魔女の話

 


「Good morning,グリム」

「ぉむぅ……はっ!」


 デコピンの気配を察知!素早く右に避ける!

 デコピンは空ぶった。やったぜ!


Gutenおは Morgenよう、おばあちゃん」

「おう。飯出来てンぞ」


 え、飯……?顔がさっ、と青くなる。昨日の事を思い出したからだ。

 昨日は、その……酷い目にあった。おばあちゃんのご飯が恐ろしくランダムだったのだ。不味いのが特に辛かった。

 そして、炭枯怨……うっ、頭が……!


 その悪夢おばあちゃんのご飯の再来……!

 悪い予感しかしない。どうしよう、とわたわたしても後悔先立たず。早起きして作っておけば良かった……!


「さァ食え」


 本日の朝食。目玉焼き、煮豆、ソーセージ、焼きトマト、焼ききのこ、芋、ベーコン、ブラックプティング、パン、紅茶。

 ザ・海外の朝食!って感じがする。焼くの好きね。


 恐る恐るパンを口にする。昨日より硬い。が、普通だね。おばあちゃんの料理の中では普通。

 昨日美味しかったブラックプティングはどうだろう。きっと大丈不っ味ぅ!!!?


 おへぇ、血の味が強い……完全にランダムじゃんか……。

 うー……あ、これは美味しい、これは不味い……。


 いちゃもんつけるなら食うなという話だけれど出された物を食べないと言うのもまた失礼。

 ……そうだ、昼からはわたしが料理を作ろう。うん、名案だ!キッチン乗っ取り作戦決行!ばあちゃをキッチンに近づけさせるな!


「ごちそうさまでした」

「ゴチソウサマデシタ」


 顔色を悪くしながら机に突っ伏す。

 おばあちゃんは現在皿洗い中で外に出ている。見られないように窓から顔を背ける。


 ……わたし、仮に転生していなかったとして元の世界に戻れるのだろうか。

 そもそも何故死んだのだろう。分からない。分からない。分からない。


「はぁ〜……」


 わたし、これからどうしよう。村は追放されたし焼けたし、このままずっとおばあちゃんのお世話になる訳にもいかない。

 かと言ってこのまま外の世界に出ても生きていける気がしない。


 魔女とは言いつつも魔法の魔の字も使えないし、魔女であるのならバレればまた火刑だし……。

 八方塞がりだ。家に帰りたい。憑依であるのならば早く解けて。異世界はもうお腹いっぱいよ。


 正直、わたしも異世界転生とか転移に憧れていた所はある。楽しそう、いいなぁって。

 きらめく魔法とファンタジーで、色々な種族がいて、わたしとは違ってあのお話の世界は輝いていた。


 でも、どーよこの現状!夢のゆの字も無いわ!転生して早々誰が火刑に処されると思ったよ!

 夢と現実は違うと、身をもって知らされた。辛い。夢は夢で良いじゃない。


 それに、おじいちゃんが心残りだ。息子夫婦お父さん達も死んで、わたしまで死んで。

 わたしはとんでもない爺不幸者だ。お父さんとお母さんが死んでから男手一つで育ててくれたというのにこの仕打ち。


 だからわたしは元の世界に戻る事を望むのだ。

 姿形が変わっても、草無 紅葉わたしである事に変わりはないから。


 生まれ変わった姿でもわたしって分かったらきっとおじいちゃんは喜んでくれる筈だ。

 ……まだ生まれ変わったっていう確証は無いし、もしかしたら元の世界でわたしは寝ているだけかもしれないし。


 そういやわたしが火刑に処されても無事だったのって、正確には無事だったんじゃなくて復活しただけなのでは?

 包丁の傷も一瞬で治ったし、灰になった後で全部治ったのかも……。


 服が無かったのも燃えたから。処刑台が無かったのも燃えたから。

 そう考えると辻褄が合うのよね。……冷静になって考えてみたら復活とかヤバいな……。


「あ?まだここに居たのか?……疲れてンのか?」

「いや、そういう訳じゃないよ。ただ将来が心配だなぁって」

「将来。将来か……」


 だってわたし自身の事だもの。心配にもなるよ。

 おばあちゃんは特に馬鹿にした訳でもなくわたしの対面に座る。


「そうだな、なら昨日の話の続きでもするか。

 グリム、お前は前世の記憶はあるか?」

「あるよ」

「しッかり全部?」

「……いや、全部じゃないよ。最期だけぽっかり穴が空いたみたいに思い出せない」


 十五歳。短い命だった。……まだ確定じゃないけれど。

 仮に死んだとしても病気とかの線は薄そうだよなぁ。歳が歳だし。


「普通はちッとでも覚えている奴の方が珍しいンだよ。かく言うあたしも思い出せねェ」

「え、でもわたしが名前を思い出せなかった時『あたしも』って言ったじゃんか。

 転生の衝撃で身体の方の記憶を思い出せなかっただけでその前の事は覚えてるって意味じゃないの?」


 おばあちゃんは小首を傾げる。あれ、違ったのかな?

 もしかしてわたしの思い違い?


「いや、あたしはこの身体の記憶はあッたぞ。昔の事で詳しくは覚えてねェがな。

 あたしの場合、転生する前があッたッて事を覚えてるッてだけで具体的には覚えてねェンだよ。ほんのちョッとの知識がある程度だ。自分についてはちッとも覚えてねェ」

「へぇ……」


 同じ転生者でも個人差があるんだ。記憶があるのは珍しいのか。

 そう考えるとわたしの場合は最期に関してだけ引き継げなかったのかな?


「あたしの覚えているのは……そうだな、火だな」

「火?」

「火だ。周り一面な」


 火、火、火かぁ……。仮におばあちゃんが元日本人だとすると関東大震災か第二次世界大戦(太平洋戦争)かな?

 おばあちゃんが少なくとも百歳を超えているらしいという事を真実とすると関東大震災かな?もしかしたらただの火事かもしれないけれど。


「あとはさつまいもだな。よく食べた」

「さつまいも?」


 さつまいもが印象に残っている、という事は戦争の方かな?

 だとすると百歳越えが嘘になる。……いや、時間の進みが異世界の方が早い可能性が有る。


 このままここにのんびりしていたら憑依だったとしてもわたしの身体がどんどん歳をとっていく事に……。

 戻ったらおばあちゃんでしたなんて嫌だよわたし。


 おばあちゃんと言えば目の前のおばあちゃん、多分日本人だろうなぁ。『さつまいも』の発音が完璧に日本語、それも標準語だった。

 でも第二次の辺りなら植民地説も……。うぅむ、分からん。


 この異世界にはさつまいもという単語は無いのかもしれない。

 それで日本語で話したのかな?それとも無意識?


 第二次、火……空襲?空襲による火災か。それに巻き込まれて死んだのかなぁ。

 もしくは前世が男で戦死したか。


「何か分かッたか?」

「日本人ぽいな、としか……」

「ニホン?にほん……日本!懐かしい感じのする言葉だな。もうちッと長かッた気もするが……」

「大日本帝国?」

「それだ!」


 最初は発音が怪しかったけれど思い出したのか正しい発音になった。

 それと、やっぱり昔の人だ。大日本帝国は日本の昔の呼称だし。それに反応するって事はやっぱり元日本人かな?懐かしいって言ったし……。


「すこし思い出せた。ありがとな」

「いやいや」

「あの国はまだあるのか?」

「少なくともわたしの記憶のある2040年までは安泰だね」

「そうか」


 よくもまぁ諸外国から総攻撃・・・されて滅びなかったと思うよ。

 ……あれ、なんで勝てたんだっけ?んん?ここも記憶が抜けてるなぁ。歴史愛好家わたしとした事が、なんという痴態。


「話は戻るが、魔女は転生者である事が多い。あと移人……転移者だな」

「転移者もいるんだ」

「経験則だから例外はあるだろうがな。あたしも三人知ッてるし……」

「例外多くない?」


 三人って、それもう例外じゃなくて例だよ。魔女の例だよ。

 と言うかおばあちゃん知り合い居たんだ(失礼)。


「勿論魔女じャない転生者や転移者もいる。元同郷の奴だからと言って迂闊に正体を洩らすと酷い目に遭うぞ」

「はぃ……」


 凄く予想がつく。そいつが密告してまた火炙りにされるんですね、分かります。

 もう焼かれるのは嫌だよ!熱いし怖いし苦しいし。


「あ、質問!魔女っていっぱいいるよね!みんな不思議体質をしているの?」

「いや、殆どは偽証だ。本物は魔女じャねェと殺せねェからな。大概審問されても生きている」

「なるほど」


 じゃああの異端審問官は本物の魔女を見抜けるって事?怖……。

 いや、でも見抜けたところで本物は死なないんだよね。刑を行なっても意味が無い。異端審問官なのに魔女について知らない?んん?


「一般的に言われている魔女は殺せるとされているからな。本物は殺せねェけど」

「あ、魔女像に齟齬があるのか……」


 誰だよ魔女殺せるとか言った奴。お前のせいで罪の無い人達が魔女として殺されていってるんだぞ。

 ……そう考えるとあの異端審問官はアテカンだった可能性が微レ存?


「本物が把握している限り三十人程度なのに対し検挙数は去年は確か千。

 魔女はあたしみたいに人里離れて引きこもッている事も多いし、殆どが偽証だな。お前は災難ッてこッた」

「ちくせう」


 偶然にしては酷すぎる。転生(仮)直後に火刑って……。

 わたしのキラキラ異世界像が崩壊した瞬間だったよ。


 もし神様がわたしをこの世界に転生させたのだとしたら恨むね。タイミング見ろ!ってさ。

 まぁ神様に会った記憶なんてこれっぽっちも無いんですがね。


「そうだ、お前はこのまま家に居るか?暇つぶしとは言ッたがお前の意志を尊重するぞ」

「やめてください追い出さないでください死んでしまいます」

「あ、ああ……そうか、分かッた」


 わたしの勢いに引いたのか若干身体をわたしから逸らすおばあちゃん。

 このまま野に放たれたら三日以内に死ぬ自信がある!


 死ぬと言ってもアレだよ、本当には死なないよ。魔女だし。

 体質による復活が起きる程の深刻なダメージを食らうって事よ。


「だって、このままじゃわたし弱っちいままだよ。

 またハルピュイアに襲われて死んじゃうよ。

 魔女なのに魔法も使えないし、逃げ足が速い訳でもないし。

 かと言ってこの世界についてあんまり分からないし、字も書けないから金を稼ぐ事も出来ないし」

「それもそうだな」


 転生にしろ憑依にしろ、戻る方法が分からない以上この世界で暮らすしかない。

 でもこのままじゃ死ぬ!間違いなく死ぬ!身体に関してはチートだろうけどそれじゃこのワンダーワールドでは生きていけない!


「なら、あたしが稽古をつけてやろう。魔女としての稽古をな。

 魔法も使えるようにしてやる。簡単にはやられねェようにしてやる。

 ……付いてくるか?」

「はい、師匠!」

「師匠はやめろ!」


 こうしておばあちゃんに弟子入り……と言うか色々教わる事になった。

 因みにキッチンは死守した。

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