アクセサリーを作る話

 


「今日は金属パーツを作るぞ」

「はーい」


 わたしは朝食をもっもっと食べながら返事をする。日数が経ったからか肉類も吐き出さなくなった。

 今日の朝ご飯はソーセージヴルスト、ゆで卵、サラダ、パン、スープだ。


 卵は毎朝何処からか運ばれて来る。お陰でふんだんに使う事が出来るけれど、何処からやって来るんだろう。

 まさか土から生えて来る訳でもあるまいに。


 家主であるおばあちゃんに聞いてみたけれど『鳥が運ンで来る』としか言わなかった。

 鳥が自分の子を運んで来る?そんな訳あるまい。きっとおばあちゃんのジョークなんだろう、きっと。


 仮にもしそれが事実だとしたらおばあちゃんは母鳥に泣く泣く我が子を生贄に捧げさせる外道か、はたまた鳥に言う事を聞かせられる鳥使いになってしまう。

 おばあちゃんが鳥に命令してあれやこれやをして貰うのを見たことは無いのでジョークだと思う事にする。……ジョークだよね?


 話は戻って、わたしがデザインした服を作るにはいくつか金属パーツが必要だ。

 ブーツに、ボタンに、ベルトに、アクセサリー。その部分を金属で作る予定だ。


「片付け終わッたら鍛冶場に来いよ」

「うーい」


 わたしはお皿を洗いながら返事をする。色々回想している内に食べ終わったのだ。

 お皿は井戸水で洗う。実は、川は少し遠い位置に有る。おばあちゃんによるとそこまでわざわざ行くのは少し面倒くさいらしく、家を建てる際に掘ったそうな。


 皿も洗い終わり、布で水を拭き取る。後片付けはしっかりと。

 ある程度乾いたら食器を重ねて家の中のテーブルに置いて、駆け足で家の裏手に有る鍛冶場へ向かう。


「来たか」

「暑っ!?」


 ドアを開けた途端熱風がわたしを飲み込む。熱い?いや、暑い!

 まるで日本の猛暑日だ!アイス!ギブミーアイス!


「このぐらいでへばッてるようじャまだまだだな」

「え〜……?」


 わたしは袖をまくりながらおばあちゃんを見遣る。おばあちゃんの方が厚着の筈なのに汗の一つもかいていなかった。

 反対にわたしはまだ部屋の中に入ってすらいないのに汗だらだらである。うへぇ、髪が首にぴったりくっ付いて気持ち悪いよぉ……。


 しかも鉄下駄が暑さのせいかだんだん鉄板化して来てるんだけれど?え?わたし焼肉になるの?

 やだよそんな冒涜的な焼肉!しかも魔女紋が出て来てるし!火傷じゃん!完全に火傷じゃん!


 わたしがアチっアチっとその場で痛みに耐えつつステップを踏んでいると流石に哀れに思ったのかおばあちゃんから「脱げ」と許可を貰えた。やったぜ。

 まさか鉄下駄に歩きにくくなる以外の欠点が有るとは思わなかった。おばあちゃんも鉄板化は予想外だったろう。


 その元凶……もとい炉はごうごうと燃えていた。キャンプファイヤーばりに。それが近くに有るんだよ?そりゃ猛暑日かと思う程暑いわ。

 鉄下駄は脱いだものの床が熱いのには変わりない。その場でステップを踏みながらおばあちゃんに近づく。


 炉の近くに居るおばあちゃんに近づくという事は即ち炉にも近づくという事。

 さっきから汗がだらだら垂れていたが、一歩一歩近づくにつれてだらだらがだばだばへ、だばだばがビチャビチャへ、汗の量が増えて行く。


「暑いよ〜おばあちゃ〜ん……」

「そンくらい我慢しろ」

「え〜……」


 腕まくりじゃ我慢出来ない、全裸になりたいレベルだ!流石に絵面がアウトだから脱がないけどね!

 わたしはしょうがなしに髪型を三つ編みからポニーテールに変える。ちょっとはマシになるかな?


「じャあまずはあたしが作るのを少し手伝え。

 ブーツに入れる鉄板を作るから足のサイズを教えろ。ほら」

「うわっと」


 おばあちゃんが投げ渡して来たのはメジャーだ。元の世界のメジャーとほぼ一緒だけれど、唯一違うのは数字の代わりに点字が印刷?くっつけられている所だ。

 わたしが縦横を測ってメモし、おばあちゃんに渡す。おばあちゃんはそれを見ると金属やら金槌やらを準備し始める。


「まずはこう言う風にだな……」

「うん」


 おばあちゃんは加工の為にマジックハンドっぽい道具で金属を咥え、メラメラと太陽のごとく燃え盛る炎に突っ込む。

 金属はじわじわと赤く、白く染まって行く。金属特有の、ネオンとも違うぼんやりとしたグラデーションのような光り方が綺麗だと思った。


 わたしはふいごを一生懸命動かす。実を言うと脚力は有っても腕力はそれ程無かったりする。鍛えてないからね。

 それでも普通の成人男性よりは有ると思うよ。鍛えてないって言っても、足よりは鍛えてないってだけだからね。槍を持ったりする都合上筋肉無いと扱えないからね。


 わたしがふいごを動かすと同時に金属の色も変わって行く。赤色部分が多くなったり、白色部分が多くなったり。

 化学はあまり得意じゃないけれど、多分酸素と反応しているんだろうなぁ、と思う。それと同時にこの世界にも酸素が有るのだろうな、と思う。


 もしかしたら異世界は異世界でまた別の理で動いていて、わたしが酸素だと思っているのは実は酸素じゃないのかもしれないけれど……まぁいいや。よく分かんないし。

 作業に集中していると暑さを忘れている事に気付いた。『心頭滅却すれば火もまた涼し』とはちょっと違うけれど、集中していると他の事が気にならなくなったりするよね。


「……よし。こンなモンか」


 おばあちゃんが炉から金属を取り出し、叩く。火花が散り、火花があまり出なくなるまで叩き、折り、鍛接剤をふりかけてまた炉に入れる。これを繰り返す。

 なんでも、これによってしっかりした金属に仕上がるらしい。


 形をハンマーである程度形作り、水で冷やす。それを更に炉に入れる。これによって芯がしっかりした、壊れにくい金属になるそうな。

 それからおばあちゃんはテキパキと各パーツを作って行く。


 わたしがそれを磨き、綺麗に仕上げる。こう言うのは学校の授業でやったからね、出来るよ!

 二人して黙々と作業を進めて行く内にふと、疑問が湧いて来た。


「おばあちゃんって多才だよね。誰から教わったの?」

「ンあ?」


 格闘に、裁縫に、鍛冶……。裁縫はともかく格闘術や格闘なんてなかなか習う機会なんて無いと思う。

 わたしが知らないだけで、多分他にも出来る事が有るんじゃないかな?


 そう言う技能を沢山所持しているおばあちゃんは凄いと思う。しかも、どれを見てもプロレベル。

 人間が仕事にするならどれか一つだけでも食べていけるのに、おばあちゃんはそれを沢山修めた。


 これを一人の人物が教えたとは思えない。ただ、仮にそれぞれ別の人から教えて貰ったとしても姿形が変わらない魔女は直ぐに怪しまれて、バレる。

 直ぐに怪しまれてバレると言う事は、プロレベルに上り詰めるのは難しいと言う事。


 それなのにこんなプロレベルの技能をいくつも持っているのは不思議だ。

 ちょっと学んであとは自己流でプロレベルにまで上り詰めている可能性も無くはないけれど……。それは魔女暇な上に長生きだから出来る事だよね。


「あァ、あたしはそれぞれ別の人から色々な事を教わッたぞ。大分昔の話だがな」

「やっぱり」

「……あいつら過保護だッたからな」


 おばあちゃんが金属を打ちながら遠い目をすると言う器用な事をしている。

 口ぶり的に親しい間柄の人から教わったみたいだ。


 それにしても昔か。昔は魔女に鍛冶や何やを教えてくれる心の広い人も居たんだね。

 今だったら間違いなくその人諸共火刑案件だけど……あれ、目から汁が……。


 そんな奇特な人も時の流れで死んじゃったんだろうな……。さっきからおばあちゃんが悲しそうな目をしているし。

 わたしが振った話で辛い事を思い出させてしまったみたい。ど、どうしよう。話を、話を変えねばっ!


「あ、ああ、あのさっ!アクセサリーってどう作れば

 いいのっ!?」

「アクセサリー?……あァ」


 わたしの言うアクセサリーとはリボンにくっつける予定の鉄十字の事だ。

 勲章的な意味も、宗教的な意味も無い、ただの個人的な趣味のアクセサリーだ。


 前世では名前と掛け合わせて自作の紅葉型のUVレジンアクセサリーをヘアゴムに付けていたけれど、今から作る予定の鉄十字には金属を使う予定だ。

 中心部分には黒い宝石を埋め込むつもりだし、どう作って良いのか分からない。


「これは簡単だから、多分グリムでも出来るぞ」

「本当?」

「あァ。だが、その前に少し宝石についての話をするぞ。これを作り終える必要が有るからな。道具を取りに行く間に冷めちまう」


 おばあちゃんの言う『これ』とは現在形を整え中の金属だ。確かに放り出す事は出来ない。

 それにしても自分で作れると言うのは心が踊る。自作!良い響き!


「宝石ッて言うのはその名の通り『宝物の石』だ。

 価値の有る、値打ちの有るそこら辺の奴とは違う石だな。ルビーとかサファイアとか」


 この世界にもルビーとかサファイア有るんだ。転生者、転移者が居るみたいだし言葉が伝わっているだけで別の石を指している可能性も有るのかも?

 それはさて置いて宝石か。理由はよく分からないけれどわたしも好きだよ。よく『女性は宝石が好き』なんて言うけれどわたしも例にもれなかったみたい。


「それはそれで値打ちが有るが、それよりももッと値打ちの有る石が有る。魔石だ」

「魔石!」


 ラノベでよく有る奴だ!わたしの知識だと魔法の属性を含んだ石とかそんな感じだけれど、この世界ではどうなんだろう?


「一口に魔石と言ッても二種類有る。魔法石と魔獣石だ」


 へぇ、この世界では二種類有るのか。魔獣石は多分魔獣から取れる石なんだろうけど、こないだの解体の時にそんな物は見なかったような気が……。

 魔獣石が有るか無いかはランダムなのかな?それなら説明がつく。


「と言ッても効果は同じなンだがな。採れる所が違うだけだ。

 魔獣石は魔獣の目から、魔法石は鉱山から採れる」

「魔獣の……目?」


 さ、流石にそこまで解剖して無いよ!『しろ』とも言われなかったし!

 目から採れるって、目をくり抜くって事!?怖!……あ、こないだの事を思い出したら……うっ!


「厳密には魔獣だけじャなくて人間からも採れるけどな。普通はやらねェが」

「えっ……」


 ゾッとした!今、目をくり抜かれる所を想像してゾッとした!!

 目、目の中に石があるのか……。水晶体?違うか。わたしの目の中にもあるのか……石。やっぱり身体の作りが元の世界とは違うのかな。


「魔石は基礎魔法の属性がついた石、もしくは魔力を溜められる石の事を指す。

 属性のついた魔石は魔獣からも鉱山からも採れるが、魔力を溜められる魔石は鉱山からしか採れねェ」

「へぇー……」


 魔力を溜められる石なら魔女の魔力も溜められるのかな?無属性の石とか、そんな感じだろうか?


「属性のついた魔石にはそれぞれ溜まッて居る魔力の属性を表す紋様が石の中に現れてンな」

「石の中に……あぁ」


 ボロ本の留め金代わりの石がそんな感じだった。て事はあの本には魔石が使われていたんだね。

 日記かと思っていたけれど、実は魔導書だったりするのかな?もしくはただ飾りにしているだけ?


「魔石は袋みたいなモンだな。その袋に魔力が溜まっていて、回路を繋げる事で魔法に近い事象が起こせる。

 ただ、袋の中の魔力が無くなると回路も動かなくなる。

 人間の使う一時的な魔法と違って魔力をずっと注いでいる事が出来るから魔力が有る限りずっと理を曲げる事が出来る。それが魔石最大の利点だな」


 ほー……要するに魔法と言う器に人間の代わりに水を入れられる装置って事か。電池みたいな?

 人間の魔法は魔力を注いだ分しか発動しないけれど、魔石電池魔力電気が入っている限り永久的に器に魔力を入れられるから魔法を発動しっぱなしに出来ると。


「魔獣石は基本、その魔獣の目の色によッて種類が変わる。

 例えば昨日の電気羊なら目が黄色だから雷の魔石だな」


 電気羊の名に違わず雷の魔法っぽい攻撃を仕掛けて来ていたからね。雷の魔石は納得だ。

 けれど……。


「……魔女は?」

「さァな?魔女の魔石は知らねェな」


 おばあちゃんでも知らない事があるのか。どんな色をしているのか気になるけれど、体質で復活するとは言え流石に自分の目を抉り出す度胸は無い。

 勿論目の前の魔女おばあちゃんのを抉り出す度胸も気も無い。それをやるくらいなら自分のを抉る。


「わたしの目は黄色だけれど、雷の魔石なのかな?」

「ンー……どうだろうな?

 そういや、目の色は親の影響を強く受けるみてェだな。

 親の魔力……と言うか髪色が子供に影響するとか……」

「嘘ぉ?わたしの親、どっちも雷の魔法使えなかったし黄色い髪でもなかったよ?」


 使えなかったってだけで魔力は持っていたのかもだけれど……。詳しくは覚えてないし、興味も無い。

 それの為に使う記憶量が有るんだったらその分別の事を覚えといた方が良いと思う。歴史とか、文化とか、言語とか!


「或いは身近な人……かもしれねェな。推論だから、詳しい事は分かンねェけどよ」

「それだったらわたし、紫色の目をしていると思うよ?おばあちゃんの髪色紫だし」


 わたしにとって身近な人はおばあちゃんだ。黄色の人物は居ない。

 ……強いて居るとするならば前世のおじいちゃんかな。おじいちゃん、金髪だったから。金も黄に含めて良いのならの話だけれどね?


 あっ、金髪って言っても染めて居る訳じゃないよ。地毛だよ。ファンキーおじいちゃんじゃないよ。

 おじいちゃん学者だし、そんな髪色にワザとしてたらお偉いさんに怒られるんじゃないかな?


 話は戻って、まさか元の世界から影響を受けているとは思えない。

 前世の世界に魔力なんて物は無いし、肉体としてのグリムとおじいちゃんに接点は無い。


 なら何故?……うーん……分からん!知らんモンは知らん!以上!


「確かにな。……ッと。出来たぞ。材料取ってくるからな」


 そう言っておばあちゃんは席を立つ。暫くして道具と共に戻って来る。

 ドアが開いた時、冬かと思う程の冷たい風が入って来て寒かった。少し前までは熱くて熱くてたまらなかったのに。


「重ねて言うが、この石は宝石だからな。魔石じャねェぞ」

「うん」


 鉄十字の中心に変な模様が浮かんで居ても困る。寧ろ魔石じゃない方が良い。

 この鉄十字は髪飾りと胸元の飾り用に二つ作るつもりだ。一つは自分で、もう一つはおばあちゃんに見本として作ってもらう。


「まずは石座ベゼルの型作りだな。この木の板を削れ」


 言われた通り宝石(十字形にカット済み)より一回り大きくなるように下書きの線を引いて削る。この時リボンを通せるような穴を作り忘れないようにする。

 それが終わったらろうと型の注ぎ口とそれと石座型を繋げる通路を作る。


「次に……」


 もう一枚、同じ大きさの木の板を重ね合わせて、隙間をゴムの様なもので埋める。

 暫くするとぴったり張り付いて、振っても取れなくなる。


「最後に……」


 容器に入れ、溶かして液体になった銀色の金属を型のろうと部分に入れる。

 この日はこれでお終い。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 それから数日後。


「今日は固まッた石座を磨いて貰うぞ」


 溶かした金属が完全に固まったら型からなんとか取り出して、ろうと部分を含めたあまりを折り、取り除く。

 あとはひたすら磨き、ピカピカにする。


「うン、良いンじャねェか。後は……」


 石座に宝石をはめる。お、ぴったり。

 その宝石をプロングと言うパーツで固定する。これで……。


「完成!」


 やった!出来た!うん、久しぶりに自分でアクセサリーを作ったけれどなかなかに上出来じゃないか!

 さっすがわたし!天才!素敵!


 {自惚れ乙www}


 う、うっさいわ!自己は肯定してなんぼなの!褒める所は褒めるべき!

 ……まぁさすがに天才は言い過ぎかな?大天才かな?


【……『言い過ぎ』の意味を辞書で調べた方が良いですよ、主人格馬鹿


 酷いっ!え、でも初見でこんなアクセサリーショップに売ってそうなレベルの高いモノを作れるのなんて天才以外の何者でもなくない!?こう言うのに関しては前世より手が動くよー!

 ……絵が前世より描きにくかったり、器用な事がしやすかったりは肉体カラダの向き不向きなのかな?


「ほらな、出来ただろ?」

「うん!教えてくれてありがとう!」

「どういたしましてだ」


 それから二人でリボンを選んだり、布を切ったり縫ったりして服は完成した。

 これでもうキツさに苦しまなくて済むね、やったあ!!

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