格闘術の話
「そうだな、まずは……格闘術でも教えるか」
「格闘術?」
わたし、興味あります。漫画はバトル物が好きだったから格闘術と聞くと心が踊るのだ。
前世では身体弱かったし、小さかったしで諦めていたのだ。
「徒手と蹴り技、どッちが良い?」
「二択なの?」
「基本的な物だからな。それに、いざという時頼れンのは自分の身体だけだろ?」
「あーね」
例えば剣を使って戦っていたとして、その剣が弾かれて手から離れてしまいました。
そういう時に剣技を極めただけだとやられる。けれどもし従手を覚えていたら?反撃して剣を取りに行けるかもしれない。
「従手は手だから精密な攻撃が出来る。それと、蹴り技と違ッて足を宙に浮かせる必要が無いからバランスは取れるな。
あと剣だとかナイフだとか、武器に応用しやすい」
「ほうほう」
不良漫画はパンチが多い気がする。※個人の感想です。
んでも、わたし特段使いたい武器とか今の所無いのよね。
「蹴り技は腕に比べてリーチが長ェな。それと、力が強い。普段体重を支えてるからな」
「なるなる」
足ねー。体重が軽くてちょこまかと動けるのなら相手を翻弄しつつ攻撃が出来て良いのかもしれない。
……それ、現在のわたしでは?
あまりお腹いっぱい食べて来なかったから背は低くて体重も軽い。
おまけに女の子だからあまり背は伸びないんじゃないかな?親の身長は平均くらいだったし。
ちょこまかと、まぁ動けなくはないよ。
農作業を手伝ったりしていた(多分)し、一歩が小さいせいで置いていかれそうになるからよく走ったし。
ただ魔物には勝てないってだけで。
「蹴り技かなー」
「そうか。因みに目標は」
おばあちゃんは近場に有った木を蹴りつける。
バギィ!!!、と音を立てて木は蹴られた所から真っ二つに折れた。
「こンぐらいは出来るようになれよ」
「無理無理無理無理無理ィ!!!」
足ってそんな威力ありましたっけぇぇ!?
というかばあちゃん素足だよね!?何で素足で木が折れるの!!?
「始める前から無理たァ何事だ」
「いやいやいやいや人間業じゃないでしょあれはもう人外技だよ肉体には限界があるんだよ!!!?」
「安心しろ、
「ごもっとも!」
論破された!いやそうだけど、そうだけど……。
心が納得いかない。もやもやする。
「蹴り技はアイツにみッちり仕込まれたから得意だ。とことン教えてやる。かかッて来い」
「……型とかは?」
「型?なンだそれ」
あ、戦って覚えろってタイプですか、そうですか。
そもそもアイツって誰?誰さんもおばあちゃんに戦って覚えろって言ったんだろうか。言ったんだろうな。
じゃなきゃ型とか教えてくれる筈だし。独自の流派なのかな?
「えっえっ、人に蹴りかかるの怖いんだけれど……」
人を罵倒した事はある。でも暴力を振るった記憶は無い。
いざ攻撃しろと言われるとなかなか出来ない物だ。
「お前……それじャあ死ぬぞ?」
「そ、それはそうなんだけれど……」
うー、怖い物は怖いよ。自分によって他者が傷付くというのが恐ろしい。
このままじゃ自分が死ぬと分かっていても、怖くて足の先でちょいちょいとおばあちゃんを
「はァ……歯ァ食いしばれ」
「へぶぎゃっ!!?」
突然横顔にストレートパンチ。わたしは情けなく地に倒れ伏した。
ほっぺがじんじんする!!痛い!口の中から鉄の味がする!
「い、痛いよ!何するの!?」
「このままじャ駄目だと思った。だから、得意じャねェ方の拳で殴ッた。
手加減してるンだ。まずは蹴りの一発でも入れてみろ。
それとも」
呆れ顔だったおばあちゃんから表情が消える。
喉からヒュッと息を飲む音がした。
「今ここであたしに殺されて死ぬか?」
今までからは想像もつかない、冷たい、冷たい声。耳から入って、頭に入って、骨の髄まで凍らすような、冷徹な声。
その声は、嘘じゃない。その意志は、嘘じゃない。
このままじゃ、本当に━━
「ぃ、や……死にたくない……死にたく、ないっ……!」
声を頭から追い出す。震える膝に指示を出す。
立ち上がれ、立ち上がれ、言う事を聞け!
臆病になるな。殺されるな。わたしはまた死にたくなんかない!
一歩を踏み出せ!それから━━
「死んで、たまるかぁああああッッッ!!!!!!!」
━━蹴りを入れろ!!!
涙が光る。鼻水が散る。そんなの気にしていられるか!
わたしはまた!死ぬ訳にはいかないんだ!!!
おばあちゃんが大振りな蹴りを指先で軽く
そしてしゃがみ、腹に拳をねじ入れる。
「ゔっ……あ"!ぅえっ!!!おえっ!!ゴホ、ゴホッ!」
意図せず口から朝食が溢れ出す。再び地面に吸い寄せられる。
辺りには吐瀉物が飛び散った。口からは今でも溢れ出る。
「いい蹴りだッた」
「こんのババァ……ぅえうっ……」
ゲロゲロゲロ……。ただ今画面が乱れております。暫しお待ちください。
っふー……。ぅえっ!
数分後。
「朝食が全部おさらばした気がする」
「スコーン食うか?」
「炭枯怨は要らない」
腹は痛いし、ほっぺも痛いし、口は切るし、もう……散々だよ……。
包丁の時と違ってダメージが一向に消える気配は無い。
おばあちゃんの言っていた魔女なら魔女を殺せるって、魔女なら魔女を傷付けられるって事と同義なのかな?
魔法陣は現れないし、多分そういう事だと思う。
あと今炭枯怨何処から出した?わたしの目にはポケットから取り出したように見えたんだけれど。
なんて
「動けるか?」
「いや、腹が痛くて……」
「そうだろうな。だからなンだ?動け」
「鬼畜!」
やだこのおばあちゃん凄く鬼畜だよ!人の心無いの?無いんだね!
わたしはよろよろと立ち上がりおばあちゃんを蹴りに行った。
尚、ボコボコにされたのは言うまでもない。
〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛
一方的リンチ改め修行も終わり、お昼の時間。
「痛っ!染みるっ!」
「じッとしてろ」
傷口に消毒液(の代わりのお酒)が染みる。今日の戦果。擦り傷沢山、痣沢山。
手加減してくれているらしいから骨が折れたり歯が折れたりはしていないけれど、一向に勝てる気がしない。
そもそも、魔女なのになんで体術やってるんだろ。
魔法があるのは確定で、教えてくれると言ったのに。
「ねぇ、魔法は教えてくれないの?体術やる必要ってあるの?」
「魔法は教えるが後からでも支障は無ェ。
体術は毎日の組み重ねだから早めに始めるのに越した事は無ェからな。
だから体術を先に教えてるンだ」
へぇ、体術に関しては前の世界と同じで積み重ねが活きてくるんだね。そこは異世界でも変わらないみたいだ。
でも魔法が後からでも良いってどういう事?
「そもそも子供の内は魔力量が少ねェからあまり練習出来ねェ内にへばる事になる。
もう少し大きくなッてからだな」
「具体的には?」
「そうだな……八歳くらいか?」
むむ、あと二年。それまで蹴り技を努力しろって事か。
単純に手数が多いに越した事は無いし、良いのかな?
「疑問なんだけれど、小さい内に魔力を扱う訓練をすると魔力量が増えるなんて事は?」
「あー、無い訳じャ無ェが微々たるもンだぞ。
魔力が増える量は個人差こそあれ一定で、例えば毎年10の魔力が増える奴がそういう訓練をしたら訓練した年だけ伸びが10.1になる程度だな。
そういう訓練結果がある」
「少なっ」
転生者やるやるはこの世界では通用しないのかぁ。
知らずにやってる人、御愁傷様です。
「とりあえず、お前は蹴る力が弱ェから筋トレから始めろ。
まずは一日スクワット五十回二セット、ランニング家の周り五周からな」
「ふぁい……」
これも強くなる為、生きる為……。
蹴り技の道は長く厳しそうだ……。
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