買い出しの話
「あのさ、おばあちゃん……」
「何だ?」
「本は出せるけれど、魔法が使えない……」
「あァ?」
翌日。変な体勢で寝たせいか首が痛い。寝違えたかな?
一日のルーティーンを終えた後魔法の練習を始めてみたのだけれど知っているお話を叫んでもうんともすんとも言わなかった。
「本、開いてみろ」
「うん……」
入っている話数は三話と少なく、外装だけ立派な状態だ。グリム童話は結構話数が多い筈なのに。
収録話は『
「今はこの本に入っている話だけしか使えねェぞ」
「そうなの?『今は』って事は増えるの?」
「増えるンじャねェ、増やすンだ」
ふ、増やす?どうやって?コピー……しても意味無いし、そもそもコピー機無いし。
口ぶりから察するにおばあちゃんは増やしたみたいだね。だからいっぱいページがあるのかな?
「え……具体的に言うと?」
「買うンだよ」
「買う!?」
グリム知ってるー!それ課金って言うんだー!
……本当に買うの?え?買うの?と言うか何で魔女の本のページが売ってんの?普通燃やされない?
「ページはダンジョンやそこら辺にいる魔物が落としたり、住処から見つかッたりする。
それを討伐した
魔女以外にページは値打ちが無ェからな」
「えぇ……?」
何で魔物がページ持ってるの?ページって二足三文で売られてるの?なんか……悲しい。
あと知らん単語が出た。雰囲気的にラノベで言うところのハンターや冒険者が近い気もするけれど何だろう?
「ベクターって何?」
「ベクターは巡礼者を守護したり魔物を討伐したりする奴らで、ベクターギルドに所属している者を指す名称だ。言っちゃなンだが荒くれ者達だな」
「へーっ、そんな存在がいたんだ」
やっぱり冒険者か。ちょっと違うのは巡礼者の守護かな?
でも商人の馬車の護衛と似たような物かもしれないね。
「話は戻ッて、魔法が使えねェンだッたな。話に書かれている文章を読み上げれば使える筈だが……」
「そうなの?試してみるね」
適当に叫んでいたのがダメだったのか!
わたしは手に意識を集中させながら読み上げていく。
「ばッ、待て!こンな所でやるンじ」
「母様の墓のハシバミさん わたしにおべべを下さいな
一晩目には
来たれ白鳩 頭上には
綺麗なおべべが待っている
━━
謡い始めると同時に魔方陣が展開する。独語が周囲をくるくると回る。
「やった!出来たよ━━って何これ!?」
「うわ……綺麗だな?」
「慰めの言葉が痛いっ!」
わたしはいつの間にやら成長してちょいとキツめになったドロワーズから銀ピカのドレスに着替えていた。
何この眩しいのわたしの趣味じゃない!
「うぎぎ……しかも脱げないし」
「魔法だからな。入れた魔力が無くなれば自動的に解けるが、いつ解けるンだろうな?」
おかしい。ふわふわひらひらしているのに脱ごうとした途端ボンドでくっつけたみたいにぴったり張り付いて取れなくなる。
元ネタのシンデレラからして夜中の十二時になれば解けると思うんだけれど、どうなんだろう。
「ページの話もしたし、今日はお前を街に連れて行ってやろうと思ッたンだがいかンせン服が目立ち過ぎるしやめるか」
「え!?街!?行きたい行きたい!」
わたしはぴょんぴょん飛び跳ねて行きたい事をアピールする。
なんかいつもよりも高く跳べるな?……あ、鉄下駄履いてないからか。靴まで変わるんだこの魔法。
そう言えば元の服って何処に行ったんだろう?
「目立つからなァ……」
「お願いお願い!」
「……じャあ、上からコート着てドレスを隠せ。暑くても脱ぐなよ。
それと、あたしから離れるなよ。離れたら置いてくからな」
「はーいやったー!」
念願の街だ!やっと異世界の都市部の生活風景が見られる!
今まで農村と森と家の中にしか居なかったからね!都会に憧れる田舎者みたいだけれど気持ちは一緒!
「徒歩で行くぞ」
「うん……うん?徒歩?それって何時間くらい?」
「三時間くらいか?あたしだけならもッと早く行けるが」
「三時間か……」
それって四(人間の徒歩での平均移動速度)×三(時間)で大体十二キロ?思ったよりも結構この森深いんだね。
前世のわたしなら歩き出す前に倒れているけれど今のわたしは体力的に強いから行ける、かも?鉄下駄も履いてないし。
「それじャ行くぞ」
「はーい」
玄関に鍵を掛け、
……?今、目が合ったような気が……?気のせ
『よう嬢ちゃん』
「ビャアア喋ったぁああああ!!!???」
ドアノッカーが喋った!ドアノッカーが喋った!!ほぁああああ!!??
口をあんぐり開けるわたしを見やりながらドアノッカーはおばあちゃんを責めるように口を開く。
『……グース様、おれの事伝えてなかったので?』
「忘れてた」
『そりゃないですよ……』
おばあちゃんはドアノッカーが喋る事を知っていたの!?教えてよ!
あまりに驚きすぎて心臓が『キュウッ』て締められる音が聞こえたよ!?
『申し遅れた、おれァドアノッカーの
今まで声を掛けられなかったからここで掛けたらこの始末。
驚かせちまって悪かったな』
「い、いえ全然……グリムです。
今まで気付かなくてごめんなさい」
『いいさいいさ、普通ドアノッカーが喋る訳無ぇからな』
ケタケタと笑うジャックパイセン。表情有るし、動いてる。
むしろ今までなんで気が付かなかったんだ……。
『グース様とお出掛けかい?良いねぇ、おれも行きたいよ』
「おばあちゃん、パイセン外して持ってっちゃダメ?」
「ダメだ、ジャックの仕事は家を守る事だ。つーかパイセンッて何だ」
「えー……」
パイセンかわいそう。ドアノッカーだから動けないのは仕方ないけれど連れて行ってあげたかったな……。
因みにパイセンと呼ぶのは頼れるお兄さん感があるから。
『ハハハ、嬢ちゃんありがとな。さっきのは冗談だよ。
楽しんでけよ、Hav
「うん、
わたし達はパイセンに行ってきますを言って街へ歩み出した。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
「そういや、お前と出会ッた時も買い出しの時だッたな」
「そうなの?」
暗く、整備されていない森を進んで行く。木々の合間を縫ったり草に足を取られないように気をつけながら進むと時間がかかる。
忍者とかだったら木の枝に飛び移ったりして速く移動出来るのかな?
「帰り際に近くの村が燃えているのが見えたから何事かと思ッてな。
行ッたらお前がハルピュウアに襲われていたンだ」
「ハルピュ
「ハルピュ
「へー……」
ハルピュイアはギリシャの怪物だし、ドイツっぽいここだと読み方が違うのかも。
方言とかあったりするのかな?他言語も……。異世界とは言え世界なんだからあるよね?
「あのハルピュウア、行きの時にあたしに喧嘩売ッて来たからボコした奴だッたンだよ。
それが村へ行ッちまッたンだな」
「え、そうなの?」
確かにこの森にはハルピュウアがいっぱいいるけれど基本的に森から出て来る事は無い。
それが何で出て来たんだろうって思ってたんだけれどおばあちゃんから逃げて来たって事か。
あれ?おばあちゃんがボコさなければハルピュウアは村に来なかったのでは……?
いや、この考えはやめにしよう。おばあちゃんが救ってくれなかったら、おばあちゃんと出会えなかったらどうなっていたか分からないんだから。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
森を抜けた所にある村や小さな街を魔法を使って人目に触れないようにしつつ、これまた魔法を使って爆速で通り過ぎる。
三十分くらいで大きな街に着いた。森での苦労は一体なんだったの?魔法があるなら使えばいいのに……。
「おおーっ!凄い!ここが街かぁ!」
「静かにしろ」
だがしかし過去の事をうだうだ言っても仕方がない!石造りの建物!中、近世っぽい街並み!うーん、異世界!
今日は市をやっているらしく旗が立っていて人も通りにいっぱいだ。因みにおばあちゃんが買い出しに行く時は市の時らしい。理由は人混みに紛れこめるから。
「良いか?街での設定はあたしが姉でお前はあたしの妹だ」
「今日はシスターグースか」
「黙れ」
おばあちゃん、自身の見た目が若いっていう自覚はあったんだ……精神がおばあちゃんなのかな?
因みにこの世界の成人年齢はおばあちゃん曰く十五で、そのくらいには結婚していてもおかしく無いらしい。
おばあちゃんの見た目が十六、七だから
そんな訳で今はおばあちゃんの妹の役を演じる事にする。
んー……?キョロキョロ見回してみるが人以外は居ない。異世界あるあるの獣人とかエルフとかは何処?
髪がカラフルで見ててそれはそれで楽しいが、多種族が居ないと言うのはガッカリだ。何で居ないんだろう?
「よォ。パンくれ」
「へいらっしゃい!幾つ欲しいんだい?」
「十」
「もっと!」
おばあちゃんが声を掛けたのは出店型のパン屋だった。
十じゃ少ない!もっとだ、もっとパンをくれぇ!
要望を出したわたしにおばあちゃんが怪訝な顔をする。
「はァ?」
「ふわふわパン美味しいから、もっと!」
「おっ、嬢ちゃん嬉しい事言ってくれるねぇ!サービスで一個つけてやる!」
「やったぁ!」
パンはおばあちゃんがパンを買って来た時以外家で焼く。これがまた硬いのだ。
喉越しでご飯を判定するおばあちゃんは炭が好きなようにパンも硬いのが好きらしい。
けれど、固すぎて噛み切れないよ……。
まだ日数経った街のパンの方が嚙み切れるよ……。
「まァ良いが……」
おばあちゃんは渋々パンを買い足す。やったぜ。
おばあちゃんはわたしにパンの入った袋を押し付けてどんどん買い物をして行く。
「インクとか紙とか大量に要らねェだろ。高価ェンだぞ?
あたしだッて金持ちじャねェンだ、あれも欲しい、これも欲しいッて言うなよ」
「わたしそんなに要望言ったっけ?」
「言ッたから言ッてるンだ!」
いけない、欲しい物だらけで困る。もう何も要望は出さないぞ。
おばあちゃんがそろそろキレる。キレたら絶対大惨事になるのが目に見えている。
「まぁまぁ、でもわたしはペンでおばあちゃんをあッと言わせられるよ。帰ったら実演してみせるから!」
「本当かァ?」
うーわ、疑り深い目が痛い……。でも本当の本当よ?
今からおばあちゃんが驚くのが楽しみだ。ふふふ……。
「そう言えば、おばあちゃんってお金はどうやって稼いでるの?」
「基本はぶち倒した魔物をベクターギルドに売って金を得ているな」
「おばあちゃんギルドメンバーなの?」
「いや?あそこはメンバーじャなくても買取はしてくれるンだ」
へー、やっぱり冒険者ギルドみたいな事やってるんだなぁ。
荷物を大量に持ちつつおばあちゃんに必死に着いて行くとどんどん小さな道へ入って行く。大丈夫?道に迷った?
「迷子?」
「違ェよ、ここはページを売ッてるンだ」
おばあちゃんは扉に手を掛け、開く。中は薄暗く、いかにも怪しい物が売ってあります、という感じだ。
奥に座っているしわしわのお婆さんが怪しさを更に加速させる。わたしはおばあちゃんを盾にするように進む。
「……あんたかぃ……またアレかぃ?物好きだねぇ……あんな用途不明の物を……もしやお貴族様で……コレクターなのかぃ……?」
「貴族でもなンでもねェよ、さッさと寄越せ。これで足りンだろ?」
おばあちゃんは金色の貨幣を一枚お婆さんに投げつける。
幾らなんだろ?分かんないや。後でおばあちゃんに教えて貰おう。
「はいよぉ……集めるのも大変なんだからねぇ……?こんくらいにもなるよぉ……」
「だからッてぼッたくりすぎだろ」
会話内容から察するに金色貨幣は高いみたいだ。あれ、おばあちゃんページは二足三文って言わなかったっけ?
お婆さんは奥の棚からぼんやりとカラフルに光っている辞書くらいの厚みのある直方体をおばあちゃんに渡した。
「また頼む」
「まいどぉ……」
これがページ?本に入っているのとは違って光ってる……どゆこと?
その店を後にし、わたし達はまっすぐ家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます