ババアの飯が不味い話

 


「おら、起きろ。夕飯だぞ」

「うぅんむ……むにゅ……あいだっ!?」


 おでこに衝撃が走る。

 思わずおでこを抑える。


「ゆ・う・め・し・だ・ぞ」

「はい……すんません」


 酷い目覚めだ。ドレッサーを見るとおでこに指の先サイズの赤い跡があった。

 デコピンかな?何て事をするんだ。起きないわたしが悪いけど。


 目をこすりながらさっきと同じ席につく。

 目の前にはバリエーション豊かなご飯が並べられていた。


 パン、スープ、野菜、炭、卵料理、あと何これ?袋に何か詰まってる……?

 多分肉料理なんだろうけど……この袋以外に肉料理っぽいの見当たらないし……ソーセージの亜種かな?でかい。


「食べていいの?」

「ああ。沢山食え」

「いただきます」

「……イタダキマス」


 パンを手に取り食べる。ふかふかだ。美味しい。

 美味しすぎて涙が出る……。


「えふっ!ぅふっ!うぅ〜……」

「うわッ!?急に泣き出すな!あとパンを食いながら泣くな!」

「だって、だって、ご飯久しぶりだからぁあ〜……」

「ああ……」


 色々インパクトが大きな事が起こりすぎてすっかり忘れていたがわたし、ご飯食べるの久しぶりだ……。

 美味しい。久々のご飯美味しいよぉ……!


 おばあちゃんの同情の視線が辛い。

 でも構わず食べる。もふもふもふ……。


「久しぶりに食べ物を口にするならスープに浸けて柔らかくしてから食え」

「はぁい」


 スープは具沢山の野菜スープみたいだ。コンソメっぽい香りがする。

 いざ実しょ━━ぶっ!!??


「えほえほっ、ぅおべっ」

「一気に食おうとするからだ。落ち着いて食え」

「い、いや、そうじゃなくて……なんでもない」


 なん……!?何だこの味!?見た目と味が合ってない!

 一言で言うなら不味い。申し訳ないけれど不味い。焦げと泥を混ぜて酢をかけたような、よく分から無いし分かりたく無い味がする……何これ。


 ほ、他は!?他はどうなの!?

 野菜!美味い!卵料理、不味っふぁ!!??何これ完全にランダムじゃんか!


「どうした?」

「イヤ……ナンデモゴザイマセン」

「?」


 小首傾げんな!可愛いかよ!ババアでも見た目美少女だから可愛いんだよチクショウ!

 い、いや取り敢えず目の前の飯をどうにかせねば。


 我慢……すれば食えなくもない。初手のダメージが酷かっただけで、覚悟して臨めばまぁなんとか……。

 でもなぁ……無理して食べて吐くというのは失礼が過ぎるし……。


「……もしかして不味いか?」

「いっいやそんな事は!」

「そうか。アイツ等みんな不味い不味いッて言うがお前は違うみたいだな」


 あ"あ"ー!どうしてそんな心の底から喜んでるって分かる素敵な笑顔をこっちに向けて来るのぉお!?

 ダメージがぁ……良心をツクツクとぉ……。


 くっ、こうなったら仕方ない。脳内会議だ!

 司会進行はわたし草無 紅葉 改めグリムがお送り致します。


 参加メンバーはわたしを除き二名。わたし二号こと【良心】とわたし三号こと{楽}その場のノリです。

 因みにわたし一号はグリムわたしです。


 さて、【良心】。意見はありますか?無いね?


【何で無い事で話進めようとしているんですか!ありますよ。食べてください。マザーグースさんが悲しみます!】


 デスヨネー。まぁわたしの良心だもんね。

 そう言いますよね。知ってる。{楽}は?


 {ワタシも【良心】ちゃんに賛成!}


 その心は?


 {賛成したら【良心】ちゃんがprprさせてくれるかなって思}

【させません。死んでください{楽}】

 {はぁあん!【良心】ちゃん刺激的!}

主人格マスター、要請します。彼女を消してください】


 無理でぃす……。まぁこうなる気はしてましたよ、うん。

 脳内会議はいつもこう纏まらない。自分がいっぱいいるだけだからね、悩んでいる気持ちを悩んでいる二つに分けただけだからね。


 ……そういや何処かで一人会議する人って隠キャって見た気が……。

 ……。この話はよそう。


「あ、そう言えば、この皿に乗っている炭は何?この袋っぽいのを焼くの?」

「炭じャねェよ、Black ブラック・Puddingプティングだ」

「ブラ……何?」

Blackブラック・ Puddingプティング。簡単に言うと血入りソーセージだ」

「血!?」


 え、こっわ!でも、ソーセージって言っていたし食卓に並ぶくらいだから食べられるよね!

 意を決して……!


 もくもく

「……美味しい」

「そうだろ?」


 思ったよりソーセージって感じがする……。黒いのは血かぁ。炭に見えるよこれじゃあ。

 香草も相まって香ばしい味わいだ。


「この袋は?」

「ああ、これは……」


 おばあちゃんがナイフを袋に突き刺し、裂く。

 中には肉やなんやがみっちり詰まっていた。ただ、色合いが……地味?グロい?食欲が湧かない。強烈な見た目だ。


Haggisハギスだ。お前の言う袋は羊の胃袋だな」

「胃袋……!?」

「そんな顔するな。美味しいンだぞ」


 胃袋とか日本人には馴染みが無い。

 食べるのに勇気が要るけれど……えいっ!


 もくもく

「美味しい!」

「だろ?」


 うわ笑顔眩しい。ハギスは胡椒が効いてて美味しいね。

 米が欲しい……。パンも柔らかくて好きだけれど、日本人としては米が……。ギブミーライス。


 辛いの食べてると飲み物が欲しくなって来るよ。

 お、水が入ってる。ありがたく飲ませてもら━━


「ぶふっ!?」

「のァ!?」


 ゲホゲホ、エホ、何!?水、だよね?

 変な味がする……。


「どうした?」

「むせたみたい……」


 ……おばあちゃんの作るご飯、美味しいのと美味しくないのとの落差が激しい!

 この違いは一体何!?


 水も料理に含まれるの?もう一度飲んでみる。うん、水じゃない。

 でも見た目は水だ。じゃあ一体これは何?


「どうしたンだ?早く食え。冷めちまうぞ」

「う、うん」


 おばあちゃんは美味いのも不味いのも全部同じだとでも言うように普通に食べている。

 まさか……味覚音痴?それともわたしの舌に異常が?


 と、とりあえず出されているのは食べきろう。

 我慢すればいける、いける、いける……。


 辛いのは見た目が凄く美味しそうでも不味い事がある、という事だ。

 矛盾!圧倒的矛盾!これは辛い!凄く辛い!



 数十分後。わたしはなんとかやりきったよ……おじいちゃん……!骨は拾ってね。

 量も結構あった。幼女ボディにこれはキツイ。


「ご……ごちそうさまでした」

「ゴチソウサマデシタ」


 テーブルの上に倒れ込む。

 久しぶりにこんなに沢山食べた……。身体が重い。


「そうだ、デザート食うか?」

「……ちょっとだけ」


 デザートかぁ。美味しいと良いなぁ。

 沢山食べたけれど、デザート一個くらいなら食べられ


「ほらよ」

「……」


 ドン、とテーブルの上に置かれた物体を見て絶句した。

 これは……一体……?


Sconeスコーンだ」

「すこー……ん?」


 いやいや待って待って、わたしの知っているスコーンと大分違うんだけれど。

『もどき』って言葉も似つかわしくないくらい違うんだけれど。


 まず、わたしが知っているスコーン。これはこんがり狐色をしていてとても美味しそうなパンに似た奴の事。

 次におばあちゃんのスコーン。これは……


「炭じゃん」

Sconeスコーンだよ馬鹿」


 炭。そう、炭という単語が似つかわしいくらい真っ黒だった。

 スコーンっていうか炭枯怨スコーンじゃん。真っ黒じゃん。


 いや、もしかしたらおばあちゃん特製でさっきのブラックプティングみたいに血が入っているだけなのかもしれないし……。

 おばあちゃんは炭枯怨をひょいと掴んで食べだす。


 ガリッゴリッ

「……」


 聞きまして奥様?食べ物からしちゃいけない音がしましてよ?

 やっぱ炭じゃん。炭枯怨じゃん。


「あの……それ、美味しいの?」

「ああ、美味しいぞ。特に喉越し・・・が最高だな」

「……」


 喉越しって……喉越しっておま、味じゃないじゃん……感覚じゃん……。

 ……おばあちゃんが料理が下手な理由が分かった気がする……。


「食わねェのか……?」

「ぐっ……」


 どうしてそんなしょんぼりした顔するのぉおおお!!??

 せ、生命の危機を感じるが……そんな顔されたら、食べない訳にはいかない……!


「た、食べるよ」


 覚悟を決めて、逝ってみよう。


ガリッ!

「〜〜ッ!?……う」


 口の中いっぱいに広がる甘みとも、苦味とも、酸味とも、塩味とも、旨味とも取れない味が広がる。

 意識が朦朧とし、身体の力が抜け、椅子が倒れ、視界が黒く染まる。


「グリム!?」


 おばあちゃんの悲鳴が聞こえた気がした。

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