Side Mother Goose p1

 


 自身が手塩にかけて育てた少女が悲鳴を上げながら空を飛んで行く。

 声は距離が離れるのに従ッてどンどン小さくなッて行ッた。


「……」


 小さく、弱々しい幼女があたしに攻撃を当てられるくらい強くなッた……何だか感慨深いな。

 小さかッた幼女は大きくな……いや、小せェままだな。


 あたしに色々教えてくれたあいつ等も同じ気持ちだッたのだろうか。

 子供の、弟子の成長を喜ンだ物だッたのだろうか。


哈哈哈哈哈ハハハハハ!!!グースシャオニャオもそう言う歳になたアルか!哈哈哈哈哈へぶぁ!?』


 頭の中まで出しャばるあいつの顔にグーパンをキメ、振り払う。

 あたしはあいつみてェにゲロ甘にもしねェしならねェぞ。


 グリムあいつに会えたのは全くの偶然だッた。

 あたしがあの日に市に行く予定が無かッたら、ハルピュウアとかち合い追い払う事が無かッたら、あの村が燃える事が無かったら、あたしはあいつと会う事は無かった。


 あたしから見てあいつは変な奴だと思う。

 自覚が有るかは知らねェが、ちョくちョく奇声を上げる。


 それに、動きも変……と言うか挙動不振気味だ。

 あと、何考えているのか手に取るように分かるくらい表情がめちャくちャ変わる。


 それから好きな事には脇目も振らず突ッ込ンで行くし、偶によく分からねェ事をペラペラと語り出すし……。

 例を挙げて行けばキリがねェな。


 変な奴だが、評価出来る点も勿論有ッた。

 まず、料理が美味い。悔しいが、あたしよりも美味い。残念なのは硬さだな。もッと硬ければもッと美味ェのに。


 それに飯にかける情熱も本当だ。

 最初の頃、修行で身体中痛くて堪らねェ筈なのに身体に鞭打ってほぼ毎日毎食作ッていた。


 市に買い物に行っても食材について口出しして来るのもあいつだッた。

 値引き交渉していた事もあッたな……。


『愛は美味しい食事から!』

 いつだッたか、あいつがそんな事を言っていた。


 愛云々はともかくどんな事も美味しい食事が大事だッてあいつは言ッていた。あたしを見ながら。

 美味しいのが食べたいのかと思ッてあたしがキッチンに立ッたら『違う、そうじゃない』と物凄い勢いで首を横に振られた事もあッた。何故そンな事をされたのか未だに分からねェ。


 それから、恩に報いる所。それが故にあたしを殺せなかッた。

 恩に報いるのは良い事だがその恩のせいで自分の首を絞めやしないか心配だ。


 それと、結構努力家だな。あたしがやれと言ったトレーニング以外もこッそりやッたりしていた。

 その甲斐か成長は早かッた気がする。十一歳以降大きくならなかッたのは何でなンだろうな?


 あと、信義を貫き通す所。良く言えば『不屈』、悪く言えば『頑固』だ。

 その信義の為なら嫌な事にすら立ち向かえる、有る意味我慢強い奴だとも思う。


 ……それにしても『不屈』か……。あたしがあいつを殺そうとした時、あいつは信念を貫き通した。そして、あたしを……。

 ……あの話、あいつに伝えて無かッたな……。

 まァその内嫌でも知る事になるだろうし、良いか。


 反対にダメな点、と言うか心配な点は妙な所で純粋な所だ。

 あれはいつかきッと騙されるぞ……。それも経験か。


 あと、先述した通り好きな事には脇目も振らず突ッ込ンで行く事。

 視野が狭くなるのかもしれねェな。気持ちは分からなくもねェが同情はしねェ。


 それと酒癖が悪い。最悪だ。飲ンだらすぐに理性が飛びやがる。

 白目剥いて走り出すのは止めろ。マジで止めろ。服も脱ぐな。暴れるな。


 一応『酒は二度と飲むな』ッて言い含めておいたから有る程度気ィつけてはくれるとは思うが……。

 迷惑行為を起こさないか心配だ。


 ……始めは暇潰しに育ててみるか程度だッたのに、今では心配したり、命をかける程に感情移入しちまッている。

 流石に九年も一緒に居たらそうなるか。


 長かッたような短かッたような……そんな九年だッた。

 あいつと出会う前とは違って、毎日があッと言う間に過ぎて行ッた。


 毎日があッと言う間だなンて久々の感覚だッた。魔女は精神さえ保てば長生きするからな。

 毎日が、一日が終わるまでが長くて長くて仕方が無く感じるンだ。


 代わり映えのしない毎日が短い訳ねェだろ。あたしはグリムと違ッて必要と感じなければ本や資料は読まねェし。

 偶に砂糖が切れてあいつの所に貰いに行く時と市に行く時以外だと短いとは感じねェな。


 つまり暇潰しの手段に乏しく、用事がなければ基本的には暇なンだ。

 魔女が故に、永い時を生きるが故に、暇は生まれちまう。


 それを数年だけでも潰せたのは良かッた。でも、それも今日まで。

 明日からは数年前と同じように暇をして過ごすンだ。


「……」

『なぁに感慨にふけってるんですか。寂しいんですか?』

「馬鹿を言え」


 ジャックがおちょくるように声をかけて来る。寂しい訳ねェだろ。

 いつかはこうなる定めなンだ。それが偶々今日なだけだッての。


 生きている限りはまた会える。魔女だし、死ぬ確率は非常に低い。

 あいつはまたひョッこり帰ッて来るさ。美味い酒と一緒にな。


『所でグース様、さっき『やべッ』て言いましたが何かやらかしましたか?』

「やらかしたと言うか……あいつが受け身を取る必要が有るから低く飛ばそうと思ッたンだが高く飛ばし過ぎてな」


 青い空に吸い込まれて行くのをあたしは見た。

 今頃雲の辺りに居るかもしれねェな。


『それって……ヤバくないですか?』

「あァ、受け身を取れねェと死ぬかもな」

『大失敗じゃないですか!』


 高い所から落ちると慣性が働いて凄まじい勢いで地面に叩きつけられてしまう。

 だがあたしの唱えた魔法は人一人を遠くまで吹っ飛ばす魔法で、着地まで保証してくれる魔法じャねェ。


 だから何もしないと死ぬな。攻撃したと言う判定になるのは魔女あたしだろうから。

 ま、グリムの事だから何とかなるだろ。悪運は強そうだし。


『……でも、グリムの嬢ちゃんにはグース様の祝福がついていますし大丈夫ですよね』

「あれは攻撃を防いだりする効果はねェぞ?」


 あたしがグリムにつけたのは言った通り『魔獣避け』だ。分をわきまえない雑魚になら効く。決して寄って来なくなる訳じャねェが。

 一種のメダルお守りみてェなモンだな。無いよりはマシ程度の。


『あの、グース様。嬢ちゃんも去った事だし呼び方を元に戻しても』

「ダメだ」

『即答ですね……そんなにあの名前がお嫌いで?』

「あァ、嫌いだな」


 ジャックは気に入っているみてェで事ある毎に呼び名を戻そうとして来るがあたしとしては嫌いで気に食わねェ呼び方だ。

 本名の方じャねェぞ。


「何か、ぽッかり穴が空いた感じだな……」

『それを寂しいって言うんですよ』

「心にじャねェよ、空間にだ。何か欠けているみてェな、そンな感じだ」

『それも寂しいって言うんですよ』

「……そうなのか?」


 あたしもあンまり頭が良い訳じャねェからな。感情と言うのがよく分からない事もまま有る。

 そんな事を考えていると頭にまたあいつがやッて来る。


わたしの寂しい気持ちが少しは分かたアルか?早やく帰て来るアル!

 それに、暇なら我の国に来れば良いアル!そんな所に引きこもてないで昔みてぇに一緒に暮らすアぶぁ!?』


 あたしは出しャばるあいつの顎にアッパーをキメる。

 これは今でも言われる言葉で、あいつはちョくちョく一緒に暮らすように誘ッて来るがあたしにそんな気は一切無い。


 あたしはあいつの幻覚を振り払うように空を見上げて、家の中に戻る。ジャックが何か言いたそうにしていたが無視をする。

 ……達者で暮らせよ、グリム。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る