ペットの存在意義

 なぜ芽以たちは自分を無視し続けるのか、清美がそんな事を考えてみた事は一度や二度ではない。両親にも相談した事もあった。だが清美に取って当を得る答えは返って来ず、伝わって来たのは両親が親身に対応してくれたと言う感触だけだった。


 とりあえず修子と加奈が味方であり続けてくれるうちは心配しなくていい、そのつもりで振る舞う事にはしていた。そして沖田先生も芽以たちのやり方に辟易していたし、その事をたびたび注意する事もあった。しかしそれでも芽以やその仲間たちの心が軟化する事はなかった。






 夏休みが始まった頃両親と共に山へ観光に向かった清美に対し、同じ観光客のイケメンベリーショート男や長い髪を縛ったおばちゃんの店員たちは親切に声をかけて来た。


 その際にふと、この人たちはどうして私に声をかけてくれるのだろうかと言う考えが突如清美の中に浮かんだ。


 そのせいで足元がおぼつかなくなり転倒しかかり、その恐ろしい発想を振り払うために父に言われて山の上で思いっきり叫んでみろと言われた際に清美はこれまで一度も出した事のない大声を出したが、どうにも心地の悪い気分が消える事はなかった。


 まるで孤独が日常であり、ああして関心を持ってもらえる方がおかしいと思ってしまった。



 外から見れば清美はただの中学二年生であり、そこには特段人を引き付ける引力はないにせよ、人を拒むような力も特段なかったはずだった。


 修子と加奈はそのただの中学二年生である清美に本人たちなりに普通に接して来たつもりであり、それ以上の事をしたつもりはなかった。

 清美が孤立を深めた分だけ相対的に親しくなり、そしてその程度がだんだんと深まっているのが現状ではあったが、それでも二人からしてみればあくまでも普通のつもりだった。

 困っている人間を助けるのは当然とか言うありふれた正義の心すら介在しない、あくまでも素直な普通。


 それの一体何が気に食わないのかなど、清美も修子も加奈も皆目わからなかった。




 修子だって加奈だっていろいろ辛い思いをして来た事はあるし、その度に誰かが助けてくれていた。親からも、兄弟からも、見知らぬ人からも。自分たちばかりがずっと助けてもらえる側に回り続けられるなどと言うのが甘ったれ以外の何でもない事など、幼稚園の時点で年長さんとして年少組にあれこれ指導しなければならない時点で加奈は気付き、修子もなんとなく気付きつつあった。


「食べ物を作る仕事ならば何でもいいんだけどさ、何にしようかはまだ考え中」

「私は銀行にでも勤めたい……合ってそうだし」

「清美はやっぱりお医者さんかな、清美ならば絶対いいお医者さんになるよ」


 三人だけでこんな会話をした事もある。会話と言っても清美の前で単に修子と加奈が話し合っただけであるが、やはりどうしてもこの問題は付きまとって来る。

 中学校を卒業したのち場合によっては高校にも進まずそのままと言うケースもなくはない以上、将来を考えておくのは当然の問題のはずである。


 しかし三人とも、芽以たちからそのような事を聞いた覚えはない。耳に入っていないだけかもしれないし、まだ高校に進んでからでもおかしくないなと考えていても驚きは少ないが、それにしてもと思わない訳でもなかった。




 また、学生に取って最重要課題の一つがテストである。


 テストの点数で人生がうんたらかんたらと言うのはともかくにせよ、少なくとも今この時点においてはテストの点数が一点でも高い方が上であるのは間違いない。


 芽以たちは中学二年生になって以来、ずっとその点において清美より遅れを取っている。最初は少なかった差は徐々に開き、一学期の期末テストの段階では点数にして二けたの差になり加奈にすら劣っていた。このままでは加奈どころか修子にすら抜かされるかもしれないほどに芽以たちの成績が落ちたのは、明らかに別の理由だと考えるのが自然だ。


 ゲームのやりすぎ、悪い大人の誘惑などそういう結果を生み出しそうな危険を挙げれば枚挙にいとまがないが、そういう物にまったく関わらず過ごす事自体が無理難題だし、下手に断ち切ろうとしてしまえばかえって危ない事は数多の例が証明している。

 それでもそういう物にうつつを抜かしていていいはずもない。







「ねえ修子」

「どうしたの委員長」

「エース君は元気にしてる」

「それはもちろん!まだあんまり外には出られてないけれどそれでも帰って来ると本当に嬉しそうに私の事迎えてくれるんだよね、私に会えるのが嬉しくって仕方がない感じでさ、帰り道が楽しくて仕方がなくてね」

「そう………」

「弱肉強食とか言うけど、人間になつけない犬猫は弱者よ」

「まあ確かにね」


 ペットの目的とは一体何なのだろうか。なぜ人間と共にあるのだろうか。


 それは言うまでもなく、人間と一緒にいる方が利益が大きいからである。ペットである以上寝食は保証されているし、外敵から襲われる事も少ない。野良より恵まれた環境であるのは間違いない。


 しかし過ちを犯して捨てられるような事になれば、たちまちにしてその環境を失ってしまう。

 人間に飼い慣らされてから全く人間の都合により発展して来た犬や猫が、人間の作った環境を離れて暮らせるのかどうか疑わしい。

 結局人間に気に入られる事こそが彼らに取って最大の発展、繁殖条件でありそれのために愛想よく振る舞っていると考える事は十分可能である。

 彼らにそこまでの知能があるかないかは別としても、実際そうでないペットは放逐されて来た。

 美香の唱えたそんな理屈が美由紀の事から頭を離そうとした清美の中に入り込み、そしてそのまま顔と喉に入り込み顔の赤味と声のボリュームを落とした。




「委員長ったらさ、真面目なのはいいけどいつもそんな調子だと息詰まっちゃうよ、たまには肩の力抜いてさあ」

「じゃあそうするよ、とりあえずやっぱり修子の言った通りかもしれないなって」

「魔法使い浅野治郎?」

「そうそう、それそれ。浅野さんが魔法を使って二十六人を犬にして捕まえちゃったって話。案外真実なんてそんな物なのかなって思ってさ、私たちが気付かないだけでそういうすごい力を持った人が世の中には潜んでいたりしてね。でもそれって一体どういう力を使えばうまく行くのかなって、と言うか芽以ちゃんたちの事をどうして知ったのか、どうして芽以ちゃんたちを狙ったのかなって考えると、結局どうにも訳が分からないんだよねちょっとどう思う」

「えー、まあねえ、浅野さんに聞いてみないとわからないよねー、でもさー、こんなつまらないジョークに乗っかってくれてありがとう委員長」




 修子が笑い、清美も笑い、加奈と美香も笑った。顔と声が元の清美に戻った事を感知した加奈も笑い、美香もそれに釣られるように笑った。

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