関所の話

 


「う〜、やっと着いたぁ」


 時折木に登り街の方向を確認しながら進む事早数日。

 わたしはやっと街の入り口らしき所へたどり着いた。


 因みに道中の魔獣の肉は硬くて臭みが凄くて食べるのが大変だった。香草とか欲しいな……。

 食べられない訳ではないけれど、食べるのは大変といった感じ。


「うへ……並んでるし」


 入国……いや、入街審査かな?そんな感じがする。一箇所しかない関所を通る為に壁際に一列に並んでる人を見る限り、旅人や商人が多い気がする。

 その商人は並びつつ旅人相手に商売している。ちゃっかりしてるなぁ。


「並ぶか」


 しょうがない。入る為には並ぶ必要が有る。というかよく律儀に並ぶね。普通抜かしたり割り込んで来たりする輩が出て来てもおかしくないような……あ。

 良く見たら兵士っぽいのが睨みを効かせてるわ。確かにあんな厳ついのに睨まれたら抜かす気も起きんわ……。


 おばあちゃんと一緒に来た時はおばあちゃんに背負われた状態でこの壁を越えたんだけれど、今回はそうもいかない。

 買い物だけならまだしも滞在する以上は審査を受ける必要があると思うのだ。


 わたしも彼等に習って列の一番後ろに並ぶ。さーて、入街まで何時間かかる事やら……。


「ん?」


 何だね君達。わたしをじろじろ見て。何か珍しい物でも付いてるかい?

 メッシュは確かに珍しいだろうけれど、そんなじろじろ見る程かい?都会には居そうだけど?


「あのぅ……失礼ですが、親はいないのでしょうか?」

「へ?親?」


 微妙な敬語を使う旅人らしき人がわたしに話しかけて来る。

 もしかして、わたし迷子の子供に見られてる?違うよ!?確かにわたしはちみっこいけれど十五歳!成人済!せ!い!じ!ん!ず!み!!


「えぇと……わたし、大人ですよ?」

「えっ!?あっ?……すすす、すいません!」


 旅人さんは慌てて謝って来る。そのままそそくさと逃げるようにしてそっぽ、と言うか前を向いてしまった。

 一体何なんだ……と思っていると兵士らしき人がこっちに近付いて来る。何!?なんぞ!?まさかつまみ出される!?


「こちらへどうぞ」

「え?あ?はい」


 近付いて来た兵士らしき人はうやうやしい態度でわたしを導く。どうやら、先に通してくれるみたいだ。

 え?並んでる人は?良いの?というか何でわたし?と思ったが付いて行かないのもお互い困りそうだから付いて行く事にする。


 チラリと列の方を見るとチラチラと見られている事に気付くが並んでる人達は何も言って来る気配は無い。

 ……いや、正確には言いたそうにしているけれど押し黙っているって感じだ。中には睨むような視線を向けて来る人もいる。


 まぁ、そりゃ、ね?わたしだって抜かされたら怒りたくもなりますわ。あんな何時間も並んでそうな列に並んでたのに来てから数分の奴を先に通されたら怒りますわ。

 例えるなら、真夜中から長時間並んだ大人気ゲームの列の真ん中くらいに居るのに後から来た奴に先に買われるようなもんでしょ?


 わたしは屋外で夜通し並ぶ体力なんて無かったから通販組だったけれど、気持ちは分かる。……本当にごめんなさい。

 わたしは申し訳無さを感じつつ関所……いや、部屋に案内される。も、もしかして優遇するように見せかけて尋問!?尋問なのね!?いやーっ!


 部屋は掃除が行き届いている上に調度にも気を使っているらしい。綺麗だ。ま、まさか本当に優遇され、イヤッ、もしかしたらこの後酷いどんでん返しを食らわされるのかもっ!?まだ気は抜けない!

 椅子を進められ、大人しく座りつつガクブルしていると部屋の奥の扉からヒゲを蓄えた立派な兵士っぽい人がやって来る。兵士のリーダーかな?


「良くぞおいでくださいました。ささ、こちらを」

「はぁ……どうも」


 リーダー(仮)が、正確にはお手伝いっぽい感じの兵士がシュトーレン(っぽい奴)と紅茶を出してくれる。

 シュトーレンとはパン生地にナッツやオレンジピールなどを練り込んだパンで、その上に真っ白な粉砂糖がかけられている独国ドイツのお菓子だ。


 砂糖なんて高価だろうに、それを使ったお菓子を出してくれるなんて凄いもてなしようだ。誰かと勘違いしてんじゃなーい?

 もてなしてくれるのは嬉しいけれどいきなり優しくされても困る。せっかくのお茶菓子だけれど信用出来ないせいで食べられない。毒を盛られている可能性も有るし。食っても死なんけど。


「ふむ……ではお先に」


 リーダー(?)はわたしが警戒しているのを見抜いたのか先に紅茶とシュトーレンを食べてみせる。

 ……遅効性の毒でリーダー(髭)だけ毒消しを持ってる可能性も有るし、初期白雪姫の片側毒リンゴみたいに片側毒シュトーレンの可能性も有るけれど、目の前で毒味をされて食べない訳にはいかない。


「……ありがとうございます」


 ぱくり、と口に含む。ふわりとした甘いお酒と柑橘系の香り、しっとりとしたクッキーのような味わいが口いっぱいに広がり、思わず笑顔になる。きっと腕の良い菓子職人さんが作ったのだろう。

 わたしの笑顔をご機嫌がとれたと解釈したのかリーダー(兵)が話を切り出す。


「失礼ですが、ご両親はいらっしゃらないのですか?」

「両親?わたしは成人ですが……」

「な!?そ、それは失礼しました!」


 名前を聞かれる前に親の存在を聞かれたよ。迷子センター?関所ここ迷子センターなの?

 自覚はあるし、二度目の事なのでツッコまない事にする。もう少し大きくなりたかったなー……。


「ではここに、お名前をお願いします」

「はい」

「……ほっ」


 これで出入りを記録しているのかな?わたしは紙の上に備え付けの点字ペンで『グリム・フォースタス』と記入する。

 安心したようなため息が聞こえたのだけれど、わたしが暴れまわるとでも思ったの?何?わたしワレモノ?繊細に扱わないといけない系女子?


「では、最後に持ち物を見させていただけますか?」

「はい、どうぞ」

「えっ?」

「えっ?」


 ねぇ、何で目ぇ丸くされなきゃいかんの?追い出された村の村人達とは別ベクトルで失礼だよ?わたし、この人達に一体何だと思われてるんだろう……。

 わたしは時折の持ち物に関する質問に答えつつ、持ち物検査を終える。


「ありがとうございました。では、お入りください」

「えっ、もう良いんですか?」

「? はい」


 え?何処から来たのかとか、年齢とか、何しに来たのかとか聞かないの?大丈夫?セキュリティガバガバすぎない?

 わたしがおかしいのかなー……いや、そんな筈有るまい。何で優遇されてんのかとかも訳わかめだし、なーんか理由があんだろうけど、全っ然分からん。


「広……え、広……」


 部屋をいくつか通り抜け、街の中に出る。出た所にあった道は、一人が歩くには勿体無いくらい広い道だった。まるで馬車が通れそうなくらい。と言うか車道である。

 わたしが呆然と突っ立っていると、他の出口……いや、多分普通の出口から人がちらほら出て来るのが見えた。その人達用に用意された道は歩道である。少し窮屈そうだ。


 ……人数比、逆じゃね?広い道路に一人じゃなくて広い道路に大人数の方が良くない?何でわたしだけこっち?来場者数何万名記念でのピタリ賞的な奴に選ばれたの?

 いやいやまさかそんなシステムがある訳あるまい。かぶりを振りつつわたしも歩道に行き、ベクターギルド目的地を目指し歩いて行く。


「うーん……」


 歩いて行くのは良いものの、道が分からない。目的地が決まっていても道が分からなければ行けもしない。

 とりあえず観光がてら探そうかな。夜になる前に登録出来れば良いし、宿も探さなきゃだし。


「おーっ!」


 キョロキョロ辺りを見渡しながら進む。側から見たらお上りさんにしか見えないがそういう人は珍しくないのか特段変わった反応はされない。

 ただし、さっきからチラチラ見られる事を除いて。本当にどうしたの?訳が分からないよ。


 今日は市はやっていないらしく、出店はそこまで出ておらず記憶にある賑わいよりは人数が少ない。それでも多いと感じるけれどね。

 人混みを躱しつつ広い道を進む。念の為鍵槍は出した状態で歩いている。小さいから泥棒とかに狙われるかもしれないし、護身用だよ。


 因みに鍵槍は説明が面倒臭いので関所を通る時には消していた。『これは何だ』と訪ねられてもわたしにも分からないから答えられないし、それで詰問されても困るし。

 鍵槍の下の方を両手でしっかり握った状態で歩いているからかちょっとした標識が歩いているように見えるのかもしれない。人がするする避けて行く。これは予想外の使い方!


 石畳の街並みは写真で見た独国ドイツの中世風の街並みに似ている。カラフルで、可愛らしく、少々アンティークみの有る街並みだ。

 看板は文字の無い文化らしく絵や彫刻だけで何の店か分かるようになっている。こう言うの何て言うんだっけ?ピクトグラム?ちょっと違うかな?


 元の世界の中世にも識字率が低かったからか同じようなのが有った筈。それぞれ工夫をこらした看板は見ていてとても楽しい。

 看板の他には時計塔や教会、それからお城っぽいのが目立つ。遠くの木の上から見えるくらい高いからね。


「ん〜……見当たらないなぁ」


 観光は観光で楽しいけれど早くベクターギルドを見つけないと日が暮れてしまう。ベクターギルドも看板くらい出てる筈だけれど、どんな看板なんだろう?

 前世には魔獣も守護者ベクターも居なかったから何を掲げているのかすら分からない。この街広いし、このままじゃいくら歩いても見つからないよ……。あ、そうだ。


「すみません、ちょっと良いですか?」

「ほっ!?わしかの!?」


 わたしは道行くおじいさんに話しかける。一瞬おじいさんは死にかけたような表情を浮かべたが、なんとか戻って来る。死なないで、おじいさん!

 おじいさんはギクシャクしながらもわたしに何とか向きなおる。さっきから本当に何なの?みんなの対応がおかしすぎる。わたしから何か染み出してるのかな?


「ベクターギルドって何処にありますか?」

「ベクターギルドならその道を真っ直ぐ行った所ですじゃの」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「いっ、いえいえ、お礼なんて……それでは」


 わたしが頭を下げないように気を付けつつお礼を言うと、おじいさんは逃げるように去って行く。

 わたしはその対応にはてなマークを浮かべながらも道を進む。案外近くだったね。

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