キエルの街 Wächter Gilde

落下の話

 


「・


 ・


 ・


 ぁ


 ァ


 あ


 ア


 アアアアアア

     ア

   アア

   ア

   ア

  ア


 アアアアアアアアア

        ア

     ア ア

     アア

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     ア


 アアアアアアアアアアアアアアアアア

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          ア

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       ア


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアア

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            アア

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            ア

           ア

          ア

         ア

        ア


 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!



 !!!     !!!     !!!

 !!!     !!!     !!!」


 落ちっ落ちる落ちる落ちるああああああああああああ!!!!!????

 風圧が凄い!前が見えない!涙が凍る!何!?今どう言う状況!?


 取り敢えず凄い勢いで落ちているのは分かる!顔が痛い!息が出来ない!三つ編みが口に入った!身体が焼けるように熱い!

 周りの音が全部『ゴォオオオオオオオッッッ!!!』と言う凄まじい風音に阻まれて聞こえない!どうしてこうなった!?


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」


 風圧のあまり口も開けられない。なんて事をしてくれたんだおばあちゃん!!

 ……ん?おばあちゃん?……吹っ飛ばしたの、おばあちゃんだよね?


 わたしは落ちて行く事による狂乱の中、いきなり冷蔵庫に突っ込まれたかのように身体中が冷えて行くのを感じる。

 その冷えは、肉体も精神も蝕んだ。おかげでちょっとばかり冷静になった。


 おばあちゃんが吹っ飛ばしたと言う事は即ち魔女の攻撃と言う事。

 魔女が魔女によって受けた攻撃は体質では治らない。それが表す事、即ち━━


「……死?」


 口に出してゾッとする。一文字だけなら言えたと言う驚きよりも恐怖の方がずっと勝った。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!嫌だ!また死にたくない!!


 この高さから落ちたら間違いなく死ぬ。全身トマティーナ必至である。

 それはいけないよろしくない。わたしの全力を以って回避せねば!


 わたしが採れる方法は三つ。一つ、諦める事。これは論外。死ぬのは痛いしごめんだし望んでいない。

 二つ、鍵の能力を使い爆風をクッションにする事。


 一見良い案かもしれないけれど更に高く飛ばされる可能性も有るし、それによって気絶するかもしれない。

 気絶なんてしたらもう死へ一直線だ。抗う事も出来ず地面に叩きつけられる。


 三つ、魔法を使う事。運良く『叩きつけられても無事でいられる』魔法を知っているけれど風の流れが激しすぎて口すら開けない。

 それに、空を飛んでいる鳥型の魔獣に食べられてしまうかもしれない。


 うーん、どうする?……こう言う時の脳内会議だ!

 司会はわたし、グリムです。今回のメンバーも【良心】と{楽}です。


【はい、呼びましたか?】


 呼びました。どう思う?


【私としては生き残れる可能性が一番高いのがよろしいかと】


 となると魔法だよね。鳥さえいなければ百パーセント生き残れるし。

 ……でも鳥かー……。食べられたらジ・エンドだし……。鍵?使えないよサイズ的に。


 {グリムちゃん、鳥がいても物凄い勢いで落ちて来る落下物をタイミング良く取るなんて難しいと思うわよ〜?}


 それもそうだね。なら魔法かな。魔法を使うにしても風をどうにかしないといけない。

 どうにか出来ないかな?顎が外れるのを覚悟で口を開く?


「!」


 小さな農村と森が大きく見えて来る。まずい、もう大分地面との距離が近い!

 どうする……どうする……そうだ!暴風を凌げば良いんだ!なら!


「〜〜〜〜ッッ!!」


 歯を強く噛み締め顎を引く。それだけの動作なのに風が激しく抵抗をする。だが、やりきった!

 わたしは早口で魔法を唱える!


「金の鞠持つ王女様 約束守ってくださいな

 愛にご飯にベットです 約束守ってくださいな

 ぼくを忘れてしまったの?『恩知らずなのはいけません』


 ━━Derディア Froschköniフォルスクィンリヒg oderオダ der eiserneアイズンナ Heinrichハインリヒ!!」


 頭の上、落ちる向きとしては下に魔法陣が展開しわたしは重力に従ってそこを通過する。

 わたしが通り過ぎると魔法陣は消え、通過した所から身体が光る独語に包まれる。


「━━ゲコ!」


 身体の形が変わり、光が散って現れたのは小さな茶色い蛙だ。勿論この蛙はわたしだ。

 夢の有る変身シーンかと思った?残念、蛙だ!夢もクソも無いね!期待させてごめんね!


 この魔法は蛙に変身する魔法で、叩きつけられる事によって解ける。

 よって━━


 ッドォォオオオオン!!!!


 わたしが(かけた魔法を解く為に)わたしを攻撃した事になり、わたしは死ぬ事無く魔法が解ける!

 覚えてて良かったぁああああ!!!運が良かった!死ぬかと思った!


「えほえほ、えほ……」


 凄まじい衝撃音と共に地面が軽く陥没、土煙が発生する。

 鳥が慌てて飛び去って行き、魔法の解けたわたしは小さなクレーターの中央で咳込んだ。


「ここは、何処……?」


 鍵を杖代わりにして立ち上がる。恐怖がまだ抜けきってなくて足が生まれたての子鹿みたいにガックガクだ。あのババア許さん。

 辺りを見回して見るも木しか無い。投げられた方向的に森の外れ辺りだと思うのだけれど、どうなのだろう。


「ん?」


 少し先が拓けて見える。取り敢えずそこに行ってみよう。

 鍵杖を頼りに歩いて行くと、すぐに森から抜け出せた。日の光の眩しさに思わず目を細める。


 森から抜けた先は村だった。勿論わたしがいた所ではない、別の村だ。市に行く時に何度も通った村だ。姿は隠していたけれど。

 ぼんやり村を眺めていると村の方から人がやって来た。服装的にここの住人みたい。


「あんれま、お前さん何処から来たべ」

「オラだちでっけぇ音の原因を探りに来たんだども何か知ってっぺが?」

「あ、え、あはは……」


 言葉に詰まったわたしは取り敢えずジャパニーズスマイルを炸裂させる。

 何処から来たと言われても『魔女の家から来ました!チッスチッス!』と馬鹿正直に言う訳にもいかないし、『音の原因わたしですwwwサーセンwww』と言う訳にもいかない。


 普通の少女は空から落ちて来ないし、地面が揺れる程の爆音を叩き出さないし、あの高さから落ちて来たら普通に死ぬ。

 全部馬鹿正直に言ったら『生きとるやと?おっ、そないなありえへんのは魔女やな!^^』ってまた燃やされる!死ぬ!嫌ぁ!!!(※全て憶測です。)


 まずい、まずいぞ。ここはわたしの全力で以って乗り切るしかない。

 その為には嘘だって吐いてやる。死ぬのは御免だ!


「あ、わたし、この森の先に有る村から来た者でして……。

 凄い音と共に何か落ちて来るのが見えました。速すぎて見えなかったんですけれど、何でしょうね?」


 森の先に村?知らん。多分無いよ。有るのはおばあちゃん家だけだよ。村(村とは言っていない)だよ。

 落下物?隕石だよ多分(適当)。地面にごっつんこしたタイミングで燃え尽きたんだよ。だからクレーターしか無いんだよ。


「そうだったんだべか」

「旅人だべか?それとも妖人エルフ……にゃ見えねぇだ。耳長くねぇし」

「へ?エルフ?」


 エルフだとぅ!?え、あの耳の長い美形ズ!?見たい!見たいよ!

 と言うかこの世界、エルフ居るんだね!さっすが異世界!わふーい!


「この森の先に妖人エルフの村が有んだべ」

「そっから来たんじゃねーべか?」


 嘘、聞いてない。おばあちゃん何も言ってくれなかった!うわー!

 わたしは何年もあの森の中に居たのに、近くに夢の存在が居たと言うのに、全然知らなかった!ちくせう!今から戻ろっかな……。


「いえ、違います」

「そうなんだべか?ま、歓迎するべ」

「んだんだ、何もねぇ所だどもゆっくりしてけろ」

「はい、お邪魔します」


 村人達の言葉は訛っている。やっぱり何処の国でも地方だと訛るモンかね。

 因みにわたしも最初は訛りを話していたがおばあちゃんに矯正された。


 村人に連れられて宿屋兼酒場に到着する。空を見上げるとそろそろ夕方に差し掛かる、と言った所だった。

 昼過ぎに出たせいですぐに夕方になってしまった。明日出れば良かったかな……。


 村をきょろきょろ見回して見たが、失礼だけど確かに何も無い。

 家が有って、畑が有って、井戸が有って……わたしが元居た村とそう変わりはしないね。


「ここが村で唯一の宿屋だべ」

「はい、送って下さりありがとうございます」

「いやいや、いいべいいべ。じゃ、おら達は音の原因を探しに行くべな」


 そう言って村人達は森の方へ行ってしまった。思わずお辞儀をしようとして、すんでの所で押し止まる。

 冷汗がたらりと垂れる。あっぶな!お辞儀はあくまで日本式の挨拶だ。異世界でやったら奇異の目で見られる!


 ギギッ!と固まったわたしを近くに居た村人が不思議そうな目で見ている。奇行じゃないからね、お辞儀を寸止めしただけだからね!

 うーん、やっぱり何年経っても日本文化が抜けない……。おばあちゃんの家に居た時は良かったけれどこれからは気をつけなきゃ……。


 わたしはドアに手を掛け、開ける。瞬間、お酒の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

 中には丸テーブルを中心とした椅子にどっかり座った無愛想なおっちゃんと、その横に二人の村人と思わしき男性が居るだけだった。


「すみません、ここ、宿屋って聞いたんですけれど……」

「……あぁ」


 無愛想なおっちゃんはそれだけ返事すると指で階段を指す。二階、と言う事だろうか?

 お、お金は?幾ら払えば良いの?部屋は?選べないの?ご飯は?つくの?つかないの?おっちゃんが何も言ってくれないし、話しかけにくいしで分からない……。


「ん」


 おっちゃんはそれだけ言うと手の平をわたしに向けて突き出す。

 ……あぁ、お金ね。いや、お金って言われても相場が幾らかすら知らないんだけれど。だって旅人初心者だし……。


「えーと……」

「銀貨二枚、銅貨五枚」

「分かりました……はい」


 日本円だと二千五百円くらいかしら?宿の値段として妥当……か分からないや。泊まりなんて、修学旅行しか行った事無いし。修学旅行の宿屋の値段なんて知らないし。

 前世の記憶も頼りにならないし、相場も分からないので値段交渉も出来ず、普通に言い値できっちり払った。


 おっちゃんがじろじろとわたしを舐め回すように見る。思わずゾワッと鳥肌が立った。

 このおっちゃん、感じ悪いなぁ……。他二人も同じ。わたしを見てによによしている。


「まいど。飯は別途料金」

「えっ……はい」


 ご飯付いてなくて二千五百円は高価くありません?部屋は……部屋はどうなの?

 わたしは階段を登る。探すまでもなくすぐに部屋は見つかった。一部屋しか無いからだ。


 ギィ……と古さを感じさせる音を立てながらドアが開く。埃っぽい匂いが充満し、コホコホと軽く咳き込む。

 中はベット?が二つ。それ以外に物は置いて無い。広くもないが狭くもない。そう言った感じだ。


 うーん、やっぱり二千五百円は高価いんじゃなかろうか。埃が舞ってるし、掃除も長い事していないのだろう。

 わたしは汚れで曇っている窓から外を見遣る。見晴らしが良い分、寒さと貧さを感じさせる光景が勢い良く目に飛び込んで来る。


「……」


 夕日が射す部屋。幻想的な光景……ではない。眩しい。めっちゃ眩しい。目が開かない。閉じても眩しい。

 わたしは夕日から逃れるように部屋のすみに置かれているベット?に倒れこむ。


「うーん……微妙」


 ベットだと思っていたそれには綿やバネは入っておらず、代わりに入っていたのはやたらとチクチクして来る自己主張の激しい藁だった。

 反発力無いし、寝心地悪いし、湿った藁の香りがするし、硬い。唯一良い所を挙げるとすれば形は変わるから身体にフィットする所。


 不満を抱きつつ一階の酒場に降りて来て料理を注文、お酒は拒否。出て来たのは硬いパン、それと味のうっすいスープ。

 まぁ貧しそうな村だし冬だしこれだけ出すのも大変なのかもしれない。そう思いつつお金を払う。


「お風呂は何処ですか?」

「ん」


 おっちゃんは首を横に振る。え"、もしかして、無い……?

 (一応)乙女としてはお風呂事情は気になるし、体臭も気になる。汗もかいているし、お風呂には入りたかったのだけれど……。


「教会」

「アッハイ」


 一応身体は洗えるみたいだ。良かった。

 この世界、何故か風呂は少なくとも教会には有る。宿に有るかは宿次第なのかもしれない。


 わたしはだんだん賑わいを見せて来た酒場から離れるように井戸へ向かった。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 少女の居ない酒場にて、村人達は話し合う。

 ひっそり、ひっそり、ひっそりと、少女の耳に入らぬように。


「なぁなぁあの子、どう思う?」

「貴族じゃねぇべか、あの服は」


 綺麗な服に、可愛い顔。ぼっても支払う金の余裕。

 一人で居るのは不思議だが、ただの旅人とは思えない。


「盗んじまうか」

「盗んじまうべ」

「捕まえちまうか」

「捕まえちまうべ」


 貧しさは時に良心を殺す。

 追い詰められたヒトは良心を殺す。


 ここの冬は生き辛い。肉や飲み水、パンも無く。

 飢えと渇きに喘ぎ生き、春が来るのを待っている。


 今年は何人死ぬだろう。墓は幾つ出来るだろう。

 その墓、自分の物かしら。はたまた家族の物かしら。


 それは嫌だと拒否しても、『神様聖人様』と願っても。

 このままではそうなる、そうなってしまう。


 でも、それを避ける方法がやって来たとしたら?

 少女が金に成るとしたら?


 迷いなく、少女を売り払う。大事なのは自分と家族。

 余所者少女には犠牲になって貰おう。


 貴族が何だ、関係無い。我等にゃ生死がかかってる。

 今までの恨み思い知れ。少しでも長く生きたいんだ。


 全ては自分が生きる為。生存本能が働く故に。

 時に、ヒトはケモノと成る。

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