文字の話

 


「ぅぎっ……痛い……」


 ババァが容赦無さすぎて体中痛い。それに加えて筋肉痛。

 疲れたからなんとか眠れたけれど、痛さで朝早くに目が覚めた。


 い、一歩も動けない。金縛り(あった事はない)とはまた違う動けなさ。

 このままではおばあちゃんメシマズにご飯を用意されてしまう……!


 それはなんとしても防がねばならない。わたしの胃袋がかかっている!

 そう思うと身体が少し動かせるようになった。美味しい・・・・食事は大事!


 動く度に激痛が走る身体に鞭打って台所に到着する。

 よし、おばあちゃんは居ないな。簡単なのにしよう。あんまり動けないし。


 椅子をズズズと引っ張りその上によじ登る。まだ六歳だからね、身長が低くて台所の台が見えないのだ。

 ヘルシー志向じゃないけれど炒めるだけで簡単なので野菜炒めにさせてもらう。


 勿論肉も入れる。野菜だけじゃ物足りないし、筋肉をつけるのには肉が良いらしいし。

 とりあえずこの吊るされてるので良いや。包丁を振るい野菜炒めに投入。それに塩胡椒。


「Good morning,早起きして飯作りか?感心だな」

「Guten Morgen,野菜炒めだけど良い?」

「構わねェが……筋肉痛じャねェのか?」

「体中痛くて死にそう、骨は拾ってね……」

「そンなンで死ぬか馬鹿」


 酷い……こちとら本当に痛くて死にそうなのに……。

 この状態でスクワットにマラソン?軽く死ねますね、ご臨終。


「あー、じャあ魔法かけてやるよ。楽になれる魔法だ」

「トドメさすの?」

「違ェよ!身体の痛みを引かす魔法だ!」


 あら素敵。そんなのあるんだ。おばあちゃんは回復魔法の使い手なのかな?

「良いか、見とけよ」と言いながらおばあちゃんは魔法を唱えだす。


「ジェニ・レン病気になッたとさ

『あの頃は楽しかったわ』と

 赤胸ロビンは駆けつけた

 パンとワインと一緒にね」


 知ってる。これ、マザーグースだ。おばあちゃんの名前の通り。

 紫色に光る英字がおばあちゃんの周りをくるくる回る。


 見惚れて野菜を炒める手も止まってしまう程凄く神秘的な光景で、正に魔法という感じがする。

 ケルト十字と……檻?を模した魔法陣がおばあちゃんの足元で展開されている。


「さァさおあがりミルクパン

 さァさお飲みよこのワイン

『ロビン ありがと ありがとう

 きッと夫婦になりましョね』


 ジェニ・レンすッかり良くなッた

 自分の足で立てる程

 そしてロビンに言いました

『アンタはちッとも好きじャない』


 ロビンは勿論怒ったさ

 小枝にぴョンと飛び乗って

『なンて奴だ!』と言いました

『厚顔無恥の詐欺ペテン師め!』


 ━━Jennyジェニ Wren・レン fellフェル sickシック


 唱え終わると同時に紫色の光がわたしに覆い被さる。

 思わず身構えるがダメージは無い。寧ろ身体が軽くなった!


「わっ、凄っ!さっきまでのが嘘みたい!ありがとう!」

「どういたしまして。お前はジェニ・レンみてェな恩を仇で返すような奴にはなるなよ?」

「はーい」


 うひゃー、凄い凄い!身体ってこんなに軽かったんだね!

 野菜炒めをチャチャッとよそってパンを並べる。今更だけどパンに野菜炒めって合うのかな?主食の感覚がまだ白米なんだよね……。


「いただきます」

「イタダキマス」


 パンを半分に割って野菜炒めを詰め込む。ホットドッグの野菜炒めバージョンだ。

 お味の方は……お?意外といける。この適当に入れた肉が今までに食べた事の無い味をしているけれど美味しい。


 例えるなら……味は白身魚で食感は鶏肉みたいな……あれ、この例え何処かで聞いたような気が?

 分からん。分からんのならおばあちゃん知ってそうな人に聞くべし聞くべし!


「おばあちゃーんこの肉何ー?」

「あ?あそこにあッた肉使ッたのか?ならカエルフロッシュだな」

「ブフッ!?」


 え、えほおほ……。か、カエルぅ?思わずむせちゃったよ。

 でも成る程、カエル、カエルかぁ。確かにカエル肉の例えに鶏肉って単語が出てくるなぁ。


 そもそも草無 紅葉わたしが食べた事が無いってだけでこの身体わたしは食べた事があるなぁ。

 この世界では一般的な食材なのかも?美味しいし、カエルなら多分安価だし。


「あ、言い忘れてたが」

「なぁに?」


 おばあちゃんがご飯を食べる手をピタリと止める。何かな?変な事じゃないよね?


「魔法には制限時間があるからな。多分あと十分くらい」

「マ?」


 嘘、その日一日効くモンだと思ってたよ。急いで食べてせめてルーティーンは終わらせねば!

 わたしは口にパンを詰めて玄関へ駆け出した。勿論「ごちそうさま」は言ったよ。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


「いひゃっいひゃい……んぇえ……」

「よし、これから勉強な」

「鬼ぃ……」


 魔法が解けた後が酷かった。急に痛みが襲って来てその場で崩れ落ちたレベルだ。

 それに加えて修行もした。今日もコテンパンにされた上にダメ出しされた。


 痛いのに痛いのが重なってもう自分が立っているのか座っているのか、何をしているのかさえ分からなくなりかけた。それだけ痛かった。

 そう訴えたのに「口が動くなら大丈夫だ」って言われた。大丈夫じゃないから訴えてるんですぅー!


「何でせっかくの魔法が消えちゃったの?

 魔法って持続的な物じゃないの?」

「違ェな。魔法は『一時的にことわりを曲げる力』だ」

「理を曲げる力?」


 んっんー?つまりはどういう事?


「例えば、水の魔法を使ッて水をその場に呼び出したりだな。

 その場に水が無ェという事象を、理を魔法で曲げるンだよ」

「ほぇー」


 今回の場合は筋肉痛という事象を魔法で曲げ、痛みを感じさせなくしたってところかな?

 凄!やっぱ魔法凄!胸がわっくわくするー!!


「まァ魔法の話は置いといてだな」

「えー」


 もっと知りたいのに……。透明な壁越しに好物が吊るされているようなモンだよ。

 おばあちゃんはそんなわたしを無視して本棚から一冊の本を取り出す。


「文字の勉強だ」

「文字ktkrキタコレヒャッハーッッ!!!……ぁ痛っ」

「急に立ち上がッたりするからだ」


 ううう、興奮のあまり立ち上がってしまった。筋肉痛なのに……。

 しかし文字、文字、文字とな!?心踊る、ワクワクする!これで本が読めるっ!!!


「修行の時よりも目ェ輝いてンじャねェか……。勉強好きなのか?」

「好き、というか趣味に近いのかな?言語が、文化が好きなの!」

「変わッてンなお前。因みにあたしは嫌いだッた」


 ふっふー!新鮮な言語だぜぇ!


 ……。

 ……?


 何言ってんだ自分……?


 言語に新鮮もクソも無いが言語が好きなのは事実。

 もうね、本開いて文字見るだけで心がタップダンスするの!


 おかげで英語の成績はいっつも5!好きはやっぱり強いね!後、国語と社会も強かった。バリバリ文系だね!

 理系?理系は……ほら、文系と対になる訳ですし……うん。赤点に引っかからなかった事は無いというか……はは。


 まーあ理系は知らんし置いといて、今は目の前の文字だ!

 うふふ、異世界言語は何に近いかな?英語かな?ロシア語かな?はたまた全く関係無いかな?


 さーて、結果は━━!?


「……何これ?」

「字だが?」


 いや、字だけど、そうだけど……。点字・・じゃん。文字……?

 なんか、思ってたんと違う……。


「わたしが予想していたのは、紙にインクで書かれた文字であって蝋みたいなので点を付けられた文字では無いんでぃすが……」

「あァ、お前の言うような文字はこの世界では使わねェ方が良いぞ」

「え……なんで?」


 明らかに蝋でちまちま点を付けていくよりペンでシュッシュと書いた方が同じ時間でも書ける量が変わって来ると思うんだけれど……。

 それにページが厚くならないし。


「お前もさッきの魔法見ただろ?」

「うん」

「その時字が見えただろ?」


 字?……英字か。

 確かにくるくる回っていたね。それがどうしたの?


「あれに似ているンだよ、お前の言う字は。

 ああ言うペンで書かれたような字は『魔女文字』と呼ばれるンだ」

「魔女が使う字に似ているから、忌み嫌われて使われないって事?」

「……あァ、そうだ」


 おばあちゃんが『あたしのセリフ取るンじャねェ』という顔をしている。ごめんなさい!

 まぁでもそれなら納得だ。大人しく点字を学ぼう。


 そんな訳で修行に加えて勉強まで追加された。

 言語を学ぶのは楽しいけれど、体力的に地獄……。

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