魔女の家 Mother Goose's house

グリムの話

 


「うぅ…う、あ?」


 何処ここ?わたしは何故ふかふかのベッドに横たわっているの?

 はっ!さてはまた転生したんだね、次はきっとお貴族様に!


 ……でも一番転生したかったのは元の世界にだな。

 今とてもコーヒーが飲みたい気分……!


 ベッドから起きて辺りを見渡す。洋風のホテルみたいで綺麗だ。

 部屋の中にはベッドとドレッサーと、あとクローゼットかな?これしかない。


 ……お貴族様の私室にしてはシンプルだね?それに狭い。

 服はシンプルで綺麗だ。寝巻きかな?


 ドレッサーに近づいて自分をよく見てみる。

 茶髪に金、というよりは黄色の目、それから……。


「び、美幼女だ……!」


 顔立ちが凄くいい!正に異世界転生!死んだか知らんけど!

 ペタペタ触ってみる。ほっぺがむっちりしてる。幾らでも揉める程柔らかい。流石お貴族様!


「ふぉおおお……!」


 謎の感動を覚える。草無 紅葉はそばかす顔だったからなぁ。可愛くなかった。髪色は一緒なのに……。

 目がまん丸で我が事ながら可愛い。どんぐり眼?ちょっと違う?


 ただ、異世界っていうと赤とか青とか結構ワンダーな髪色している人が多いイメージなんだよね。

 茶色だと普通だし地味だよなぁ、と感じる訳で。別に赤や青の髪がいい訳じゃないけれどね。


 そういや前の村娘の時も髪色一緒だったなぁ。

 髪が茶色になる定めでもあんのかね?


 ……所で、この髪?アホ毛?は何なんだ?

 一本だけ独立していて顎の辺りでくるっとなっている。自己主張が激しい。


 ま、いいや。次はクローゼットだ。中には一体、何があるというのか!

 オープンッ!!


 ガチャ

「……空?」


 空っぽ、空っぽ、なんも無し。本当にお貴族様の部屋?

 考えあぐねているとドアがコンコン、とノックされる音が聞こえた。


 そうだ!お貴族様なら使用人の一人か二人は居る筈!

 わたしがドアを開ける前にドアの方が先に開いた。

 幼女だから足が短くて間に合わなかったの……。


「目ェ覚めたか?」

「えっ、あっ?」

「覚めてンならこッち来い。話がある」

「あっはい」


 あれ?ドアを開けたのは使用人じゃなくて見た事ある少女だ。

 あっ……忘れてた、この少女がわたしを助けてくれたんだった!

 命の恩人を忘れるなんてわたしはなんという事を……!


 あれ、て事はわたし村娘なう!貴族転生は幻想だった!

 でも服を着ている、という事は……。


「まさか、わたしの全裸を見た?」

「元々全裸だッたろ」


 まぁ、はい、そうなんですが……。気持ち的にね。アウトっていうか……。

 致し方ないとは思うし納得はするよ。でも人様に全裸を見られるとは……恥ずかしい。


 少女は特に気にした様子も無く進んでゆく。

 話ってなんだろう……。変な話じゃないといいな。


 ……そういえばわたし村娘から転生してないんだよね?

 ハルピュイアに襲われて傷がある筈……でもほっぺには傷なんてちっとも無かった。


 おかしいな?傷が治る程寝ていたのかな?

 それとも回復魔法とかかな?異世界だしありえそう。


「そこに座れ」

「は、はい」


 座れ、と指されたのはダイニングテーブルに備え付けられた椅子だ。

 大人しく座る事にする。


 少女はお湯を沸かしているみたいだ。

 この部屋はキッチンとダイニングを繋げたみたいな部屋だ。アンティークな小物が沢山置いてある。


 狭いけれど、さっきの部屋よりも生活感がある。

 さっきの部屋は多分客間だろうなぁ。


「ほら」

「ありがとうございます。いただきます」


 コトリとティーカップが目の前に置かれる。

 紅茶の匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。


「砂糖もあるからな。ミルクも。あと蜂蜜」

「蜂蜜……」


 飲んだ事は無い。けれど話には聞いた事がある。

 レッツチャレンジ。


「〜〜!甘い!美味しい!」

「そうか」


 わたしは思わず目を見開く。

 少女は素っ気なく答えてカップを傾ける。


 転生前は甘いのはそんなに好きじゃなかった。けれど、今はとても美味しく感じる。

 肉体がお子様に変わったから味覚もお子様に逆戻りしたのかね?それとも好みが肉体に引っ張られている?


「身体は大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「敬語はよせ。あたしャそういうのは嫌いなンだよ」

「えー……と」

「普通に話せばいい」


 普通に?親しい人以外と、普通に?

 コミュ障にはハードル高いっすわー伊達に学校でぼっちやってないっすわーすわっすわっ。


 ……。

 …………。


 ……さっき(敬語だったけれど)普通に話せてなかったかわたしぃ!!!?

 初対面の人に!話せてた!え?え!?やった!やったよーおじいちゃーん!今日はお赤飯だぁ!!


「感動……!」

「は?」


 やべ、目から汁が……。

 異世界に来て良かった……!!


「お、おい!泣くなよ!分かッた!分かッたから!

 泣く程嫌なら敬語で良いから!」

「ぞゔい"ゔんじゃ"な"い"の"ぉおおおお」

「はァ……?」


 しかも普通に話せたよぉおおおお異世界万歳ぃいいいい!!!

 やった!やった!なんでだろ?


「えぐ、えぐ、ふーっ……。さ、話を」

「お前情緒不安定だな……」

「そんな事はない」


 わたしには理由があって感情の起伏があるのだ。

 訳もなく泣いている訳では無い。


「まァまず名前を聞いておこうか」

「名前?」


 むむ、名前、名前かぁ……。この身体の名前は分からないし、かといって草無 紅葉転生前の名を名乗るのはまた違う気がする……。

 なんと答えれば良いのやら。


「ぅうむむむ……」

「名前が思い出せねェか」

「えっ……な、何故それを!?」


 エスパーか!この少女エスパーかぁあああ!?

 もしかしたら魔法かもしれない。


「あたしそうだったからな」

「あたし?」


 も、って事はこの少女も転生者!?

 いやまだわたしは確定じゃないけれどね!うん!


「思い出せねェンなら決めちまえば良い」

「名前を……決める?」


 その発想は無かった!名前、名前、名前かぁ……。

 前世(未確定)の名前から取るか……。


 草、無……。

 草は『グリーン』とも読めるなぁ……。無は『む』とも。

 グリーン、無。グリーンム、グリンム……グリム?


「グリムで」

「今適当に決めなかッたか?」


 わたしはふるふると首を横に振る。

 適当じゃないよ、本当だよ。


「一応理由はあるんだよ。

 わたしの知っている偉人にグリム兄弟っていう童話作家がいて、あの人達みたいに……なんかこう……苦難があっても幸せっぽくなれたらなって……」

「ふわッふわだな」


 いいんだよ、ふわっふわで。名前って自分が気に入っていればいいんだよ。

 だって他でもない自分の物だもの。わたしは気に入ってるからいーの。


「じゃあ逆に聞くけれどあなたの名前は?」

「マザーグースだ」

「偽名、ダウト、三点」

「テメェにだけは言われたくねェよ!」


 マザーグースって……マザーグースって、英国イギリスの童謡じゃん。日本語で『ガチョウおばさん』じゃん。

 少女じゃん。おばさんじゃないじゃん。


「……まァお前の言う通り偽名だが」

「本名は?」

「教えねェ」

「けち」

「……忘れちまッたあたしにャ本名を名乗る資格は無ェよ」


 あっ、重そうな過去……!触れないでおこう。

 優しさだよ。決してめんどくさいとかそんなんじゃない。


「……マザーグース呼びが嫌ならおばあちャンとでも呼べ」

「もっと嫌だよ!」


 少女じゃん!見た目十六か七じゃん!自虐!?自虐なの!?

 確かに喋り方がババア臭いけれどなにもそこまでしなくても……。


「あたしャお前からしたらとっくにおばあちャんだよ」

「嘘だぁ」

「少なくとも百は超えてンだからな」

「百ぅ!?」


 うっ嘘だぁ!わたしがアホそうだから騙そうったってそうはいかないぞ!

 流石に露骨がすぎる!わたしでも嘘って分かるレベルだよ!


「ははっ、冗談でしょ?下手ね」

「テメェに下手ッて言われると腹が立つが嘘じャねェぞ。

 百まではしッかり数えたンだからな。それ以降は飽きたが」

「ディスられた……」


 目をじっと見てみる。冗談を言っている風には感じられない。

 でもなー表情を隠すのが上手いだけかもしれないしなー。


「魔女ッてのはそンなもンだよ。死ねねェ」

「……魔女?あの、魔女?」


 わたしのほぼ吹っ飛んだこの世界の知識を頼りにすると魔女とは迫害されるべき悪い奴という認識だ。

 でもこの人助けてくれたし悪い人とは思えないんだけれど……。


「そうさ、あの魔女さ。あたしも、お前も・・・

「わたしも?」


 この自称魔女はともかくわたしも?何故なにゆえ

 っていうか魔女ってそもそも何なのさ。


「お前、頰に傷負ッただろ?」

「あ、うん」


 ハルピュイアにつけられた傷かな?

 おばあちゃんが治してくれたんじゃないの?


「あれ一瞬で治ッたンだよ。あたしャしッかりこの目で見たね」

「マ?」


 えー、嘘くさ。疑惑の目。

 わたしが寝ている間の事なんざ何とでも言えるじゃんか。


「魔法陣が浮き上がッてな。普通の魔法陣とは違う、魔女の証だよ」

「えー……」

「信じられねェンなら」


 そう言いつつおばあちゃんは台所から包丁を取り出す。

 な、何をするのかな?


「自分で自分を刺してみろ。死なねェから」

だよ!」


 何!?自殺教唆!?怖いし嫌だよ!また死ぬなんて御免だ!

 わたしはサササと壁際まで逃げる。が、おばあちゃんがそれ以上の速度で追っ掛けて来てわたしに包丁を握らせる。


「やッてみろ。別に肉が切れる程度に軽く傷つけば良いンだ」

「えー……はい」


 壁際で逃げられないしおばあちゃんの威圧が怖い。

 多少肉が切れるくらいなら一月くらいで治るだろうし、そっと、そっと……。


 ザクッ

「ぎゃあああああああ!!!」


 あああ勢い余って深く切っちゃった死ぬぅううう!!!!!!

 痛い痛い痛い痛いようわ痛いあれ痛くないぃ!!??


 目の前に魔法陣が現れる。傷はみるみる内に癒えてゆく。

 え……何これ。キラキラして、すっごい綺麗だけれど……怖い。本来ならばあり得ない事象。


 魔法陣は十字架がモチーフみたいだ。

 中央の鉄十字っぽいのが目立つ。それから紅葉もみじの模様もある。


 魔法陣がふっ、と消える。

 傷は何処にも見当たらなかった。


「ほらな」

「今の……何?」


 ドクンドクンと心臓が脈を打つ。興奮、というよりも顔がどんどん青ざめていく感覚がする。

 目の前で起こった事なのに信じられない。頭が追っつかない。


「魔女の体質だよ」

「体質!?」


 体質!?体質なの!?

 体質で済まして良いモンじゃ無いと思うのだけれど。


「魔女はいくら怪我をしても死ねねェンだよ。

 自分で怪我をしてもな。病気もしねェし」

「し、死なないの?寿命は?まさかずっと死なないの?」

「寿命は無ェ。ただし死なねェ訳じゃねェ。魔女を殺せるのは魔女だけだ」


 ……同族殺し……。それしか、方法が無い?

 わたしはおばあちゃんをじっと見る。またも嘘を吐いている感じはしなかった。


「おばあちゃんは……死にたいから魔女わたしを拾ったの?」

「いや?暇つぶしだが?」


 あ、暇つぶしですかそうですか。肯定されても困るけれど暇つぶしと言われるとなんだかな。


 おばあちゃんはちら、と外を見る。

 一眼で夜と分かる程真っ暗だった。


「……この話はまた後でにしよう。とりあえず今は夕食だ。お前は寝てろ」

「え、でも手伝いは」

「いいから寝てろ。疲れてンだろ」

「う、うん」


 好意に甘えて大人しくさっきの部屋に戻る。

 疲れているのは事実。さっき魔法陣が光った時から凄く疲れているのだ。


 徹夜の感覚がする。早めに寝ねば。

 おやすみなさい。

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