襲撃の話

 


「zzzzz……」


 少女はベットの中でうずくまる。鞄を枕に、毛布をかけて。


 一人しかいないその部屋へ、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。

 音を立てずにやって来る。村人達がやって来る。


 狙うは少女とその荷物。荷物は金へ、少女も金へ。

 生きていくにはしょうがない。そう己に言い聞かせ。


 男が五人、階段を、音を立てずにやって来る。

 それに対して少女は一人。太刀打ち出来る筈も無し。


 下卑た笑いは空算用、頭に思い描いた故に。

 内側からの鍵を開け、部屋に入ればこっちのモン。


 村人達は考えない。目先の欲に踊らされ、疑問を無視して進んだ故に。


 少女は何故に武器持たず、一人で森を抜けたのか。

 か弱い少女が何故単身、一人で旅に出れるのか。


 メキメキメキと音が鳴り、さぁ今扉は開かれた。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 バン!!

「……あれ?」


 眼下の・・・おっちゃんが勢い良くドアを壊すと同時に疑問の声を漏らす。

 視線の先の藁ベットには誰も居なかったからだ。


「お前、確かにここに居るって言ったべ」

「……? 居る筈だが」


 ふっふっふ、ヴァカめ!わたしが不審な物音に気付かないと思うてかぁ!!

 貴様らの襲撃は予想済みだわ!少女とは言えわたしを侮るなよぉ!!


 元々嫌な予感は感じていた。視線も見定めるような感じだったし、ニヤニヤしていたし。

 だから注意して、身体を横にする程度に留めておいた。疲れてはいたけれど、ぐっすり寝ないように。


 カンは当たって、おっちゃん達はわたしの部屋を襲撃して来た。多分目当ては荷物。

 だが残念、袋も毛布も撤収済み、わたしの肩にかかってるぞ!藁の中を探しても出てこないぞ!


 ん?わたしが何処に居るのかって?部屋のすみだよ。天井近くの。

 そう、わたしは鍛えられた脚力を以って天井近くに張り付いて居るのだ!死角だ!おっちゃん達気付かない!


「ぎゃああああああああ!!!???」

「い、居たべ!!」


 と思ったら気付かれた!妖怪を見たかのような驚き方をされた!全く失礼だね!!

 おっちゃん達はそれぞれくわや縄やを構えながらジリジリとにじり寄って来る。


「観念して貰うべ!」

「やーなこった!」


 六万だぞ!六万!そうほいほい渡せるか!わたしはそこまで気前は良くないよ!

 わたしの筋力的にはまだ壁に張り付いて居られるが、流石に気付かれているのに壁に張り付いて居る理由は無い。けれどおっちゃん達の位置的に降りられない。


「なら……仕方ねぇべ!」

「えっ」


 おっちゃん達は諦めたかのように鍬を振りかぶる。それと同時に気づく。

『こいつら、最初はわたしを捕まえる気だったんだ』と。


 え、わたしみたいな幼女の元村人A捕まえたってあんまり価値は無……あ、服か。

 おばあちゃんお手製の綺麗な服は確かに価値が有るだろう。荷物のついでに奪ってやろうと、そういう魂胆だったのだな?


 でも、それを諦めてわたしごと殺すと。追い詰められた人間は何をするか分からないって言うけれど、幼女の身ぐるみ剥ぐかー。あまつさえ命まで……。

 元の世界の中世では旅人が村人に襲われると言うのは決して珍しい事ではなかったらしいけれど、まさかそれに遭遇してしまうとは思わなんだ。


「ええい!」

「あ!待て!」


 勢い良く近づいて来たおっちゃんの攻撃を跳んで回避、それから背後に着地。

 攻撃の為に近づいた事によってわたしが降りれるようになった。それでこれ幸いと跳び降りた訳だ。


 武道歴九年わたし農作業で多少筋肉は付いて居るけれど武道を学んだ訳じゃ無い人が勝てる訳が無かろう!

 攻撃を見切るのも余裕だったわ!ありがとう、おばあちゃん!武道役立ってる!


「たぁっ!」


 一歩。伸びた手を回避し鍵槍を取り出す。

 二歩。驚くおっちゃん達を尻目に逃げる場所を探す。


 ドアはおっちゃん達が居るから無理、壁は固そう、天井は屋根が有る、床は一階が有る……なら!

 残された選択肢は一つ!わたしは腕を顔の前で交差させ、突撃する━━に!


 バリィイイイイイイイインッッッ!!!


 ガラスが飛び散り、皮膚に傷が付く。魔法陣は発動しない。どう言う訳か魔女の体質は多少血が出る程度では反応しない。

 大量の血が出た時等、大怪我に分類される怪我を負った時に発動する。


 村人達に魔法陣を見られなくて良かった。見られていたら魔女だと責め立てられたかもしれない。

 ただ、鍵槍を出した時点で「魔女か!?」と言われたのが聞こえていたからアウトかもしれない。


 が、そんな事は気にしていられない。今は逃げるのが第一目標だ!

 わたしは鍵を捻り、爆風を吹き起こし上空へ逃げる。くるくる回りながら魔法を唱え、おっちゃん達目掛けて叩き込む!


「水瓶を割っちゃいけないの?

 シラミが火傷でノミは泣き

 ドアはギイギイ、箒はサッサ

 車は走ってこやしは燃えて

 木はワサワサとゆすぶるの


 ━━Läuschenライセン undオント Flöhchenフリーヒェン!」


 多分もう魔女バレしているし、諦めて魔法を放つ。

 魔法陣がわたしの直下を起点に村中に展開し、独語が井戸という井戸に飛び込み、そこから水が溢れ出る。

 その水はどんどん増えて行き、逃げ惑うおっちゃん達をごぶりと飲み込んだ。


「うわぁああああ!!!」


 おっちゃん達の絶叫が聞こえる。唯一、上空へ逃げたわたしには魔法は届かない。

 ふっふっふ、やってやったぞ!もうわたしは弱くないぞ!逃げ惑うしか能が無い訳じゃないんだ!


 わたしを高揚感が包み込む。成長したと言う喜びに。強くなったと言う自信に。

 ━━しかし、それは一瞬の事だった。わたしの目に流されて行く村人達が映る。


「助けて!」

「どうして!?」

「お母さん!お父さん!」


 途端、背筋が凍る。まるで冷や水を浴びたかのように。背中を氷漬けにしたかのように。

 わたしは「ヒュッ」と息を飲んだ。顔が青くなって行くのを感じる。


 ……馬鹿かわたしは。何をやっているんだ。

 何が成長だ。何が自信だ。関係の無い人々を、わたしに宿を紹介してくれた優しい人を巻き込んでおいて。


 おっちゃん達だけならともかく、どうして他を巻き込むような真似をした?熱に浮かされた?その場のノリ?阿保か。

 これでは本当に『魔女』じゃないか。皆に不幸を撒き散らす魔女。


「……」


 魔法が解け、何事も無かったかのように水が井戸に引いて行く。

 肺に水が入ったのか噎せている子供、放心状態の老人、抱きしめ合う家族。


 わたしは頭から地面に落ちる。ドスン!と音がし、土煙が上がる。

 わたしは頭上に魔法陣を光らせながら呆然としていた。


 胸いっぱいに広がる後悔。やるせない感情。わたしは口をキュッと結んだ。

 魔法陣はいつの間にか消えていて、月が見下ろしているだけだった。


 わらわらと、いつの間にやら村人達がわたしを中心に集まって来ている。何をするのだろう。

 魔女ってバレたから殺すのかな。『よくもやってくれたな』と傷つけるのかな。


 おっちゃんもふらふらとやって来る。その顔は真っ白だった。

 わたしはゆっくりと立ち上がる。おっちゃんに向き合うように。


「貴女は……何者ですか」

「わたしは……」


 わたしは、何者だろうか。転生者か、馬鹿か、はたまた魔女か。

 何というべきだろう。わたしは、この人に対して何と称すべきだろう。


「おかーちゃん!ぼく、知ってるよ!聖人様だよ!」

「聖……人?」


 突如として男の子が叫ぶ。聖人?わたしが?貴方達を傷つけた、わたしが?

 それはおかしい。寧ろ『魔女』とか『悪魔』の方が正当な評価だと思う。


「違うよ、わたしは……」

「大洪水に、再来伝説……。確かに伝承と似ていますだ」


 少年の隣にいた神父らしき人が発言を正当化するかのようにそう言った。

 大洪水?再来伝説?何のこと?


「……成る程。おで達ゃ貴女に害を成そうとしますた。家族の為に。その家族ごとおで達ゃ裁かれたんだべな……」

「え、ちょ、何のこと?」


 裁く?わたしにそんな権限も法的な力も無いよ?

 この人達自己解釈が凄まじいよ!話の中心のわたしを置いて行かないで!


「知らないんだべか?聖人様の教えをご存知ないとは、貴女は本当にこの国の者だべか?」

「え?え?」


 いきなりパラノイアみたいな流れになった!?

 さっきから聖人聖人って何!?聖なる人?知らんわ!おばあちゃんも宗教的な事は殆ど教えてくれなかったし……。


「聖人様は凄いんだべ!悪しき民を裁く為大洪水を起こしたり、死して尚復活したりしたんだべ!」

「また死ぬ時に再来を誓ったんだべ!貴女がそうでねぇべか?」

「え、え……?」


 うわぁこの宗教激推し的なノリ、わたし苦手だよ……。

 ……それにしても大洪水に、復活か……。再来に関してはよく分からないけれど、残り二つはわたしの世界に通じる物が有る。


 即ち『ノアの方舟』と『キリストの復活』だ。どちらも聖書の話。

 それと似たような話がこの世界にも有る?宗教違うよね、キリスト教じゃないよね?どう言う事?


 一つ考えられるのはその聖人とやらが聖書に即した行動をとった説。

 転生者か転移者か知らないけれど、『この世界で神になってやろう』と考えての行動かもしれない。


 ただ、それだと大洪水はともかく復活『出来た』と言う事実、これがどうやったのか分からない。

 上手く世を渡った魔女?それなら『また死ぬ』と言うのが分からない。


 魔女が死ぬのは魔女の手によってのみ。多分魔女同士でバトっての結果だろう。

 そんな死ぬような極限の状態で『再来を誓う』余裕が有る筈が無い。


 また別の説として伝えた伝説が伝えた人とごっちゃになった説。

 それなら『聖人この人凄い!わっしょいわっしょい!』ってなるのは分かるんだけれど、さっきの言葉を取るにこの宗教はこの国の端から端まで広がっていて、しかも心の底から信じられているみたいだ。


 心の底から信じられている、つまり権力者による押し付けじゃない宗教が端から端まで広がると言うのは何かしらの業績が無いと難しいと思う。

 だからごっちゃ説は信憑性が低いんじゃないかな。


 ……考えてもよく分からない。取り敢えず『聖人』がキーワードだと言うのは分かった。

 それが転生者或いは転移者説が有力だってのも。


「わたしは、違うよ。聖人とか、そんな高潔な存在じゃない。

 わたしは……魔女だよ」

「「「魔女……!?」」」


 わたしが魔女だと言った途端、空気が凍った。

 身動きが取れないくらい、冷たい、冷たい空気。


 氷のような視線が、蔑むような視線がわたしに襲いかかる。

 でも、これで良い。これで良いんだ。


 わたしは関係無い人達を巻き込むと言う『罪』を犯した。

 だから、わたしが魔女だとバラして受けるこの視線は『罰』なんだと、そう思える。


 黙っていれば、そのまま『再来した聖人』として祭り上げられていたかもしれない。

 その方が良いのはわたしだって分かる。蔑まれず、崇められ、もてなしを受けられるのだから。


 でも、それはわたしの心が許さない。害した人達を欺き、祭り上げられるのは嫌だし、気持ちが悪い。

『罪』に『罪』を重ねるのは良くない。そんな事をするのなら、自ら魔女だと自白して蔑まれた方がマシだった。


「魔女だと!?」

「焼き殺してしまうだ!」

「あっち行け!」


 ブーイングが巻き起こる。石や桶が投げつけられ、当たった所から血が出る。

 わたしは鍵槍を握りしめたままじっと動かなかった。


「魔女なんか、縛っちまうべ!」

「待って」


 それは困る。わたしが淡々とした声でストップをかけると意外と響いたのかブーイングや投げつけの嵐が止まった。

 確かにわたしは関係の無い人々を巻き起こんでしまった。けれど、殺してはいない。


 この人達の宗教的な義心はその人達の立場を思うと分からなくもないけれど、わたしが死ぬのは困る。

 わたしの視点はわたし自身なのだから。


 勝手に罰を背負って『殺さないで』とは自己中かもしれない。

 でも、わたしは『殺すのはやり過ぎだ』と思う。保身と言うよりも、公平性と言う意味で。


「……何だべ」

「わたしは、皆さんにお詫びがしたいです」

「……?」


 村人達はお互いの顔を見合わせる。魔女も珍しいが、慌てずお詫びを申し出る魔女はもっと珍しいのだろう。困惑の感情がありありと見て取れた。

 困り顔の村人達の中から一人の老いた男性が杖を持ってゆっくりと出てくる。いかにも長老っぽい人だ。服が他の人よりもいくらか豪華に見える。


「お詫びとは……何だべか?」

「この村は、食にも困るような貧困具合なのでしょう?」


 村人達は服を着ているから少々分かりにくいが、ほっそくてガリガリの身体をしている。

 冬が近いから少しでも食べ物を蓄えなくちゃいけないのかもしれないが、それでもガリガリ過ぎだ。


「だから、わたしから飢えぬ事を。


 おばあさんがくれた一つのお鍋

『煮なさい』と言えばお粥がどっさり

『止まれ』と言えばお粥はぴったり

 作り過ぎにはご注意を

 村が埋まってしまうもの


 ━━Der süßeズース Breiバイ


 槍を脇に挟んで魔法を唱えると、魔方陣がわたしの両手を中心に広がり、ポトリと小さな鍋が収まる。

 鍋が出終わると同時に魔方陣は消え、鍋だけが後に残された。


「魔女……」

「やっぱり……」

「それは?」

「キビのお粥が無限に出て来る鍋です」


 わたしが魔法を使った事によって村人達の間にどよめきが広がる中、長老(仮)だけが冷静にわたしに質問して来る。

 ……いや、違うな。鍋がよほど魅力的なのかそれ以外の事が目に入っていない感じだ。欲に塗れた目が鍋に穴が開くほど見つめる。


「『お鍋よ、煮なさい』と言えばお粥が湧き出て、『お鍋よ、止まれ』と言うと止まります」

「それはそれは……」


 この魔法、例外的に物を召喚し終えるまでが一魔法のようで送還するのにも同じ魔法を唱える必要が有る。

 つまりどう言う事かって言うと魔力を用いず鍋を出しっぱなしに出来るのだ。


 この鍋が何処から来るのかは知らないけれど、『Der süße Brei』自体は鍋の召喚及び送還魔法で鍋は理を曲げた『結果』らしい。

 ……本当に何処から来るんだこの鍋。


「……では、貰っとくべ」

「長老!?」

「本気だべか!?」

「魔女からの贈り物だなんて!」


 あ、やっぱり長老なんだ。村人達からは口々に悲鳴のようなブーイングのような驚きに満ちた声が上がる。

 それでも長老は平然とした口ぶりでこう言った。


「今、我々は此奴の言うように飢えで苦しんでるだ。

 神様に祈っても、聖人様に祈っても、空腹は居なくなってくれねぇだ。

 それなら例え相手が魔女であろうとも救いの手は取っとくべきだべ」

「それは……そうだべが……」


 長老はわたしから鍋を奪い取るように受け取った。

 ……驚いた。まさか魔女の贈り物を受け取るなんて。

 実の所、これは半分くらい賭けだった。


 実は、宗教と言うのは王とかよりも村人の方が深く信じている事が多いらしい。中世の場合ね。

 理由は雷や火災、疫病と言った死の危険が王侯貴族よりも身近だから。


 有名な宗教の思想は死後の保証に通づる所が多い。キリスト教とか仏教とか。

 良い事をすれば天国へ、悪い事をすれば地獄へ。その思想が、天国と言う死後の保証が村人達の心の在り処なんだとか。


 わたしの知恵なんて殆ど本譲りだから間違ってる事とか知らない事も多いけれど、わたしの読んだ中世欧州についての本はそう書かれていた。

 話は戻って、その信心深い村人が宗教的な敵で有る魔女から物を受け取るとは思わなかった。


 多分この長老は村人にしては珍しくあまり宗教を信じてないか、合理的な考え方をしているかのどちらかだろう。

 もしくは欲深いだけか。


「それに━━お鍋よ、煮なさい」


 バシャッ!


「熱っ!?」


 ガンッ!


「痛っ!?」

「お鍋よ、止まれ」


 湧き出た熱々のお粥をぶっ掛けられた上に鍋を投げつけられた。

 熱いし痛い!何すんの!?服も髪もお粥でベチョベチョだよ、勿体無い……。


「こう出来るべ」


 長老がわたしを嘲笑う。それに続いて村人達のクスクスと言う笑い声が広まる。

 ……こいつっ!わたしはともかく折角のごはんをこんな勿体無い事に使うなんて!正気!?空腹なんだよね!?


 カランカランと鍋が地面に転がる。土がまだ湿っぽい鍋にくっついた。

 わたしは鍋が頭にぶつかった衝撃で一歩後ずさっていたのを元の体勢に戻す。


「さぁ、出て行くべ!」

「……言われずとも」


 わたしが進むと野次馬をしていた村人達が次々に避けて行く。

 真っ暗闇の夜の中、わたしは街へ行く道沿いの森に入って行った。


 森に入る前にちらりと長老を見遣ると鍋を拾っている所だった。

 ……見逃してくれた事には感謝するがやり方が最悪だと、そう思った。

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