グリム・フォースタスの話
「やっ!」
「ぐッ……!」
「やった!」
保護されてから九年。十五歳。
初めておばあちゃんに攻撃を入れる事に成功した。
わたしの主体攻撃はブーツで、補助武器として鍵槍を使っている。これが個人的にバランスが良い。
鍵槍は槍と違って『切る』と言う攻撃が出来ず『突き』と『叩く』しか出来ないから相手に距離を取らせたい時に使っている。
おばあちゃんは服に付いた土埃を手でサッサと払い落す。
わたしは構えるが、おばあちゃんが仕掛けて来る事は無かった。
「そろそろだな」
「そろそろ?」
「もう十分強くなッた。これならそう簡単にくたばらねェだろ。
修行は今日で終わりだ」
「ええっ!?」
と、突然だよ!わたし、
多分まだまだ弱いよ!?背は十一歳から伸びて無いし、まだまだ子供だよ!
「まだ蹴りを一発入れただけだよ!蹴られてスネちゃったの?」
「スネてねェよ。あたしに蹴りの一発でも入れられりャ十分だ。
もしあたしが手加減無しに勝てる奴が居たとしたならそいつはどんな魔獣だッて狩れるぞ。
あたしはそれくらい強いンだ」
自惚れ……確かに強いけど、何で自信満々に言えるんだろう。
危険度十の魔獣を倒した事でも有るのかな?有りそう。
「成人もしたし、十分強くなッたし、お前はもう好きに生きろ」
「と、唐突に言われても……」
好きにって……えぇ?わたしは目を白黒させるしか出来ない。
と言うかもう成人だっけか。そう言えばこの世界の成人年齢は十五歳っておばあちゃんが昔言ってたね。
「文化とか、言語とか好きなンだろ。折角この世界に生まれたンだ。見て回るのも良いだろ?」
「う、うん」
確にこの世界の文化とか言語とか興味有るし、見て回りたいと思っているよ。
前世で一回も海外旅行に行けなかった分、その気持ちは強い。
「……決めた、わたし世界を色々見て回るよ。言葉を記録して、文化を記録して、宗教を記録して回るよ」
「あァ、若い内はそれが良い。あたしみたいに引きこもるのは歳食ッてからでも出来るからな」
若干おばあちゃんの言葉に乗せられている感は有るけれど色々見て回りたいのは事実。
もしかしたら元の世界に戻れる方法も見つかるかもしれないし、まだページも全部集まってないし。
「そうと決まったら荷造りをしろ。あたしも何か手助けになりそうなのを見繕ッてやる」
「うん!」
わたしは部屋へ行き色々袋に詰め込み始める。袋って言ってもラノベに出て来るような四次元ホ○ケットじゃない、ただの袋だよ?
まぁこの世界にもそういう袋は有るみたいだよ?とんでもなく高価で白金貨が幾ら有ってもタイミングが良くなきゃ買えないらしいけれど。
詰め込むと言ってもわたし自身の持ち物ってそう多くは無いんだよね。服はこの世界では魔法で洗濯して、魔法の効果が消えれば直ぐに水が消えて乾くから一着で良いし。
武器はブーツと鍵槍だから持つ必要は無いし。ブーツは靴だし鍵槍は象徴武器だから任意で消せるし。
そう言えば何で象徴武器は出し入れが自由なんだろう。
出す時にも消す時にも茶色い光が出るし、魔力で出来ているっぽいけれど……。魔導書っぽい本みたいなモンかな?
話は戻ってわたしが詰め込むのは……ペン、紙、インク、ナイフ(解体、調理用)、マイ箸(作ったは良いが今の所使い道は無い)、櫛、酒(消毒、気つけ用)、水筒、火打ち石、手鏡、携帯食、ハンカチ、それからあのボロ本だね。……意外と多いなぁ。
あのボロ本、解読して分かったのは転移者の日記っぽいって事なんだよね。
名前は書いてないし、写真が入っている訳でも無いから誰が書いたのか一切不明だけれど、見慣れた言語と言うだけで安心感を覚える。
偶にスケッチ(上手い)が入っていて、その横に見慣れない字での単語が書かれている。
今日は何しただとか何とか、転移者の業績日誌のようにも見える。
魔女でもなんでも無いようで異世界生活を満喫している様子だった。
偶に苦労しているし、本人は強く無いみたいだけれど人徳で無双しているっぽい。
ざっくりと読める所を概要に纏めるとこんな感じだった。今は謎言語を解読中。
あ、そうだ。お金無いじゃんお金。無いと多分宿にも泊まれないよ。
最悪野宿でも良いけれど……寒いし。毛布持って行くか。
うん、これで良し。あとはおばあちゃんからお金を受け取ろう。
わたしはベットを整え、一礼してから部屋を出た。
「おばあちゃーん。お金頂戴」
「あァ、そういや一回も金渡した事無ェな」
わたしのセリフ、お小遣いをせびる孫みたいなセリフだね。
実際は旅費だけど……。お金はいつか尽きるモンだし、魔獣を狩ったりして稼がないとなぁ……。
魔獣……。あれ以来何回か捌いているんだけれどまだ慣れないんだよね。
吐く事は無くなったんだけれど『うっ』て来るし顔が青くなる。
吐かなくなっただけまだ良いんだろうけれど。
お金を取りに行ったおばあちゃんが小袋を手に戻って来る。それをわたしに渡した。
「金貨五枚、銀貨、銅貨、鉄貨はそれぞれ十枚ずつだ。後は稼げ」
「ありがとう、おばあちゃん!」
大体六万円ちょいか。これだけあれば街までは行けるよね?
おばあちゃんはわたしの肩に手を当ててしゃがむ。
「今までよく頑張ッたな。ご褒美と言ッちャなんだが、グリムに苗字を送りたいと思う」
「苗字?」
そういやわたしの苗字無いね。ずっとグリムって名前だった。
不便を感じてなかったけれど、これから色々な人に会う以上必要なのかもしれない。
「そうだな……お前はこれから、
「グリム・フォースタス、グリム・フォースタス……うん、覚えた。ありがとう、おばあちゃん!」
「どういたしましてだ」
フォースタス……独語読みならファウストゥスか。
おばあちゃんは立ち上がり、机の上に置いてあった小袋をわたしに渡す。
「ほらよ、いざとなッたら開けろ」
「うん」
わたしはこれも袋に入れる。何が入っているのだろう?そんなに大きくないこの袋はもうパンパンだ。
いそいそと背負っているとおばあちゃんが何やら思い出したかのようにポン、と手を叩く。
「そうだ、グリム、お前に祝福を授ける」
「祝福?」
おばあちゃんの指先がふぃぃ……と光る。うん、何する気かな?
嫌な予感がするんだけれど気のせ
「とりャッ!」
「ぎゃああああ!!!」
ザクッ!と言う音と共に痛みはやって来た。おばあちゃんがわたしの頭に光った指先を突っ込ませたのだ。
痛さのあまり反射的に抑えるとぬらりとした嫌な感触が。驚いて手を見ると、触れた部分が真っ赤に染まっていた。血だ!
「痛いよ何するの!?」
「祝福だが?」
「祝福!?これが!?」
何!?この世界では人を痛めつけるのを祝福って言うの!?
全然祝ってないよね!?寧ろダメージ与えちゃってるよね!?呪っているよね!?
「ごちャごちャうるせェな、鏡を見てみろ」
「何を……えっ!?」
渋々ながら鏡を見て驚いた。髪が一房だけ黄色くなってメッシュになっていたのだ。
黄色い髪は三つ編みに巻き込まれ、アクセントみたいになっていた。
あと血で頭が濡れていた。なんてこったい。
「あたしの祝福だ。分をわきまえない雑魚魔獣は近寄らなくなる」
「あ、ありがとう……?」
ダメージはデカイけれど何か良いものをくれたみたいだ。
よく分からないけれど感謝して、頭についた血を落としてから家を出る。
「またね、パイセン」
『おぅ、嬢ちゃん出て行っちまうのか。寂しいな。
ま、嬢ちゃんなら上手くやれるって信じてるぜ!』
「うん!ありがとう!」
わたしはパイセンに、この家に頭を下げる。
そしておばあちゃんに向き直る。
「おばあちゃん、今までありがとうございました」
「良いンだよ、機会があれば家に寄れよ。今度は良い酒と一緒に帰ッて来いよ」
「うん……ぐすっ」
「泣くなよ……締まらねェな……」
わたしは今までの感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。
視界がじんわり滲む。地面がポツリ、ポツリと濡れた。
おばあちゃんのおかげでここまで成長出来た。おばあちゃんには感謝してもしきれない。
わたしは袖で涙を拭ってグッとおばあちゃんを見上げる。
別れ際くらい、良い顔でいたいから。
「それじゃあ……行くね」
「あ?徒歩で行くつもりなのか?森の外まで送ッてやるよ」
「えっ?」
襟ががっしと掴まれる。振り返ると悪い顔をしたおばあちゃんがいた。
待て待て嫌な予感がするぞ待って離して━━
「フォースタス先生良いお方
ちょいちょいお弟子を鞭で打つ
鞭で打っては踊らせる
虫国からは
世界を一周回らせた
━━
吹ッ飛べ!!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ア
ア
ア
ア
ア
ア
ア
ア ア
アア
ア
ア
ア
ア
ア
ア
アアアアアアアアアアアアアアアアア
ア
ア
ア
ア
ア ア
アア
ア
ア
ア
ア
ア
アアアアアアアアアアアア
ア
ア
ア ア
アア
ア
ア
ア
ア
アアアアアアアアア
ア
ア ア
アア
ア
ア
ア
ア
アアアアアア
ア
アア
ア
ア
ア
ア
あ
ァ
ぁ
・
・
・」
魔法の鞭が幼女を叩く。
幼女は吹っ飛ぶ。空の彼方に。
飛ばした少女はこう呟いた。
「やべッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます