漫画家の話

 


「見ててよ?」

「あァ」


 買い物から帰って来たわたしは戦場の前でペン武器を持ち、思案する。

 何を描いたら驚くかな?


 わたしが啖呵を切ったのは絵に自信があるからだ。

 そう、絵だ。わたしは紙とペンを使って絵を描くのだ。


 この世界ではペンの用途なんて絵くらいしか無い。文字は無いから。

 だからと言って絵描きの人口が多い訳じゃないから需要が低い。


 需要が低いという事はそんなに作る必要が無いって事。売れないからね。

 その為インクとペンがどうしても高価になってしまう。娯楽品だからね、しょうがない。


 本当は絵用の紙も欲しかったけれど、もしねだっていたらキレられていたかもしれない。

 最初の修行の時以来キレられてないけれど、思い出すだけで怖い。尚、しょっちゅう怒られてはいる。


「な〜にが良いかな〜?」


 そだ、昔描いた女の子の絵でも描くか。宗教みのある制服で〜、ふわふわのロングヘアで〜、リボンをした女の子〜。

 ん……ん?あれ、昔に比べて描きにくいなぁ。手が思ったように動かないっていうか……。肉体が違うから筋肉のつき方も違うのかな?だから動かしにくいのかな?


「ほれ!」

「わッ、いきなり目の前に出すなよ……凄ェなこれ!上手ェな!」

「でしょでしょう?」


 ふふーん、やっぱり驚いてくれた!金のドレスがふわふわと揺れる。

 昨日のドレスは銀色から金色へと変わっていた。確か、グリム童話のシンデレラって二日間舞踏会へ行くんだったね。だから魔法が二日も解けないのかな?


「何だッたか……これは……そうだ、漫画家だ。漫画家みてェだな」

「漫画家だよ?」

「? この前学生ッつッたろ?」

「学生で、漫画家だよ」


 確かに昔は学生とアルバイト以外の職業を掛け持ちするのは珍しかったかもしれない。

 でも現代は違う。学生でも仕事をしている人は数は少ないけれどそれなりにいる。


 スポーツ選手だとか、ゲーム選手だとか、警察とか、探偵とか、博士とか。

 昔は漫画の中にしか居なかったような存在が現代には居る。


 わたしもその一人で、月刊誌の漫画を描かせて貰っている。因みにペンネームはグリム。名前の由来は今の名前と一緒。

 あーでもわたし今異世界に居るし作者死亡による打ち切りになってるかも……。


 憑依だった場合は休載扱いかもしれないけれど……いずれにせよ編集さんに迷惑がかかっている事には違いない。

 すまんな、編集さん!おじいちゃんによろしく言っといて!


「へェ。あッちの世界の事はよく分からねェからなンも言えねェな」

「あ、そうだおばあちゃん、わたし新しい服が欲しいんだけれど」

「はァ!?なら昨日言え!」

「ずっと前から言ってるよ?」


 成長しているのだろう、服がキツい所が出始めた。

 最初はロングワンピースみたいだったドロワーズが今や膝くらいにまで縮んでいる。


 だから変えてと言っているのに『それ以外でお前が着れるモンは家には無ェ』とか『後でな』とか言うのだ。

 変える気更々無いよね、おばあちゃん。このままでは色々抑えつけられて前世同様チビになってしまう……!


「そうだッけか?忘れてたな。記憶に残るように言え」

「無茶言わないで」


 そんな話術わたしに搭載されてないよ。わたしに搭載された機能は絵と(興味ある事への)暗記力だけだよ。

 おばあちゃん結構忘れっぽいし、まさか健忘症……?それとも認知症……?


「昨日と言えば」


 おばあちゃんはそう言ったきり別の部屋……物置の部屋に移動してしまった。

 ガサゴソ聞こえる。なんぞ?


「まだページの話が済んでなかッたな」

「うわっ!」


 おばあちゃんがカラフルな長方体を持ってくる。昨日のよりもデカイ!

 それを机の上にドン!と置いた。ペンが一瞬宙に浮く。


「こン中から茶色に光る奴を抜き出せ」

「抜き出……えっ!?」

「でッけェオブジェクトに見えるかもしれねェが、これはその実ページの山だ。ほら」

「本当だ……」


 おばあちゃんが長方体を横半分に割る。なんの抵抗も無く分割出来る事からそれぞれ元はバラバラな物なのだと分かる。紙の束を積み上げているみたいなモンかな?

 わたしはおばあちゃんの言葉に従ってページを抜き出す。


 本当に色々な色があるなぁ……。メジャーなのは勿論、こんなのまで!?と驚くような色も。

 もくもくと作業を進める。おばあちゃんは何故か寝ている。


 おばあちゃんの目の前に背の低い長方体があるし、少しバラけている事から手伝おうとしてくれたのは分かるけれど速攻で飽きて寝たらしい。

 本や勉強が嫌いって言っていたけれど、もしかして集中を要する作業が嫌いなのでは?


 それから二十分後。


「でけた!」

「んァ?……あァ、終わッたか」


 ふー……一仕事終えた感。ちゃんと茶色のページは抜き取ったよ。

 三回確認したし、多分もう大丈夫。


 それにしても……結構分厚いね。それだけ沢山の話数があるって事に違い無い。

 ところでグリム童話の分母って何話なんだっけな?確か百は超えていた気がするんだけれど、思い出せない。


「本を出して、開け」

「うん」

「それで、その茶色の束を纏めて掴んで本にぶち込め」

「え、う、うん」


 束を机で均し、横を持って開いた本に押し当てる。

 すると、本と束が強く光だした。わたしは思わず目を瞑る。


「わっ!?」

「眩しいな」


 おばあちゃんは知っていたのか目をすっかり閉じて呟く。目がチカチカする中でも見えたよ。こうなるって知ってるのなら先に言ってよ!

 おばあちゃんを恨みつつ目をしぱしぱさせながらわたしの本を見る。


「あっ、ページが増えてる!」


 丁度押し当てた束と同じ厚さ分だけページが増えている。

 おばあちゃんの言う通り直方体の束はページだった。


 束の時はページが光っていてなんの話か分からないけれど本に入った途端束は光るのをやめ、タイトルが分かるようになる。

 本に入れるまでなんの話か分かんないとか、何が出るかな状態だよね。ガチャガチャみたい。


 率直な感想を言うとこの本、バインダーみたい。ページはさながらファイル。

 そのファイリングをワンダーな演出にしたのがこの本。本って言うか、魔導書なのかな?


「分けて入れた訳だけれど、他の、茶色以外の奴は入らないの?」

「やッてみろ」


 わたしは試しにピンクブロンド色のページを差し込んでみる。

 するとバチッ!と音がして弾かれ、ページは地面を滑った。


 ダメか……。ページの色と表紙の色は対応しているのかな?

 じゃあ残りのページは他の魔女のページって事?


「あ、おばあちゃんのって紫色?」

「あァ」

「探してみるね」

「……あァ」


 おばあちゃん面倒くさがってこういうのやらなそうだもんなー。

 魔法はレパートリーが多い程便利だし、わたしが探してみせ……みせ……あれ?


「嘘……一個も無い……」

「まァあたしはお前と違って昔から生きてるからな。

 有る方が少ねェンだよ」

「そっかー」


 確かにおばあちゃんの本はわたしのとは違ってみっちり埋まっていた。

 昔から集めているのなら未収録のページに遭遇出来る可能性の方が少ない。


「よし、じャあ本にも入れられたし勉強するか」

「なら今日は貨幣について教えて!買い物の時よく分からなかった!」

「教えてないッけか?なら教えてやる」


 おばあちゃんは財布?袋?からコインを取り出し、並べる。

 左から順に銀、銅、銀、金、白色だ。


「貨幣はこの国では五種類。鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。白金貨は略して白貨と言う事もある」


 どの貨幣も大きさの差こそあれ同じデザインだ。片面にはS字付き十字架と羽を広げる首が長い鳥。カモかな?

 もう片方は紅葉に王冠のマーク。紅葉?いや、カエデかな?国樹なのかも。


「値段は小さい順に鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白貨だ。普段の生活では鉄貨と銅貨と銀貨があれば十分。金貨が一枚あれば小金持ちだ」


 お婆さんに渡したのは金貨。だからおばあちゃんは『ぼッたくりすぎだろ』って言ったのか。

 二足三文の物を小金持ちに成れる料金で売ったのなら確かにそれはぼったくりだ。


 魔女としては必要経費だから高くても買うのは仕方ないのかもしれないけれど、今更ながら腹がたつ。


「鉄貨十枚で銅貨一枚相当。銅貨十枚で銀貨一枚相当。銀貨十枚で金貨一枚相当。金貨十枚で白貨一枚相当だ」


 うーん、仮に鉄貨を一円とすると銅貨は十円、銀貨は百円、金貨は千円、白貨は一万円か。

 ただ、百円で小金持ちとはどういう事なのだろう。物価が低い?


「目安として、リンゴは銅貨一枚、ウィスキーは銀貨一枚だな」

「成る程」


 んー、じゃあ円換算の場合ゼロを足した方がしっくり来るかな?

 鉄貨は十円、銅貨は百円、銀貨は千円、金貨は一万円、白貨は十万円、と。


 それにしてもおばあちゃんは何で一番高価い白貨持ってるんだろ?

 強いし魔物討伐で稼いでるのかな?意外とその界隈では有名だったりするのかな?


 わたしは全くそんな事を感じさせないおばあちゃんを見遣る。

 ……分からん!

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