命を奪う事の話

 


 おばあちゃんに保護されてから六年、十二歳になった。

 元の世界なら小学校入学してから卒業までの歳。そんくらい経てば普通に……


「服をくれぇえええ!!!」

「唐突に何だ」


 服がピチピチになる訳で……。もう毎日脱ぎ着するのも大変なんだよ!

 この間なんかピキッて布が限界を迎えたような音がして凄く恐怖を感じたんだよ!


「買い換えろッつッたッてお前十一歳から身長伸びてねェだろ」

「うっぐぅ!」


 わたしは傷の付いた柱を見遣る。傷はわたしの身長測定の結果なのだが、ここ最近同じ所の傷が深くなるばかり。

 これは……成長していないという証……!


「いーやーっっ!!」


 わたしは床をゴロゴロと転がって現実への拒否を示す。

 ヤダヤダヤダ、前世と同じくチビなんてやーだーっっ!!


 と言うかこのまま成長しないとなると前世よりも身長が低くなる事に……!?


 胸もっ、胸も、前世同様無い!無い!無い!

 ロリ巨乳!?そんな幻想は無いよ!現実は厳しいんだ!


「これはおばあちゃんが適切な服を買ってくれなかった事が悪い、訴訟」

「服で背が縮む訳無ェだろ」


 いーや、これはハムみたいに締め付けられた事が原因だね!

 わたしは(身長的に)ビックになりたかったのに!


「はァ……そんなに言うなら服作ってやるよ」

「えぇ!!??」


 今、服を作るって言った!?言ったよね!?おばあちゃん服作れるの!?

 鍛冶も出来るし、多才だね!料理はアレだけれど。


「服作れるのに今まで作ってくれなかったのはどうして?」

「ガキは成長が早ェから作るのが面倒くせェンだよ、買うのも高価いし」


 服が高価いのには同意するけれどだからって締め付けるのはどうかと思います。

 コルセット着けてる訳じゃあるまいに……。


「そんならさ、わたしにデザインさせてよ!」

「デザイン?お前が?……あァ、絵ェ描けるンだッたな」


 漫画や依頼で衣装デザインもしたしね!それと自分が着るのくらい自分で選びたい!

 わたしはいそいそと紙とペンを準備し、描き込んでいく。


「別に良いが……ッて話聞けよ」

「ふんふんふんふふ〜ん♪」


 わたしは鼻歌を歌いながらペンを走らす。前世と違って自分で言うのもなんだけれど可愛いし、ふわっとした服着ても良いよね。


 小さいから……ワンピースかな?ワンピースが良いな。あ、あと靴に何か仕込めないかな?そう考えると……よし。


 あとは点字が書ける特殊なペンで書いてと。べべべいっ。


「出来た!」

「早いな……見せてみろ」


 わたしが描いた絵は白のシンプルなワンピースの上に緑のワンピースを被せ、更にその上にフード付きケープを被りリボンで纏めた服だ。


 リボンには鉄十字のアクセサリーも付いていて、それと同じ物を髪にも付けるつもりだ。

 因みにデザインは鍵に付いているのと同じだったりする。


「ふむ……このブーツに何か仕込むッてのは何なンだ?」

「それは蹴り技を使う時に威力が上がると良いなって思って……鉄板とかどうかな?


 機動力も捨てられないし、何処に仕込むかとか、そういうのは服作り担当のおばあちゃんと話して決めたいなって思ったの」


 今、わたしの武器は鍵だ。刺して捻るという特性上両手で持つタイプの槍みたいな扱い方になっている。


 何故小さくナイフの方が近いサイズなのにナイフじゃなくて槍みたいな扱いなのかと言うと、儀式から数日後に柄の部分が伸ばせて槍サイズに出来る事が判明したからである。


 鍵は刺すだけでもダメージがある(経験済)し、実質槍みたいなモンだよね。捻ると超兵器と化すけど。

 あと、下の方を持てば魔法の杖にも見えなくはない。


 色々検証してみて分かった事は扉は全部開け閉め出来るという事。鍵穴の無い扉の場合効果範囲は約三十センチ以内だという事。


 それから物体に差し込んで捻るとその物体が爆発四散する事。

 その物体が有った所をまた捻ると元に戻るという事。


 鍵を空中で捻っても爆発は起きず、わたしが意識した至近距離の物だけが反応するという事。


 ちょっと前に至極狭い範囲の空気を狙って捻ってみたところ爆風が起き吹っ飛ばされた。

 今はそれを機動力に応用出来ないか試し中である。


 纏めるとアレは鍵ではあると同時にクソチートな武器でもある、という事になる。


 ただし制限、というかデメリットは有って槍サイズだと捻っても全部が全部爆発四散しない。

 一部破壊、例えば木の枝に刺したらその枝だけ破壊される。どうも鍵、というか槍の部類に入るらしく機能が制限されるのだ。


 それでも十分チートなんですけどね!

 わたし的にはチートは要らないから元の世界に帰して欲しいんだけれど。


「軽くて、重くて、硬くて、柔軟性が有って……っていうのは無い?」

「矛盾してるぞ」


 わ、分かってるよ……。ただ、機動力を考えると軽いのが良いし、威力を考えると重くて硬いのが良いし、靴に仕込む事を考えると柔軟性は欲しいし。


「まァ気持ちは分かるがな。そうだなァ……蹴技で主に攻撃する箇所となると爪先、かかと、足の甲が主だよな。


 そこに硬くて重い金属を入れて、他は普通の靴と同じようにすれば柔軟性は出るだろうな。

 金属以外の素材は軽くしよう。それで良いか?」

「うん!ありがとう!」


 わたしじゃ部分的に金属を入れるなんて考えつかなかった。

 やっぱり話し合う事は大事だね。


 結果的にだけれど鍵(槍)が象徴武器として出た事によって蹴り技特化ではなくなってしまった。

 けれど、こうしておばあちゃんが一緒に考えてくれると嬉しい。


 それに、蹴り技が主体で鍵は補助武器として訓練している。だから今も鉄下駄を履いている。

 重たい鉄下駄をずっと履いているせいかジャンプ力が異常に高く、身軽なのも相成って機動力も高くなった。


 わたし一人だったらこうはならなかったしなれなかった。

 おばあちゃんに感謝だね。


「それじャあ、狩に行くか」

「へ?狩?」


 寝耳に水だ。思いもよらぬ言葉に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 おばあちゃんはそんなわたしをスルーして説明を始めた。


「服を作るのに素材を買うのは高価いンだよ。

 だッたら修行も兼ねて狩をした方が良いだろう?」

「そうだけど……」


 それって、命を奪うって事だよね。わたしのエゴで……。


 …………。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


 わたし達はザクザクと森の中を歩み進めて行く。

 今回狙う魔獣がこの辺りに居るらしい。


「服にして、ブーツにもするのならエレクトリックシープが良いな」

「エレクトリックシープ?何それ」


 直訳するなら電気羊。現実の羊なら毛が服になるし、皮で出来たブーツもあるけれどこの羊はどうなんだろう?

 おばあちゃんが狙うくらいだから出来るんだろうけど。


「羊だよ。服としては申し分ない程高級だが危険度は四とそれなりに高い。

 電気攻撃とタックルに気を付けろ」

「危険度って何?」


 これまた初めて聞く単語だ。数字が高い程脅威なのか、それとも違うのか分からない。

 数字で表されている辺り、この世界にAとかBとかの元の世界と同じ文字が無いんだという事を思い知らされる。


「危険度は一から十の段階で表された魔獣の脅威度で、一が最低、十が最高数値だ。

 一の魔獣だとスライヌとかスラネコとかだな。

 十は神話や伝説の中の魔獣だ」

「なるなる」


 スライヌとかスラネコってなんだろう。名前的に犬猫っぽいけれど。

 危険度四の電気羊はそこそこってところなのかな?


 ドドドドド……

「ん?」

「お出ましみたいだな」


 話しながら歩いていると背後から何やら地鳴りのような音がする。

 チリッとした危機感を感じて咄嗟に左に転がる。


「Bzzzaaaa!!!」

「おぴゅっ!?」


 ほんの数瞬前までわたしが居た所に羊が現れる。

 咄嗟に避けて正解だった!避けてなかったら今頃吹っ飛ばされて木につかっていただろう。


 ゴン!


 避けたわたしの代わりに羊が木に打つかる。が、羊は物ともしない。

 羊は身体の周囲を電気がスパークし、角と角の間にはスタンガンみたいに電流が走っていた。


「そいつだ!殺れ!!」

「う、うんっ!」


 素材を扱う以上通常の鍵モードでは粉々になって使い物にならなくなってしまうだろう。

 わたしは槍モードにした鍵を召喚し構える。


「Bzzzaaaaa!!!」


 タックルをジャンプして回避。そのまま木に一旦足をつき壁ジャンプ。

 羊の背後に着地し羊を混乱させ、また同じ事を繰り返す。


「おい、何やッてるンだ!攻撃しろ!」

「……」


 攻撃、攻撃、攻撃……。鍵を刺して、回すだけ。鍵を刺して回すだけなんだ。

 躊躇するな自分。いつかは過ぎる通過点だ。生きたいなら命を奪え。命を、命を……。


「……はァ」

 ドンッ!!!

「Bzzzaa!?」

「えっおばあちゃあ!?」


 おばあちゃんが溜息を吐く。それと同時に杖が羊の頭にクリーンヒットし羊は倒れる。

 おばあちゃんがやってくれたの!?、と驚くのも束の間、今度はわたしが地面に倒れた。


 ……否、倒された。

 わたしの視界は自然と天を向く。


「おばあ、ちゃん……?」

「前々から思ッていたが」


 わたしが倒れた原因。それはおばあちゃんによる物だった。

 おばあちゃんがわたしに馬乗りになって逃げられないようにし、わたしの首筋にそっ……と手を掛ける。


 首筋に触れられた瞬間ゾッ!と冷たい物が走る。

 おばあちゃんの綺麗なか細い手が冷たいからか、はたまた━━


「グリム、テメェは甘過ぎる。自分にも他人にもな」


 殺気を感じるからか。

 おばあちゃんの顔からは表情は読み取れない。それがまた冷たさを増幅させた。


 突然の事に頭が追いつかない。わたしは呆然とおばあちゃんの成すがままになっていた。

 手がもう一本、今度はしっかりと首筋に触れる。


「このままそれが治らねェンじャテメェはこの世界で生きては行けない。

 この世界はテメェが思ッている以上に辛く、生きにくい」

「ぐっ……!?」


 おばあちゃんの手に力が入る。それ即ちわたしの首が締まるという事。

 力は徐々に、徐々に強まって行き、苦しさも同時に増して行く。


「この世界はテメェが生きるには向いちャいねェよ。

 砂糖菓子よりも甘ェテメェがよ」

「うう、う……」


 視界が霞み掛かる。それが涙だと気づくのに数秒を要した。

 わたしは抵抗の為におばあちゃんの手に自分の手を当てて押し返そうとしたが敵わない。


「命も奪えねェ奴に『生きたい』なンて叫ぶ権利は無ェ。

 自分が生きたいなら非情になれ。結局は自分だ。

 この世界はみンながみンな仲良しこよしをしている訳じャねェ。

 テメェの世界とは違うンだよ!」

「ゔ……あ"……」


 それは、分かっている。ここは異世界で、元の世界じゃない。

 理が違う事も、文明が違う事も、言語が違う事も理解している。


「テメェが非情に成れねェのなら、テメェが他者を殺せねェのなら、テメェはこの世界に居るな。

 死んだ方がよっぽどテメェの為だ!」

「そ……な……」


 ギリギリギリと首が締まる音がする。唾液が垂れ、地面を濡らすがそれどころじゃない。

 苦……し……。


「わたし、甘く、なんか……」

「甘ェよ!十分過ぎるくれェにな!!

 自分の手が血に塗れるのが怖いか?

 相手が死ぬのが怖いか?

 そンなのが怖くて逃げてるようじャテメェは遠くない未来に死ぬ!

 肉体的にじャなくて精神的にだ!」


 おばあちゃんの手にぐっ、と力が入る。苦しさが増し、ギリリと歯が軋む。

 足をバタバタして抵抗を試みるも効いた様子は無い。


「この世界の大体が一生の内に殺しを経験する。

 殺しが怖くて逃げ続ける事は敵わねェ。

 逃げ続ける事は殺られ続ける事と同義だ。

 殺しから顔を背けて逃げても殺しはこの世界に居る限り永遠に追いかけて来るぞ。

 逃げて、逃げて、逃げ続けたら逃げきれる訳じャねェンだ。

 テメェはこのままじャ発狂するぞ」


 ギリギリと首と手の間に指を滑り込ませようと試みる。

 が、接着剤で固定したかのように動かない。頭がぼんやりして来た。


「発狂した魔女は悲惨だ。一人じャ死ねねェからな……。

 あたしはそんな魔女を何人も何人も何人も見て来た。

 そいつらを、あたしは、あたし達は、殺したンだ……。

 なァ、頼むよ。

 あたしに、また、あの悪夢を見せてくれるなよ……」


 わたしの顔に緩い水が垂れる。それが涙だとすぐに気付く余裕は無かった。

 おばあちゃんは一瞬だけ緩んだ手に再び力を入れる。


「殺しを受け入れろ!それは悪じャ無ェ!生きる為の手段だ!自己防衛だ!

 テメェので抗え、抗えよ!!!あたし脅威に!それさえあれば一発だ、テメェは死なねェだろ……何で、何でそれを使わねェンだ!」

「……ごめ"ん、おばあちゃ、ん"、それは、出来な"い……」


 掠れた声で、朦朧とする頭で拒否を示す。

 おばあちゃんの行動はきっと、わたしの事を想っての事。


 おばあちゃんは自分を犠牲にしてでもわたしに『殺し』を経験させる気だ。

 でも、おばあちゃんを殺すなんて事、わたしには出来ない。


「ねぇ、おばあちゃ、ん……異世界は、わたしの主義を、主張を曲げねばならない所なの?

 わたしは、恩人に仇を為さねばならないの?

 わたしは、生きてちゃいけないの?」

「違……そういう意味じャ」

「違うよね?違うよね??

 なら、わたしは『恩人に報いる』と『生きる』という信義を捨てはしないよ。

 わたしはどんな障害があっても、信義を曲げない、屈しない!!!」


 恩人であるおばあちゃんを殺すなど言語道断。そしてわたしの信義を曲げるのもまた論外。

 わたしはわたしの信義を尊重し、優先する。その為ならば━━


「おばあちゃん、退いてッ!!」

「ッ!?」


 殺し嫌な事だって、我慢する。恩人を死なせるよりも我慢の方がずっとマシ。

 わたしの気迫に驚いたのかおばあちゃんが首筋から手を離し、弾けるように退避する。


「Bzz……aaaaaaAA!!!」

「やああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


 怒り狂ったように立ち上がる電気羊に向かって鍵を振るう。

 鍵はなんの抵抗も無く吸い込まれて行き、そして━━


「BzzzaaaaaaAAAA!!!???」

「……ごめんなさい」


 胸の辺りで回った爆ぜた。血がわたしに降り注ぎ、さっきまで命を形作っていた肉片が、ボタリボタリと地に落ちた。

 途端に舞い上がる鉄の匂い、一瞬にして地獄に変わり果てた森の一角。


「ゔっ……ぇえ"え"……」


 吐いた。慣れない光景に、不快な匂いに、惨状に。

 鼻から入った臭気が胃の辺りをぞわりぞわりと逆撫でし、胃を掴み、振るい、食道も逆撫でし、わたしは堪らず━━吐いた。


「……良くやッた。悪かッたな……」

「ゔ、ゔゔ、ぅああああああんぁおえっ」


 おばあちゃんがわたしを宥めるように抱きしめる。わたしは涙と鼻水と胃液でグチャグチャの顔のまま、おばあちゃんに抱きつく。

 気持ち悪さと安堵と不快さと脱力感がごちゃ混ぜになり、抱きしめられたまま、また吐いた。


「……今日は野菜にしような。グリムの好きなレタス」

「ゔんっ」


 今日肉食べたら間違いなく吐く自信がある。

 今もまだ吐いてるし。うお"えっ。


 わたしは試練を乗り切った。これからも相慣れないであろう試練を。

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