家探しの話

 


 おばあちゃんに保護されてから半年。わたしもすっかり変わった。

 具体的には体力と筋力がついて、身軽に動いたり修行後も余裕が出来るようになった。


 それからスクワットの回数とセット数とマラソンの距離が伸びた。

 あと髪が伸びてボブから一本縛りになった。


 変わらない事と言えば相変わらず生傷が絶えない事、それからおばあちゃんの御飯が不味い事だ。

 気絶したりするとおばあちゃんに昼飯を作られてしまうので回を重ねるごとに気絶する時間が短くなっている。


「はっ!てやっ!」

「まだまだだな!」


 う、やっぱりおばあちゃんは強い。蹴っても蹴っても防がれる。

 前は指先で防がれていたのを考えると拳で流して貰えるようになったのは進歩と言えるかもしれない。まだ弱いって事でもあるけれど。


「グリム、お前……足とか手ばッかり狙ッて来やがるな?」

「うっ」

「もッと腹とか頭とかの弱点も狙え。お前はまだ相手を軽くあしらえる程強かねェだろ!

 自分が生きてェなら相手を殺せ!」

「うっ……はい!」


 ある程度慣れたとはいえ人を傷つけるのは怖い。

 その気持ちがわたしの攻撃箇所に反映されたのだろう。腕とか足は即死しないし治りやすい箇所だから。


 それをおばあちゃんに見抜かれてしまった。

 生きる為には仕方ない事だと思う。自然界でも勝者は生き、敗者は死ぬ。


 ……それでもわたしは思うのだ。

『人として、人を害して良いのか』と。


 人を傷つける事で、人として何か大事な物を落としているのでは。そんな思いもあるのだ。

『綺麗事を』と思うかもしれない。けれど、わたしはそう思う。


 その思いは今のおばあちゃんの頭や腹を狙って蹴りを繰り出すという行為とは矛盾してしまっている。

 本当にこれで良いのか。わたしのもやもやは晴れない。


「あべっ!」

「集中しろ!」


 うぐぅ、隙あらばパンチが顔や腹に飛んでくる。おばあちゃんは間違いなくダメージの出る所を狙って来てるな……。

 わたしは顔を殴られた勢いをそのまま利用して一回転、勢いに任せて蹴ろうとするも避けられる。


「良い動きだ!だが避けられちャ意味ねェだ、ろッ!!」

「うぎっ!?」


 丁度一回転し終わった所をアッパーが襲う。

 わたしは吹っ飛ばされて地面を滑った。


「よし、今日の修行は終わりだ」

「ふぃ〜」


 良かったぁ……。わたしは地面にへたり込む。今日は気絶せずに済んだ。

 気絶しなきゃしないでわたしがご飯を作らないといけないのだけれどおばあちゃんのご飯を思えば何倍もマシである。


「お前、運動の才能あるかもな」

「そうかなぁ?」


 仮にあるとしてもそれは草無 紅葉わたしの才能ではなくこの身体の才能だと思うよ。

 前世では体育、ゴミの様な評価だったから……。


「あ、そうだ。ちョッとこッち来い」

「ん?」


 大人しくとてとてとついて行く。おばあちゃんに案内されたのは家の裏手にある小さな小屋だった。

 そう言えば未だにこの家の構造把握してないんだよね。


 中に入って一番最初に目につくのは炉だ。それも大きめの奴。その横には水があったり、台があったり……。まるで鍛冶屋みたいだ。

 おばあちゃんは壁際に立て掛けてある金属製の物体を指差す。


「これからは木靴じャなくてこれを履け。修行中でも、飯作る時でもな」

「これは……鉄下駄?」


 履いてみる。サイズはぶかぶかで大きい。指でなんとか紐を押さえて脱げないようにしている状態だ。

 そして下駄であるお陰でちょっと背が伸びた。やったぜ。


「どうだ?動けるか?」

「うん……うん? ふぎぎ……動けぬ」


 おっっ……も!足が、足が浮かせられない!ずってなんとか動けそうだけど、重い事には変わりない。

 これじゃあおばあちゃんどころか段差にすら勝てるか怪しいよ!?


「筋力をつける為だ。我慢しろ。あたしも昔はやッた」

「これ、おばあちゃんのお古なの?」

「まァお古と言えばお古だがちャンと鋳直してあるぞ」

「おばあちゃん鍛冶出来るの!?」

「あァ」


 ほぇー鍛冶。ほぇー。元の世界にもあった職だけれど異世界で鍛冶って聞くとわくわくする!不思議!

 わたし作りたい物があるんだよねー。後で使い方教えてくれるかな?


「さ、昼飯にするぞ」

「ちょっちょ待……うがぁああああ!!!」


 ならぬ!おばあちゃんにご飯を作らせてなるものか!

 わたしは駆け出す!力の限り!


「どぅえっ!?」

「うわッ」


 と思っていたら下駄の重みでバランスが崩れて転んだ!なんてこったい!おまけに鼻緒まで切れている!

 結論だけ言うとわたしの胃袋は救われた。おばあちゃんが修理している間にお昼ご飯作っちゃったからね……!


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


「ねぇおばあちゃん、本無いの?」

「本?何でも良ければあるが」

「良いよ」

「お前本当に勉強が好きだなァ」


 下駄を履き直し、昼ご飯も終え、勉強も終え。

 わたしは自由時間フリータイムに突入した。


 点字はもうすっかり覚えて、今は単語や文法を学んでいる最中だ。やっぱり言葉が既に喋れるとスラスラと入ってくる。

 科目としての英語みたいに言うのなら中学生レベル、軽めの本なら読めるんじゃないかな。


 個人的な感想としてはこの世界の言語は元の世界のドイツ語に近しい感じがする。ゴツいと言うか、一単語が長い。

 独国ドイツ、独国かー。一度行ってみたかったなぁ。海外旅行は一回もした事無かったし。メルヘン通りとか、ブランデンブルグ門とかに行きたかった。


「勉強が好きな訳じゃないよ?」

「あたしからしたら勉強も読書もそう変わらねェな」


 えー?勉強と読書は違うよ。勉強は勉強、読書は休憩!もしくは娯楽!

 とりあえずおばあちゃんが勉強が嫌いという事だけは分かったよ。


「じャあこれで……これは?」

「どしたの」


 おばあちゃんが本棚から取り出したのは表題の無いボロボロの本だ。

 かなり分厚い。が、元々分厚い本だったのではなくツギハギ突貫工事で普通サイズの本が繋げられた感じだった。

 一応オレンジ色の石がボタン代わりになっていて、手帳が纏められるようになっている。


「いや……何だか懐かしい感じがしてな」

「そうなの?だったらおばあちゃんが持っているべきじゃない?」

「……いいや。これはお前が持ッているべきだ」

「何で?」

「カンだ」

「カン!?」


 何その適当な理由!そんな軽い感じの理由で大事そうな物わたしに渡しちゃって良いの!?いや、駄目だよね!?(反語)

 おばあちゃんはその本を遠くで見たり近くで見たりを繰り返す。老眼かな?


「誰か大事な人が残したッて事は分かるンだが……それが誰か思いだせねェ。

 なら、そンな罰当たりなあたしが持ッているよりもお前が持ッている方が良いような気がしてな」

「えー……本当に良いの?」

「あァ」


 そのボロぼんを受け取る。軽く目を通して、一度閉じる。また開いて、閉じる。

 ええっえ、これ、マ?ちょ、ちょっと信じられない物が書いてあるんだけれど……!


「なにやッてンだお前」

「こ、これ見てよ!」


 訝しげにわたしを見る目の前にボロ本をずいッと突き出す。

 そこに書かれていたのは昔の日本語・・・だった。


「はァ、それがなンだ?」

「日本語だよ!に・ほ・ん・ご!」


 絶対転生者か転移者だ!昔の日本語とは言っても平安や奈良時代みたいな昔じゃなくて第二次前の……戦争を日本がドンパチやっていた頃の字体!

 カタカナと漢字が使われている。けれど途中から知らない字に置き換わっていた。


「それにそれにほら、点字じゃないよ!魔女文字だよ!」

「あァそうだな」

「興味無いの!?」


 知らない字、少なくとも元の世界でメジャーだった国の使っていた文字じゃない。

 日本語で最初書かれていてそう変わったって事は普通に考えれば異世界言語という事になるのだけれど……どういう事なんだろう。


 魔女文字、ペンで書かれたような字は禁止で点字が使われているのにそれを無視したような字とは。

 わたしにはよく分からない……。


「あ、そうだ。家探しして良い?」

「家探しッてお前……」

「お家探険!」

「まァ良いが……」


 ごめん、今のはわたしが悪かった!家探しじゃどう転んでも良い印象は持たれない!

『お家探険』と意味は一緒なのに言葉で変わる印象って難しい!


「ふっふ〜ん。まずはおばあちゃんの部屋だ」

「面白ェモンなンて無ェけどな」


 鉄下駄をずりながら移動する。床抜けないよね?

 この前おばあちゃんに築何年か聞いたら『知らねェ』って返って来たけれど大丈夫だよね?


 普段は入らないおばあちゃんの部屋に入る。簡素ながらも良い趣味をしていると分かる部屋だ。

 わたしの部屋と同じくベランダに出れるようになっていて、小さな机と椅子がベランダに置いてあった。


 窓からはこの家を囲む深く大きな森と畑が見える。森は『ゼェーブスモッドの森』と言う名でわたしのいた村の近くの森もこの名前だった。

 森に関する魔女の噂ってもしやおばあちゃんの事なのでは?と思ったり。


 畑は野菜や小麦を育てる用で足りない物、例えば糸だとか塩だとかはたまに街へ行って買ってくるらしい。

 らしいと言うのは未だに連れて行って貰えないから本当かどうか分からないだけである。


 部屋の中には机とロッキングチェア、それとベッドとクローゼットとドレッサーがある。

 クローゼットの中には高価そうなドレスが一着入っているだけだった。


「どうしたのこれ」

「昔ちョッとな」


 何があったのか凄く気になるけれど教えてはくれなさそうだ。

 わたしは部屋から出て空き部屋と言う名の荷物置き部屋に行く。


 因みにこの家に二階は無い。有るのは一階と屋根裏部屋だけだ。

 屋根裏部屋に行くにははしごを掛けなきゃいけないらしく、掃除も長い事していないから行くなと言われた。


 行きたくてもそもそも鉄下駄が重くてはしごを登れないよ。

 普通に移動するだけでもずっているような状態なんだから。


「そういえばおばあちゃんの誕生日っていつなの?」

「さァな。覚えてねェよ」

「季節とかも?」

「多分冬じャねェかな。寒かッたのだけは覚えてるから」


 そう言うって事はおばあちゃんは生まれてすぐに記憶を継承したタイプなのかな?

 そう言う転生って大変だよね。赤ちゃんのフリとか大変そう。


「そう言うお前はどうなンだ?」

「分からん!前世のなら覚えてるけど!」

「いつなンだ?」

「十月十日!祝って!」

「はいはい」


 あー流された感バリバリー。酷い。誕生日って祝うもの……だよね?

 でもおばあちゃん程生きていると誕生日とかどうでも良くなっちゃうのかもしれないなぁ……。


「おーっ!お?」


 扉を開けると中には沢山の不用品が転がっていた。埃は多少被ってはいるものの真っ白という訳ではない。どうやら定期的に掃除はしているみたい。

 良いね良いね、こういう用途のよく分からないのはとっても興味が湧くよ!


 色々見たり手に取ったりしつつ探索していくと一際大きい物が目に入った。

 周りにあった物を退かし、埃を払うとそれがどうやらパイプオルガンらしい事が分かった。


「パイプオルガン?何でこんな所に」

「……これも誰かが残していッた奴だ。ちョッと良いか?」

「あ、うん」


 目の前に立っていたわたしは退くように指示された。

 おばあちゃんは鍵盤の前に座り演奏を始める。


 ♪チャランチャランチャ チャチャラチャラ〜


 知らない旋律だ。でも、埃を被る程長年使ってなかった割には良い音がする。

 パイプオルガンの音が家中に広がった。

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