貶すとは何事だ!わたしも好きじゃないけど!

 だって、性能が怖すぎるんだもん!強いけどさぁ!絶対鍵の形をした何かだよこれぇ!因みにロジェリ男は待ってくれてる。優しい。


 確かに、ヤジ馬の言う事も分からんくはない。ロジェリ男の槍はシンプルでカッコよくて強そうで飾りも無く機能的だ。

 反対にわたしの鍵槍は鍵が本性だからか槍にしちゃ余計なパーツ付いてるし可愛さや綺麗さの方が勝るしあまり強そうには感じられないのだ。


 でも、一応とは言え愛着は有るのだ。立派な相棒(ただし蹴り技主体)だしね。それを貶されるのは腹が立つ。

 わたしがムッとしながらヤジ馬共を睨んでいるとロジェリ男が「おい」と言って意識を引き戻す。慌ててロジェリ男の方を向く。


「もし、オレに勝てるようだったらオレはオメェを認めてやる。こいつらも文句は言わねぇ。登録でもなんでも好きにしろ。……ただし」

「ただし?」

「オメェが負けたら、ベクターギルドを出てけ。他の支部にも二度と入るな」

「いいよ」


 わたしがあっさり承諾するとロジェリ男は少し目を丸くする。わたしとしては何も別にベクターギルドに拘ってる訳じゃないから負けたとしても特に問題は無い。

 それよりも、『他の支部にも二度と入るな』って方が気になる。それって出禁だよね?リーダーっぽそうなこの人が『この支部に二度と入るな』って言うのなら分かるけれど他の所にも口出しするってのが引っかかるなぁ……。


「では、公平な審判をギルド員の私が務めましょう」

「……居たんだ。止めなくて良いの?」

「はい」


 即答したよこの人。審判はわたしの成人確認をした受付嬢だ。……それにしてもギルドが決闘これを黙認か。新人いびりが伝統……なんだろうか?

 受付嬢が手を上げる。構えの合図だ。シン……と騒がしかったヤジ馬達が静まり返る。


「はじめっ!」

 バッ!!


 手が振り下ろされる。それと同時に斬撃が走る。正体はロジェリ男の槍先だ。わたしはそれをひらりと横に躱し、鍵槍をロジェリ男に向かって突き出す。


 カァン!!


 鍵槍はロジェリ男の槍に絡められ、上向きに弾かれる。わたしは槍を構えながら後ろに下がり、ロジェリ男を誘い込む。


 わたしとしてはロジェリ男を殺す訳にはいかないから鍵槍本来の戦い方は出来ない。故に、殺さずに決着をつけるのなら鍵槍よりも蹴技の方が早いだろう。

 狭い屋内……ギルド内はわたしの跳躍力が輝く場所、即ちわたしにとって好都合な場所だ。これを生かして蹴り技を決めたい所だ。


 それと、わたしは怪我をしただけで一発アウトの可能性が有る。怪我をすると魔女紋が浮き出て来るからだ。

 それを魔法に詳しい人に見られたら確実に「普通の魔法陣と違くね?」と言われてしまう。魔法に詳しくなくても言われる可能性はある。そこから魔女だとバレる事もかなーりあり得るのだ。


 だから、わたしは怪我すら負わずにロジェリ男に完勝する必要がある。……無理ゲーとは言わないけれど、かなり大変な目標だ。


「逃げるなよっ!」


 ロジェリ男は誘いに乗って凄まじい勢いで槍を突き出す。わたしはそれをジャンプすることによって避け、一瞬天井に張り付く。

 どよりとヤジ馬達がざわめき天井を見上げる。が、そこにはもう誰も居ない。何故なら━━


「やぁっ!!」

「ぐっ!」


 もう既に勢いをつける為に蹴り去ったからだ。わたしの蹴り技がロジェリ男の肩に決まる。これにより、ロジェリ男は両手で槍を持つ事が難しくなったらしく片手持ちに変えた。まだ負ける気は無いようだ。

 槍の片手持ちは馬にでも乗ってない限り威力が出にくい。これで随分不利になった事だろう。


「オメェ……槍使いじゃなかったのか……?」

「主体は蹴技こっち。槍はサブ」

「そうかよ……」


 ロジェリ男は煩わしそうに舌打ちをする。初見だとわたしのメインウェポンが槍に見えるのかな?これは使えるかも……?

 確かにブーツははたから見れば普通のにしか見えないしね。鉄板の入った武器とは思うまい。


 会話しながら槍を捌き合う様はお互いの実力の高さを示す。わたし、意外と強い……?

 脳内でおばあちゃんが『あたしが教えたンだから当然だろ』と胸を張る様子が思い描かれる。言いそう。


 それにしても、ロジェリ男は片腕を怪我して片手槍状態なのに強い。わたしの蹴技を警戒してか近付かせないようにわたしに攻め込む。

 わたしはロジェリ男の槍を捌きつつ、どう攻めるか考える。次は何処を狙えば良かろうか。


 深い怪我は負わせたくないから頭や胸、腹は論外。とすると足か腕。腕はもう既に怪我をしているのに倒れない事からあまり攻撃しない方が良いように感じる。多分幾ら怪我させても向かって来る。

 なら、足は?痛ければ崩れ落ちるのは必至。特にあの場所ともなれば尚のこと。


 その場所とは。


「はっ!」

 ドスッ!

「!?」


 壁際までわざと追い詰められ、それから天井を蹴りロジェリ男の反対側へ向かう。

 わたしに集中していたロジェリ男は壁に一瞬穴を開けるが、すぐに引き抜いて振り向く。が、視界には誰も映らない。


 何故なら。


脛ェ弁慶の、泣き所ォッッ!!!」

「うがッ!!?」


 わたしはしゃがんでいたからだ。背の高い、視点の高いロジェリ男は小さなわたしが屈むより小さくなると一瞬、視界に入らなくなる。

 ロジェリ男が振り向く一瞬の隙を突いて、わたしは脛に勢い良く蹴りを入れた。


「がっ……!」


 ロジェリ男はあまりの痛さ故か震える手で槍を離し、膝をつく。そして、床に倒れ込んだ。足に防具はあったけれど、それすらも凹んでいた。

 わたしは倒れたロジェリ男の前でふんす!と鼻息を荒げる。勝った!


「おい、嘘だろ……?」

「ランク四のロジェリオが……!」

「治療院に連れてくぞ!」

「でも、あそこは……」

「良いから!早く!」


 ギルド内がざわめき立つ。目の前で見ていた受付嬢ですら現実を受け入れられないらしく、呆然としていた。

 わたしはざわめきを聞いてハッとする。そうだ、この人は魔女じゃない。打ち所が悪ければ、そのまま死ぬ━━。


「あ、ご、ご、ごめん、なさい……」


 顔がどんどん青くなって行くのを感じる。鍵槍を握る手に力がこもる。

 ロジェリ男が男数名に連れられて行くのをわたしは走って追いかけて行った。


 受付嬢含めた何人かがわたしを止めようと動いたけれど、そんなのは気にせずに走り去った。

 否、気にしてなんかいられなかった。

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